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獣人の国へ5
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獣人の国アブリル王国の王都からの帰り道。
リリスはジークに頼み込んで、ワームホールのあった山裾の近くに立ち寄っていた。
「寄り道して欲しい?」
リリスのお願いにジークは素っ頓狂な声をあげて驚いた。だが覇竜の加護の指示だと伝えると、ジークのみならずブルギウスまでその事に興味を持ってしまった。そのお陰で何の支障もなく元の山裾に辿り着いたのだが・・・。
ワームホールのあった場所の近くに辿り着いた時、リリスの脳裏に解析スキルの言葉が浮かび上がった。
『山肌から斜め下方に30mほど潜った地中に何かあるようです。覇竜の加護がそのように指示を出しています。』
『とりあえず魔装を発動して魔力操作で探りを入れて下さい。』
何が埋まっていると言うの?
訳の分からないままにリリスは山肌の傍に立ち、非表示で魔装を発動させた。魔装の発動と同時に、周囲の魔力の流れが敏感に感じられるようになっていく。リリスは更に感覚を研ぎ澄ませて山肌に対峙した。
ここまでの行動に対して、ジークもブルギウスも無言で見つめていた。
「ねえ、リンディ。リリス先輩って何を探しているの?」
リンディとエリスはついて来ただけなので、二人共素朴な疑問が胸に渦巻いている。ふと漏らしたエリスの言葉にリンディも首を傾げた。
「何かが埋まっている・・・って事よね。リリス先輩って魔力操作が得意そうだから、魔人の時のように魔力で探りを入れようとしているんじゃないのかな?」
リンディがそう感じたのは、リリスが魔人から魔力を吸い上げようとした時に、リリスの身体全体から魔力の触手のようなものが勢いよく伸びていくのを感知したからだ。
「そんな事が出来るの?」
「多分・・・出来ると思うわよ。」
そう言いながらリンディはリリスの様子を注意深く見つめた。そのリンディの予感の如くに、リリスの身体全体から魔力が線状に伸びていくのを感じた。それを感じ取ったのはリンディだけではない。
ブルギウスもリリスの魔力の流れを敏感に感じ取って、うっと驚きの声をあげた。
「この少女に何故こんな事が出来るんだ?」
ブルギウスは小さく呟きながらジークの顔を見た。ジークも恐らくそう感じているのだろうと思いながら・・・。
一方、リリスは平然と魔力の触手を伸ばして探りを入れていた。流石に30mも魔力の触手を伸ばすのは大変だが、それでも魔装を発動しているので地中と言えども鋭敏に探知出来る。
伸ばしていく魔力の触手の先端に、特殊な魔力の波動を感じたのは地中約20mほど進んだ時だった。
「これってブルギウス様から貰った竜の鱗の化石の魔力に似ているわね。」
そう思ったリリスの予感はほぼ的中していた。魔力の触手の先端がその物体に到達した際に、竜のものと思われる魔力の波動を感じたからだ。しかもそこはかとなく暖かい・・・。
大きさは1辺50cmほどの立方体に近い塊りだ。そこまでは分かるのだが実際に何かは見てみないと分からない。
こんな地中からどうやって取り出すの?
『魔力の触手に土魔法の魔力を纏わらせてください。物体の前方の土を泥沼化させて減圧で前に進ませ、その後方を硬化させていけば徐々に地表に近付きますよ。』
それって・・・地味な作業ね。それに時間も掛かりそうだわ。
『魔力の消耗を軽減させるなら、止むを得ませんね。地表から土魔法で掘っていくとなると、物体に辿り着くまでに魔力の大半を使い果たしてしまいそうですし、そこから足場を造り上げながら地表に戻ってくるのも大変ですからね。』
そうねえ。
魔力不足を補う為に魔力吸引をアクティブにしてしまうと、エリス達からも魔力を奪ってしまいそうだわね。
リリスは意を決して解析スキルの指示通りに作業を始めた。物体の前方を直径1mほどの筒状に泥沼化させ、減圧で引き寄せながら後方を硬化させる。この作業を継続させて約20分ほどで物体が地表に顔を出し始めた。泥が表面を覆っているのでそれが何かは良く分からない。
リリスの立つ山肌の一部が泥状になり、そこから黒い塊りがゴロンと地面に転がった。
その物体に手を触れ、洗浄魔法で泥を落とすと、その黒い物体はリリスに反応して僅かに光を放ち始めた。その形状からは板状のものが重なっているように思われる。
「これって・・・竜の鱗が重なっているんだわ!」
腰を落としてその物体に触れているリリスの周囲をジーク達が取り囲んだ。
「それは竜の鱗の化石だね。だがまだそれほどに化石化していないようにも見える。」
ブルギウスはそう言うとリリスの顔をじっと見つめた。
「リリス君。君が探していたものはこれなのか?」
その言葉にリリスは無言でうんと頷いた。
ブルギウスも腰を落とし、その鱗に手を触れ、
「う~ん。それほどに特殊なものとも思えんのだが・・・」
そう言った矢先に竜の鱗の塊が僅かに振動し、仄かな光の点滅を始めた。その塊りの頂上部に少し強い光が現れたかと思うと、そこから一筋の赤い光が空に向かって一気に伸び上がった。
その様子にリリスもブルギウス達も一歩下がって、何事が起きているのかと怪訝そうな目で見つめていた。
赤い一筋の光はまるでレーザー光線のように上空に放たれている。それはまるで位置情報を伝えるビーコンのようだ。
だが誰に何を知らせようと言うのか?
呆然と見つめていたブルギウスが急に顔をあげて叫んだ。
「上空から何か来るぞ! とてつもなく大きな魔力の反応だ!」
それはリリスも感じた。だが一瞬でその反応は消えてしまった。
「うん? 消えたぞ。」
そう呟いたブルギウスの視界に上空から降りてくる黄色い光点が入ってきた。それは赤いビーコンのような光の筋に沿って降りてくる。
その場にいた全員がその光点を警戒して、竜の鱗から3mほどの距離を置いた。黄色い光点は竜の鱗の傍に着地し、徐々に形を現していく。
その姿は意外にもリリスの知る人物だった。
「リンちゃん! それに護衛のハドルさんも!」
実体化したリンは真っ直ぐにリリスに向かって抱きついて来た。
「リリスお姉様。お久し振りです!」
そう言いながらリリスの身体に、まるで猫がじゃれつくように纏わりつくリン。その様子にリリスも心が和む。
白いドレスに身を包んだリンの姿にエリスとリンディも警戒を解いた。
だがリンがここに居る理由がリリスには分からない。
リンが何者か分からないブルギウスとジークは唖然として二人の様子を眺めていた。
「リンちゃん。どうしてここに来たの?」
リンはその愛くるしい顔をリリスに向け、乱れた髪を整えた。
「昨日、夢の中にキングドレイク様が現れて、リリスお姉様の元に向かう様に言われたんです。私に手渡したいものがあると言われて・・・」
そう言いながらリンはリリスの足元にある竜の鱗の塊に目を向けた。ほんの一瞬考え込んだリンは急に座り込んで、両手をその塊りの上に置いた。
何をしているのかと思っていると、リンの目から一筋の涙が流れ落ちるのが見えた。
「リンちゃん・・・どうしたの?」
リリスの言葉にリンは目を瞑り、竜の鱗の塊を優しく撫で始めた。
「・・・そうだったんですね、キングドレイク様。」
小さく呟いてリンは目を開いた。
「魔力の波動で分かりました。これは・・・私の母の鱗です。良くこの状態で残っていたものですね。」
リンはそう言いながら竜の鱗の塊に自分の頬を擦り付けた。如何にも愛おしそうな表情だ。
その様子に掛けてあげる言葉も思いつかず、リリスはじっとその様子を見つめていた。
そのリリスの背後にブルギウスが近付いた。
「リリス君。あの子は人化した竜なのだね。」
「ええ、そうです。それも太古の覇竜の生き残りなんです。」
リリスの口から覇竜と聞いて、ブルギウスはえっと驚き目を見開いた。
「覇竜と言えば伝説の竜ではないか! そんなものがまだ生き残っていたのか。」
ブルギウスはその驚きの表情を変えずにリリスに顔を向けた。
「君はどうしてそんなものと知り合いなんだね? 全く不思議な子だ。」
「そう言われても成り行きで知り合ったんですよ。」
リリスの言葉に嘘はない。成り行きで知り合ったのだ。自分の魔力で育てて石化を解いたとまでは言わないが。
「それにしても可愛いわね。とても竜だとは思えないわ。」
「そうよねえ。品もあるし貴族の娘だと言っても通用するわよねえ。」
ブルギウスの背後でエリスとリンディが呟いていた。
地面にしゃがみ込んで竜の鱗の塊に手を触れていたリンは、もの言いたげな表情でリリスの方に顔を向けた。
「お姉様。この鱗の塊は・・・・・」
そこから先の言葉が出てこない。
「分かっているわよ、リンちゃん。持って帰りなさい。大事にするのよ。」
リリスがそう言うとリンはぱっと明るい表情になった。
「はい! 大事にします。だって私の母の形見ですから。」
形見って言うより身体の一部よね。まあ、人間だって遺髪って事もあるから形見には違いないけど。
一連の話を聞いていたエリスとリンディは、笑顔でリンに近付いた。
「リンちゃんって言うのね。これももしかしてあなたの探しものなの?」
エリスはそう言いながら、ブルギウスから貰った竜の鱗の化石を取り出し、リンの目の前に突き出した。
リンはそれに手を触れて魔力を流し、はっと表情を変えた。
「これは私の母のものではありません。ですが覇竜の一族のものです。おそらくキングドレイク様の一族のものだと思います。」
リンの言葉にリリスははっと驚いた。竜の鱗の化石から魔力を吸い上げた際に流れて来たあの感情。郷愁のようなものはキングドレイクの一族のものだったからなのだろうか?
キングドレイクの一族で、地上に降臨した火の亜伸の災厄から逃れる事の出来なかった覇竜もいたのかも知れない。
リリスが竜の鱗の化石から魔力を吸い上げる事で、魔力のレベルでキングドレイクとようやく再会出来た故に、あのような感情が湧き溢れて来たのだろう。
「これは私達が持っていて良いものじゃなさそうね。」
そう言いながらエリスはリンディからも鱗の化石を受け取り、2枚の鱗の化石をリンに手渡した。リンは嬉しそうにそれを受け取り、手招きしてハドルを呼び付けた。
ハドルに耳打ちするとハドルはうんうんと頷き、懐から根菜の根のようなものを取り出して二人に手渡した。
物々交換と言う事なのだろう。
それは長さが10cmほどで、まるで蕪のひげ根のようにも見えるが、不思議な魔力を纏っている事はリリスにも分かった。
ハドルはそれをリリスにも手渡し、ニヤッと笑って口を開いた。
「それは覇竜の髭の先端部分です。身に着けていると魔力の増強と活性化の効果がありますよ。」
そのハドルの言葉にブルギウスはほう!と小さく感嘆の声をあげ、リリスの手にある竜の髭の先端をツンツンと突いた。
「これは実に珍しいものだな。覇竜の髭となれば纏う魔力も相当に強力なものだ。人族であれば過剰に反応してしまうだろう。だがその髭の先端ともなると纏う魔力が適度に弱まっている。人族には丁度良いレベルなのだろうな。しかも竜の髭の先端部分と言う事は、魔力の出入りの激しい部分でもある。魔力の調整機能が身に着くことも有り得るだろう。」
ブルギウスの言葉にハドルも感心したようで、
「良くお分かりですね。おっしゃる通り魔力の流れを調整し繊細に制御する機能が付与される筈です。是非試してみてください。」
そう言いながらハドルはブルギウスとジークにも覇竜の髭の先端部分を手渡した。
二人は礼を言って受け取った。だがリリスの脳裏に疑問が残る。覇竜の髭って誰のものだろうか?
そのリリスの疑問に気付いて、リンは恥ずかしそうな表情でリリスを見つめた。
ああ、そうなのね。だって覇竜と言っても現状ではリンちゃんしかいないものね。
髭って言うから人族だとおじさんを連想しちゃうけど、昆虫の触覚のようなものと考えれば良いわよね。
「姫様。そろそろお帰りにならないとドラゴニュート達との会合に間に合いません。」
「う~ん。リンが顔を出す必要なんて無いと思うんだけどなあ。」
そう言いながらリンは鱗の塊を大事そうに抱えた。
「リリスお姉様。またお部屋にお邪魔しますね。」
「ええ、良いわよ。いつでもいらっしゃい。」
別れを名残惜しそうにしながらリンとハドルはその場を離れ、ゆっくりと空中に舞い上がった。しばらくして上空で二人の姿が光点に変わると、あっという間に高度を上げ、リリス達の視界から消えてしまった。その直後、二つの巨大な魔力の塊が遥か上空で探知されたが、それもまた瞬時に遠方に消え去ってしまった。それは二体の竜が人化を解いて高速で移動した事を示している。
「不思議な事もあるものだねえ。」
何処か他人事のような言い草のジークである。確かに一連の出来事でジークが関与する余地など無かったのも事実だが。
その後支度を整えてリリス達は転移の魔石を使い、魔法学院の学舎の地下の訓練場に戻ったのだった。
リリスはジークに頼み込んで、ワームホールのあった山裾の近くに立ち寄っていた。
「寄り道して欲しい?」
リリスのお願いにジークは素っ頓狂な声をあげて驚いた。だが覇竜の加護の指示だと伝えると、ジークのみならずブルギウスまでその事に興味を持ってしまった。そのお陰で何の支障もなく元の山裾に辿り着いたのだが・・・。
ワームホールのあった場所の近くに辿り着いた時、リリスの脳裏に解析スキルの言葉が浮かび上がった。
『山肌から斜め下方に30mほど潜った地中に何かあるようです。覇竜の加護がそのように指示を出しています。』
『とりあえず魔装を発動して魔力操作で探りを入れて下さい。』
何が埋まっていると言うの?
訳の分からないままにリリスは山肌の傍に立ち、非表示で魔装を発動させた。魔装の発動と同時に、周囲の魔力の流れが敏感に感じられるようになっていく。リリスは更に感覚を研ぎ澄ませて山肌に対峙した。
ここまでの行動に対して、ジークもブルギウスも無言で見つめていた。
「ねえ、リンディ。リリス先輩って何を探しているの?」
リンディとエリスはついて来ただけなので、二人共素朴な疑問が胸に渦巻いている。ふと漏らしたエリスの言葉にリンディも首を傾げた。
「何かが埋まっている・・・って事よね。リリス先輩って魔力操作が得意そうだから、魔人の時のように魔力で探りを入れようとしているんじゃないのかな?」
リンディがそう感じたのは、リリスが魔人から魔力を吸い上げようとした時に、リリスの身体全体から魔力の触手のようなものが勢いよく伸びていくのを感知したからだ。
「そんな事が出来るの?」
「多分・・・出来ると思うわよ。」
そう言いながらリンディはリリスの様子を注意深く見つめた。そのリンディの予感の如くに、リリスの身体全体から魔力が線状に伸びていくのを感じた。それを感じ取ったのはリンディだけではない。
ブルギウスもリリスの魔力の流れを敏感に感じ取って、うっと驚きの声をあげた。
「この少女に何故こんな事が出来るんだ?」
ブルギウスは小さく呟きながらジークの顔を見た。ジークも恐らくそう感じているのだろうと思いながら・・・。
一方、リリスは平然と魔力の触手を伸ばして探りを入れていた。流石に30mも魔力の触手を伸ばすのは大変だが、それでも魔装を発動しているので地中と言えども鋭敏に探知出来る。
伸ばしていく魔力の触手の先端に、特殊な魔力の波動を感じたのは地中約20mほど進んだ時だった。
「これってブルギウス様から貰った竜の鱗の化石の魔力に似ているわね。」
そう思ったリリスの予感はほぼ的中していた。魔力の触手の先端がその物体に到達した際に、竜のものと思われる魔力の波動を感じたからだ。しかもそこはかとなく暖かい・・・。
大きさは1辺50cmほどの立方体に近い塊りだ。そこまでは分かるのだが実際に何かは見てみないと分からない。
こんな地中からどうやって取り出すの?
『魔力の触手に土魔法の魔力を纏わらせてください。物体の前方の土を泥沼化させて減圧で前に進ませ、その後方を硬化させていけば徐々に地表に近付きますよ。』
それって・・・地味な作業ね。それに時間も掛かりそうだわ。
『魔力の消耗を軽減させるなら、止むを得ませんね。地表から土魔法で掘っていくとなると、物体に辿り着くまでに魔力の大半を使い果たしてしまいそうですし、そこから足場を造り上げながら地表に戻ってくるのも大変ですからね。』
そうねえ。
魔力不足を補う為に魔力吸引をアクティブにしてしまうと、エリス達からも魔力を奪ってしまいそうだわね。
リリスは意を決して解析スキルの指示通りに作業を始めた。物体の前方を直径1mほどの筒状に泥沼化させ、減圧で引き寄せながら後方を硬化させる。この作業を継続させて約20分ほどで物体が地表に顔を出し始めた。泥が表面を覆っているのでそれが何かは良く分からない。
リリスの立つ山肌の一部が泥状になり、そこから黒い塊りがゴロンと地面に転がった。
その物体に手を触れ、洗浄魔法で泥を落とすと、その黒い物体はリリスに反応して僅かに光を放ち始めた。その形状からは板状のものが重なっているように思われる。
「これって・・・竜の鱗が重なっているんだわ!」
腰を落としてその物体に触れているリリスの周囲をジーク達が取り囲んだ。
「それは竜の鱗の化石だね。だがまだそれほどに化石化していないようにも見える。」
ブルギウスはそう言うとリリスの顔をじっと見つめた。
「リリス君。君が探していたものはこれなのか?」
その言葉にリリスは無言でうんと頷いた。
ブルギウスも腰を落とし、その鱗に手を触れ、
「う~ん。それほどに特殊なものとも思えんのだが・・・」
そう言った矢先に竜の鱗の塊が僅かに振動し、仄かな光の点滅を始めた。その塊りの頂上部に少し強い光が現れたかと思うと、そこから一筋の赤い光が空に向かって一気に伸び上がった。
その様子にリリスもブルギウス達も一歩下がって、何事が起きているのかと怪訝そうな目で見つめていた。
赤い一筋の光はまるでレーザー光線のように上空に放たれている。それはまるで位置情報を伝えるビーコンのようだ。
だが誰に何を知らせようと言うのか?
呆然と見つめていたブルギウスが急に顔をあげて叫んだ。
「上空から何か来るぞ! とてつもなく大きな魔力の反応だ!」
それはリリスも感じた。だが一瞬でその反応は消えてしまった。
「うん? 消えたぞ。」
そう呟いたブルギウスの視界に上空から降りてくる黄色い光点が入ってきた。それは赤いビーコンのような光の筋に沿って降りてくる。
その場にいた全員がその光点を警戒して、竜の鱗から3mほどの距離を置いた。黄色い光点は竜の鱗の傍に着地し、徐々に形を現していく。
その姿は意外にもリリスの知る人物だった。
「リンちゃん! それに護衛のハドルさんも!」
実体化したリンは真っ直ぐにリリスに向かって抱きついて来た。
「リリスお姉様。お久し振りです!」
そう言いながらリリスの身体に、まるで猫がじゃれつくように纏わりつくリン。その様子にリリスも心が和む。
白いドレスに身を包んだリンの姿にエリスとリンディも警戒を解いた。
だがリンがここに居る理由がリリスには分からない。
リンが何者か分からないブルギウスとジークは唖然として二人の様子を眺めていた。
「リンちゃん。どうしてここに来たの?」
リンはその愛くるしい顔をリリスに向け、乱れた髪を整えた。
「昨日、夢の中にキングドレイク様が現れて、リリスお姉様の元に向かう様に言われたんです。私に手渡したいものがあると言われて・・・」
そう言いながらリンはリリスの足元にある竜の鱗の塊に目を向けた。ほんの一瞬考え込んだリンは急に座り込んで、両手をその塊りの上に置いた。
何をしているのかと思っていると、リンの目から一筋の涙が流れ落ちるのが見えた。
「リンちゃん・・・どうしたの?」
リリスの言葉にリンは目を瞑り、竜の鱗の塊を優しく撫で始めた。
「・・・そうだったんですね、キングドレイク様。」
小さく呟いてリンは目を開いた。
「魔力の波動で分かりました。これは・・・私の母の鱗です。良くこの状態で残っていたものですね。」
リンはそう言いながら竜の鱗の塊に自分の頬を擦り付けた。如何にも愛おしそうな表情だ。
その様子に掛けてあげる言葉も思いつかず、リリスはじっとその様子を見つめていた。
そのリリスの背後にブルギウスが近付いた。
「リリス君。あの子は人化した竜なのだね。」
「ええ、そうです。それも太古の覇竜の生き残りなんです。」
リリスの口から覇竜と聞いて、ブルギウスはえっと驚き目を見開いた。
「覇竜と言えば伝説の竜ではないか! そんなものがまだ生き残っていたのか。」
ブルギウスはその驚きの表情を変えずにリリスに顔を向けた。
「君はどうしてそんなものと知り合いなんだね? 全く不思議な子だ。」
「そう言われても成り行きで知り合ったんですよ。」
リリスの言葉に嘘はない。成り行きで知り合ったのだ。自分の魔力で育てて石化を解いたとまでは言わないが。
「それにしても可愛いわね。とても竜だとは思えないわ。」
「そうよねえ。品もあるし貴族の娘だと言っても通用するわよねえ。」
ブルギウスの背後でエリスとリンディが呟いていた。
地面にしゃがみ込んで竜の鱗の塊に手を触れていたリンは、もの言いたげな表情でリリスの方に顔を向けた。
「お姉様。この鱗の塊は・・・・・」
そこから先の言葉が出てこない。
「分かっているわよ、リンちゃん。持って帰りなさい。大事にするのよ。」
リリスがそう言うとリンはぱっと明るい表情になった。
「はい! 大事にします。だって私の母の形見ですから。」
形見って言うより身体の一部よね。まあ、人間だって遺髪って事もあるから形見には違いないけど。
一連の話を聞いていたエリスとリンディは、笑顔でリンに近付いた。
「リンちゃんって言うのね。これももしかしてあなたの探しものなの?」
エリスはそう言いながら、ブルギウスから貰った竜の鱗の化石を取り出し、リンの目の前に突き出した。
リンはそれに手を触れて魔力を流し、はっと表情を変えた。
「これは私の母のものではありません。ですが覇竜の一族のものです。おそらくキングドレイク様の一族のものだと思います。」
リンの言葉にリリスははっと驚いた。竜の鱗の化石から魔力を吸い上げた際に流れて来たあの感情。郷愁のようなものはキングドレイクの一族のものだったからなのだろうか?
キングドレイクの一族で、地上に降臨した火の亜伸の災厄から逃れる事の出来なかった覇竜もいたのかも知れない。
リリスが竜の鱗の化石から魔力を吸い上げる事で、魔力のレベルでキングドレイクとようやく再会出来た故に、あのような感情が湧き溢れて来たのだろう。
「これは私達が持っていて良いものじゃなさそうね。」
そう言いながらエリスはリンディからも鱗の化石を受け取り、2枚の鱗の化石をリンに手渡した。リンは嬉しそうにそれを受け取り、手招きしてハドルを呼び付けた。
ハドルに耳打ちするとハドルはうんうんと頷き、懐から根菜の根のようなものを取り出して二人に手渡した。
物々交換と言う事なのだろう。
それは長さが10cmほどで、まるで蕪のひげ根のようにも見えるが、不思議な魔力を纏っている事はリリスにも分かった。
ハドルはそれをリリスにも手渡し、ニヤッと笑って口を開いた。
「それは覇竜の髭の先端部分です。身に着けていると魔力の増強と活性化の効果がありますよ。」
そのハドルの言葉にブルギウスはほう!と小さく感嘆の声をあげ、リリスの手にある竜の髭の先端をツンツンと突いた。
「これは実に珍しいものだな。覇竜の髭となれば纏う魔力も相当に強力なものだ。人族であれば過剰に反応してしまうだろう。だがその髭の先端ともなると纏う魔力が適度に弱まっている。人族には丁度良いレベルなのだろうな。しかも竜の髭の先端部分と言う事は、魔力の出入りの激しい部分でもある。魔力の調整機能が身に着くことも有り得るだろう。」
ブルギウスの言葉にハドルも感心したようで、
「良くお分かりですね。おっしゃる通り魔力の流れを調整し繊細に制御する機能が付与される筈です。是非試してみてください。」
そう言いながらハドルはブルギウスとジークにも覇竜の髭の先端部分を手渡した。
二人は礼を言って受け取った。だがリリスの脳裏に疑問が残る。覇竜の髭って誰のものだろうか?
そのリリスの疑問に気付いて、リンは恥ずかしそうな表情でリリスを見つめた。
ああ、そうなのね。だって覇竜と言っても現状ではリンちゃんしかいないものね。
髭って言うから人族だとおじさんを連想しちゃうけど、昆虫の触覚のようなものと考えれば良いわよね。
「姫様。そろそろお帰りにならないとドラゴニュート達との会合に間に合いません。」
「う~ん。リンが顔を出す必要なんて無いと思うんだけどなあ。」
そう言いながらリンは鱗の塊を大事そうに抱えた。
「リリスお姉様。またお部屋にお邪魔しますね。」
「ええ、良いわよ。いつでもいらっしゃい。」
別れを名残惜しそうにしながらリンとハドルはその場を離れ、ゆっくりと空中に舞い上がった。しばらくして上空で二人の姿が光点に変わると、あっという間に高度を上げ、リリス達の視界から消えてしまった。その直後、二つの巨大な魔力の塊が遥か上空で探知されたが、それもまた瞬時に遠方に消え去ってしまった。それは二体の竜が人化を解いて高速で移動した事を示している。
「不思議な事もあるものだねえ。」
何処か他人事のような言い草のジークである。確かに一連の出来事でジークが関与する余地など無かったのも事実だが。
その後支度を整えてリリス達は転移の魔石を使い、魔法学院の学舎の地下の訓練場に戻ったのだった。
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『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?
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