落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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神聖王国2

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突如現れた剣聖ジークフリート。

その表情は最初は強張っていたが、直ぐに柔らかな目つきに変わってきた。
その全身から清らかな聖魔法の魔力が放たれ、慌てふためく神官や王族達を落ち着かせようと言う意図が感じられる。

「案ずるな! 我が名はジークフリート、ホーリースタリオンに宿る剣聖である。」

そう言いながらジークフリートは再び周囲を見回した。

「国家の施政方針を訪ね求める儀式だと言うのに、邪な思念が渦巻いているのは何故だ?」

ジークフリートは一際大きな声を上げた。

「陰謀術数などは、この国には馴染まんぞ!」

ジークフリートの放つ波動で神官や王族の数人が卒倒してしまった。王族や貴族達にも動揺が起こる。
リリスもその場に立ち尽くすばかりだ。

ジークフリートはリリスと共に台座に上がっていた騎士を指差し、

「その聖剣の持ち主は誰だ?」

その問い掛けに騎士は答えられない。彼の所有物では無い様だ。騎士が王族達の方に目を向けると、一人の男性が席を立ち前に出た。

「国王様!」

傍にいた神官が叫んだ。
まだ若いこの国王はアントニウスと言う名で、高齢になった前国王から禅譲されてまだ数年だと聞いている。ノイマンの言うには人徳のある好人物だが、周囲に前国王の時代から仕える施政官がいて、その中には反主流派に近い人物も居るそうだ。その影響で思い通りの施政を執り行えない事も有ると言う。

「その聖剣は我が国の国宝である故に、持ち主はこの国王である私、アントニウスだ。」

アントニウスの言葉に剣聖はうむとうなづいた。

「そなたがこの国の国王なのだな。我は数百年前にもこの場で今日のような儀式に臨んだ。その際に当時の国王が聖剣を持ち、ホーリースタリオンと剣を重ね合わせ、アストレア神聖王国の繁栄のために正義と公正を誓った事を昨日の事のように覚えておる。それなのにどうしてこの国はこれ程に脆弱な国になってしまっているのだ?」

「そもそもお前達、人間と言うものは、今誓った事をほんの数分後には忘れてしまうような生き物だ。その上に地位や名誉や財産に心を囚われて、邪な判断をする事も多い。」

「為政者ならば私心を捨てて国と民に尽くせ!」

剣聖の言葉にう~んと唸るアントニウス。その様子を見ながらノイマンは、

「お説教の時間になってしまったようだな。」

と、小さく呟いた。剣聖の言葉も正論ではあるのだが・・・。

剣聖はニヤリと笑うとアントニウスを見つめ、

「その聖剣の銘は何と言うのだ?」

「シルバームーンです。」

「ならばそのシルバームーンに我の分身を宿らせ、そなたと契約を結ぼう。さすれば剣聖の加護を受けて国家の運営にも迷いがなくなるはずだ。我の分身の宿った聖剣を持ち、我との契約を受け入れる事を誓いながら、聖魔法の魔力を流せば契約は成立する。」

剣聖の言葉にアントニウスは力強くうなづいた。その目が輝いているのは気持ちが高揚しているからなのだろう。
騎士から聖剣を受け取ると、剣聖の前に進み出た。

それと同時に剣聖はその身体を震わせ、一回り小さな分身を生み出した。高さ5mほどの騎士だが、その身体が半透明なのは分身だからだろうか?
剣聖の分身は次の瞬間に、吸い込まれるようにシルバームーンの中に入って行った。
シルバームーンはその全体が青白く輝き、聖魔法の波動を周囲に拡散し始めている。

この期に及んでアントニウスの行動を制止しようとする王族や貴族も若干居たようだが、アントニウスは気にも留めずに行動に出た。

「我はこの国の国王としての責務に尽力する為に、剣聖ジークフリートとの契約を結ぶぞ!」

そう言いながらアントニウスは、その手に持つ聖剣シルバームーンに聖魔法の魔力を強く流した。
聖剣は次の瞬間に強く輝いた。

「契約は成立した。迷いなくこの国を治めるが良い。」

そう言うと、剣聖ジークフリートは笑顔を見せ、そのままスッと消えて行った。

まるで夢を見ているような出来事だ。
だが聖剣を持つアントニウスはその表情が晴れ晴れとしていて、まるで憑き物が落ちたような雰囲気になっている。

儀式の終了を神官に促すと、若き国王は足早にその場から離れて行った。後に残された王族や貴族達もざわめきながらその場から退出していく。

私達はどうしたら良いの?

そんな思いでノイマンを見つめるリリスの目に、一人の女性が近付いてくるのが見えた。
神官の衣装を纏っているがその顔つきは女性の兵士のようにも見える。この女性はノイマンに話し掛け、この後の宿舎への案内と明日の予定を伝えた。
やはり神官ではなさそうだ。その言葉を聞きながらリリスもようやく安堵のため息をついた。これで今日の儀式は終了のようだ。自分の役目も無事に終えたと言って良いのだろうか?

若干の疑念を持ちつつも、リリスは神官の衣装を纏った女性の誘導に従って、ノイマン達と共に大神殿を後にした。






その日の夜、リリスは大神殿の近くに立つ巨大なホテルの一室に居た。王族が宿泊する事も有ると言う豪華なホテルだ。吹き抜けのエントランスの天井からぶら下がる巨大なシャンデリアや、通路の至る所に飾られた彫像・絵画・調度品にも贅が尽くされている。すでに階下のレストランで夕食を済ませ、リリスはあてがわれた部屋に戻ってソファに座り、昼の出来事をもう一度回想していた。

「アントニウス様って、これから大変な事になりそうね。メルはどう思う?」

リリスに話し掛けられたメリンダ王女は、その使い魔である芋虫の身体を揺らし、

「確かに前途多難よね。アントニウス様が剣聖と契約を結ぶのを忌々しそうに見ていた王族や貴族も居たわよ。でも契約を結んだ後の表情を見たら大丈夫だと思ったわ。だって別人のように顔つきが変わっていたもの。気力が漲っているようにも感じたわよ。」

「そう。それなら良いのだけれど・・・」

少し不安に駆られるリリスであったが、明日は観光だと言うメリンダ王女の言葉で気持ちを切り替えた。どちらにしても自分があれこれと心配するような次元の事ではない。
翌日の観光を楽しみにしながら、リリスはパジャマに着替え、ベッドに潜り込んだ。
メリンダ王女との憑依関係を切断してそのまま寝入るつもりだったのだが、何故か身体中にぞわぞわと不快感が過ってくる。
これはもしかして探知されているのか?

リリスは解析スキルを発動させた。

もしかして探知されているの?

『このホテルに入ってからずっとですよ。この部屋に入った頃からは一段と激しくなってきましたね。』

そうなの?
さっきまでそれほどに感じなかったけどね。

『それはそうでしょうね。全て撥ねかえしていましたから。』

そうだったのね。お仕事ご苦労様。
でも今になって感じられるって事は・・・。

『そうです。かなり激しくなってきました。しかも精神誘導の波動まで来ていますよ。安眠のために魔装を発動してください。』

解析スキルの勧めでリリスは魔装を非表示で発動した。その途端に不快感も消えてしまった。

でも、精神誘導ってどう言う事なのよ?

『狙いは聖剣でしょうね。剣聖が宿っていると知れ渡ってしまったのですから。現国王に対抗する為に反主流派の王族がホーリースタリオンを狙ってくるのも無理からぬ事ですよ。』

そんなに呑気な事を言っている場合じゃないわよね。私が狙われているって事なんだから。

『そうは言っても、実際に手を出して来たらミラ王国に宣戦布告したとみなされますよ。滅多な事は出来ないと思いますね。』

う~ん。そうなのかなあ。

『それに探知や精神誘導の類は執拗に繰り返されていますが、いずれも軽微なものばかりです。様子を見ている程度で、本気で何かしようとしているようには感じられません。でも、これで本気だとしたら相手のレベルが知れていますけどね。』

それなら良いんだけどねえ。
でもあのハーグさんを闇に落ちるまでに追い込んだのは呪術? それとも闇魔法?

『高度な闇魔法と特殊な禁呪によるものでしょうね。大きな代償を伴う禁呪を取り扱うような輩が居れば危険度は高いかも知れませんが、現時点では考え過ぎだと思いますよ。そのような不埒な輩が居れば、すでにあの若い国王だって良いように操られている筈ですから。』

う~ん。
そう言われればそうなのかしらねえ。

『とりあえず今日は早くお休みください。』

そうね。ありがとう。
明日の観光も警戒を怠らないようにするわね。

リリスは解析スキルに礼を告げて、そのまま眠りに就いた。




翌日。

リリスを観光の為に迎えに来たのは、昨日大神殿からホテルへと案内してくれた神官の衣装の女性だった。その女性の案内でエントランスに向かうと、白い軍服を着た若い女性兵士が笑顔で待っていた。年齢は20歳前後だろうか。
黒髪できりっとした表情のこの女性は、その動きからそれなりに武術に長けている事が分かる。

驚いた事に彼女はアントニウスの従妹に当たる人物だった。実家は王家の外戚の貴族になるそうだ。
しかもシンディと名乗るこの女性はパラディンで、50名の部下を束ねていると言う。

「パラディンと言ってもまだ駆け出しですよ。」

そう言って謙遜するシンディだが、潜在能力の高そうな気配が感じられる。

リリスに使い魔で憑依しているメリンダ王女とも挨拶を交わし、ホテルの前に用意された軍用馬車で王都の外れの港に向かうと言う。

「風光明媚な港ですよ。リリスさんもメリンダ様も気に入っていただけると思います。」

その言葉に気持ちを高揚させながら、リリスは軍用馬車に乗り込んだ。港まで約10分の道のりだとシンディは教えてくれた。
その車中で早速メリンダ王女がシンディに問い掛けた。

「アントニウス様の様子はどうなの? 昨日の儀式で大変だったと思うんだけど・・・」

問い掛けられたシンディは笑顔で首を横に振った。

「大変なんて事は有りませんよ。剣聖と契約を交わした直後から、アントニウス様はまるで人が変わったみたいに頼もしくなりました。てきぱきと家臣に指示を出し、言葉にも力があって、迷いがなくなったようにも感じます。」

そうなの?
それは良い事だわ。

芋虫はう~んと唸りながら、

「でも急に自分の意思を通そうとしたら、色々と軋轢があるんじゃないの?」

そう言ってシンディの顔を覗き込んだ。それはリリスも心配するところである。
だがシンディの表情には曇りも無い。

「確かに反主流派の動きも気に成りますが、今までが酷過ぎましたからね。自分の意思で何一つ決定出来ないなんて、国王と言っても飾り物に過ぎません。剣聖と契約を結んだ後のアントニウス様の様子を見て、私は個人的にも軍人としても、とても希望を感じているんですよ。」

「そう。軍人の目から見てそう思うなら大丈夫でしょうね。為政者に強い意志があれば、多少の混乱はあっても直ぐに治世が定着するわよ。」

「その混乱をどの程度に抑え込むかは、シンディさん達の腕の見せ所ね。」

そう言って励ますメリンダ王女の言葉に、シンディは黙ってうなづくだけだった。





約10分後。
リリス達が馬車から降りると、心地良い潮風が顔の前を駆け抜けた。目の前には濃いブルーの海が広がっている。海鳥の声があちらこちらで聞こえてくるのも耳に心地良い。港に向かって高台から延びる大地に白亜の建物がずらりと並び、明るい茶色や薄い緑の屋根が彩を加えている。
そのコントラストが実に美しい。
日の光を浴びて海は様々な表情を見せている。そのところどころに浮かぶ船はほとんどが漁師たちの船だが、その中には一際大きな観光用のクルーズ船も見受けられる。

まるで海外旅行のカタログで見た地中海沿岸の風景だ。

リリスはどこか懐かしく思わされる光景を目にして心が癒されるのを感じていた。それはメリンダ王女も同じようで、使い魔の芋虫がウキウキしながら身体を揺らしていた。

高台から港に向かう先の方に王家御用達のレストランがあると言う。シンディの案内でリリスは綺麗に舗装された石畳の街路を歩き、高台から港の方向に歩き始めた。

高台なので眺望は抜群だ。前の方を見れば海が広がり、港町が一望出来る。後ろを見れば王都の建物や大神殿の周辺も見えている。

「ここからの景色は最高ね。王都の隅々まで良く見えるわ。」

メリンダ王女の声もテンションが上がっていて、若干上擦っているようだ。

だが次の瞬間、メリンダ王女が大きな声を上げた。

「ねえ。あれは何?」

メリンダ王女の声を聞いて、海を見渡していたリリスとシンディが後ろを振り向くと、王都のあちらこちらに黒い煙が立ち上っていた。次の瞬間に港の方向からドンッと鈍い衝撃音が幾つも聞こえてきて、港の周辺のあちらこちらからも黒い煙が立ち上ってきた。

「何事だ!」

そう叫んだシンディの傍にどこからともなく数人の兵士が駆け付けてきた。彼等はリリス達の護衛の為に姿を見せないようにしていたようだ。その中の一人がシンディに緊張した表情で応答した。

「何者かが王都と港で同時に魔道具を爆発させたようです!」

これって同時多発テロじゃないの?

シンディの表情も強張っている。

「反主流派の陰謀なのか?」

「それは今のところ不明です。」

兵士と言葉を交わして、シンディはぎりっと歯軋りをした。様々な思いが頭の中に過っているようだ。シンディはおもむろに兵士達に指示を出し、その場から散開させた。

「リリス。あれってどう思う?」

芋虫の問い掛けにリリスも返事に困ってしまった。何を目論んでいるのだろうか?

だがメリンダ王女は冷静に分析をしていた。

「リリス。あれは陽動作戦よ。兵をあちらこちらに分散させて注意を引き寄せているだけだわ。奴らの本当の狙いは・・・こっちかもよ。迎え撃つ準備をした方が良いわね。」

そう言うとメリンダ王女は憑依のレベルを上げ、リリスとの繋がりを強化した。これは闇魔法の魔力を何時でも供給される態勢だ。

メリンダ王女の言葉にリリスは強くうなづき、シンディと兵士達の行動を見つめていた。




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