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獣人の国へ2
しおりを挟むアブリル王国。
それは大陸南方の小国である。獣人が支配する国で、現在の王家は狼の耳と体毛を持つ種族だ。
国土の大半は荒野や森林で耕作地は少なく、主だった特産物や産業もない。それ故に基本的には他国に出稼ぎに行くのがこの国の国民の通例だ。
獣人である故に身体能力は高く、他国で傭兵業に就く者も多い。
リリス達は森林の中の少し開けた場所に転移した。その傍には軍の宿営用の大きな丸太小屋が建っている。
周囲を見渡すと四方が深い森林で、獣道のような小径が森の中に続いていた。遠くには山並みが3方に見えるのだが、1方向だけ山裾が近い。
その山裾にたびたびワームホールが出現するのだと言う。
「どうしてこんなところにワームホールが出現するのですか?」
エリスの質問にジークも首を傾げた。
「それが良く分からないんだよね。普通はワームホールはダンジョンの近くに発生するものだ。ダンジョン内で増えすぎた魔物の排出口だと言われている。だがこの近辺にはダンジョンは存在しない。どう考えても謎なんだよねえ。」
ジークはそう答えながらリリス達を近くの山裾の方向に進ませた。うっそうとした木立を抜けていくと山裾が近付いてくる。木々に絡む蔦を短剣で切り落としながら、獣道を注意深く歩いていく。
今のところ周囲に魔物の気配はない。聞こえてくるのは野鳥の鳴き声と、風が木立を駆け抜ける音だけだ。
「ところでワームホールからどんな魔物が出現するのですか?」
リンディの質問にジークは振り向き、一瞬記憶を辿るような仕草を見せた。
「私の覚えている限りでは、ブラックウルフの大群が5回、ハービーの大群が3回、メイジやファイターを含むゴブリンの小隊が1回だね。」
う~ん。
やはりダンジョンでよく見かける魔物達だわ。
ダンジョンとどこかで繋がっているのかしら?
あれこれと考えながらリリスは獣道を歩いた。
しばらくして山裾に辿り着くと、切り立った崖の一か所に直径10mほどの黒い闇が見えて来た。それはまるで生き物のように収縮を繰り返しているのだが、その内部から不気味な妖気がこちらまで漂ってきている。
「あれがワームホールなんですか? 随分静かですね。」
リリスの問い掛けにジークはにやりと笑った。
「あれはまだ活性化していない状態なんだよ。あのワームホールは定期的に活性化して大きくなる。だがまだ活性化していないうちに刺激すると、ワームホールとしての活動を始めるんだ。その際に出現する魔物の数は本来の時よりも少ないので、あらかじめ小さいうちに刺激して吐き出させるのが得策なんだよ。」
なるほどね。
早めに膿を出すって事なのね。
そう思いながらワームホールを見ていると、山の崖に出来た傷口のように見えるのが不気味だ。リリス達は山裾の荒地で立ち止まった。正面に見えるワームホールまでの距離は100m。下手に近づき過ぎない方が無難だろう。
100mほど離れていてもそこから妖気が漂ってくる。それほどに強いものではないが、若干の不快感を催すレベルのものだ。ワームホールの闇の中に時折チカッと小さな光が点滅している。
ジークは振り返り、リリスに声を掛けた。
「リリス君。あのワームホールを刺激してくれ。君のファイヤーボルトを数発ぶち込めば、活性化すると思うよ。」
「私の魔力で良いんですか? 異常な反応をされると困るのですが・・・」
リリスの返答にジークはハハハと高笑いをした。
「ここはダンジョン内部じゃないんだからね。いくら君が稀有なレベルのダンジョンメイトだと言っても、ここではそんな予測不能な反応はしないと思うよ。」
そうかしら?
本当に大丈夫なの?
少なからぬ不安を抱きつつも、リリスは魔力を集中させ、開いた両手の上に10本のファイヤーボルトを出現させた。それを一気に放つと、ファイヤーボルトは弧を描きながらワームホールに向かい、見事に全弾がその闇に突入していった。
「うん。全弾命中だ。さすがに見事なコントロールだね。」
ジークの誉め言葉にリリスは愛想笑いで応えた。軌道が多少ずれていても、修正は出来る。ファイヤーボルトの精度の高さを考慮して、ジークはリリスに任せたのだろう。
闇の中に大きな爆炎が幾つも見えた。内部の構造は良く分からないが、ワームホール内でリリスのファイヤーボルトは確実に炎上したようだ。
だがワームホールに特段の変化は見られない。
「君達3人でもう一度試してくれ。」
ジークの指示でリリスがもう一度ファイヤーボルトを放ち、エリスがウォーターカッターを放ち、リンディがエアカッターを放った。リリスのファイヤーボルトは正確にワームホールを直撃したが、エリスとリンディの魔法攻撃は拡散するので、100m離れた目標を正確には撃ち抜けない。
それでもワームホールの直径が10mもあるので、リンディのエアカッターが5発ほどワームホールの闇に吸い込まれていった。
その直後、ゴゴゴゴゴッと地響きを立て、ワームホールの闇が不気味に振動し始めた。どうやら効果があったのか?
リリス達の見守る中、ワームホールの闇の周辺に雷光が激しく走り、闇の中から銀色に輝く集団が飛び出してきた。
「何だ?」
ジークが不思議に思って目を凝らすと、それは銀色の甲冑である事が分かった。
「おいおい。オーガの軍隊が出てきちゃったぞ。これはどう言う事なんだ?」
そう口走りながらジークがリリス達の前にシールドを張るとその直後、目の前のシールドにドンドンと衝撃と爆炎が上がった。
明らかにファイヤーボールだ。威力と手数はそれほどでもないが、この距離で正確に飛ばしてくるのは尋常ではない。
手練れのオーガメイジが混じっているのだろう。
「敵の数は30体ほどだ。リリス君、手早くあれを頼む!」
背後からのジークの声にリリスはハイと返事をして土魔法を発動させた。リリスが魔力を集中して大地に放つと、20mほどの前方に大きな泥沼が現れた。その幅と奥行きを更に伸ばしていく。
ほどなく出現したのは幅30m奥行き10mほどの泥沼だ。魔力の消費を考えて深さは1mほどに設定している。その泥沼の表面を10cmほど、軽く硬化させると罠として完成だ。
更に泥沼の両脇を土魔法で隆起させ、土壁を泥沼の両側に配置してオーガが泥沼の外側に回り込めないようにした。
その出来栄えにエリスとリンディも感嘆の声を上げた。
「土魔法ってこんな事が出来るんですね!」
「まるで粘土細工のようだわ。」
二人ともリリスの戦いぶりは聞いていたのだが、実際の目の前で見せられると驚異以外の何物でもない。
リリスはここまでの工程をごく短時間で造り上げたのだが、その間にもファイヤーボールや矢が数発シールドに撃ち込まれ、ドンドンドンと衝撃音をあげている。
オーガ達との距離は約50mだ。
オーガ達が近付くにつれてその姿が異様であることが分かった。全員がフルメタルアーマーを着用し、その大半が不気味に光る魔剣を振りかざしている。オーガメイジと思われる個体が2体。魔弓を持つアーチャーも2体確認出来る。
それほどに移動速度は速くないが、ドスンドスンと地響きと砂埃を立てて近づいてくる様子は如何にもパワーがありそうだ。
これは早めに仕掛けた方が良い。
リリスは両手に太いファイヤーボルトを8本出現させると、投擲スキルを発動させて斜め上空に一気に放った。二重構造にして火力を強化したファイヤーボルトが高速で斜め上空に舞い上がり、弧を描いてオーガの軍団に向かっていく。投擲スキルの補正もあって、魔剣を振りかざしながら走り込んできた先頭の10体に次々と着弾したファイヤーボルトは、オーガファイターのメタルアーマーを易々と撃ち抜き、ドンッと言う鈍い衝撃音と共に激しい爆炎を幾つもあげた。
その威力に目を見張る後輩二人にリリスが檄を飛ばす。
「二人共、何を見てるのよ!」
リリスの声にハッとしてエリスもリンディも攻撃を始めた。
拡散性のエアカッターとウォーターカッターが雲霞の如くオーガの軍団に向かっていく。だがオーガの着用しているメタルアーマーにはあまり効果がなさそうで、露出している皮膚に傷を負わせる程度のようだ。エリスもリンディも少し焦りを見せている。
「仕方が無いわよ。オーガって基本的に頑丈だからね。」
そう言って二人を労いつつ、リリスはオーガの動きを注視していた。今のところ上手く泥沼に誘導出来そうだ。
リリスはおもむろに両手にファイヤーボルトを出現させた。狙いは飛び道具を持つ4体だ。メイジとアーチャーを早めに仕留めなければ安心出来ない。
素早く熱耐性が高く粘着性の強い毒を生成して、二重構造のファイヤーボルトに仕込むと、オーガの軍団の後方にいる4体に向けて、リリスはそのファイヤーボルトを高速で放った。
キーンと金切り音を立てて放たれたファイヤーボルトは、高速で狙った4体に見ごとに着弾した。オーガメイジは咄嗟にシールドを張ったのだが、そのシールドを突き破ってファイヤーボルトが着弾し、炎熱と共に毒を撒き散らす。
オーガメイジは2体共に苦しむ間もなくその場に倒れ燃え上がった。
オーガのアーチャーもメタルアーマーを突き抜けて着弾したファイヤーボルトに、なすすべもなくその場に倒れた。
残るはオーガファイター16体。
至近距離に近付いてきたオーガファイター達がその勢いのまま、隠された泥沼の表面を踏み抜き、次々と泥沼に飛沫をあげて呑まれていった。
即座にリリスは泥沼の底からアースランスを発動させ、オーガが全て泥沼に嵌っているのを確かめて硬化させた。
苦しみながらも身動きの取れないオーガ達を見つめながら、リリスはエリスとリンディに指示を出した。
「さあ、最後の仕上げよ。動かない敵なら魔法攻撃を拡散させる必要も無いわよ。」
リリスの言葉に二人の後輩は無言で頷き、それぞれの魔法を強く放った。
エリスの大きなウォーターカッターが大鎌のようにオーガファイターの身体を突き破り、リンディの大きなエアカッターがこれも大鎌のようにオーガファイターの身体を切り刻む。リリスもファイヤーボルトを数発放って残りのオーガを駆逐した。
ほどなく泥沼にオーガの死体が散乱する悲惨な光景が広がった。
我ながら凄惨な光景よね。
このままにしておく訳にもいかない。リリスはその後片付けを始める事にした。
泥沼の硬化を解き、再び泥沼に戻すとオーガの残骸も全て沼の中に消えていった。そのうえで再度硬化させ元の大地に戻す。その表面をトントンと軽く足で踏みしめて確認すると、リリスは隆起させた土地を戻し、土壁を元の土に戻した。
まるで何もなかったかのように、リリス達の目の前に荒れ地が広がっている。
「まるで夢を見ているようだわ。」
リンディはそう言いながら、リリスが元に戻した大地を触れて確かめていた。
その3人にジークが駆け寄ってくる。チャラい笑顔が若干暑苦しいのだが。
「見事だね、リリス君。いつもながら堅実な戦いぶりだね。」
地味って言いたいんじゃないの?
心の中でそう呟くリリスだが、安堵の溜息をつくのと同時に前方からゴゴゴゴゴッと地響きが伝わってきた。
前方のワームホールが再び蠢いている。
「ちょっと待ってよ! もう終わったんじゃないの?」
リリスの叫びを他所に、ワームホールの真ん中に大きな魔方陣が出現して緩やかに回転し始めた。その魔方陣の中央に赤い光の塊が現れたかと思うと、カッと激しい光を放ち、その中から黒い物体が飛び出してきた。それは人の形をしているが地面の近くで宙に浮いている。
徐々にそれがリリス達に近付いてきた。
ジークが再びシールドを張ると、そこに向けて黒い人影はファイヤーボールを放った。
ドゥンと大きな衝撃音をあげてシールドがビリビリと揺さぶられる。その炎熱も激しくシールドに纏わりついた。
かなりの威力だ。
50mほどの距離に近付いた黒い人影は、その赤く光る眼をリリス達に向け、大きな口を開けてニヤッと不気味に笑った。
「あれは何だ? まさかとは思うが・・・・・魔人なのか?」
ジークの声が少し震えている。
「魔人って太古に滅びたはずでは・・・・・」
リンディの声にも少し焦りが感じられる。
リリスも太古に魔人が存在していた事は知っている。それに関する文献も図書館で見たことがある。だがそれはこの世界ではすでに滅びたはずだ。
生き残りが居るとも思えない・・・。
リリスは即座に解析スキルを発動させた。
あれは魔人なの?
『そうですね。魔人のようですね。ですが反応が魔人そのものではありませんね。まるでコピー品のような反応だ。』
コピー?
誰がコピーするのよ?
『人族が創り上げたとも考えられますが、むしろダンジョンの魔物に近い反応ですね。』
それってつまり・・・ダンジョンコアが創り上げたって事なの?
『その可能性が高いですね。もしもあのワームホールがどこか遠方のダンジョンと繋がっているとすれば、ダンジョンメイトの魔力の波動を感知して創り上げたとも・・・。』
そんな事って。
魔人が近付くにつれて、頭が痛くなってきた。妖気や瘴気を放っているようだ。即座にリリスは魔装を非表示で発動させた。
ジーク達を見るとそれなりに耐性を持っているようだが、その表情は辛そうだ。
唖然とするリリスの目の前で、魔人は大きく声をあげた。
「お前達を個別に料理してやろう。」
魔人が両手を突き出して魔力を放つと、リリスの視界がふっと消え、白い半透明の空間に閉じ込められてしまった。
これって何?
『個別に亜空間に閉じ込められたようです。』
そんなに冷静に言わないでよ!
焦る思いでリリスはエリス達の安否を気遣っていたのだった。
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