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高台での攻防2
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トーチカの上空に不気味な気配が漂い始めた。
この時、リリスもその魔物の気配を感じていた。
上空から何かが来る!
トーチカの開口部から外を見ると、次の瞬間にトーチカの周囲に巡らせた土壁がドウンッと言う衝撃音とともに破壊され、爆炎がその場に巻き上がった。
キャッと言うメリンダ王女の叫び声がリリスの耳に響く。
「何が起きたのですか?」
シンディが心配そうに話し掛けてきた。
リリスは反対側の開口部に駆け寄って外を見た。そのリリスの目の前を黒い影が高速で通り過ぎた。翼と長い尻尾が見える。
「あれは・・・ワイバーンだ!」
それほどに大きくはない。おそらく体長は3mほどで成体ではないだろう。首に魔道具が装着されていて赤い光を点滅させている。
テイムされているのは明らかだ。
巨大な魔物をテイムする場合、ビーストテイマーはその幼体から魔道具を使って手なずけていく。このワイバーンも幼体からテイムされた個体なのだろう。だが、まだ成体ではないとは言え、その口から放たれるブレスは強烈だ。
瞬時にリリスはファイヤーボルトを放って迎撃に向かった。数本のファイヤーボルトがワイバーンに高速で向かい、そのうちの2本がワイバーンを直撃した。だがワイバーンにダメージを与えた気配はない。火魔法の耐性を持っていることは分かった。
即座にリリスはメリンダ王女から闇魔法の魔力を受け取り、短槍状に錬成しワイバーンに向けて放った。
闇魔法の短槍が高速でワイバーンに向かい、そのうちの1本が尻尾の付け根に着弾した。黒炎の静かな黒い炎がワイバーンの身体を焼き、少しダメージを与えたようだ。だがワイバーンはその痛みに怒り、上空で首を捻じ曲げる様に態勢を変え、その口からファイヤーボールを放った。
ゴウッと言う滑空音とともに灼熱の火の玉がトーチカに向かってきた。
「伏せて!」
リリスの叫び声に反応してシンディもその場に伏せた。
次の瞬間、ドンッと大きな衝撃音が上がり、トーチカの天井の一部が破壊され、その破片がバラバラとリリス達の上に降り注いできた。
その直前にメリンダ王女が闇魔法でシールドを張ったので、身体の損傷は免れたのだが、トーチカの天井に大きな穴が開いてしまった。
拙いわね。あの穴からブレスを放たれたら終わりだわ。
そうは思ったものの、穴を修復している余裕はない。即座に敵を倒す事を考えると、ここは強毒で対抗するしかなさそうだ。
リリスは毒生成スキルを発動させ、粘着性と浸透性の高い強毒をイメージして魔力を注いだ。二重構造のファイヤーボルトを数本出現させ、その内部に強毒を仕込み、即座に天井の穴から上空のワイバーンに向けて放った。
旋回してトーチカに標準を合わせようとしていたワイバーンの進行方向に合わせて、太い二重構造のファイヤーボルトが高速で滑空していく。ワイバーンもそれに気付き、その身体能力で躱そうとしたが、すべてを避けきれず、そのうちの2本が尻尾の先と脚の先に直撃した。
その途端に爆炎が上がり、それと同時に緑の霧がワイバーンの身体に付着した。その緑の霧はまるで生き物のように、脚の先と尻尾の先からワイバーンの身体全体を包み込んでいく。更に尻尾の付け根に受けた黒炎の傷から体内に入り込んでいくのが見えた。
「リリス。あの緑色の霧って何なの?」
「あれも内緒よ、内緒!」
内緒と言う言葉を毒と言う言葉に置き換えるだけで良い。メリンダ王女もそう感じ取っていたのだが、あえてそれを口には出さない。
暗黙の了承と言う事で済ませておきたかったのだろう。
体内に強毒を侵入させてしまったワイバーンはその場でもがき苦しみ、ほどなく上空で息絶えた。
だが運悪くそれはトーチカの真上の上空だった。
緑色に変色したワイバーンの死骸が高速で落ちてくる。この様子がトーチカの天井の穴からありありと見えた。
「落ちてくるわよ!」
芋虫が叫んだ。だがすでにトーチカの外に出るための時間的な余裕もない。
拙い!
このままだと直撃されてやられてしまう。その焦りでリリスの顔から血の気が引いた。
しかもこの時、覇竜の加護が発動し始めているのをリリスは感じていた。
この状況でブレスを放ったら、傍にいるシンディにまで被害が及ぶ。
焦る思いでリリスは『全力でなくて良いから!』と心の中で大きく叫んだ。
天井の穴から上空を見つめる態勢のまま、リリスの身体が硬直し、脳や身体の中の様々なリミッターが全て解除されてしまった。生命維持に最低限必要な分量を残し、大半の魔力がリリスの頭部に集中していく。それと並行して口の前に亜空間シールドが瞬時に生じた。それはパラボラ状に展開して無理やりリリスの口をこじ開け、パラボラの焦点の位置に小さな青白い高熱の火の玉を生じさせた。
覇竜の加護が並行して火力増幅と火力凝縮を極度に発動させたので、直径は10cmほどだがその温度は数万度にもなっている。
ここまで1秒もかかっていない。
次の0.5秒で高温の火の玉は1万倍にも膨れ上がった。急激な膨張に伴って温度は多少下がるが、それでもその炎熱の温度は数千度にもなる。
急激に膨張した火球は亜空間シールドのパラボラ状の形状に沿って、一気に前方に突出した。
バリバリバリバリバリッと大気を激しく切り裂くような衝撃音が大地に響き、トーチカの内部から激しい炎熱の濁流が一気に上空に舞い上がった。
その衝撃でトーチカの天井はすべて破壊され、その灼熱の破片がゲイザーを含む兵士たちの上に降り注いだ。
上空から高速で落ちて来ていたワイバーンの死骸は瞬時に焼き尽くされ、そのまま消滅してしまった。
激しい炎熱は上空1000mにも舞い上がり、大気を焼き焦がしながら消えていく。
その竜のブレスとも見紛うような激しい炎熱の一撃を見ながら、リリスはその場で気を失い倒れてしまった。
遠のく意識の隅っこで、少し加減したぞと言う声を聴いたようにも感じながら・・・。
リリスが気が付くと、そこはベッドの中だった。
周囲に目を向けると、ここはどうやら病院のようだ。
「やあ、気が付いたようだね。」
そう言って顔を覗き込んできたのはノイマンだった。
「私ってどうしたの?」
そう言いながら身体を起こそうとするリリスを制して、ノイマンは笑顔で口を開いた。
「君と一緒にいたシンディに聞いたよ。大活躍だったそうじゃないか。しかも最後は竜のブレスでワイバーンを消し飛ばしたと聞いているよ。」
「いやいや、そうじゃないんです。」
リリスは、あれはブレスじゃないと説明した。
「そういえばシンディさんは無事でしたか?」
「ああ、彼女なら大丈夫だよ。君と一緒に倒れているのを発見したときは大火傷を負っていたが、この病院で完全に回復してもらったよ。」
大火傷から回復?
「君だって身体のあちらこちらが損傷していたようだ。だがここは聖魔法の本拠地だからね。高位の聖魔法を操るビショップや神官も大勢いる。治療手段に事欠くことはないんだよ。それにこれは神聖王国の不始末でもあるから、最高の術者を君の治療に派遣してもらったよ。」
そうなのね。
前回のように竜の血を輸血する必要もなかったのね。
リリスは感謝の思いをノイマンに伝えた。
「それで私達を襲ってきた連中はどうなりましたか?」
リリスの問いかけにノイマンはふふんと鼻で笑った。
「あの連中ならすべて捕縛したよ。溶岩のような灼熱の岩石に撃たれて瀕死の状態だったけどね。」
「そうですか。それなら良かったわ。」
そう言いながら自分の肩に目を向けると芋虫が生えていない。メリンダ王女の使い魔は消えてしまったのだろうか?
覇竜の加護の発動で、憑依を強制的に解除されてしまったのかも知れない。
そう思って体を横に向けると、そこに芋虫が寝ていた。あれっと思ってツンツンとつつくと、芋虫の目が大きく開き、その身体をリリスに摺り寄せて来た。
「リリス。回復したようね。良かったわ。」
そう言うと芋虫はリリスの肩に付着し、そのまま位置を固定した。
「リリスの回復を傍で待っていたのよ。」
そう言いながら芋虫が身体を折り曲げて、リリスの身体に何度も擦り寄ってくる。
その動作でリリスには、メリンダ王女が自分を心配していてくれた事がよく分かった。
「メル。心配かけちゃったわね。」
「うん。本当に心配したのよ。リリスの意識が戻らなかったらどうしようかって・・・」
しんみりした口調のメリンダ王女だが、すぐにその口調が変わり、
「それにしても凄いものを見せられちゃったわ。あんな見事なブレスを吐くなんて・・・」
興味津々のメリンダ王女である。
「あれはブレスじゃないのよ。それにあれは緊急事態で発動するから、自分の意志じゃないのよね。」
「そうなの?」
そう言いながら芋虫が再び身体を摺り寄せて来た。
「まあ、どっちでも良いわよ。リリスが無事ならね。」
その言葉に和んでいると、病室の扉がバタンと開き、ジークが入ってきた。にやりと笑ったその表情が普段以上にチャラい。
「リリス君。回復したようだから、高台の後始末と片づけをお願い出来るかい?」
「軍の兵士達もあのトーチカや泥沼に近づくと、身体が痺れて作業出来ないんだよね。」
ああ、そうだったわ。
麻痺毒をまき散らしたままだったわね。
「今すぐにとは言わないが、なるべく早めにお願い出来るかな?」
「分かりました。早急に処理します。」
そう言ってリリスは上半身を起こした。身体のあちらこちらを精査するが、特に異常はない。魔力量も完全に回復している。
「あまり無理をしない方が良いよ。」
そう言って心配するノイマンだが、だからと言って放置しておくことも出来ない。
リリスはジークと王家直属の兵士達に同行して港の高台に向かい、おもむろに作業を始めた。
泥沼に近づくにつれて、麻痺毒が拡散しているのが分かる。炎熱で周囲の大気中にも拡散してしまったようだ。
リリスは解毒スキルを発動させながら、両手を広げて魔力を放った。周囲の大気から見る見るうちに麻痺毒の成分が消えていく。更に泥沼に手を入れて、泥に拡散させた麻痺毒も解毒した。
その後、土魔法で泥沼を普通の大地に戻し、瓦礫となった土壁やトーチカの残骸も土に戻していく。最後にその周辺を全体的に軽く硬化させて仕上げとなる。
一連の作業に20分ほどの時間を要した。
その様子を見ていたジークや同行した兵士達は呆れるばかりだ。
「あの惨状が20分で完全に片付くなんて・・・」
そう言いながらリリスの様子を見つめる兵士にジークが小声でつぶやいた。
「あのリリス君のような術者が我が国には多数居るのですよ。ミラ王国の戦力を侮らない方が良いですよ。」
「侮るなんて、滅相もない・・・」
そう言って兵士は黙り込んでしまった。
私の魔法をわざとらしいデモンストレーションに使わないで欲しいわね。
リリスは心の中でそう呟いた。その気持ちをメリンダ王女も察したようで、
「リリス。気にしなくて良いわよ。ノイマンとの協議の上で、ここでの出来事はすべてかん口令を敷いてあるからね。あんたが何をしたかは誰も喋らないわよ。」
「それに今回の事は神聖王国としても公にしたくないそうよ。だからこちら側の要求も全て受け止めてくれるわ。つまり・・・」
芋虫がそう言いながらニヤッと笑った・・・ような気がした。
「特別な事は何もなかったって事よ。」
そう言いながらうふふと笑うメリンダ王女の声が、リリスの耳に伝わってきた。
まあ、それならそれで良いのだけれど・・・。
リリスも若干のわだかまりはあるが、メリンダ王女やノイマンにその事後処理は任せるしかない。反主流派の行動には腹の立つ事もあるが、すべて忘れてしまうことにした。
その後、王都に戻ったリリスはシンディ達に見送られる中、ノイマン達と軍用馬車に乗り込み、一路ミラ王国への帰途に就いたのだった。
馬車に揺られる2日間の旅路を終え、魔法学院の学生寮に帰ったその日の夜。
リリスは夢の中で真っ白な部屋にいた。椅子に座り、テーブルの向こう側には精悍な顔つきの老人が座っている。
キングドレイクだ。
「リリス。かなりの負荷を身体に掛けたようだが、体調は良いのか?」
「ええ。旅の疲れはありますが、体調は問題ありません。そう言えば、覇竜の加護の威力は少し加減してくれたのですか?」
リリスの問いかけにキングドレイクはうなづいた。
「うむ。相手がちっぽけなトカゲだったので、全力で迎え撃つ必要はないと加護が判断したのだろう。」
「出力が加減されたので、お前の身体の負担も少なかったはずだ。」
そうだったのね。
リリスはキングドレイクの言葉でようやく納得した。
加減してくれていなければ、まだ神聖王国の病院のベッドで伏していたかも知れない。
リリスは改めてキングドレイクに感謝の意を伝えた。
「でも、勝手に発動しちゃうのは困りますよね。自分で発動を制御出来ないんですか?」
リリスの言葉にキングドレイクはう~んと唸った。
「お前達、人族は基本的にブレスを吐く機能と構造を有していない。自分の意志で発動させるのはまず不可能だ。」
「それに、自分の意志で発動させる事が出来たとしたら、それを悪用させようとする者が現れないとも限らんぞ。お前だって為政者の意志には極力従うのだろう?」
キングドレイクの言う事も良く分かる。
戦争に使われるような事態を危惧しているのだろう。
「現状のように、死の恐怖に追い込まれるような危機的状況になって、ようやく発動すると言う状態がベストだと思うぞ。」
キングドレイクの言葉にリリスは神妙にうなづいた。
「だが、今回のように出力を抑えた方が良い場合もあるだろう。身体能力や魔法量を勘案して、脳内のリミッターを少し残しておくようにした方が良いかも知れんな。」
「最適化スキルを発動させて、出力を少し抑える様に調整してごらん。」
キングドレイクの言葉にリリスは少し戸惑った。
「実は最適化スキルって単体で発動させた事が無いんです。自分でもどうすれば良いのか分からなくて・・・」
キングドレイクはワハハと高笑いをした。
「自分の持つスキルを自分で制御出来ないのか? それは解せんな。単体で発動出来ないなら、それを統括するスキルがあるだろう?」
ああ、そう言う事ね。
解析スキルに依頼しろって事ね。
リリスはキングドレイクの意思を理解して、分かりましたと答えた。それと同時にリリスの意識も薄れていった。
次にリリスの意識が戻ったのは早朝だった。
サラは隣のベッドでまだ眠っている。起床時間までまだ1時間ほどある。
リリスはベッドの中で横になったまま、解析スキルを発動させた。
覇竜の加護の出力を調整出来るの?
『そうですねえ。最適化スキルが対応出来れば良いのですが、やってみないと分かりません。』
『とりあえずやってみますので、少し時間をください。』
分かったわ。よろしくね。
まだもう少し眠りたい。神聖王国からの帰途は長旅だったので、思った以上に疲れているようだ。
リリスは解析スキルに作業を任せ、再び眠りに就いたのだった。
この時、リリスもその魔物の気配を感じていた。
上空から何かが来る!
トーチカの開口部から外を見ると、次の瞬間にトーチカの周囲に巡らせた土壁がドウンッと言う衝撃音とともに破壊され、爆炎がその場に巻き上がった。
キャッと言うメリンダ王女の叫び声がリリスの耳に響く。
「何が起きたのですか?」
シンディが心配そうに話し掛けてきた。
リリスは反対側の開口部に駆け寄って外を見た。そのリリスの目の前を黒い影が高速で通り過ぎた。翼と長い尻尾が見える。
「あれは・・・ワイバーンだ!」
それほどに大きくはない。おそらく体長は3mほどで成体ではないだろう。首に魔道具が装着されていて赤い光を点滅させている。
テイムされているのは明らかだ。
巨大な魔物をテイムする場合、ビーストテイマーはその幼体から魔道具を使って手なずけていく。このワイバーンも幼体からテイムされた個体なのだろう。だが、まだ成体ではないとは言え、その口から放たれるブレスは強烈だ。
瞬時にリリスはファイヤーボルトを放って迎撃に向かった。数本のファイヤーボルトがワイバーンに高速で向かい、そのうちの2本がワイバーンを直撃した。だがワイバーンにダメージを与えた気配はない。火魔法の耐性を持っていることは分かった。
即座にリリスはメリンダ王女から闇魔法の魔力を受け取り、短槍状に錬成しワイバーンに向けて放った。
闇魔法の短槍が高速でワイバーンに向かい、そのうちの1本が尻尾の付け根に着弾した。黒炎の静かな黒い炎がワイバーンの身体を焼き、少しダメージを与えたようだ。だがワイバーンはその痛みに怒り、上空で首を捻じ曲げる様に態勢を変え、その口からファイヤーボールを放った。
ゴウッと言う滑空音とともに灼熱の火の玉がトーチカに向かってきた。
「伏せて!」
リリスの叫び声に反応してシンディもその場に伏せた。
次の瞬間、ドンッと大きな衝撃音が上がり、トーチカの天井の一部が破壊され、その破片がバラバラとリリス達の上に降り注いできた。
その直前にメリンダ王女が闇魔法でシールドを張ったので、身体の損傷は免れたのだが、トーチカの天井に大きな穴が開いてしまった。
拙いわね。あの穴からブレスを放たれたら終わりだわ。
そうは思ったものの、穴を修復している余裕はない。即座に敵を倒す事を考えると、ここは強毒で対抗するしかなさそうだ。
リリスは毒生成スキルを発動させ、粘着性と浸透性の高い強毒をイメージして魔力を注いだ。二重構造のファイヤーボルトを数本出現させ、その内部に強毒を仕込み、即座に天井の穴から上空のワイバーンに向けて放った。
旋回してトーチカに標準を合わせようとしていたワイバーンの進行方向に合わせて、太い二重構造のファイヤーボルトが高速で滑空していく。ワイバーンもそれに気付き、その身体能力で躱そうとしたが、すべてを避けきれず、そのうちの2本が尻尾の先と脚の先に直撃した。
その途端に爆炎が上がり、それと同時に緑の霧がワイバーンの身体に付着した。その緑の霧はまるで生き物のように、脚の先と尻尾の先からワイバーンの身体全体を包み込んでいく。更に尻尾の付け根に受けた黒炎の傷から体内に入り込んでいくのが見えた。
「リリス。あの緑色の霧って何なの?」
「あれも内緒よ、内緒!」
内緒と言う言葉を毒と言う言葉に置き換えるだけで良い。メリンダ王女もそう感じ取っていたのだが、あえてそれを口には出さない。
暗黙の了承と言う事で済ませておきたかったのだろう。
体内に強毒を侵入させてしまったワイバーンはその場でもがき苦しみ、ほどなく上空で息絶えた。
だが運悪くそれはトーチカの真上の上空だった。
緑色に変色したワイバーンの死骸が高速で落ちてくる。この様子がトーチカの天井の穴からありありと見えた。
「落ちてくるわよ!」
芋虫が叫んだ。だがすでにトーチカの外に出るための時間的な余裕もない。
拙い!
このままだと直撃されてやられてしまう。その焦りでリリスの顔から血の気が引いた。
しかもこの時、覇竜の加護が発動し始めているのをリリスは感じていた。
この状況でブレスを放ったら、傍にいるシンディにまで被害が及ぶ。
焦る思いでリリスは『全力でなくて良いから!』と心の中で大きく叫んだ。
天井の穴から上空を見つめる態勢のまま、リリスの身体が硬直し、脳や身体の中の様々なリミッターが全て解除されてしまった。生命維持に最低限必要な分量を残し、大半の魔力がリリスの頭部に集中していく。それと並行して口の前に亜空間シールドが瞬時に生じた。それはパラボラ状に展開して無理やりリリスの口をこじ開け、パラボラの焦点の位置に小さな青白い高熱の火の玉を生じさせた。
覇竜の加護が並行して火力増幅と火力凝縮を極度に発動させたので、直径は10cmほどだがその温度は数万度にもなっている。
ここまで1秒もかかっていない。
次の0.5秒で高温の火の玉は1万倍にも膨れ上がった。急激な膨張に伴って温度は多少下がるが、それでもその炎熱の温度は数千度にもなる。
急激に膨張した火球は亜空間シールドのパラボラ状の形状に沿って、一気に前方に突出した。
バリバリバリバリバリッと大気を激しく切り裂くような衝撃音が大地に響き、トーチカの内部から激しい炎熱の濁流が一気に上空に舞い上がった。
その衝撃でトーチカの天井はすべて破壊され、その灼熱の破片がゲイザーを含む兵士たちの上に降り注いだ。
上空から高速で落ちて来ていたワイバーンの死骸は瞬時に焼き尽くされ、そのまま消滅してしまった。
激しい炎熱は上空1000mにも舞い上がり、大気を焼き焦がしながら消えていく。
その竜のブレスとも見紛うような激しい炎熱の一撃を見ながら、リリスはその場で気を失い倒れてしまった。
遠のく意識の隅っこで、少し加減したぞと言う声を聴いたようにも感じながら・・・。
リリスが気が付くと、そこはベッドの中だった。
周囲に目を向けると、ここはどうやら病院のようだ。
「やあ、気が付いたようだね。」
そう言って顔を覗き込んできたのはノイマンだった。
「私ってどうしたの?」
そう言いながら身体を起こそうとするリリスを制して、ノイマンは笑顔で口を開いた。
「君と一緒にいたシンディに聞いたよ。大活躍だったそうじゃないか。しかも最後は竜のブレスでワイバーンを消し飛ばしたと聞いているよ。」
「いやいや、そうじゃないんです。」
リリスは、あれはブレスじゃないと説明した。
「そういえばシンディさんは無事でしたか?」
「ああ、彼女なら大丈夫だよ。君と一緒に倒れているのを発見したときは大火傷を負っていたが、この病院で完全に回復してもらったよ。」
大火傷から回復?
「君だって身体のあちらこちらが損傷していたようだ。だがここは聖魔法の本拠地だからね。高位の聖魔法を操るビショップや神官も大勢いる。治療手段に事欠くことはないんだよ。それにこれは神聖王国の不始末でもあるから、最高の術者を君の治療に派遣してもらったよ。」
そうなのね。
前回のように竜の血を輸血する必要もなかったのね。
リリスは感謝の思いをノイマンに伝えた。
「それで私達を襲ってきた連中はどうなりましたか?」
リリスの問いかけにノイマンはふふんと鼻で笑った。
「あの連中ならすべて捕縛したよ。溶岩のような灼熱の岩石に撃たれて瀕死の状態だったけどね。」
「そうですか。それなら良かったわ。」
そう言いながら自分の肩に目を向けると芋虫が生えていない。メリンダ王女の使い魔は消えてしまったのだろうか?
覇竜の加護の発動で、憑依を強制的に解除されてしまったのかも知れない。
そう思って体を横に向けると、そこに芋虫が寝ていた。あれっと思ってツンツンとつつくと、芋虫の目が大きく開き、その身体をリリスに摺り寄せて来た。
「リリス。回復したようね。良かったわ。」
そう言うと芋虫はリリスの肩に付着し、そのまま位置を固定した。
「リリスの回復を傍で待っていたのよ。」
そう言いながら芋虫が身体を折り曲げて、リリスの身体に何度も擦り寄ってくる。
その動作でリリスには、メリンダ王女が自分を心配していてくれた事がよく分かった。
「メル。心配かけちゃったわね。」
「うん。本当に心配したのよ。リリスの意識が戻らなかったらどうしようかって・・・」
しんみりした口調のメリンダ王女だが、すぐにその口調が変わり、
「それにしても凄いものを見せられちゃったわ。あんな見事なブレスを吐くなんて・・・」
興味津々のメリンダ王女である。
「あれはブレスじゃないのよ。それにあれは緊急事態で発動するから、自分の意志じゃないのよね。」
「そうなの?」
そう言いながら芋虫が再び身体を摺り寄せて来た。
「まあ、どっちでも良いわよ。リリスが無事ならね。」
その言葉に和んでいると、病室の扉がバタンと開き、ジークが入ってきた。にやりと笑ったその表情が普段以上にチャラい。
「リリス君。回復したようだから、高台の後始末と片づけをお願い出来るかい?」
「軍の兵士達もあのトーチカや泥沼に近づくと、身体が痺れて作業出来ないんだよね。」
ああ、そうだったわ。
麻痺毒をまき散らしたままだったわね。
「今すぐにとは言わないが、なるべく早めにお願い出来るかな?」
「分かりました。早急に処理します。」
そう言ってリリスは上半身を起こした。身体のあちらこちらを精査するが、特に異常はない。魔力量も完全に回復している。
「あまり無理をしない方が良いよ。」
そう言って心配するノイマンだが、だからと言って放置しておくことも出来ない。
リリスはジークと王家直属の兵士達に同行して港の高台に向かい、おもむろに作業を始めた。
泥沼に近づくにつれて、麻痺毒が拡散しているのが分かる。炎熱で周囲の大気中にも拡散してしまったようだ。
リリスは解毒スキルを発動させながら、両手を広げて魔力を放った。周囲の大気から見る見るうちに麻痺毒の成分が消えていく。更に泥沼に手を入れて、泥に拡散させた麻痺毒も解毒した。
その後、土魔法で泥沼を普通の大地に戻し、瓦礫となった土壁やトーチカの残骸も土に戻していく。最後にその周辺を全体的に軽く硬化させて仕上げとなる。
一連の作業に20分ほどの時間を要した。
その様子を見ていたジークや同行した兵士達は呆れるばかりだ。
「あの惨状が20分で完全に片付くなんて・・・」
そう言いながらリリスの様子を見つめる兵士にジークが小声でつぶやいた。
「あのリリス君のような術者が我が国には多数居るのですよ。ミラ王国の戦力を侮らない方が良いですよ。」
「侮るなんて、滅相もない・・・」
そう言って兵士は黙り込んでしまった。
私の魔法をわざとらしいデモンストレーションに使わないで欲しいわね。
リリスは心の中でそう呟いた。その気持ちをメリンダ王女も察したようで、
「リリス。気にしなくて良いわよ。ノイマンとの協議の上で、ここでの出来事はすべてかん口令を敷いてあるからね。あんたが何をしたかは誰も喋らないわよ。」
「それに今回の事は神聖王国としても公にしたくないそうよ。だからこちら側の要求も全て受け止めてくれるわ。つまり・・・」
芋虫がそう言いながらニヤッと笑った・・・ような気がした。
「特別な事は何もなかったって事よ。」
そう言いながらうふふと笑うメリンダ王女の声が、リリスの耳に伝わってきた。
まあ、それならそれで良いのだけれど・・・。
リリスも若干のわだかまりはあるが、メリンダ王女やノイマンにその事後処理は任せるしかない。反主流派の行動には腹の立つ事もあるが、すべて忘れてしまうことにした。
その後、王都に戻ったリリスはシンディ達に見送られる中、ノイマン達と軍用馬車に乗り込み、一路ミラ王国への帰途に就いたのだった。
馬車に揺られる2日間の旅路を終え、魔法学院の学生寮に帰ったその日の夜。
リリスは夢の中で真っ白な部屋にいた。椅子に座り、テーブルの向こう側には精悍な顔つきの老人が座っている。
キングドレイクだ。
「リリス。かなりの負荷を身体に掛けたようだが、体調は良いのか?」
「ええ。旅の疲れはありますが、体調は問題ありません。そう言えば、覇竜の加護の威力は少し加減してくれたのですか?」
リリスの問いかけにキングドレイクはうなづいた。
「うむ。相手がちっぽけなトカゲだったので、全力で迎え撃つ必要はないと加護が判断したのだろう。」
「出力が加減されたので、お前の身体の負担も少なかったはずだ。」
そうだったのね。
リリスはキングドレイクの言葉でようやく納得した。
加減してくれていなければ、まだ神聖王国の病院のベッドで伏していたかも知れない。
リリスは改めてキングドレイクに感謝の意を伝えた。
「でも、勝手に発動しちゃうのは困りますよね。自分で発動を制御出来ないんですか?」
リリスの言葉にキングドレイクはう~んと唸った。
「お前達、人族は基本的にブレスを吐く機能と構造を有していない。自分の意志で発動させるのはまず不可能だ。」
「それに、自分の意志で発動させる事が出来たとしたら、それを悪用させようとする者が現れないとも限らんぞ。お前だって為政者の意志には極力従うのだろう?」
キングドレイクの言う事も良く分かる。
戦争に使われるような事態を危惧しているのだろう。
「現状のように、死の恐怖に追い込まれるような危機的状況になって、ようやく発動すると言う状態がベストだと思うぞ。」
キングドレイクの言葉にリリスは神妙にうなづいた。
「だが、今回のように出力を抑えた方が良い場合もあるだろう。身体能力や魔法量を勘案して、脳内のリミッターを少し残しておくようにした方が良いかも知れんな。」
「最適化スキルを発動させて、出力を少し抑える様に調整してごらん。」
キングドレイクの言葉にリリスは少し戸惑った。
「実は最適化スキルって単体で発動させた事が無いんです。自分でもどうすれば良いのか分からなくて・・・」
キングドレイクはワハハと高笑いをした。
「自分の持つスキルを自分で制御出来ないのか? それは解せんな。単体で発動出来ないなら、それを統括するスキルがあるだろう?」
ああ、そう言う事ね。
解析スキルに依頼しろって事ね。
リリスはキングドレイクの意思を理解して、分かりましたと答えた。それと同時にリリスの意識も薄れていった。
次にリリスの意識が戻ったのは早朝だった。
サラは隣のベッドでまだ眠っている。起床時間までまだ1時間ほどある。
リリスはベッドの中で横になったまま、解析スキルを発動させた。
覇竜の加護の出力を調整出来るの?
『そうですねえ。最適化スキルが対応出来れば良いのですが、やってみないと分かりません。』
『とりあえずやってみますので、少し時間をください。』
分かったわ。よろしくね。
まだもう少し眠りたい。神聖王国からの帰途は長旅だったので、思った以上に疲れているようだ。
リリスは解析スキルに作業を任せ、再び眠りに就いたのだった。
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そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
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