落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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獣人の国へ その後

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アブリル王国から帰還した日の夕方。

学舎の地下で解散し、学生寮に戻ったリリスは自室のソファに深々と座り込んだ。リリスの身体に疲れがどっと押し寄せてくる。
張りつめていた心が弛緩した途端に眠気まで押し寄せて来た。
サラは実家に帰省しているのでまだ帰ってこない。おそらく明日の早朝に戻ってくるつもりなのだろう。

今日は本当に色々な事があったわね。

そう思って振り返る間もなく、リリスはレザーアーマーのまま眠りに陥ってしまった。

浅い眠りの中で、リリスの目の前には広大な草原と抜けるような青空が広がっていた。

これはキングドレイクが封じられていた宝玉の中の景色だ。

その青空の中を二体の竜が飛び交っている。
そのうちの一体はキングドレイクだと分かった。もう一体は若い竜だ。

時折軽く接触しながらも飛び回る姿を見ながら、リリスはその若い竜が鱗の化石の持ち主なのだろうと悟った。リンの話ではキングドレイクの一族の竜だと言う。リリスの身体の中で、魔力のレベルでの再会の喜びを満喫しているのかも知れない。そう考えると感慨無量なのだが・・・。

だがリリスが和んでいる渦中に、解析スキルが突如発動してしまった。

『起きてください。覇竜の髭の先端部分が同化を求めています。許可されますか?』

同化ってどう言う事なの?

うたた寝から覚醒したリリスだが、まだ若干頭がボーっとしている。

『吸収されることで機能を植え付けたいのでしょう。』

まあ、良いわよ。どうせリンちゃんの身体の一部だから、気持ちの上では抵抗は無いから・・・。

あまり考えずにリリスはそう答えた。

その直後、レザーアーマーの裏のポケットから何かが、芋虫のように体をくねらせながら這い上がってきた。

何なの?

そう思いながら視線を向けると、それは覇竜の髭の先端部分だった。それは身体を折り曲げる様に屈曲し、ばねのように飛び上がってリリスの額にペタッとくっ付いてしまった。

えっと驚くリリスだが、更に驚く事に、気味が悪いので拭い取ろうとしたリリスの手を避ける様に、覇竜の髭はリリスの額に素早く埋没してしまった。それと同時に何かのデータらしきものが脳内に蓄積されていく。

これってもしかして何かのスキルなの?

『そのようですね。早速最適化スキルが発動していますが、魔装の機能強化に適応されるそうです。』

適応されるそうですって・・・誰が言ってるの?

『覇竜の加護がそう言っています。』

う~ん。
良く分からないわねえ。
覇竜の加護ってまるで別人格みたいじゃないの。

『まあそんなところです。あまり深く考えない方が良いと思いますよ。』

解析スキルにしては適当な言い草ね。

『明日の早朝には作業が完了する予定です。』

そう。
それなら結果報告は午後にしてね。
またあんたに早朝から起こされるのは嫌だからね。

『早起きは三文の得ですよ。』

どこでその諺を覚えたのよ?
多分私の記憶領域から探ったんでしょうけど。
でも私には私のスケジュールがあるんだからね。

『了解しました。でもこのまま寝落ちしないでくださいね。歯も磨かないと・・・』

はいはい。
分かったわよ。
でもスキルに説教されるなんて思ってもみなかったわ。
まるで母親みたいな言い草じゃないの。

リリスは気持ちを切り替えるとソファから起き上がり、手早く明日の授業の準備をした後、改めて寝支度を始めたのだった。








翌日の放課後。

リリスが生徒会の部屋を訪れると、ドア越しに賑やかな話し声が聞こえて来た。
誰だろうと思ってドアを開くと、エリスとリンディが椅子に座り、腹を抱えて笑っていたのだが、リンディの様子が少しおかしい。
良く見るとリンディの額に二本の触手が生えている。

「リンディ、それ・・・どうしたの?」

リリスはその場で立ったままリンディに問いかけた。
リンディは笑いすぎて呼吸が乱れていたようで、少し間をおいて自分を落ち着かせ、改めて口を開いた。

「リリス先輩。これってアレですよ。良く見てください。」

リンディが髪をかき分けてリリスに額を突き出した。

「これって・・・竜の髭なのね。」

リンディの額から生えているように見えたのは、アブリル王国でハドルから受け取った覇竜の髭の先端部分だった。
だが単にくっ付けているのではなさそうだ。どう見ても額から生えている。
リリスの困惑にエリスもハハハと笑いながら、

「リンディったらふざけて竜の髭を額にくっ付けたんですよ。そうしたら根を張るように竜の髭が食い込んじゃって・・・」

ええっ!
笑っていて良いの?

リリスは二人の様子に違和感を覚えた。

「先輩、心配しなくても大丈夫ですよ。この竜の髭は私の体組織と親和性が高くて直ぐにくっついちゃうんです。でも、取ろうと思えば取れますから心配ありません。」

「それにこの竜の髭を二本生やしていると、探知能力が格段に上がるんです。リリス先輩の動きも、階段を上がって来られる時点から分かりましたからね。」

そう言いながらリンディは額の竜の髭を本当の触手のようにくねくねと動かした。その様子にエリスがまたアハハハハと笑い出した。どうやらエリスのツボにはまってしまったらしい。
だが竜の髭の効果はそれなりにありそうだ。

リンディが竜の髭に魔力を集中させるとその波動がリリスにも伝わってきた。

「リリス先輩って至近距離で探知すると、巨大な魔力の塊ですね。竜や幾つもの魔物の魔力すら感じてしまうのは何故かしら?」

「リンディ。それって竜の髭に惑わされているのよ。」

そう言ってリリスはリンディの言葉をあしらった。だが内心ではドキッとしていた。元々探知能力の高いリンディが竜の髭の効果で更にスキルアップした結果、リリスの魔力の解析までされてしまうとは思わなかったからだ。

リンディはリリスの言葉に首を傾げたが、納得した様子で、

「そうですよね。先輩を魔物扱いして申し訳ありませんでした。」

リンディはそう言いながら軽く頭を下げた。

「そう言えばリリス先輩の受け取った竜の髭の効果はどうですか?」

「それがねえ。私の体組織との親和性も高かったのよ。」

リリスは自分の額を指さしながら、

「ここにくっ付いてそのまま埋没しちゃったわ。」

リリスの言葉にエリスとリンディはええっと驚きの声をあげ、リリスの額をじっと見つめた。

「竜の髭を・・・・・取り込んじゃったんですか。」

エリスの呟く声にリリスは首を縦に振り、

「結果的にはそう言う事なのよね。私の場合は魔力操作と探知や精神攻撃からの防御がレベルアップしたようだわ。」

そう言いながらリリスは魔装を非表示で発動させた。
瞬時に身体全体が魔力のシールドで覆われたような感覚が湧き溢れてくる。

うっと唸り声をあげてリンディが目を見開いた。

「魔力を完全に跳ね返されちゃった。先輩って魔力でシールドを張れるんですか? 全く探知出来ませんよ。」

「未知の存在って感じですね。」

リンディは急に額の竜の髭をくねくねと大きく動かし始めた。

「リンディ。ムキになって探知しようとしないでね。」

リリスは笑いながらリンディの額の竜の髭をツンツンと突いた。だがその瞬間に竜の髭がスッとリンディの額から離れて、リリスの人差し指に絡まってしまった。

「ええっ! 竜の髭がリリス先輩の手に乗り移っちゃった!」

驚くリンディの目の前で、その竜の髭はそのまま根を張るようにリリスの指に固着し始めた。

ちょっと待ってよ!
何をするつもりなの?

慌ててリリスはその竜の髭を剥ぎ取り、リンディに手渡した。

「リリス先輩って竜の髭と異常に親和性が高いんですね。竜の髭が所有者を鞍替えするなんて・・・」 

呆れ顔のリンディの言葉にエリスもうんうんと頷き、

「先輩って竜の加護を持っているから、竜の髭も居心地が良いのかも知れませんね。」

「竜の髭にそんなに好かれてもねえ。」

少しうんざりした口調でリリスは苦笑いをした。その表情を見ながらリンディは竜の髭をエリスに返し、自分の竜の髭を制服の内ポケットに仕舞い込んだ。二人の気持ちが少し落ち着いてきたのを見計らって、リリスはリンディに話し掛けた。

「ジーク先生に色々と手の内を知られてしまったけど、あなたは構わないの?」

それはリリスとしても気になる事である。そうでなくても以前から、ステータス上で秘匿しているスキルを勘繰られるような状況に幾度も遭遇していた。メリンダ王女はすでに見て見ぬ振りをしているようにも思われる。軍にも所属するジークはどうなのだろうか?

だがリンディの言葉は意外なものだった。

「担任のロイド先生から聞いたんですが、ジーク先生は私達のみならず、魔法学院の生徒の個々の能力やスキルについては言及しないようにしているそうですよ。学院の生徒である限りはのびのびと活動させてあげる様にとの、学院側の意向もあると聞きました。」

「でもリリス先輩が入学してからは、特にそのように心掛けているそうですよ。」

リンディの意外な言葉にリリスは疑問を抱いた。

「それってどう言う事なの?」

「それはですね・・・」

リンディは思わせ振りに少し間を置いた。

「軍の上層部に報告を上げても、信じて貰えなかったそうです。子供にそんな事が出来るはずがないって。」

「それである時期から王家に報告を上げるようにしたそうです。そうすると今度は別な意味で聞き流されたそうです。リリス先輩ならそんな事が出来ても特に不思議じゃないって。」

う~ん。
微妙な反応ね。
それってメルの反応じゃないの?

「それじゃあ、リンディに関してはどうなの? あれだけの空間魔法を駆使出来る人なんて、学院でも他に居ないと思うんだけど・・・」

「私も魔法学院の生徒である間はどこからも干渉されません。」

「もしも卒業後に軍に誘われてうるさくなったら・・・その時は亜空間に逃げ込んじゃいます。」

そう言いながらリンディはニヤッと笑った。

自分で自由に隠れ家を造れるんだから良いわよね。

そう思ってエリスの顔を見ると、エリスは少し羨ましそうな表情をしていた。

「二人共、どれだけのスキルを隠し持っているのよ。」

その言葉にリンディは手を横に振り、

「別に隠し持っているんじゃないのよ。ステータスに出てこないだけだから。」

リンディはそう言ってリリスに同意を求めるような視線を送ってきた。

「ああ・・・そう、そうなのよね。」

無理矢理意見を一致させたリリスだが、リンディの言葉が真実なのか否かは分からない。
おそらく彼女は・・・そう言う事にしておきたいだけなのだろう。
この件にはあまり深入りしない方が良いので、リリスは話題を変え、雑談に花を咲かせるようにしたのだった。



その日の夕方。

学生寮の自室に戻ると、ドア越しに聞き慣れた賑やかな話し声が聞こえて来た。
どうやらあの連中が来ているようだ。

リリスがドアを開けると、

「「「お帰り!」」」

一斉にお帰りの合唱が聞こえて来た。

ソファの上に座っていたのはブルーと赤の衣装を着たピクシーとノームだ。水と火と土の亜神の本体の一部。最近見かけなかったと思いながらもリリスは、ベッドでいびきを立てながら深々と眠っているサラに気が付いた。

「またサラを無理矢理眠らせちゃったの?」

少し語気を荒げて話すリリスに反応して、ピクシー達はお互いに顔を見合わせた。

「そんな事はしていないわよ。本人から頼まれたんだから・・・」

「頼まれたってどう言う意味よ!」

リリスはそう言い放ちながら、カバンを床に置き対面のソファにドカッと座った。

「そんなに興奮しないでよ。頼まれたって言うのは本当なんだから。私達がここに来た時にはこの子はもう眠ろうとしていたのよ。魔力操作の授業で神経を使いすぎて疲れたって言ってたわ。仮眠を取りたいって言うから、それなら眠らせてあげようかと提案して・・・」

「それで本人の同意はあったの?」

「勿論よ。」

リリスの追及にブルーの衣装を着たピクシーがおずおずと口を開いた。

「私達の話声でこの子が仮眠するのを邪魔しちゃいけないからね。簡易型の亜空間シールドで包んで、催眠導入しただけよ。」

ピクシーの言葉を聞いて、リリスは心配げな視線を眠っているサラに送った。

「それなら良いけど起こすのを忘れないでよね。」

「それは大丈夫よ。時限式の亜空間シールドだから、2時間ほどで消滅するわよ。」

「ふうん。」

リリスは訝しげにサラの様子を見た。

「亜空間シールドと共に、中にいるサラまで消滅するんじゃないでしょうね。」

「それは・・・大丈夫よ。・・・多分ね。」

「その自信なさげな返答は止めてよね!」

その場で立ち上がろうとするリリスをノームがまあまあと宥めながら、

「こいつらは冗談がキツイからなあ。心配せんでええよ。サラ君なら大丈夫やからね。」

ノームに宥められてリリスは少し落ち着いた。じろっと軽く睨むと、ピクシー達はケラケラと笑い出した。
タチの悪い連中だ。事実だけを教えてくれれば良いのにと思いながら、リリスは改めて口を開いた。

「それで今日は何の用なの?」

「まあ、大した用事や無いんやけどね。」

話を切り出したのはノームだ。

「リリスの持つ覇竜の加護がアップデートされているのが気になってね。」

ノームに続いてピクシー達が次々に口を開く。

「そうなのよ。リリスが竜になっちゃうんじゃないかって心配して・・・」

「私はブレスが強化されたのなら見てみたいと思ってね。」

ピクシー達の喧騒にリリスは若干呆れてしまった。

「私は何も変わりません。それにタミア、私が吐き出したのはブレスじゃないって言ってるでしょ。」

「ええ! そうなの?」

リリスの言葉に赤い衣装のピクシーが首を傾げた。

「だって、ドラゴニュートの王家の公式記録に、リリスが人族で初めてブレスを吐いたって記述されているわよ。」

どうしてあんたがそんなものを知っているのよ。

「あれは単なる誤解です。捏造と言っても良いわね。」

そう言って否定したリリスだが、そのリリスに鼻を近づけるノームが気になる。何をしているんだろう?

「チャーリー。何してるのよ?」

問いかけられたノームが更に鼻をクンクンと動かし、

「匂うんや。これは間違いなく奴の気配やな。」

「リリス。君はあの風来坊と接触したな?」

ノームの言葉にピクシー達も鼻を近づけ、

「やっぱりそうなのね。この気配ってアイツじゃないかってふと思ったのよ。」

「嫌だわ。リリスったらあんな奴と接触しちゃったの? ゾッとしちゃうわ。」

「そうよね、タミア。あんたはアイツが苦手だものね。」

「そうなのよ。アイツって私をやたらに煽るし、何かとたきつけるんだから・・・」

ピクシー達が騒ぎ始めた。

「何を盛り上がっているのよ! ちゃんと説明して!」

リリスの叫びにもピクシー達はケラケラと笑うだけだった。呆れてリリスはノームに視線を向けた。
リリスの視線に反応してノームが口を開く。

「リリス。君は最近、風の亜神の本体のかけらに出会ったはずや。」

「風の亜神?」

そう言われてリリスは記憶を辿った。思いつくのはアブリル王国で出会ったあのゴスロリの少女しかいない。
少女の容姿と気配を話すと、ノームはうんうんと頷いた。

「それや。間違いない。アイツのコードネームはウィンディ。風の亜神の本体の一部なんやけど、これがまたくせ者でなあ。」

くせ者なのは分かるわよ。

「居所がさっぱり探知出来んのや。どこに現れるのかも分からん。いつの間にか現れて、いつの間にか消えてしまう。まさに風来坊やね。風の吹くまま気の向くままに居場所を変える。そやけど・・・君に興味を持ってマーキングしたみたいやね。」

そう言いながらノームがリリスの髪の毛を引っ張った。

「痛い!」

髪の毛を一本抜かれたようだ。ノームの手にリリスの髪の毛が挟まれている。

何をするのよ!

そう叫ぼうとした矢先、その髪の毛が急に白い光を放ち始めた。

「えっ! 何なの?」

そう叫んだリリスの背後に人影が立ち、ぞくっとして振り返ると・・・あの少女が立っていた。

「「「出たな!」」」

一斉に叫んだピクシーとノームを見つめながら、ゴスロリの衣装を着た少女はリリスの背後でニヤッと笑っていた。










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