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図書館での自習 後日談
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生徒会の部屋に隣接する来賓用のブース。
生徒会の関係者や父兄の為のゲストルームだが、それほどに広い部屋ではない。ブースなので完全に独立した部屋ではなく、生徒会の部屋の一角を仕切って、扉を付けた程度の構造だ。それ故に大声を出せば外に音が漏れてしまう。
だがそこは一応配慮されていて、防音の効果を発揮する魔道具が常に用意されている。
リンディはブースの中のソファの前に立つと、即座にテーブル上の魔道具に魔力を注ぎ、防音シールドをブース内に発動させた。
リリスが対面のソファの前に立つと改めてリンディはリリスに礼をした。
「1年生のリンディ・リア・ゲイブルズです。よろしくお願いします。」
色白で小柄なリンディの笑顔がリリスの心を和ませた。
リリスが軽く挨拶をしてソファに座ると、リンディはソファに座りながら、テーブルの上に小さな本を置いた。簡単な表装の本で文庫本サイズだ。
何だろうと思いながら手に取って開くと、それは子供向けの童話であった。だがそれはリリスにとって衝撃的だった。
「・・・これって・・・」
パラパラとページをめくりながら言葉に詰まるリリスに、リンディは意味ありげな口調で言葉を掛けた。
「リリス先輩は読まれたことがありますよね。・・・そう、それは山猫族の物語です。」
そう言うとリンディはリリスからその本を受け取った。
「図書館にも同じ本があります。あちらは図書館などでの公的な保管用ですね。この本は一般家庭用の普及版です。それで・・・」
リンディはぐっと身を乗り出してきた。その小動物のような愛くるしい顔が近付き、リリスの目をじっと眺め、
「単刀直入に言いますね、リリス先輩。エイヴィス様に会われましたね。」
「えっ! どうしてそれを・・・・」
言葉を失うリリスにリンディは、うふふと含み笑いをしながら説明を始めた。
「私も数年前からこの本に組み込まれた仮想空間で、エイヴィス様と何度も会っていたんです。」
「それじゃあ、あなたもワームホールから出てくる魔物の大群と闘ったの?」
「いえいえ、私にはそんな力はありません。」
そう言いながらリンディは手を横に振った。
「エイヴィス様は私を見て、失われたダークリンクスの血を引いていると言っていました。正式な記録はありませんが、私の実家のゲイブルズ家は先祖にダークリンクスが居たようです。しかも私は先祖返りのようで、ダークリンクスの特徴を強く持ち合わせているのでエイヴィス様が興味を持って、色々とお話をしてくださったのです。」
そう言う事なのね。
私の戦いぶりを見ていたってわけじゃなさそうね。
リリスはそう思って少し安心した。全力を出し切り、正気さえも失うほどに暴れまわった様子を下級生に見られていたら、とんでもない風評が立つかもしれない。リリスはそれを危惧していたのだった。
「そのエイヴィス様が昨夜、私に別れを告げたのです。リリス先輩が最後のワームホールを潰してくれたので、エイヴィス様は並行世界に旅立つと言われました。こちらの世界に戻ってくるとしても、あと数百年後になると・・・・」
うんうん。
その辺りの事は私も聞いた内容ね。
リリスが自分の話を理解している事を確認し、リンディは話を続けた。
「エイヴィス様はリリス先輩にお礼がしたかったそうです。それでこの世界から消え去る間際に私に、先輩へのお礼の品を手渡されたのです。」
そう言いながらリンディは懐から小さな宝玉と猫の形のブローチを取り出した。
直径5cmほどの赤い宝玉はリリスが手に取ると、ふっと仄かに光り、不思議な魔力の波動を僅かに発した。もう一つの猫の形のブローチは何かの魔道具のように思える。
「その宝玉はリリス先輩の魔力でないと効果が発動されません。後で人気のないところで発動させてください。エイヴィス様の話ではランダムにスキルが付与されるそうです。」
そうなの?
スキルと聞いて、リリスはまじまじとその宝玉を眺めた。
「それと、そのブローチは人族が猫耳の獣人に仮装出来る魔道具です。それもリリス先輩の魔力にのみ反応して作動するそうですよ。」
要するにコスプレ用の魔道具ね。
でも用途が限られるわよねえ。
リリスの思いを見透かして、リンディは言葉を続けた。
「獣人の国に潜入する際には重宝しますよ。単に変装用に使っても構いませんが・・・」
「なるほどね。後で試してみるわ。それにしても・・・」
リリスはおもむろにリンディに疑問をぶつけた。
「それで、エイヴィス様って何者なの?」
リリスの問い掛けにリンディはう~んと唸り、
「私には超越者だと言っていました。時空を超越した存在だと。」
聞き慣れない言葉にリリスは首を傾げた。
「そうなの? 私は賢者様なのかと思っていたわ。」
リンディはリリスの言葉にうんうんと頷き、
「エイヴィス様は元々はダークリンクスの賢者様だったそうですよ。ダークリンクスは身体能力に長けた種族ですが、稀に魔法に長けた者が出現したそうです。」
「その経緯は分かりませんが、エイヴィス様は長年の研究の後に空間魔法を極め、リッチとなって寿命の概念を越え、最終的に超越者になったと聞きました。」
そうなの。
それじゃあ、あの風貌も仮の姿なのね。
「でもそれほどの方なら、私に頼らなくてもワームホールなんて潰せるんじゃないの?」
リリスの言葉にリンディは真剣な眼差しを向けた。
「それをエイヴィス様が直接行なうと、エイヴィス様自身が時空の正常な流れの阻害要素となってしまい、この世界の管理者から存在そのものを排除されてしまうと聞きました。その深い意味は分からないのですが・・・・・」
う~ん。
良く分からないわね。
でも見方によっては局所的な時空改変の為の方便のようなものなのかしら?
たまたま過去の時空に紛れ込んだ人族が、訳も分からずに暴れまわったと言う形にしたかったのかもね。
少し考え込んだリリスだが、いくら考えたところで分からなくなるばかりだ。気持ちを切り替えてリンディに、別な事を尋ねてみた。
「リンディのお姉様はやはりダークリンクスの血を引いているの?」
「ええ、そうですよ。まあ、アイリスお姉様と私は、見た目には全く違いますけどね。アイリスお姉様なんて生徒会の会長から黒猫ちゃんと呼ばれるほどですから・・・」
確かにこの姉妹は見た目が真逆である。それにリンディの姉にしても、アイリスと言う可愛らしい名前と雌豹のような容姿が全くアンバランスだ。
リリスの思いを察知してリンディは話を続けた。
「私はどちらかと言えば、エイヴィス様に近い種類のダークリンクスの要素を受け継いでいるのでしょうね。身体能力は高くないですが魔法はそれなりに扱えます。お姉様は典型的な近接戦闘タイプのダークリンクスの要素を受け継いでいます。身体能力が高い上に強化魔法を多種多様に扱いますからね。」
「でもダークリンクスってダークアーミンとの抗争で滅びちゃったのね。」
「そうなんですよ。居住環境や食性がよく似ていたそうです。ところでダークアーミンってどんな種族だったかご存じですか?」
リンディに問われてリリスは首を横に振った。
「エイヴィス様からは山犬族としか聞いていないわよ。」
リリスの言葉にリンディはうんうんと頷いた。
「山犬族と表現されていますが、実態はかなり異なるようです。」
「えっ? 犬や狼の系統の獣人じゃなかったの?」
不思議がるリリスにリンディは文庫本の裏表紙を見せた。そこに書かれているイラストは動物の猫と犬で両種族を表現しているが、犬の胴体が長くて飛び跳ねている。
「これって・・・テン? オコジョ? いずれにしてもイタチ系の獣よね。」
そう言いながらリリスは子供の頃に見た動画を思い出した。
オコジョって見た目は可愛らしいけど獰猛なハンターなのよね。自分よりも大きなウサギを襲うんだもの。
そう思うとそのイメージが目の前のリンディに重なって見える。謙遜はしていたが、意外にこの子も戦闘能力が高いのかも知れない。
「共通の食性って何なの?」
ふと呟いたリリスの言葉にリンディはうっと言葉を詰まらせた。何か気拙い事でもあるのだろうか?
「これは誤解をしないで欲しいのですが・・・」
リンディは少し間を置いた。
「ダークリンクスで言うと、普段は普通に何でも食べます。ただ、空腹でない時は他種族の生き血を啜るのを好んだそうです。」
えっ!
リリスはそれを聞いて固まってしまった。
「ダークリンクスは必要に応じて唾液から特殊な魅了成分を分泌出来ます。首筋にかみつき、唾液を流して眷属のような状態にした上で、時に応じて生き血を・・・」
そう言いながらリンディは真顔になり、
「私はそんな事はしませんよ。ダークリンクスの食性までは引き継いでいませんから。それに私って血を見るのも苦手なので。」
リリスはそれを聞いて安堵のため息をついた。
「そうよねえ。いくら何でもそれは無いわよねえ。」
「リリス先輩。そう言いながら首筋をさするのはやめてくださいね。」
あらあら。
反射的に首筋を庇っちゃったわ。
リンディの目が気になる。リンディ自身は別にリリスを咎めて言ったのではないのだろうが・・・。
リリスは苦笑いをして誤魔化した。
「でもねえ、そんな食性のあるダークリンクスを、どうしてエイヴィス様はそこまでして存続させたかったのかしら?」
いくらエイヴィスがダークリンクス出身であるとしても、この世界の理法を破ってまで庇うだけの理由があるのだろうか?
リリスの疑問はリンディにも良く分かった。
「私もそれは疑問に思いました。エイヴィス様によると、ダークリンクスは極めて特異な個体を産み出す傾向があるそうです。エイヴィス様のような上位魔法に特化した個体もあれば、肉体的な戦闘能力に極度に特化した個体もあると。」
う~ん。
そうなのかしら・・・。
確かにエイヴィス様の特異性は認めるけどね。
「そう言えば・・・」
リンディが急に目を輝かせた。
「リリス先輩。どんな風にワームホールを潰したんですか?」
「潰したと言われても、私は出てくる魔物を駆除しただけよ。」
リリスの言葉にリンディは更に目を輝かせた。
「出てくる魔物って言っても、1000体以上だとエイヴィス様から聞きましたよ。そんな大量殺戮の可能な魔法をお持ちなのですか?」
「それは秘密よ、秘密。」
そう言いながら口を固く結ぶ仕草をしたリリスにリンディはふうっとため息をつき、
「そうですよね。話せるわけありませんよね。私も魔法が使える身なので、つい気になりました。聞かなかった事にしてください。」
リンディはそう言うとえへへへへと苦笑いをした。
だがどうも気になる。
リリスはリンディに向けて、そっと鑑定スキルを発動させた。
**************
リンディ・リア・ゲイブルズ
種族:獣人族 レベル15
年齢:13
体力:800
魔力:1500
属性:風・火
魔法:ファイヤーボール レベル2+
エアカッター レベル2+
スキル:鑑定 レベル1
探知 レベル2
身体強化 レベル2
解毒 レベル2
毒耐性 レベル2
威圧
・
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・
・
山猫族の加護
**************
うんうん。
確かに獣人らしいステータスね。山猫族の加護って随分可愛い名称だわ。
でも・・・・・この空白は何?
まさか・・・・・。
リリスの疑問に解析スキルが発動した。
『ご想像の通りです。おそらく秘匿領域でしょう。大量の隠しスキルが存在すると思われます。しかもかなり構造そのものが複雑です。これなら誰が鑑定しても、この空白すら表に出てこないでしょうね。』
それって私の鑑定スキルがそれだけ優秀だと言う事なのね。でもそれでも鑑定不能だと理解すれば良いの?
『そうですね。でも現実はこの優秀なスキルに鑑定不能と言う表現すらさせてもらえません。どう表現すれば良いのでしょうか。鑑定スキルに引っ掛かるギリギリのところでスッと躱しているような・・・』
う~~ん。
可愛い見た目とは裏腹に、謎の多い子ねえ。
他人に見せられないようなスキルがたくさんあるのね。
リンディってよほど特異なダークリンクスの血を引いているのかしら?
「リリス先輩。どうかしたんですか?」
不意に問いかけられてリリスはびくっとした。
「ああ、ごめんなさいね。少し考え事をしていたのよ。」
そう言ってリリスは誤魔化した。
「そろそろ生徒会の部屋に戻りましょう。ここでの話は内密と言う事にしてね。」
リリスの言葉にリンディも頷いた。
「そうですね。それに、誰かに話しても絶対に信じてもらえませんよ。ワームホールだとか超越者だとか管理者だなんて・・・」
「そうよねえ。」
リリスはほっとして立ち上がり、リンディと共にブースから外に出た。
生徒会の部屋ではエリスとニーナが作業を続けている傍で、セーラも書類を整理していた。
その傍を通ってリンディは全員に挨拶し、笑顔を振りまきながら退出していった。
何だろう?
不思議な余韻が残る子ね。
リリスは自分の席に座り、原稿を用意しながら、何気にエリスに尋ねてみた。
「ねえ、エリス。リンディってダンジョンチャレンジの成績はどうだったの?」
「えっ? ダンジョンチャレンジですか?」
不意に聞かれたエリスは一瞬間を置き、
「そう言えばリンディもダンジョンメイトなんですよ。彼女がダンジョンに入ると途端に難易度が上がるんです。まあそれでもリリス先輩ほどではないと、ロイド先生が言っていましたけどね。」
エリスの言葉にニーナが続けた。
「リリスは特別よ、特別。Sランクの冒険者を連れて行かないと、安心出来ないわ。」
「それは言い過ぎよ。」
そう言って苦笑いをするリリスだが、リンディに関しては彼女なりに確信を得た。リンディがダンジョンに入ると途端に難易度が上がると言う。
それはつまりリンディの隠しスキルに、ダンジョンマスターやダンジョンコアが過敏に反応しているからなのだろう。
う~ん。気になるわねえ。
でも聞いたら聞いたで、藪蛇になっちゃうだろうな。
自分のステータスの秘匿領域もばれてしまう。否、既にリンディはそれを察知しているのかも知れない。ただ聞かないだけで・・・。
リリスは気持ちを切り替え、原稿創りを再開したのだった。
生徒会の関係者や父兄の為のゲストルームだが、それほどに広い部屋ではない。ブースなので完全に独立した部屋ではなく、生徒会の部屋の一角を仕切って、扉を付けた程度の構造だ。それ故に大声を出せば外に音が漏れてしまう。
だがそこは一応配慮されていて、防音の効果を発揮する魔道具が常に用意されている。
リンディはブースの中のソファの前に立つと、即座にテーブル上の魔道具に魔力を注ぎ、防音シールドをブース内に発動させた。
リリスが対面のソファの前に立つと改めてリンディはリリスに礼をした。
「1年生のリンディ・リア・ゲイブルズです。よろしくお願いします。」
色白で小柄なリンディの笑顔がリリスの心を和ませた。
リリスが軽く挨拶をしてソファに座ると、リンディはソファに座りながら、テーブルの上に小さな本を置いた。簡単な表装の本で文庫本サイズだ。
何だろうと思いながら手に取って開くと、それは子供向けの童話であった。だがそれはリリスにとって衝撃的だった。
「・・・これって・・・」
パラパラとページをめくりながら言葉に詰まるリリスに、リンディは意味ありげな口調で言葉を掛けた。
「リリス先輩は読まれたことがありますよね。・・・そう、それは山猫族の物語です。」
そう言うとリンディはリリスからその本を受け取った。
「図書館にも同じ本があります。あちらは図書館などでの公的な保管用ですね。この本は一般家庭用の普及版です。それで・・・」
リンディはぐっと身を乗り出してきた。その小動物のような愛くるしい顔が近付き、リリスの目をじっと眺め、
「単刀直入に言いますね、リリス先輩。エイヴィス様に会われましたね。」
「えっ! どうしてそれを・・・・」
言葉を失うリリスにリンディは、うふふと含み笑いをしながら説明を始めた。
「私も数年前からこの本に組み込まれた仮想空間で、エイヴィス様と何度も会っていたんです。」
「それじゃあ、あなたもワームホールから出てくる魔物の大群と闘ったの?」
「いえいえ、私にはそんな力はありません。」
そう言いながらリンディは手を横に振った。
「エイヴィス様は私を見て、失われたダークリンクスの血を引いていると言っていました。正式な記録はありませんが、私の実家のゲイブルズ家は先祖にダークリンクスが居たようです。しかも私は先祖返りのようで、ダークリンクスの特徴を強く持ち合わせているのでエイヴィス様が興味を持って、色々とお話をしてくださったのです。」
そう言う事なのね。
私の戦いぶりを見ていたってわけじゃなさそうね。
リリスはそう思って少し安心した。全力を出し切り、正気さえも失うほどに暴れまわった様子を下級生に見られていたら、とんでもない風評が立つかもしれない。リリスはそれを危惧していたのだった。
「そのエイヴィス様が昨夜、私に別れを告げたのです。リリス先輩が最後のワームホールを潰してくれたので、エイヴィス様は並行世界に旅立つと言われました。こちらの世界に戻ってくるとしても、あと数百年後になると・・・・」
うんうん。
その辺りの事は私も聞いた内容ね。
リリスが自分の話を理解している事を確認し、リンディは話を続けた。
「エイヴィス様はリリス先輩にお礼がしたかったそうです。それでこの世界から消え去る間際に私に、先輩へのお礼の品を手渡されたのです。」
そう言いながらリンディは懐から小さな宝玉と猫の形のブローチを取り出した。
直径5cmほどの赤い宝玉はリリスが手に取ると、ふっと仄かに光り、不思議な魔力の波動を僅かに発した。もう一つの猫の形のブローチは何かの魔道具のように思える。
「その宝玉はリリス先輩の魔力でないと効果が発動されません。後で人気のないところで発動させてください。エイヴィス様の話ではランダムにスキルが付与されるそうです。」
そうなの?
スキルと聞いて、リリスはまじまじとその宝玉を眺めた。
「それと、そのブローチは人族が猫耳の獣人に仮装出来る魔道具です。それもリリス先輩の魔力にのみ反応して作動するそうですよ。」
要するにコスプレ用の魔道具ね。
でも用途が限られるわよねえ。
リリスの思いを見透かして、リンディは言葉を続けた。
「獣人の国に潜入する際には重宝しますよ。単に変装用に使っても構いませんが・・・」
「なるほどね。後で試してみるわ。それにしても・・・」
リリスはおもむろにリンディに疑問をぶつけた。
「それで、エイヴィス様って何者なの?」
リリスの問い掛けにリンディはう~んと唸り、
「私には超越者だと言っていました。時空を超越した存在だと。」
聞き慣れない言葉にリリスは首を傾げた。
「そうなの? 私は賢者様なのかと思っていたわ。」
リンディはリリスの言葉にうんうんと頷き、
「エイヴィス様は元々はダークリンクスの賢者様だったそうですよ。ダークリンクスは身体能力に長けた種族ですが、稀に魔法に長けた者が出現したそうです。」
「その経緯は分かりませんが、エイヴィス様は長年の研究の後に空間魔法を極め、リッチとなって寿命の概念を越え、最終的に超越者になったと聞きました。」
そうなの。
それじゃあ、あの風貌も仮の姿なのね。
「でもそれほどの方なら、私に頼らなくてもワームホールなんて潰せるんじゃないの?」
リリスの言葉にリンディは真剣な眼差しを向けた。
「それをエイヴィス様が直接行なうと、エイヴィス様自身が時空の正常な流れの阻害要素となってしまい、この世界の管理者から存在そのものを排除されてしまうと聞きました。その深い意味は分からないのですが・・・・・」
う~ん。
良く分からないわね。
でも見方によっては局所的な時空改変の為の方便のようなものなのかしら?
たまたま過去の時空に紛れ込んだ人族が、訳も分からずに暴れまわったと言う形にしたかったのかもね。
少し考え込んだリリスだが、いくら考えたところで分からなくなるばかりだ。気持ちを切り替えてリンディに、別な事を尋ねてみた。
「リンディのお姉様はやはりダークリンクスの血を引いているの?」
「ええ、そうですよ。まあ、アイリスお姉様と私は、見た目には全く違いますけどね。アイリスお姉様なんて生徒会の会長から黒猫ちゃんと呼ばれるほどですから・・・」
確かにこの姉妹は見た目が真逆である。それにリンディの姉にしても、アイリスと言う可愛らしい名前と雌豹のような容姿が全くアンバランスだ。
リリスの思いを察知してリンディは話を続けた。
「私はどちらかと言えば、エイヴィス様に近い種類のダークリンクスの要素を受け継いでいるのでしょうね。身体能力は高くないですが魔法はそれなりに扱えます。お姉様は典型的な近接戦闘タイプのダークリンクスの要素を受け継いでいます。身体能力が高い上に強化魔法を多種多様に扱いますからね。」
「でもダークリンクスってダークアーミンとの抗争で滅びちゃったのね。」
「そうなんですよ。居住環境や食性がよく似ていたそうです。ところでダークアーミンってどんな種族だったかご存じですか?」
リンディに問われてリリスは首を横に振った。
「エイヴィス様からは山犬族としか聞いていないわよ。」
リリスの言葉にリンディはうんうんと頷いた。
「山犬族と表現されていますが、実態はかなり異なるようです。」
「えっ? 犬や狼の系統の獣人じゃなかったの?」
不思議がるリリスにリンディは文庫本の裏表紙を見せた。そこに書かれているイラストは動物の猫と犬で両種族を表現しているが、犬の胴体が長くて飛び跳ねている。
「これって・・・テン? オコジョ? いずれにしてもイタチ系の獣よね。」
そう言いながらリリスは子供の頃に見た動画を思い出した。
オコジョって見た目は可愛らしいけど獰猛なハンターなのよね。自分よりも大きなウサギを襲うんだもの。
そう思うとそのイメージが目の前のリンディに重なって見える。謙遜はしていたが、意外にこの子も戦闘能力が高いのかも知れない。
「共通の食性って何なの?」
ふと呟いたリリスの言葉にリンディはうっと言葉を詰まらせた。何か気拙い事でもあるのだろうか?
「これは誤解をしないで欲しいのですが・・・」
リンディは少し間を置いた。
「ダークリンクスで言うと、普段は普通に何でも食べます。ただ、空腹でない時は他種族の生き血を啜るのを好んだそうです。」
えっ!
リリスはそれを聞いて固まってしまった。
「ダークリンクスは必要に応じて唾液から特殊な魅了成分を分泌出来ます。首筋にかみつき、唾液を流して眷属のような状態にした上で、時に応じて生き血を・・・」
そう言いながらリンディは真顔になり、
「私はそんな事はしませんよ。ダークリンクスの食性までは引き継いでいませんから。それに私って血を見るのも苦手なので。」
リリスはそれを聞いて安堵のため息をついた。
「そうよねえ。いくら何でもそれは無いわよねえ。」
「リリス先輩。そう言いながら首筋をさするのはやめてくださいね。」
あらあら。
反射的に首筋を庇っちゃったわ。
リンディの目が気になる。リンディ自身は別にリリスを咎めて言ったのではないのだろうが・・・。
リリスは苦笑いをして誤魔化した。
「でもねえ、そんな食性のあるダークリンクスを、どうしてエイヴィス様はそこまでして存続させたかったのかしら?」
いくらエイヴィスがダークリンクス出身であるとしても、この世界の理法を破ってまで庇うだけの理由があるのだろうか?
リリスの疑問はリンディにも良く分かった。
「私もそれは疑問に思いました。エイヴィス様によると、ダークリンクスは極めて特異な個体を産み出す傾向があるそうです。エイヴィス様のような上位魔法に特化した個体もあれば、肉体的な戦闘能力に極度に特化した個体もあると。」
う~ん。
そうなのかしら・・・。
確かにエイヴィス様の特異性は認めるけどね。
「そう言えば・・・」
リンディが急に目を輝かせた。
「リリス先輩。どんな風にワームホールを潰したんですか?」
「潰したと言われても、私は出てくる魔物を駆除しただけよ。」
リリスの言葉にリンディは更に目を輝かせた。
「出てくる魔物って言っても、1000体以上だとエイヴィス様から聞きましたよ。そんな大量殺戮の可能な魔法をお持ちなのですか?」
「それは秘密よ、秘密。」
そう言いながら口を固く結ぶ仕草をしたリリスにリンディはふうっとため息をつき、
「そうですよね。話せるわけありませんよね。私も魔法が使える身なので、つい気になりました。聞かなかった事にしてください。」
リンディはそう言うとえへへへへと苦笑いをした。
だがどうも気になる。
リリスはリンディに向けて、そっと鑑定スキルを発動させた。
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リンディ・リア・ゲイブルズ
種族:獣人族 レベル15
年齢:13
体力:800
魔力:1500
属性:風・火
魔法:ファイヤーボール レベル2+
エアカッター レベル2+
スキル:鑑定 レベル1
探知 レベル2
身体強化 レベル2
解毒 レベル2
毒耐性 レベル2
威圧
・
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山猫族の加護
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うんうん。
確かに獣人らしいステータスね。山猫族の加護って随分可愛い名称だわ。
でも・・・・・この空白は何?
まさか・・・・・。
リリスの疑問に解析スキルが発動した。
『ご想像の通りです。おそらく秘匿領域でしょう。大量の隠しスキルが存在すると思われます。しかもかなり構造そのものが複雑です。これなら誰が鑑定しても、この空白すら表に出てこないでしょうね。』
それって私の鑑定スキルがそれだけ優秀だと言う事なのね。でもそれでも鑑定不能だと理解すれば良いの?
『そうですね。でも現実はこの優秀なスキルに鑑定不能と言う表現すらさせてもらえません。どう表現すれば良いのでしょうか。鑑定スキルに引っ掛かるギリギリのところでスッと躱しているような・・・』
う~~ん。
可愛い見た目とは裏腹に、謎の多い子ねえ。
他人に見せられないようなスキルがたくさんあるのね。
リンディってよほど特異なダークリンクスの血を引いているのかしら?
「リリス先輩。どうかしたんですか?」
不意に問いかけられてリリスはびくっとした。
「ああ、ごめんなさいね。少し考え事をしていたのよ。」
そう言ってリリスは誤魔化した。
「そろそろ生徒会の部屋に戻りましょう。ここでの話は内密と言う事にしてね。」
リリスの言葉にリンディも頷いた。
「そうですね。それに、誰かに話しても絶対に信じてもらえませんよ。ワームホールだとか超越者だとか管理者だなんて・・・」
「そうよねえ。」
リリスはほっとして立ち上がり、リンディと共にブースから外に出た。
生徒会の部屋ではエリスとニーナが作業を続けている傍で、セーラも書類を整理していた。
その傍を通ってリンディは全員に挨拶し、笑顔を振りまきながら退出していった。
何だろう?
不思議な余韻が残る子ね。
リリスは自分の席に座り、原稿を用意しながら、何気にエリスに尋ねてみた。
「ねえ、エリス。リンディってダンジョンチャレンジの成績はどうだったの?」
「えっ? ダンジョンチャレンジですか?」
不意に聞かれたエリスは一瞬間を置き、
「そう言えばリンディもダンジョンメイトなんですよ。彼女がダンジョンに入ると途端に難易度が上がるんです。まあそれでもリリス先輩ほどではないと、ロイド先生が言っていましたけどね。」
エリスの言葉にニーナが続けた。
「リリスは特別よ、特別。Sランクの冒険者を連れて行かないと、安心出来ないわ。」
「それは言い過ぎよ。」
そう言って苦笑いをするリリスだが、リンディに関しては彼女なりに確信を得た。リンディがダンジョンに入ると途端に難易度が上がると言う。
それはつまりリンディの隠しスキルに、ダンジョンマスターやダンジョンコアが過敏に反応しているからなのだろう。
う~ん。気になるわねえ。
でも聞いたら聞いたで、藪蛇になっちゃうだろうな。
自分のステータスの秘匿領域もばれてしまう。否、既にリンディはそれを察知しているのかも知れない。ただ聞かないだけで・・・。
リリスは気持ちを切り替え、原稿創りを再開したのだった。
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