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王族からの新たな依頼
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リトラスが聖剣を手に入れて一週間後。
リリスはその日の授業を終えて生徒会の部屋に向かった。生徒会から生徒達への連絡用のプリントの作成を急いでいるからだ。
魔法学院には一応、年間の行事が定められているが、この時期には珍しく5日間の休暇が臨時に設定されたのだ。
学院の先生達が王都で研修を受けるらしい。
基本的には貴族の子女が通う王立の学院なので、授業のカリキュラムも厳密に定められている。だが王家の事情などで若干改変される事も有るのだ。
臨時の研修って聞くと、何か不祥事でも起こしたのかって思っちゃうわよね。
そんな事を考えながら生徒会の部屋に入ると、デスクの上に書類を広げて黙々と作業をしているエリスの姿があった。
相変わらず頼りになる後輩である。
「エリス。ご苦労様。私も手伝うからね。」
そう言いながら笑顔でエリスの横に座ると、
「リリス先輩。待ってましたよ。」
エリスはニヤッと笑って、リリスの目の前にドサッと書類を置いた。まだまだ作業を始めたばかりの様だ。
ウッと唸りつつもリリスは笑顔を返し、書類の整理を始めた。
「休暇まであと2日しかありませんからね。急いで整理しないと・・・」
エリスの言葉にリリスはそうねと答えて、すぐさま作業に入った。
しばらくの間、二人は黙々と作業を進めた。
だが唐突にエリスは作業の手を止め、
「先輩。先生達の臨時の研修って、何だと思います?」
エリスはリリスの傍に顔を近づけ、そっと小声で呟いた。
「う~ん。私も気に成っているのよね。」
そう答えたリリスにエリスは意味深な表情で、
「多分、先日のダンジョンチャレンジが原因だと思います。」
「ダンジョンチャレンジ?」
意外な話にリリスは思わず作業の手を止めた。1年生のダンジョンチャレンジの補講があった事はリリスも知っていたのだが、それが原因だと言うのはどう言う事なのだろうか?
「そうなんですよ。同級生のリカルド・フォン・フェルディナンドが両親を通して、無理矢理補講をするように学院側にねじ込んだんです。」
「フェルディナンド家って上級貴族の?」
リリスの疑問にエリスは無言で強くうなづいた。
「フェルディナンド家は武勇に優れた家系ですけど、リカルドってどちらかと言えばあまり才能がない男子なんです。剣技もあまり冴えないし、身体強化系の魔法もあまり上手じゃないんです。でも・・・・・プライドだけは高いんですよね。」
う~ん。
嫌なタイプの子だわね。
「以前は自分に従う男子に授業の課題なんかも任せて、のほほんと過ごしていたんです。でも最近何故だかイラつく事が多く、周りの生徒に当たり散らす事も多くて、私も困っていたんですよ。」
確かにクラス委員としては厄介な生徒だ。話を聞きながらリリスもエリスに同情し始めていた。
「その原因なんですけど、どうやら両親から技量を上げるようにプレッシャーを掛けられていたようなんです。それも最近になって急に・・・」
「最近って、何かあったの?」
「それなんですけどね。私の聞いた話では、フェルディナンド家がライバル視している上級貴族の長男が急に覚醒して、あれよあれよと言う間に頭角を現してきたのが気に入らなくて、自分達の息子に事あるごとに圧を掛けているそうですよ。その子は来年度、魔法学院に入学してくると聞きました。」
神妙な表情で話すエリス。その話を聞きながらリリスは何となく話の全容が見えてきた。
「そのフェルディナンド家のライバルって、もしかしてグランバート家・・・・・なの?」
「あっ、ご存知でした? そうなんですよ。グランバート家の長男でリトラスって子なんですけど、剣技と聖魔法に長けていて、とても12歳の子供の技量ではないって評判ですよ。しかも聖剣を自在に扱うそうですから。」
やっぱりリト君の話だったのね。
リリスはそう思ってふと考えた。フェルディナンド家とグランバート家の対立。凡庸なフェルディナンド家の長男と最近覚醒したグランバート家の長男。
フェルディナンド家はリカルドが凡庸であったがために、ライバル関係のグランバート家の長男を潰しに掛かっていたと考えられないだろうか。
それが急に覚醒して頭角を現し始めたので、焦るあまりにリカルドにプレッシャーをかけ始めたと考えると理屈は通る。
リトラスに呪いを掛けたのはもしかしてフェルディナンド家かも・・・・・・。
リリスはしばらく考え込んでいた。だがエリスから聞いた話だけでは意味が分からない。
「それでダンジョンチャレンジがどうしたの?」
リリスが話をエリスに振ると、エリスは話を続けた。
「そのダンジョンチャレンジでアクシデントがあったんですよ。ブラックウルフの群れに取り囲まれ、リカルドがパニックを起こしてしまって、実家から黙って持ち出してきた魔道具を暴発させてしまったんです。一瞬の事で付き添いのロイド先生も制止できなかったと聞きました。」
「魔道具? どんな魔道具なの? 」
訝し気に尋ねるリリスにエリスは訥々と、
「ファイヤーエクスプロージョンの魔道具です。魔力で制御して、敵に投げつけて発動させる仕組みなんですけど、焦るあまりに暴発させてしまったそうです。それでリカルド本人と、一緒に参加していたデビッドが火傷を負ってしまって・・・・」
要するに火魔法の爆弾を暴発させちゃったって事ね。
「でもロイド先生がシールドを張っていなかったの?」
「張っていましたよ。だからその程度で済んだんです。」
平然と答えたエリスだが、シールドが無ければ生命に関わる事態だったと言う事だ。
それなら臨時の研修も理解出来る。
ロイド先生って相当なお咎めを受けるのかしら?
ロイドの処遇を案じて気が重くなるリリスである。
一応、新入生だった時の担任でもあるので、他人事には思えない。
あれこれと妄想を巡らせながら、リリスはしばらく作業を進めた。
だが、あまり考え込んでも仕方が無いので、気持ちを切り替えてリリスはエリスに笑顔を向けた。
「エリスは休暇中はどうするの? 帰省でもするの?」
エリスはう~んと唸って、
「今年は一度帰省していますからね。今回は王都でゆっくりと過ごす程度で、後は授業の予習と復習に当てようと思っているんです。」
「生徒会の仕事が授業の負担になっているの?」
心配するリリスの表情にエリスは手を横に振りながら、
「そう言う事は無いですよ。少しのんびりしたいだけですから。」
エリスの言葉に嘘は無さそうだ。
エリスに生徒会の雑務をかなり任せている自覚がリリスにもあるので、以前からそれとなく心配していた事ではあるのだが。
「王都で遊ぶ時には私も誘ってよ。」
リリスの言葉にエリスは満面の笑みを見せた。
「ええ、そうですね。一緒に食べ歩きでもしましょうよ。」
エリスの言葉にうんうんとうなづきながら、リリスは鼻歌交じりで作業を進めた。
翌日になって昼休みにリリスはケイト先生から、学舎のゲストルームに行くようにとの指示を受けた。
誰かが自分を待っているらしい。
誰なんだろうかと案じながらゲストルームの扉を開けると、見慣れた芋虫を肩に生やした小人がソファに座っていた。
フィリップ王子とメリンダ王女だ。
「どうしたんですか? こんなところに呼び出すなんて。」
会釈をしながらリリスは対面のソファに座った。
「ああ、ごめんなさいね。急ぎの用事が出来たものだから・・・」
芋虫の言葉に何となく嫌な予感が沸き上がってくる。
あんたの急ぎの用事って、今まで碌な事が無かったわよ。
そう心に思いつつ、リリスはわざとらしい笑顔を見せながら芋虫の話に耳を傾けた。
「先日、アストレア神聖王国から使者が来たのよ。聖剣ホーリースタリオンを見せて欲しいって言うのよね。」
「ええっ! それってどういう事?」
リリスは思わず声を上げた。
「どうしてホーリースタリオンがある事を知っているの? 誰かが教えたの?」
リリスの動揺に芋虫は、
「まあ、落ち着いてよ。詳しく話すから。」
そう言いながら、小人に指図して部屋の外に待機していたメイドに紅茶を運ばせてきた。
勿論使い魔は飲食しないので、紅茶と言ってもリリスの分だけである。
使い魔とは言え、殿下を小間使い扱いしているのね。
殿下も喜んで用事を聞いてあげているから、それはそれで良いのでしょうけど。
そう思いつつリリスは、運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。上質な紅茶の豊かな香りにリリスの心にもゆとりが生まれてくる。
その様子を見ながら芋虫は説明を始めた。
「アストレア神聖王国から来た使者は、国王からの親書も携えていたから、無碍な扱いをするわけにはいかないのよ。それでね・・・」
芋虫を介してメリンダ王女は説明を続けた。
ホーリースタリオンはアストレア神聖王国において、失われた伝説の聖剣と位置付けられ、数百年にわたって捜索してきたらしい。それがミラ王国の領地内にあると分かったので、譲り受けに来たと言うのだ。勿論それ相応の対価を用意しての事だが。
「でもどうしてミラ王国にホーリースタリオンがあるって分かったの?」
「それなのよ。私も驚いたわ。でも話を聞くと、ホーリースタリオンと共鳴して反応を示す聖剣がもう一本あるって言うのよ。それが数百年ぶりに反応したので、聖剣の反応を特殊な宝玉に連動させて、ホーリースタリオンの位置を割り出したそうよ。」
そう言う事が可能なのか?
リリスの疑問は尽きない。
「それでホーリースタリオンを譲るの?」
リリスの問い掛けに芋虫は頭を横に振って否定した。
「そんな事はしないわよ。リトラスが正式に所有者として剣聖に認められたんだもの。」
「でもとりあえず見せてくれって言うので、グランバート家に連絡して見せたのよ。そうしたらその使者が驚いちゃったのよね。こんな小さな剣であるはずがないって叫んでいたわ。」
そう言えば元々は2mもある長剣だったわよね。
リリスはシューサックから聞いた言葉を思い出した。確かに元の聖剣とは姿かたちも違うだろう。
「それで諦めたの?」
「それがそうでもないのよ。」
姿かたちは違っても、ホーリースタリオンの反応は間違いなくリトラスの聖剣から発せられている。使者の持つ特殊な宝玉の反応でそれが分かるそうだ。それでメリンダ王女は元のホーリースタリオンが半分朽ちていたので、鍛冶職人に依頼して作り直させた事を説明した。既にホーリースタリオンとは別物であると付け加えたらしい。
使者はその事を本国に伝令を飛ばして即座に伝えたと言う。
「それで一応納得はしてくれたのよ。自分達の国の伝承と姿かたちが違うからね。ところが・・・・・」
リリスは一瞬安堵したものの、メリンダ王女の話に続きがあると感じて、再度気持ちを引き締めた。また嫌な予感がする。
芋虫はその様子を見ながら話を続けた。
「アストレア神聖王国の祭礼儀式に、ホーリースタリオンを貸し出して欲しいって言いだしたのよ。それも正式な外交ルートで伝えて来たわ。」
「そんな事をしたらそのまま取られちゃうわよ!」
リリスは身を乗り出して叫んだ。
「まあ、落ち着きなさいよ。」
芋虫はリリスを宥めながら話を続けた。
「国と国との交渉だからね。正式に公文書を交わした上で、こちらが貸し出したものを返さなかったら戦争になるわよ。」
「今のアストレア神聖王国の国力では、それは自滅行為よね。」
確かにそうだろう。アストレア神聖王国はかつては強国だったそうだが、今は東方の小さな国だ。国力はミラ王国の半分にも満たないだろう。
「それじゃあ、一応貸し出すのね。」
リリスの言葉に芋虫は身体を折り曲げ、うなづく様子を見せた。
「うん。そうなんだけど、聖剣だけを貸し出しても意味が無いのよ。」
「聖剣の秘めた力を発動させるためには、正式な所有者が扱う必要があるって言うのよね。」
そう言いながら芋虫はじっとリリスの目を見つめた。
「それってリトラスを連れて行くって事?」
「そうしたいのは山々なんだけど、子供を連れて行くわけにはいかないわよね。こちら側の使者と護衛の兵士が行く事になるんだけど、リトラスと私が同行する手段と言えば・・・・・」
「ちょっと待ってよ!」
リリスはメリンダ王女の目論見を悟った。
「私に行けって言うの? それもあんた達を憑依させて!」
思わず立ち上がったリリスに芋虫は頭を下げた。
「お願い、リリス。それが一番の得策なのよ。それに使い魔とは言え私を連れて行けば、王族扱いして貰えるわよ。」
「私はあんたの乗り物じゃないんだからね!」
「そんな事を言わないでよ。それに何人も憑依させて自由自在に動き回れるのって、私の知る限りあんたしか居ないんだから。」
芋虫に続いて小人まで頭を下げた。
「僕からも頼むよ。アストレア神聖王国はミラ王国やドルキア王国と一応国交はあるんだが、外交方針が日和見的で完全に信用出来ない面もあるんだよね。相手の出方を見る為にこちらとしては、臨機応変で戦闘力の高い布陣で固めたいんだよ。」
「だからって私が行かなくても・・・・・」
そう言って抵抗するリリスに芋虫と小人は延々と説得を試みた。
基本的には貴族の娘なので、とんでもない依頼や命令でない限り、王族からの指示に逆らう余地は無い。
最終的には依頼に応じるしかないのはリリスにも分かっている。
リリスはふうっと深いため息をついた。
「それでその祭礼儀式って何時なのよ?」
「3日後よ。臨時の休暇の2日目だから大丈夫でしょ?」
何が大丈夫なのよ!
エリスと王都で食べ歩きをするつもりだったのに。
「・・・・・分かったわよ。」
リリスは渋々承諾した。
「ありがとう、リリス! リトラスも喜ぶと思うわ。」
何かにつけてリトラスにはお姉さん風を吹かせたがるメリンダ王女である。リトラスが望んでいるか否か、リリスには分からないのだが。
ただ、アストレア神聖王国はハーグの故国であり、聖魔法を中心にして統治されている国だ。リトラスにとって良い刺激になるだろうと言う事は、容易に予想出来る。
リリスは再び深いため息をつきながら、ゲストルームから退出したのだった。
リリスはその日の授業を終えて生徒会の部屋に向かった。生徒会から生徒達への連絡用のプリントの作成を急いでいるからだ。
魔法学院には一応、年間の行事が定められているが、この時期には珍しく5日間の休暇が臨時に設定されたのだ。
学院の先生達が王都で研修を受けるらしい。
基本的には貴族の子女が通う王立の学院なので、授業のカリキュラムも厳密に定められている。だが王家の事情などで若干改変される事も有るのだ。
臨時の研修って聞くと、何か不祥事でも起こしたのかって思っちゃうわよね。
そんな事を考えながら生徒会の部屋に入ると、デスクの上に書類を広げて黙々と作業をしているエリスの姿があった。
相変わらず頼りになる後輩である。
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そう言いながら笑顔でエリスの横に座ると、
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ウッと唸りつつもリリスは笑顔を返し、書類の整理を始めた。
「休暇まであと2日しかありませんからね。急いで整理しないと・・・」
エリスの言葉にリリスはそうねと答えて、すぐさま作業に入った。
しばらくの間、二人は黙々と作業を進めた。
だが唐突にエリスは作業の手を止め、
「先輩。先生達の臨時の研修って、何だと思います?」
エリスはリリスの傍に顔を近づけ、そっと小声で呟いた。
「う~ん。私も気に成っているのよね。」
そう答えたリリスにエリスは意味深な表情で、
「多分、先日のダンジョンチャレンジが原因だと思います。」
「ダンジョンチャレンジ?」
意外な話にリリスは思わず作業の手を止めた。1年生のダンジョンチャレンジの補講があった事はリリスも知っていたのだが、それが原因だと言うのはどう言う事なのだろうか?
「そうなんですよ。同級生のリカルド・フォン・フェルディナンドが両親を通して、無理矢理補講をするように学院側にねじ込んだんです。」
「フェルディナンド家って上級貴族の?」
リリスの疑問にエリスは無言で強くうなづいた。
「フェルディナンド家は武勇に優れた家系ですけど、リカルドってどちらかと言えばあまり才能がない男子なんです。剣技もあまり冴えないし、身体強化系の魔法もあまり上手じゃないんです。でも・・・・・プライドだけは高いんですよね。」
う~ん。
嫌なタイプの子だわね。
「以前は自分に従う男子に授業の課題なんかも任せて、のほほんと過ごしていたんです。でも最近何故だかイラつく事が多く、周りの生徒に当たり散らす事も多くて、私も困っていたんですよ。」
確かにクラス委員としては厄介な生徒だ。話を聞きながらリリスもエリスに同情し始めていた。
「その原因なんですけど、どうやら両親から技量を上げるようにプレッシャーを掛けられていたようなんです。それも最近になって急に・・・」
「最近って、何かあったの?」
「それなんですけどね。私の聞いた話では、フェルディナンド家がライバル視している上級貴族の長男が急に覚醒して、あれよあれよと言う間に頭角を現してきたのが気に入らなくて、自分達の息子に事あるごとに圧を掛けているそうですよ。その子は来年度、魔法学院に入学してくると聞きました。」
神妙な表情で話すエリス。その話を聞きながらリリスは何となく話の全容が見えてきた。
「そのフェルディナンド家のライバルって、もしかしてグランバート家・・・・・なの?」
「あっ、ご存知でした? そうなんですよ。グランバート家の長男でリトラスって子なんですけど、剣技と聖魔法に長けていて、とても12歳の子供の技量ではないって評判ですよ。しかも聖剣を自在に扱うそうですから。」
やっぱりリト君の話だったのね。
リリスはそう思ってふと考えた。フェルディナンド家とグランバート家の対立。凡庸なフェルディナンド家の長男と最近覚醒したグランバート家の長男。
フェルディナンド家はリカルドが凡庸であったがために、ライバル関係のグランバート家の長男を潰しに掛かっていたと考えられないだろうか。
それが急に覚醒して頭角を現し始めたので、焦るあまりにリカルドにプレッシャーをかけ始めたと考えると理屈は通る。
リトラスに呪いを掛けたのはもしかしてフェルディナンド家かも・・・・・・。
リリスはしばらく考え込んでいた。だがエリスから聞いた話だけでは意味が分からない。
「それでダンジョンチャレンジがどうしたの?」
リリスが話をエリスに振ると、エリスは話を続けた。
「そのダンジョンチャレンジでアクシデントがあったんですよ。ブラックウルフの群れに取り囲まれ、リカルドがパニックを起こしてしまって、実家から黙って持ち出してきた魔道具を暴発させてしまったんです。一瞬の事で付き添いのロイド先生も制止できなかったと聞きました。」
「魔道具? どんな魔道具なの? 」
訝し気に尋ねるリリスにエリスは訥々と、
「ファイヤーエクスプロージョンの魔道具です。魔力で制御して、敵に投げつけて発動させる仕組みなんですけど、焦るあまりに暴発させてしまったそうです。それでリカルド本人と、一緒に参加していたデビッドが火傷を負ってしまって・・・・」
要するに火魔法の爆弾を暴発させちゃったって事ね。
「でもロイド先生がシールドを張っていなかったの?」
「張っていましたよ。だからその程度で済んだんです。」
平然と答えたエリスだが、シールドが無ければ生命に関わる事態だったと言う事だ。
それなら臨時の研修も理解出来る。
ロイド先生って相当なお咎めを受けるのかしら?
ロイドの処遇を案じて気が重くなるリリスである。
一応、新入生だった時の担任でもあるので、他人事には思えない。
あれこれと妄想を巡らせながら、リリスはしばらく作業を進めた。
だが、あまり考え込んでも仕方が無いので、気持ちを切り替えてリリスはエリスに笑顔を向けた。
「エリスは休暇中はどうするの? 帰省でもするの?」
エリスはう~んと唸って、
「今年は一度帰省していますからね。今回は王都でゆっくりと過ごす程度で、後は授業の予習と復習に当てようと思っているんです。」
「生徒会の仕事が授業の負担になっているの?」
心配するリリスの表情にエリスは手を横に振りながら、
「そう言う事は無いですよ。少しのんびりしたいだけですから。」
エリスの言葉に嘘は無さそうだ。
エリスに生徒会の雑務をかなり任せている自覚がリリスにもあるので、以前からそれとなく心配していた事ではあるのだが。
「王都で遊ぶ時には私も誘ってよ。」
リリスの言葉にエリスは満面の笑みを見せた。
「ええ、そうですね。一緒に食べ歩きでもしましょうよ。」
エリスの言葉にうんうんとうなづきながら、リリスは鼻歌交じりで作業を進めた。
翌日になって昼休みにリリスはケイト先生から、学舎のゲストルームに行くようにとの指示を受けた。
誰かが自分を待っているらしい。
誰なんだろうかと案じながらゲストルームの扉を開けると、見慣れた芋虫を肩に生やした小人がソファに座っていた。
フィリップ王子とメリンダ王女だ。
「どうしたんですか? こんなところに呼び出すなんて。」
会釈をしながらリリスは対面のソファに座った。
「ああ、ごめんなさいね。急ぎの用事が出来たものだから・・・」
芋虫の言葉に何となく嫌な予感が沸き上がってくる。
あんたの急ぎの用事って、今まで碌な事が無かったわよ。
そう心に思いつつ、リリスはわざとらしい笑顔を見せながら芋虫の話に耳を傾けた。
「先日、アストレア神聖王国から使者が来たのよ。聖剣ホーリースタリオンを見せて欲しいって言うのよね。」
「ええっ! それってどういう事?」
リリスは思わず声を上げた。
「どうしてホーリースタリオンがある事を知っているの? 誰かが教えたの?」
リリスの動揺に芋虫は、
「まあ、落ち着いてよ。詳しく話すから。」
そう言いながら、小人に指図して部屋の外に待機していたメイドに紅茶を運ばせてきた。
勿論使い魔は飲食しないので、紅茶と言ってもリリスの分だけである。
使い魔とは言え、殿下を小間使い扱いしているのね。
殿下も喜んで用事を聞いてあげているから、それはそれで良いのでしょうけど。
そう思いつつリリスは、運ばれてきた紅茶を一口飲んだ。上質な紅茶の豊かな香りにリリスの心にもゆとりが生まれてくる。
その様子を見ながら芋虫は説明を始めた。
「アストレア神聖王国から来た使者は、国王からの親書も携えていたから、無碍な扱いをするわけにはいかないのよ。それでね・・・」
芋虫を介してメリンダ王女は説明を続けた。
ホーリースタリオンはアストレア神聖王国において、失われた伝説の聖剣と位置付けられ、数百年にわたって捜索してきたらしい。それがミラ王国の領地内にあると分かったので、譲り受けに来たと言うのだ。勿論それ相応の対価を用意しての事だが。
「でもどうしてミラ王国にホーリースタリオンがあるって分かったの?」
「それなのよ。私も驚いたわ。でも話を聞くと、ホーリースタリオンと共鳴して反応を示す聖剣がもう一本あるって言うのよ。それが数百年ぶりに反応したので、聖剣の反応を特殊な宝玉に連動させて、ホーリースタリオンの位置を割り出したそうよ。」
そう言う事が可能なのか?
リリスの疑問は尽きない。
「それでホーリースタリオンを譲るの?」
リリスの問い掛けに芋虫は頭を横に振って否定した。
「そんな事はしないわよ。リトラスが正式に所有者として剣聖に認められたんだもの。」
「でもとりあえず見せてくれって言うので、グランバート家に連絡して見せたのよ。そうしたらその使者が驚いちゃったのよね。こんな小さな剣であるはずがないって叫んでいたわ。」
そう言えば元々は2mもある長剣だったわよね。
リリスはシューサックから聞いた言葉を思い出した。確かに元の聖剣とは姿かたちも違うだろう。
「それで諦めたの?」
「それがそうでもないのよ。」
姿かたちは違っても、ホーリースタリオンの反応は間違いなくリトラスの聖剣から発せられている。使者の持つ特殊な宝玉の反応でそれが分かるそうだ。それでメリンダ王女は元のホーリースタリオンが半分朽ちていたので、鍛冶職人に依頼して作り直させた事を説明した。既にホーリースタリオンとは別物であると付け加えたらしい。
使者はその事を本国に伝令を飛ばして即座に伝えたと言う。
「それで一応納得はしてくれたのよ。自分達の国の伝承と姿かたちが違うからね。ところが・・・・・」
リリスは一瞬安堵したものの、メリンダ王女の話に続きがあると感じて、再度気持ちを引き締めた。また嫌な予感がする。
芋虫はその様子を見ながら話を続けた。
「アストレア神聖王国の祭礼儀式に、ホーリースタリオンを貸し出して欲しいって言いだしたのよ。それも正式な外交ルートで伝えて来たわ。」
「そんな事をしたらそのまま取られちゃうわよ!」
リリスは身を乗り出して叫んだ。
「まあ、落ち着きなさいよ。」
芋虫はリリスを宥めながら話を続けた。
「国と国との交渉だからね。正式に公文書を交わした上で、こちらが貸し出したものを返さなかったら戦争になるわよ。」
「今のアストレア神聖王国の国力では、それは自滅行為よね。」
確かにそうだろう。アストレア神聖王国はかつては強国だったそうだが、今は東方の小さな国だ。国力はミラ王国の半分にも満たないだろう。
「それじゃあ、一応貸し出すのね。」
リリスの言葉に芋虫は身体を折り曲げ、うなづく様子を見せた。
「うん。そうなんだけど、聖剣だけを貸し出しても意味が無いのよ。」
「聖剣の秘めた力を発動させるためには、正式な所有者が扱う必要があるって言うのよね。」
そう言いながら芋虫はじっとリリスの目を見つめた。
「それってリトラスを連れて行くって事?」
「そうしたいのは山々なんだけど、子供を連れて行くわけにはいかないわよね。こちら側の使者と護衛の兵士が行く事になるんだけど、リトラスと私が同行する手段と言えば・・・・・」
「ちょっと待ってよ!」
リリスはメリンダ王女の目論見を悟った。
「私に行けって言うの? それもあんた達を憑依させて!」
思わず立ち上がったリリスに芋虫は頭を下げた。
「お願い、リリス。それが一番の得策なのよ。それに使い魔とは言え私を連れて行けば、王族扱いして貰えるわよ。」
「私はあんたの乗り物じゃないんだからね!」
「そんな事を言わないでよ。それに何人も憑依させて自由自在に動き回れるのって、私の知る限りあんたしか居ないんだから。」
芋虫に続いて小人まで頭を下げた。
「僕からも頼むよ。アストレア神聖王国はミラ王国やドルキア王国と一応国交はあるんだが、外交方針が日和見的で完全に信用出来ない面もあるんだよね。相手の出方を見る為にこちらとしては、臨機応変で戦闘力の高い布陣で固めたいんだよ。」
「だからって私が行かなくても・・・・・」
そう言って抵抗するリリスに芋虫と小人は延々と説得を試みた。
基本的には貴族の娘なので、とんでもない依頼や命令でない限り、王族からの指示に逆らう余地は無い。
最終的には依頼に応じるしかないのはリリスにも分かっている。
リリスはふうっと深いため息をついた。
「それでその祭礼儀式って何時なのよ?」
「3日後よ。臨時の休暇の2日目だから大丈夫でしょ?」
何が大丈夫なのよ!
エリスと王都で食べ歩きをするつもりだったのに。
「・・・・・分かったわよ。」
リリスは渋々承諾した。
「ありがとう、リリス! リトラスも喜ぶと思うわ。」
何かにつけてリトラスにはお姉さん風を吹かせたがるメリンダ王女である。リトラスが望んでいるか否か、リリスには分からないのだが。
ただ、アストレア神聖王国はハーグの故国であり、聖魔法を中心にして統治されている国だ。リトラスにとって良い刺激になるだろうと言う事は、容易に予想出来る。
リリスは再び深いため息をつきながら、ゲストルームから退出したのだった。
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藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。
ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。
忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。
担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。
その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。
その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
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