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古都の神殿2
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アストレア神聖王国の古都での2日目。
気持ちが高ぶって早朝から目が覚めていたリリスは、シンディと朝食をとる際も内心焦りを感じていた。
手早く朝食を済ませ、シンディの母方の別荘から神殿に向かう途中も、心の中は穏やかではなかった。
マルタさんと上手く会えるかしら?
それが気になって、つい歩調も速くなってしまう。シンディに不審に思われるのも避けたいので、表情はあくまでも穏やかに保っていたのだが。
数分歩いて二人は街の中央にある神殿に辿り着いた。
古びた石造りの神殿ではあるが、その敷地は広く、エントランスまでの参道もしっかり整備されている。幅10mほどの参道の両脇には何かしらの売店があるのだが、まだ早朝なので開いておらず、何を売っているのかもわからない。
おそらく護符や記念品などを扱っているのだろう。
参道を通過して神殿のエントランスに入ると、入り口で受付をしている若い女性の祭司にシンディが話をつけ、その祭司の一人が二人を神殿の奥に案内してくれた。神殿内部は間接照明ではあるが意外と明るく、通路も広くて歩きやすい。壁の両側にはびっしりとレリーフが施されているが、どれもこれも聖魔法に関わる歴史上の人物や出来事をテーマにしたものだ。
神殿の奥のホールの手前まで歩くと、通路脇のゲストルームに二人は通された。
広い大きなソファに座り待つ事5分。ここまで案内してくれた祭司がゲストルームに戻ってきた。大祭司と話をつけてくれたのだろう。
「大祭司様は午後の祭祀の準備で忙しいのですが、この時間なら少し時間の余裕があるとの事です。ですが午後の準備もありますので、30分程度で終わるようにしてください。」
「30分もいただければ充分です。ありがとうございます。」
リリスは礼を言って軽く頭を下げた。
「まもなく大祭司様が来られます。シンディ様からの言葉を伝えましたところ、アストレア神聖王国の賓客が遠方から来られたのであれば、是非ともお会いしたいと言っておられました。しばらくお待ちくださいね。」
そう言って祭司はゲストルームから出て行った。
「話はスムーズに進んでいますね。大祭司様が来られたら、リリスさんを紹介した後、私は別のゲストルームに移動しますね。込み入った話もあるのでしょうから。」
まあ、ありがたい気遣いね。
助かるわあ。
「ありがとうございます。」
リリスはシンディに礼を述べて、大祭司の来るのを待った。
5分ほど経ち、ドアがノックされ、大祭司がゲストルームに入ってきた。白を基調にした法衣は上品な雰囲気を醸し出している。確かに若い。
20歳前後だろう。だが髪は黒々としていて表情を見ても健康そうに見える。
ロスティアさんの言っていた事と違うわね。別人かしら?
不審に思いながらもリリスは立って挨拶をした。シンディから大祭司にリリスが紹介されると、大祭司はニコッと笑い、
「昨日赴任してきました大祭司のマルタ・ソフィ・アリエストです。マルタと呼んでください。」
その声にふとリリスは聞き覚えがあると感じた。
「それではマルタ様。私は別の部屋に待機していますので。」
そう言ってシンディは席を立ち、ゲストルームの外に出て行った。
それを見てマルタはリリスの座るソファの隣に座った。大祭司との面会の際には相手の傍に寄り添うように座るのが習わしらしい。
込み入った話もあるからなのだろう。
だがマルタが傍に座り、まじまじとその顔を見る事が出来たリリスは、心の中で大きく叫んだ。
こんな事ってあるの!
聞き覚えのある声と共に、マルタの表情からリリスの記憶が蘇ってくる。あの子も20歳前後ならこんな顔つきだったはず・・・。
この世界に来た時に幼女の状態だったとすれば、この世界で過ごすうちに表情や仕草や立ち居振る舞い、口調も変わっていておかしくない。
流石に見慣れていたメガネはかけていないが、この世界での生活で視力の衰える要素が無かったのだろう。
紛れもなく面影がある。
リリスは思い切ってマルタの傍に顔を近づけ、小さな声で囁いた。
「久し振りね、真希ちゃん。元気だった?」
マルタはその言葉にギョッとしてリリスを軽く睨んだ。
「あなたは・・・・・誰なの? どうしてその名前を・・・」
真希という言葉に反応してくれた。
やはり間違いではなかった。
リリスは懐かしさで目頭が熱くなってきた。
「私はこの世界ではリリスとして生きているわ。でも中身は紗季なのよ。」
「私の事覚えてる? あのブラックな会社で2年先輩だった紗季よ。」
リリスの言葉にマルタはえっ! と驚いてしばらく声も出せなかった。
「あらあら、フリーズしちゃったわね。」
「だって・・・・あまりの衝撃で頭の中が真っ白に・・・」
興奮冷めやらぬマルタの様子を見てリリスはニヤッと笑った。
「私だって驚いたわよ。大祭司のマルタさんがまさか真希ちゃんだったなんて、夢にも思わなかったもの。」
リリスはそう言いながらマルタの手の上に自分の手を添えた。
この子もこの世界に突然召喚されて苦労してきたんだろうな。
そう思うとやたらに感傷的になってくる。そんなリリスの思いを感じたのか、マルタもリリスの手を軽く握りしめた。
「でもどうして紗季さんはこの世界に居るの?」
マルタの疑問に応じて、リリスはロスティアから聞かされた内容をすべて話した。だが話が進むにつれてマルタの表情が暗くなってきた。
「私ったら・・・紗季さんを巻き込んじゃったんですね。紗季さんの人生を台無しにしちゃったって事ですよね。」
うつむいてそう呟くマルタの頬をリリスは優しく手で撫でた。
「そんな事は言わないでよ、真希ちゃん。私は今、学生生活を謳歌しているんだから。」
リリスの言葉にマルタはふと目を上げ、リリスの顔をじっと見つめた。
沈黙が少しの間続く。
マルタはふっと軽く息を吐いた。
「私・・・あの日は大学の時のアニメサークルの友人達と、新宿で呑み会だったんです。夜の10時頃に終わって、酔っぱらった友人をマンションまで送って行ったら小滝橋のすぐ近くで、ああ、ここは紗季さんのマンションの近くだわと思って、紗季さんのマンションに立ち寄ろうと思ったんですよ。」
「そうね。あの頃は小滝橋から高田馬場駅に向かって1分ほどの距離のマンションに住んでいたわね。」
狭いワンルームのマンションを思い出し、リリスも少し懐かしい思いに駆られていた。
「それで紗季さんのマンションの近くに差し掛かったら、急に白い光に身体が包まれてしまって。気が付いたら神殿の中に居たんです。しかも6歳の時の身体になって・・・」
「召喚に携わった神官達も幼女が現れたので驚いていました。でも意識は27歳の私のままなんです。それで聖魔法の家系のアリエスト家に引き取られて、聖魔法の英才教育を受けました。元々聖魔法とその関連スキルが備わっていたので、上達は早かったですよ。」
「私も最初は戸惑いましたが、魔法が使える事でテンションが上がっちゃって、毎日寝る時間も惜しんでスキルアップに没頭したんです。」
そうだったのね。
「身体の中身は大人でしたからね。聡明な天才少女として常に注目を浴びていましたよ。それで15歳になった時に王家から聖女の使命を授かったんです。幾つかの特殊なスキルを伝授されて増々テンションが上がっていたんですよ。当初は戦闘で身体の一部を失った勇者の治療に専念していました。失った腕や足が見る見るうちに回復して、たくさんの人から褒め称えられた事が嬉しくて、そこから完全に使命感に燃え上がってしまったんです。でも・・・・・」
マルタは急に暗い表情になった。
「ある時知ったんです。私が治癒した勇者が魔物退治に向かうのではなく、傭兵として他国に駆り出されている事を・・・」
「私が召喚されたビストリア公国は、勇者を召喚し傭兵として他国の戦争に送り込む事で、莫大な利益を得ていたんです。」
「それで聖女を辞めてしまおうと思ったんですけど、簡単には辞めさせて貰えなくて、この数年は本当に辛い毎日を送っていました。だから聖女の使命を終えた時は、心底ほっとしたんです。」
簡単に今までの歩みを説明してくれたものの、内心では相当葛藤し苦しんだのだろう。
リリスはマルタの置かれてきた状況に心を痛めた。
マルタは再びリリスの顔をじっと見つめた。
「・・・・・理不尽ですよね。」
「そうね。異世界召喚なんて理不尽そのものよね。」
リリスの言葉にマルタは首を横に振った。
「違うんです。そういう意味じゃなくって・・・」
そう言いながらマルタはリリスの頬をツンツンと突いた。
「紗季さんって・・・・・こんなに可愛いんだもの。理不尽だわ。」
意外なマルタの言葉にリリスは動揺してしまった。話題が急に変わってしまっている。
そう言えば真希ちゃんって話の内容がコロコロ変わる子だったわね。
そんな事を思い出しながら、にじり寄ってくるマルタにリリスは妙な焦りを感じた。
「何を・・・急に何を言い出すのよ。」
「だって紗季さんって能面みたいなのっぺりとした顔だったじゃないですかあ。それがまるでアニメのフィギュアみたいに可愛いし、肌もすべすべでこんなに張りがあって。」
能面みたいで悪かったわね。
「この身体は地方貴族の娘なのよ。両親がイケメンと美女だから遺伝子だと思うわ。それに肌がすべすべなのは多分、昨日シンディさんの屋敷でエステを受けたからだと思うわよ。」
「ええっ! エステですって? う~ん。やっぱり理不尽だわ。」
マルタはそう言うとリリスの胸をツンツンと突いた。
「きゃっ! くすぐったい!」
リリスの反応を見てマルタは訝し気な表情を見せた。
「今の年齢で胸も結構ありますね。紗季さんって貧乳だったじゃないですか。それなのにすでに巨乳確定だなんて・・・やっぱり理不尽だわ。」
何処から話題がずれちゃったんだろうか?
「そんな事を言わないでよ。元の身体はボロボロになっちゃったんだから。」
「それを言うなら私の身体だってボロボロですよ。」
その言葉を聞いてリリスはロスティアの言葉をふと思い出した。
「そう言えばロスティアさんはあなたが、白髪で内蔵機能もボロボロだって言っていたわよ。でも随分健康そうじゃないの。」
マルタはリリスの言葉に失笑した。
「それはこれのお陰なんです。」
そう言ってマルタが法衣の懐から取り出したのは、小さなパックに入った黒い錠剤だった。だがその錠剤からなにか不思議な気配が漂ってくる。
「これは私の今の状態を維持するための秘薬なんです。結構ヤバい薬だそうですけど、これを1日1錠飲まないと、元の白髪でボロボロの姿に戻っちゃうんですよ。それでビストリア公国の王家からこれを必ず飲むように命じられているんです。」
う~ん。
それってヤバいわねえ。
ビストリア公国自体がヤバい国だから、むしろその薬に毒でも配合されていないかしら?
そう思っていると、ゲストルームの外の通路を人が歩く足音が聞こえて来た。ゲストルームの前を通り過ぎて、通路奥のホールに向かったようだ。
あまり悠長に話をしている場合じゃないわね。
リリスは再度マルタの傍に身体を寄せた。
「さっき真希ちゃんに話した通り、ロスティアさんの魔力をやり取りするから、お互いの額をくっ付けるのよ。」
そう言いながらリリスは額を突き出した。マルタは言われるままに額をつけようとしたが、一瞬躊躇って顔を横にずらしてしまった。
「真希ちゃん、どうしたのよ?」
「いや、だって・・・・・目の前に可愛い顔が近付いてくるんだもの・・・」
マルタの顔が仄かに赤くなっている。どうやら照れているようだ。
「照れている場合じゃないからね!」
リリスは躊躇うマルタの額に無理矢理自分の額をくっ付けた。
邪眼で眠らせてやった方が良かったのかしら?
そんな思いとは関係なく、途端にコピースキルが発動された。
それと同時にリリスの身体から熱い魔力の塊が抜け出て、マルタの身体の中に入っていくのを感じた。これは多分ロスティアの魔力だろう。
マルタの身体が黄色い光に包まれ、小刻みに震えている。マルタの身体の中でロスティアの魔力が蠢いているのだろうか?
リリスは額が離れないように、マルタの両肩をしっかり掴んだ。
マルタの身体が熱くなり、白い光で包まれると、今度はマルタの身体から熱い魔力の塊がリリスの身体の中に戻ってきた。
ロスティアが魔力を回収し、マルタの身体を治癒して、リリスの身体に戻ってきたのだろう。
だがコピースキルが発動しているにもかかわらず、マルタの持つ魔法やスキルの情報が入ってこない。ロスティアが魔力の回収の為に制限しているのだろうか?
ほどなくリリスの脳裏にロスティアの言葉が浮かび上がってきた。
『コピースキルで構築した亜空間にお前も来るが良い。マルタの今後の生活にも関わる用件があるのでな。』
来いって言われてもどうするのよ?
そう思った次の瞬間、リリスの視界が暗転し、意識が遠のいて行ったのだった。
気持ちが高ぶって早朝から目が覚めていたリリスは、シンディと朝食をとる際も内心焦りを感じていた。
手早く朝食を済ませ、シンディの母方の別荘から神殿に向かう途中も、心の中は穏やかではなかった。
マルタさんと上手く会えるかしら?
それが気になって、つい歩調も速くなってしまう。シンディに不審に思われるのも避けたいので、表情はあくまでも穏やかに保っていたのだが。
数分歩いて二人は街の中央にある神殿に辿り着いた。
古びた石造りの神殿ではあるが、その敷地は広く、エントランスまでの参道もしっかり整備されている。幅10mほどの参道の両脇には何かしらの売店があるのだが、まだ早朝なので開いておらず、何を売っているのかもわからない。
おそらく護符や記念品などを扱っているのだろう。
参道を通過して神殿のエントランスに入ると、入り口で受付をしている若い女性の祭司にシンディが話をつけ、その祭司の一人が二人を神殿の奥に案内してくれた。神殿内部は間接照明ではあるが意外と明るく、通路も広くて歩きやすい。壁の両側にはびっしりとレリーフが施されているが、どれもこれも聖魔法に関わる歴史上の人物や出来事をテーマにしたものだ。
神殿の奥のホールの手前まで歩くと、通路脇のゲストルームに二人は通された。
広い大きなソファに座り待つ事5分。ここまで案内してくれた祭司がゲストルームに戻ってきた。大祭司と話をつけてくれたのだろう。
「大祭司様は午後の祭祀の準備で忙しいのですが、この時間なら少し時間の余裕があるとの事です。ですが午後の準備もありますので、30分程度で終わるようにしてください。」
「30分もいただければ充分です。ありがとうございます。」
リリスは礼を言って軽く頭を下げた。
「まもなく大祭司様が来られます。シンディ様からの言葉を伝えましたところ、アストレア神聖王国の賓客が遠方から来られたのであれば、是非ともお会いしたいと言っておられました。しばらくお待ちくださいね。」
そう言って祭司はゲストルームから出て行った。
「話はスムーズに進んでいますね。大祭司様が来られたら、リリスさんを紹介した後、私は別のゲストルームに移動しますね。込み入った話もあるのでしょうから。」
まあ、ありがたい気遣いね。
助かるわあ。
「ありがとうございます。」
リリスはシンディに礼を述べて、大祭司の来るのを待った。
5分ほど経ち、ドアがノックされ、大祭司がゲストルームに入ってきた。白を基調にした法衣は上品な雰囲気を醸し出している。確かに若い。
20歳前後だろう。だが髪は黒々としていて表情を見ても健康そうに見える。
ロスティアさんの言っていた事と違うわね。別人かしら?
不審に思いながらもリリスは立って挨拶をした。シンディから大祭司にリリスが紹介されると、大祭司はニコッと笑い、
「昨日赴任してきました大祭司のマルタ・ソフィ・アリエストです。マルタと呼んでください。」
その声にふとリリスは聞き覚えがあると感じた。
「それではマルタ様。私は別の部屋に待機していますので。」
そう言ってシンディは席を立ち、ゲストルームの外に出て行った。
それを見てマルタはリリスの座るソファの隣に座った。大祭司との面会の際には相手の傍に寄り添うように座るのが習わしらしい。
込み入った話もあるからなのだろう。
だがマルタが傍に座り、まじまじとその顔を見る事が出来たリリスは、心の中で大きく叫んだ。
こんな事ってあるの!
聞き覚えのある声と共に、マルタの表情からリリスの記憶が蘇ってくる。あの子も20歳前後ならこんな顔つきだったはず・・・。
この世界に来た時に幼女の状態だったとすれば、この世界で過ごすうちに表情や仕草や立ち居振る舞い、口調も変わっていておかしくない。
流石に見慣れていたメガネはかけていないが、この世界での生活で視力の衰える要素が無かったのだろう。
紛れもなく面影がある。
リリスは思い切ってマルタの傍に顔を近づけ、小さな声で囁いた。
「久し振りね、真希ちゃん。元気だった?」
マルタはその言葉にギョッとしてリリスを軽く睨んだ。
「あなたは・・・・・誰なの? どうしてその名前を・・・」
真希という言葉に反応してくれた。
やはり間違いではなかった。
リリスは懐かしさで目頭が熱くなってきた。
「私はこの世界ではリリスとして生きているわ。でも中身は紗季なのよ。」
「私の事覚えてる? あのブラックな会社で2年先輩だった紗季よ。」
リリスの言葉にマルタはえっ! と驚いてしばらく声も出せなかった。
「あらあら、フリーズしちゃったわね。」
「だって・・・・あまりの衝撃で頭の中が真っ白に・・・」
興奮冷めやらぬマルタの様子を見てリリスはニヤッと笑った。
「私だって驚いたわよ。大祭司のマルタさんがまさか真希ちゃんだったなんて、夢にも思わなかったもの。」
リリスはそう言いながらマルタの手の上に自分の手を添えた。
この子もこの世界に突然召喚されて苦労してきたんだろうな。
そう思うとやたらに感傷的になってくる。そんなリリスの思いを感じたのか、マルタもリリスの手を軽く握りしめた。
「でもどうして紗季さんはこの世界に居るの?」
マルタの疑問に応じて、リリスはロスティアから聞かされた内容をすべて話した。だが話が進むにつれてマルタの表情が暗くなってきた。
「私ったら・・・紗季さんを巻き込んじゃったんですね。紗季さんの人生を台無しにしちゃったって事ですよね。」
うつむいてそう呟くマルタの頬をリリスは優しく手で撫でた。
「そんな事は言わないでよ、真希ちゃん。私は今、学生生活を謳歌しているんだから。」
リリスの言葉にマルタはふと目を上げ、リリスの顔をじっと見つめた。
沈黙が少しの間続く。
マルタはふっと軽く息を吐いた。
「私・・・あの日は大学の時のアニメサークルの友人達と、新宿で呑み会だったんです。夜の10時頃に終わって、酔っぱらった友人をマンションまで送って行ったら小滝橋のすぐ近くで、ああ、ここは紗季さんのマンションの近くだわと思って、紗季さんのマンションに立ち寄ろうと思ったんですよ。」
「そうね。あの頃は小滝橋から高田馬場駅に向かって1分ほどの距離のマンションに住んでいたわね。」
狭いワンルームのマンションを思い出し、リリスも少し懐かしい思いに駆られていた。
「それで紗季さんのマンションの近くに差し掛かったら、急に白い光に身体が包まれてしまって。気が付いたら神殿の中に居たんです。しかも6歳の時の身体になって・・・」
「召喚に携わった神官達も幼女が現れたので驚いていました。でも意識は27歳の私のままなんです。それで聖魔法の家系のアリエスト家に引き取られて、聖魔法の英才教育を受けました。元々聖魔法とその関連スキルが備わっていたので、上達は早かったですよ。」
「私も最初は戸惑いましたが、魔法が使える事でテンションが上がっちゃって、毎日寝る時間も惜しんでスキルアップに没頭したんです。」
そうだったのね。
「身体の中身は大人でしたからね。聡明な天才少女として常に注目を浴びていましたよ。それで15歳になった時に王家から聖女の使命を授かったんです。幾つかの特殊なスキルを伝授されて増々テンションが上がっていたんですよ。当初は戦闘で身体の一部を失った勇者の治療に専念していました。失った腕や足が見る見るうちに回復して、たくさんの人から褒め称えられた事が嬉しくて、そこから完全に使命感に燃え上がってしまったんです。でも・・・・・」
マルタは急に暗い表情になった。
「ある時知ったんです。私が治癒した勇者が魔物退治に向かうのではなく、傭兵として他国に駆り出されている事を・・・」
「私が召喚されたビストリア公国は、勇者を召喚し傭兵として他国の戦争に送り込む事で、莫大な利益を得ていたんです。」
「それで聖女を辞めてしまおうと思ったんですけど、簡単には辞めさせて貰えなくて、この数年は本当に辛い毎日を送っていました。だから聖女の使命を終えた時は、心底ほっとしたんです。」
簡単に今までの歩みを説明してくれたものの、内心では相当葛藤し苦しんだのだろう。
リリスはマルタの置かれてきた状況に心を痛めた。
マルタは再びリリスの顔をじっと見つめた。
「・・・・・理不尽ですよね。」
「そうね。異世界召喚なんて理不尽そのものよね。」
リリスの言葉にマルタは首を横に振った。
「違うんです。そういう意味じゃなくって・・・」
そう言いながらマルタはリリスの頬をツンツンと突いた。
「紗季さんって・・・・・こんなに可愛いんだもの。理不尽だわ。」
意外なマルタの言葉にリリスは動揺してしまった。話題が急に変わってしまっている。
そう言えば真希ちゃんって話の内容がコロコロ変わる子だったわね。
そんな事を思い出しながら、にじり寄ってくるマルタにリリスは妙な焦りを感じた。
「何を・・・急に何を言い出すのよ。」
「だって紗季さんって能面みたいなのっぺりとした顔だったじゃないですかあ。それがまるでアニメのフィギュアみたいに可愛いし、肌もすべすべでこんなに張りがあって。」
能面みたいで悪かったわね。
「この身体は地方貴族の娘なのよ。両親がイケメンと美女だから遺伝子だと思うわ。それに肌がすべすべなのは多分、昨日シンディさんの屋敷でエステを受けたからだと思うわよ。」
「ええっ! エステですって? う~ん。やっぱり理不尽だわ。」
マルタはそう言うとリリスの胸をツンツンと突いた。
「きゃっ! くすぐったい!」
リリスの反応を見てマルタは訝し気な表情を見せた。
「今の年齢で胸も結構ありますね。紗季さんって貧乳だったじゃないですか。それなのにすでに巨乳確定だなんて・・・やっぱり理不尽だわ。」
何処から話題がずれちゃったんだろうか?
「そんな事を言わないでよ。元の身体はボロボロになっちゃったんだから。」
「それを言うなら私の身体だってボロボロですよ。」
その言葉を聞いてリリスはロスティアの言葉をふと思い出した。
「そう言えばロスティアさんはあなたが、白髪で内蔵機能もボロボロだって言っていたわよ。でも随分健康そうじゃないの。」
マルタはリリスの言葉に失笑した。
「それはこれのお陰なんです。」
そう言ってマルタが法衣の懐から取り出したのは、小さなパックに入った黒い錠剤だった。だがその錠剤からなにか不思議な気配が漂ってくる。
「これは私の今の状態を維持するための秘薬なんです。結構ヤバい薬だそうですけど、これを1日1錠飲まないと、元の白髪でボロボロの姿に戻っちゃうんですよ。それでビストリア公国の王家からこれを必ず飲むように命じられているんです。」
う~ん。
それってヤバいわねえ。
ビストリア公国自体がヤバい国だから、むしろその薬に毒でも配合されていないかしら?
そう思っていると、ゲストルームの外の通路を人が歩く足音が聞こえて来た。ゲストルームの前を通り過ぎて、通路奥のホールに向かったようだ。
あまり悠長に話をしている場合じゃないわね。
リリスは再度マルタの傍に身体を寄せた。
「さっき真希ちゃんに話した通り、ロスティアさんの魔力をやり取りするから、お互いの額をくっ付けるのよ。」
そう言いながらリリスは額を突き出した。マルタは言われるままに額をつけようとしたが、一瞬躊躇って顔を横にずらしてしまった。
「真希ちゃん、どうしたのよ?」
「いや、だって・・・・・目の前に可愛い顔が近付いてくるんだもの・・・」
マルタの顔が仄かに赤くなっている。どうやら照れているようだ。
「照れている場合じゃないからね!」
リリスは躊躇うマルタの額に無理矢理自分の額をくっ付けた。
邪眼で眠らせてやった方が良かったのかしら?
そんな思いとは関係なく、途端にコピースキルが発動された。
それと同時にリリスの身体から熱い魔力の塊が抜け出て、マルタの身体の中に入っていくのを感じた。これは多分ロスティアの魔力だろう。
マルタの身体が黄色い光に包まれ、小刻みに震えている。マルタの身体の中でロスティアの魔力が蠢いているのだろうか?
リリスは額が離れないように、マルタの両肩をしっかり掴んだ。
マルタの身体が熱くなり、白い光で包まれると、今度はマルタの身体から熱い魔力の塊がリリスの身体の中に戻ってきた。
ロスティアが魔力を回収し、マルタの身体を治癒して、リリスの身体に戻ってきたのだろう。
だがコピースキルが発動しているにもかかわらず、マルタの持つ魔法やスキルの情報が入ってこない。ロスティアが魔力の回収の為に制限しているのだろうか?
ほどなくリリスの脳裏にロスティアの言葉が浮かび上がってきた。
『コピースキルで構築した亜空間にお前も来るが良い。マルタの今後の生活にも関わる用件があるのでな。』
来いって言われてもどうするのよ?
そう思った次の瞬間、リリスの視界が暗転し、意識が遠のいて行ったのだった。
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