落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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獣人の国へ3

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亜空間に閉じ込められてしまったリリス。

少し落ち着いて冷静に周囲を見ると、半透明の壁の向こうに魔人と闘うジークの様子がうっすらと見えていた。

ジーク先生、大丈夫かしら?

直ぐにも加勢に行きたいリリスだが、どうやってここから抜け出せるのか全く分からない。
何か方法は無いものかと考えていると、半透明の壁に一部が人の形に盛り上がってきた。

新たな敵か!

思わず身構えるリリスだが、その人型に盛り上がった部分から出てきたのは意外な人物だった。

「リンディ! エリス! 二人共どうやってここに?」

リリスの驚きを他所に、リンディはえへへと笑いながら乱れた髪を直した。
その背後からエリスが半ば呆れたような表情を見せ、リリスに話し掛けた。

「リンディったら本当に謎の多い子なんですよね。」

その言葉にリンディもうんうんと頷いた。

「謎って事にしておいてよね。非常事態なんだから。」

その言葉にリリスも状況を察した。
リンディは空間魔法を活用している。それは彼女のステータスの秘匿領域に隠されているのだろう。
そして空間魔法と言えば・・・・・。

リリスはリンディの耳元で小声で呟いた。

「空間魔法はエイヴィス様から習ったの?」

リンディは黙って頷いた。そのまま半透明の壁に顔を近づけ、うっすらと見えるジークの様子を確かめながら、少し不安な表情でリリスに話し掛けた。

「ジーク先生ったら魔人相手に手古摺ってますよ。早めに加勢した方が良さそうですね。」

随分余裕ね、この子。
あの魔人をそれほどの難敵じゃないと判断しているのね。

リリスはそう思いながらも半透明の壁越しにジークの様子を見た。
激しい火球の応酬をしているようだが、魔人には効果が見られない。おそらく火魔法に相当な耐性を持っているのだろう。ジークは火魔法をあきらめ、水魔法や風魔法を駆使するが、それもあまり効いていないようだ。

一方、魔人の攻撃も苛烈だ。
大きな火球が幾つも連射され、ジークの張ったシールドを突き破る。その都度シールドを張りなおしてジークも対応せざるを得ない。

「あの魔人って色々な耐性を持っているの?」

エリスの言葉にリンディは眉をひそめて、

「そうでもなさそうね。むしろジーク先生の放つ魔法から、魔力を吸収しているようにも見えるわ。」

吸引と言うより着弾時点で転換しているのだろう。これも魔人の持つ特殊なスキルのようだ。

「でもエリスのブリザードなら、魔力に転換出来ないうちに魔人の動きを封じる事が出来るかも・・・。ねえ、やってみる?」

「どうやってやるのよ。こんな広い場所を凍結するなんて私には無理よ。」

リンディの言葉に素っ頓狂な声をあげたエリスである。確かにダンジョン内のような閉鎖空間ではブリザードも有効なのだろうが、戸外で解放された空間でのブリザードの効果は疑わしい。術者が相当な高レベルの人物であれば別なのかも知れないのだが。

「閉鎖空間なら良いのよね? そこは任せておいてね。」

そう答えるとリンディは半透明の壁に両手を当て、魔人の方向に向けて魔力を放った。半透明の壁がそのままグッと伸び出し、魔人の近くにまで到達した。リンディは瞬時にそのせり出した壁の際まで移動し、彼女のスキルを発動させながら大きく魔力を放った。リンディの両手から放たれた魔力がカッと大きく光り、その眩しさに一瞬目が眩む。目が慣れて来て前方を見ると、リンディがリリスとエリスに向かって大きく手を振っていた。

「早くこちらに来て!」

促されるままに二人が駆けつけると、半透明の壁の向こうに薄い紫色の球体が見えた。直径は5mほどでその内部に魔人が居るのが分かる。

「これって何なの?」

リリスの疑問にリンディは、少し間をおいて言葉を選ぶ仕草を見せた。

「魔人を時限監獄に閉じ込めました。解析されて破られるまで最低でも10分は掛かります。その間に攻撃しなければなりません。」

そう言いながらリンディがパチンと指を鳴らすと、半透明の壁が消え、リリス達3人は閉じ込められていた亜空間から解放された。

随分簡単に抜け出せるのね。

感心しているリリスを横目に、リンディはエリスを促し、

「エリス! 両手を時限監獄に当ててブリザードを放つのよ!」

「魔人からの攻撃はこちらに届かないから安心して!」

言われるままにエリスは両手を紫色の球体に当て、魔力を集中させてブリザードを放った。エリスの両手から放たれた魔力が、紫色の球体の中で急激に冷気となり、球体の内部が真っ白に凍結していく。

ほどなく球体内部は完全に凍結した。

だがその内部から閃光が幾つも放たれ、凍結状態が徐々に溶かされていく。魔人もまだ抵抗しているようだ。

「エリス! もう一度ブリザードを放って!」

リンディの言葉に頷き、エリスはもう一度ブリザードを放った。

再び球体の内部が白く凍結していく。

だが完全に凍結した後に、再び閃光が走り凍結状態が溶かされていく。

「効いていないの?」

魔力をかなり消耗し辛そうな表情でエリスは疑問の声をあげた。

「全く効いていないわけじゃないわよ。多少なりとも効いているんだけど、決定打にはなっていないわね。」

リンディの言葉を耳にしながら、リリスは球体内部の様子を凝視した。
確かに解凍されるスピードが落ちている。全く効果がないわけではなさそうだ。
だが時限監獄のタイムリミットもある。のんびりしている間は無いのだ。

どうやって攻めるのか?  

リリスは頭を巡らせた。毒で攻撃するとしても、魔人は恐らく毒の高耐性を持っているはずだ。魔法攻撃を魔力に転換出来るのであれば、魔法での攻撃はむしろ敵に力を与えているようなものだ。
そうなると有効な攻撃手段は限られてくる。
相手が亜空間に閉じ込められている状態を考えると、魔力の吸引は効果がありそうだ。
だが魔人の魔力を強制的に吸引して大丈夫なのだろうか?

リリスは魔装を発動していることを確認したうえで、身体全体を紫色の球体の壁に押し付けた。

その様子を見たリンディが思わず声をあげる。

「先輩、何を!」

そう言い放ってリンディはハッと気が付いた。リリスの身体全体から魔力が、まるで槍のように幾つも伸びていくのが分かったからだ。

リリスは身体全体から魔力の触手を一斉に伸ばし、魔人の身体中を貫いた。そのまま魔力吸引をアクティブに切り替えると、一気に魔力を吸い上げ始めた。
魔人の身体から魔力が激流のように流れ込んでくる。それは勿論清らかな魔力ではない。禍々しい悪意に満ちた魔力だ。

ううっ!
魔装を発動していてもキツイわね!

絶え間なく襲い掛かる頭痛と悪寒で身体がおかしくなりそうだ。しかも魔力と共に負の念まで流れ込んでくる。

殺せ! 殲滅しろ! 破壊し尽くせ! 皆殺しだ!

悪の念の波動がリリスの心に流れ込んでくる。
その耐え難い負の波動にリリスの表情は歪み、その辛そうな様子がリンディにも感じられた。

一方、リンディはリリスが何をしているのかを即座に理解した。

魔人の魔力を吸引している!

それは簡単な事ではないはずだ。魔人も当然のことながら抵抗する。むしろ逆に魔人に吸引されることだって有り得る。
普通の人間には無理だ。
そう考えるとこの先輩は、どれだけ人外な魔力吸引のスキルを持っているのだろう。
魔人も抵抗している様子は検知出来る。
だが有無を言わさず、魔人の魔力を強烈に吸引しているリリスを見て、リンディは改めてリリスの能力の高さを実感した。

何かリリスの為に手助けが出来ないだろうか?

そう考えてリンディは空間魔法を発動させ、小さな亜空間の球体を創り上げた。それをリリスの顔に横から押し付け、

「先輩! ここに吐き出してください!」

そう叫んだリンディの声と亜空間の質感に反応してリリスが横を向くと、その亜空間がリリスの口元を包み込んだ。瞬間的にリリスはそれが何だか理解出来た。

「リンディ、ありがとう!」

そう口走った途端にリリスの口から、魔人の禍々しい魔力がその亜空間に吐き出された。
要するに亜空間を使ったゲロ袋である。

これで躊躇いなく吸引出来る!

リリスはそう思うと更に魔力の触手を追加で伸ばし、魔人の身体から一気に魔力を吸い上げた。
吐き出される魔力の勢いも更に激しくなっていく。

時限監獄の中で魔人の身体は見る見るうちに小さくなり、ギエエエエッと言う断末魔の声をあげてついに消えていった。

だが魔人が消滅する直前に、リリスの脳裏に微かな映像が浮かんできた。

それは凄惨な情景だ。魔人達が自分達のテリトリーを死守せんがために血で血を洗う抗争を続けている。更に異形の魔族まで参入して凄惨な戦いが展開していく。断末魔の絶叫と怨嗟の怒号が絶える事が無い。

これは魔人の記憶なのか?

激しい戦いを生き抜いてテリトリーを守り切った魔人達。束の間の平安が訪れたにもかかわらず、突如そのコロニーが業火で焼き尽くされていく。
抵抗も出来ないままに大地ごと吹き飛ばされ、コロニーのあった場所に大きなクレーターが幾つも出現した。

怒りに満ちた魔人の視線が上空に向かうと、そこには半透明の巨大な天女が浮かび上がっていた。その身体の周囲に数えきれないほどの巨大な火球を纏わらせ、薄いベールのような素材の衣をたなびかせ、不吉な笑顔を見せている。
その巨大な火球の一つが魔人の視線に向かってきて映像は消えた。

何を見せられたのだろう?

それに・・・あの天女のように見えたのは、おそらく火の亜神・・・。

リリスがそう思ったのは、天女の表情にどことなくタミアの面影を見たからだ。

戦闘が終わりふっと気が抜けると、肉体的な疲労と共に精神的な疲労がどっと押し寄せてくる。
リリスはその場にぺたんと座り込んでしまった。
その額には脂汗が滲んでいる。
肩で息をするリリスにリンディが駆け寄り、背中にそっと手を触れた。その手の温かさが心地よく感じるのは何故だろう。
リンディの人柄を感じ取ったのかも知れない。

「リリス先輩、お疲れ様でした。でも魔人の魔力を吸い尽くす人族なんて、初めて見ましたよ。」

笑いながら差し伸べたリンディの手を掴んで、リリスはようやく立ち上がった。

「とんでもないものを吸い上げちゃったわ。おかげで凄く気持ちが悪くなっちゃって・・・。リンディがあの小さな亜空間を用意してくれなかったら、耐え切れないで辺り一面に魔人の魔力を撒き散らしていたわよ。」

「う~ん。そんな事をされたら私達も毒気に当てられて倒れていたでしょうね。」

失笑するリンディの背後からエリスも心配そうな表情で駆け寄ってきた。

「リリス先輩。無理させちゃってすみません。私のブリザードのレベルがもう少し高ければ・・・」

そのエリスにリリスはねぎらいの言葉を掛けた。

「エリスが謝る事は無いわよ。あなたのブリザードのお陰であの魔人も相当弱っていたわ。だから私も勝てたと思うの。」

そう答えたリリスは背後に不気味な気配を感じた。何事かと思って振り返ると、ジークがよろよろとふらつきながら近づいている。
どうやら相当魔力を消耗したようだ。
だがジークが最初に魔人と闘ってくれたおかげで、自分達にも勝機が訪れた事は事実だ。そう思ってリリスはジークを笑顔で迎えた。

「君達は未知の戦闘力を持ち合わせているようだね。あの魔人を倒すなんて・・・」

「今後は魔法学院のバルキリーと呼ばせてもらおうかね?」

そう言いながらジークは懐からマナポーションを取り出し、グイッと飲み干した。

それは買い被り過ぎですよ。

そう言おうとした途端に解析スキルがリリスの脳内でアラートを発した。

『ワームホールから何か来ます! 大きな魔力の塊です!』

ええっ!
まだ何か来るの?

思わず振り返るとワームホールが激しく振動し、その内部の闇の奥で閃光が激しく点滅している。
ワームホールのある山肌全体がゴゴゴゴゴッと地響きをあげ、不気味な気配が辺り一面に漂い始めた。
ジークやリンディの表情にも緊張が走る。

リリスはこぶしを握り締め、ワームホールの奥をじっと見つめていた。





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