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少年の初恋4
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王城近くの公園にて。
リリスは恨めし気な表情のハドルに説明を続けていた。
「タミアは亜神本体じゃないですけどね。あの連中は気紛れで動くので、行動原理が読めないんですよ。たまたまリンちゃんの外出を手伝ってあげようと思ったみたいですけど・・・・・どうやら色々とご迷惑を掛けたみたいですね。」
リリスの全力の説明に一応納得した様子のハドルだが、その目にはまだ怒りが感じられる。
「迷惑どころじゃないですよ。」
ハドルはふうっと深くため息をついた。
「あの時は姫様が族長の元にタミア殿を連れて来たのです。当初は姫様の説明を補足する程度だったのですが、徐々に強弁するようになって、族長も少し辟易していたのですよ。その雰囲気を感じ取って近くにいたヌディアが話に割り込み、タミア殿を挑発したのです。」
うっ!
またヌディアさんが絡んでいたのね。
「火の亜神を名乗るなら自分のブレスを受けてみろと言い出して・・・」
「そんな事を言っちゃったんですか。本体ではないとは言え、火属性の魔法の全てを司る存在ですよ。」
リリスの言葉にハドルは神妙にうなづいた。
「それを嫌というほど知らされました。ヌディアの全力のブレスをすうっと吸い込んでしまって、こんなものなのかと笑っていましたよ。その後、お返しにこれをあげると言って小さな火球をポイッと投げつけたのです。その火球がその場に停止したまま徐々に大きくなって、直径が500mを越えた頃には全員危険を感じて高速度で逃げ出しました。」
「その直後に火球が爆発し、コロニーの施設の大半が消滅してしまいました。ヌディアを含む5体の竜が逃げ遅れて業火に包まれ、瀕死の重傷を負ったのですが、死者が出なかったのが奇跡ですね。姫様はタミア殿が手加減をしたと言っていましたが・・・」
タミアったら炙ったとか言っていたけど、そんなレベルじゃないわね。
それにしてもヌディアさんったら災いに巻き込まれやすい体質なのかしら?
否、あの竜は自分から災いを呼び込んでいるわよね。
リリスはため息をつき、リンに話し掛けた。
「それでリンちゃんは大丈夫だったの?」
リリスの言葉にリンは苦笑いを浮かべ、
「タミアさんが私の周りに、最初からシールドを張ってくれていたので大丈夫でした。」
一応、そう言う気配りはするのね。
「それでタミアの説得に応じたわけですね。」
「応じるも何もありませんよ。あんな目に遭わされたら言う事を聞くしかないですからね。」
どうやらとんでもない災厄だったようだ。
その後、人化を解き小さな竜の姿で上空に消えて行ったハドルとリンを見つめながら、リリス達を乗せた馬車は魔法学院に向かって行った。
その数日後、リリスが授業を終え生徒会の雑用を済ませて学生寮の自室に帰ると、芋虫を肩に生やした小人がソファで寛いでいた。
「「お帰り、リリス。待っていたよ。」」
合唱のように同時に声を出したわね。
仲が良いのは分かるんだけど、勝手には要らないで欲しいわね。
そう思ってカバンを置き、制服を着替えもせずにリリスはソファの対面に座った。
「どうしたんですか? 緊急の要件でも?」
本当に緊急の要件だとしたら、うんざりするのだが・・・。
だが小人と芋虫の機嫌が良い。
緊急の要件ではなさそうだ。
「今日はリリスに早く伝えてあげたくって、急いできたのよ。」
メリンダ王女の鼻息が荒い。
「それでどうしたの?」
「リトラスの件よ。リトラスが元気になったのよ!」
芋虫が全身を揺らしながら嬉しそうに話す。だが意味が良く分からない。
リリスの様子を見て小人が失笑しながら芋虫に話し掛けた。
「メル。最初から話さないと分からないよ。」
「そうね。ついリトラスの事が嬉しかったものだから・・・」
そう言って、芋虫がリリスの顔をじっと見つめながら話を始めた。
「あの日、リンちゃんと別れた後、リトラスが急に高熱を出して寝込んでしまったのよ。無理をさせたからだと思って、フランソワ叔母様もとても心配していたわ。」
そんな事があったのね。
「そうなんだよ。僕達もその連絡を受けて直ぐにグランバート家に戻ったんだ。」
「一時は大変だったのよ。リトラスの身体中から黒い膿のようなものが出て苦しんでいたわ。」
二人の言葉が生々しい。リリスも真剣に聞き入っていた。
「でもその次の日の午後になって、リトラスの高熱が下がり、血色も良くなってまるで別人のように元気になったのよ。」
「まるで長年の呪いが解かれたようだと叔母様も言っていたわ。」
そう話しながら芋虫のテンションが上がってきた。
「リトラスは、元気になるおまじないをリンちゃんが掛けてくれたからだと言って喜んでいたわよ。」
元気になるおまじない?
まさかあれが?
リリスはリンがリトラスの耳にふっと息を吹きかけていたのを思い出した。
「だが話はこれで終わりではないんだ。」
小人が神妙な口調で口を開いた。
「どうやら本当に呪いを掛けられていた痕跡があるんだよ。リトラスが回復したのと前後して、リトラスの部屋の隅々から、小さな黒い泡が浮かび上がっては消えるのをフランソワ様が見ていたんだ。それでロイヤルガード達に調べさせたところ、リトラスの部屋のあちらこちらに小さなピンが刺さっていて、それが溶けて崩れているのが見つかった。それがこれだ。」
そう言って小人は懐から小さなピンを取り出した。すでに溶けて頭の部分が崩れている。長さ1cmほどの小さなピンだ。だが何となく嫌な気配が漂ってくるのは何故だろうか?
怪訝そうにピンを見つめるリリスに小人は説明を始めた。
「このピンはどうやら遠隔地からの呪いの中継に使われていたようだ。リトラスの部屋のあちらこちらに目立たないように刺されていたんだろうね。」
「僅かづつ長時間かけて呪いをかけていたんだろう。おそらく5年近く掛けて、誰にも気づかれない程度の微量な呪いを中継していたようだ。」
それでリトラスが極度に病弱になっていたのね。
リゾルタのアイリス王妃の時のような生物化された呪いではなかったが、ごく微量の呪いを長時間かけて浴びせようとしていたようだ。
「でもどうしてこんな事を・・・・・」
リリスの疑問に小人はふうっと大きくため息をついた。
「王家に近い上級貴族だからライバルも居るんだよ。グランバート家の興隆を善く思わない者も居る筈だ。勿論これは憶測だけどね。」
う~ん。
リトラスにとっては理不尽な嫌がらせでしかないわね。
でもグランバート家の跡取りを潰しておきたいと言う敵対者の意図が分かると、やたらに腹立たしいわねえ。
「その事に関連しているか否か分からないんだけど、リトラスの傍で仕えていたメイドの一人がその日から突然行方不明になっているのよ。」
「その日ってリトラスが回復した日?」
リリスの問い掛けに芋虫は身体を折り曲げて肯定した。
「そう。その小さなピンが見つかった日よ。」
う~ん。
どう考えても怪しいわね。
恐らくそのメイドは敵対者が送り込んでいた手先だったのかもしれない。
リリスは少しの間黙って考え込んでいた。
その沈黙を破る様に芋虫が張りのある声で、
「とにかくリトラスは元気になったわ! これもリリスのお陰よ!」
「私じゃないわよ。リンちゃんのお陰じゃないの?」
「それっておまじないの事? そんなの本当か否か分からないわよ。」
そう言いながら芋虫はアハハと笑った。
確かにリンのおまじないが効いたと言う確証は無い。
考えれば考えるほど不思議な話だ。
リンが関わっていると言う事は確かなのだが・・・。
数日後に3人でグランバート家を再訪する事を取り決めて、小人と芋虫は部屋から出て行った。
その夜。
ベッドの中で眠っていたリリスは突然起こされた。否、完全に覚醒しているわけではない。
半覚醒状態だが身の回りの状況は認識出来ている。
紫の空間の中にリリスが立ち、その前にリンとデルフィの姿があった。
「ごめんなさい、お姉様。デルフィ様がお姉様に伝えるべき話があって、急遽仮想空間の別室にお呼びしました。」
そう言いながらリンは申し訳なさそうにうつむいている。
「私って仮想空間に出入り禁止だから別室に呼んだのね。」
若干皮肉交じりにリリスは呟いた。それを聞くデルフィが白々しく、
「まあ、そう言う事だ。勘弁しておくれ。」
それはそれで良いのだけどね。
「それでリリスを呼び出した要件なのだが、実はリンに関する事なのだよ。」
「リンちゃんに?」
「そうだ。リンが人族の子供に『覇竜の息吹』を注入したと聞いて、儂は大いに驚いた。滅多な事をするなとリンを窘めたのだ。」
覇竜の息吹と聞いて、リリスはリンのおまじないの事を思い浮かべた。
「覇竜の息吹って・・・リンちゃんがリトラス君の耳に吹きかけたあれ?」
リリスの疑問にリンは顔を上げ、神妙な表情でうんとうなづいた。
デルフィはリンの仕草を見ながら、
「竜の息吹は肉体と魂を活性化し、生命力を底上げする。人族にとっては即効性のある栄養剤のようなものだ。だが『覇竜の息吹』となると話は別だ。」
デルフィはそう言うと少し間を置いた。そのデルフィの表情をリンはやはり神妙な表情で見つめている。
「覇竜の息吹は配下の竜の生命力を活性化するものだ。それに眷属化を促す事も有る。人族には毒だと考えた方が良い。どんな副作用が起きるとも限らないのだよ」
デルフィの言葉にリンは泣きそうな顔を見せた。
「だって・・・リト君に元気になってもらいたくて・・・。でも、リンも加減して小さく吹き入れたんだよ。」
デルフィはう~んと唸って、
「加減したと言ってもなあ。確かに幼竜の放つものだから本来の威力や効果は無いかも知れんが・・・・・」
リンとデルフィの言葉を聞いてリリスはリトラスの元気になった原因を理解した。
「リト君は大丈夫ですよ。すっかり元気になったし、巧妙に掛けられていた呪いも解除されたようですから。」
そう言いながら、リリスはメリンダ王女から聞いたリトラスの状況を二人に説明した。リリスの話を聞くうちにリンの表情がみるみる明るくなってきた。
「リト君は元気になったんですね。良かったわ!」
手放しに喜ぶリンを少し窘めながら、デルフィは少しの間考え込んだ。
あれこれと解析している様子だが、考えが纏まらないようにも見える。
「まあ、結果オーライと言う事なのだろうな。」
そう言うとデルフィはリンの顔を見つめた。
「いづれにしても覇竜の息吹はしばらく封印しなさい、リン。」
デルフィの言葉にリンはうんうんと強くうなづいた。
リリスはリンに感謝の気持ちを伝えた。
「リンちゃん、ありがとう。リト君に元気になって貰いたいって言うリンちゃんの気持ちが嬉しいわ。」
「でも・・・覇竜の息吹の効果って持続するの?」
リリスの疑問にデルフィはう~んと唸った。
「まあ、一時的なものだと思ってくれ。おそらく30年ほどしか持続しないだろうな。」
うっ!
話がかみあって居ないわ。
まあ、確かに竜の寿命から考えれば、30年ってほんの僅かな時間なのでしょうね。
「リンちゃん。またリト君と会ってくれる?」
「うん。でも人族は直ぐに大人になっちゃうから・・・何時までも会えないよね。」
そうよねえ。
ライフサイクルが全く違うものね。
「リンちゃんは大人の姿に変身出来ないの?」
リリスの言葉にリンはう~んと考え込み、
「幼竜の時期は変身出来ないのよね。しばらくはこのままだから。」
「幼竜の時期ってどれくらいなの?」
「そうだなあ。50年くらいかな・・・」
えっと驚きリリスは言葉を詰まらせた。
50年・・・。
50年も少女のままって、リトラスにしてみればある意味天使よね。
リトラスが50歳になってもリンちゃんはこの姿のままなんて・・・。
初恋の人が何時までもそのままの姿って言うのも、素敵と言えば素敵だけどねえ。
でもそうなるとリトラスが大人になっても、大人の女性に目が向かないかも知れないわね。
う~ん。
悩ましいわね。
リンちゃんとリトラスって、やはりあまり会わない方が良いのかしら?
リリスはしばらく思いを巡らせた。だが直ぐに結論が出るはずもない。
「まあ、とりあえずリンちゃんの都合の良い時に会ってあげてよ。半年に1度でも良いから。」
「そうですね。」
そう言いながらリンはにこやかな表情を見せた。リンも自分の気持ちを切り替えたのだろう。
「元気になったリト君にまた会いに行きますね。」
デルフィはリンの言葉に表情を和ませた。だが急に真顔になってリリスを見つめ、
「話は変わるが、儂らの国には火の亜神をよこさないでくれよ。災厄はごめんだ。」
「リリスの機嫌を損ねたら火の亜神が焼き尽くしに来ると、竜達のコロニーでも噂が立っておったからな。」
ううっ!
ハドルさんの言っていた事だ。
「ちょっと待ってよ! それは誤解ですってば!」
ドラゴニュートにまで敬遠されるのは心外だ。
デルフィからあらぬ疑いを掛けられて、リリスはハドルに説明した時と同じように全力で弁明に走ったのだった。
リリスは恨めし気な表情のハドルに説明を続けていた。
「タミアは亜神本体じゃないですけどね。あの連中は気紛れで動くので、行動原理が読めないんですよ。たまたまリンちゃんの外出を手伝ってあげようと思ったみたいですけど・・・・・どうやら色々とご迷惑を掛けたみたいですね。」
リリスの全力の説明に一応納得した様子のハドルだが、その目にはまだ怒りが感じられる。
「迷惑どころじゃないですよ。」
ハドルはふうっと深くため息をついた。
「あの時は姫様が族長の元にタミア殿を連れて来たのです。当初は姫様の説明を補足する程度だったのですが、徐々に強弁するようになって、族長も少し辟易していたのですよ。その雰囲気を感じ取って近くにいたヌディアが話に割り込み、タミア殿を挑発したのです。」
うっ!
またヌディアさんが絡んでいたのね。
「火の亜神を名乗るなら自分のブレスを受けてみろと言い出して・・・」
「そんな事を言っちゃったんですか。本体ではないとは言え、火属性の魔法の全てを司る存在ですよ。」
リリスの言葉にハドルは神妙にうなづいた。
「それを嫌というほど知らされました。ヌディアの全力のブレスをすうっと吸い込んでしまって、こんなものなのかと笑っていましたよ。その後、お返しにこれをあげると言って小さな火球をポイッと投げつけたのです。その火球がその場に停止したまま徐々に大きくなって、直径が500mを越えた頃には全員危険を感じて高速度で逃げ出しました。」
「その直後に火球が爆発し、コロニーの施設の大半が消滅してしまいました。ヌディアを含む5体の竜が逃げ遅れて業火に包まれ、瀕死の重傷を負ったのですが、死者が出なかったのが奇跡ですね。姫様はタミア殿が手加減をしたと言っていましたが・・・」
タミアったら炙ったとか言っていたけど、そんなレベルじゃないわね。
それにしてもヌディアさんったら災いに巻き込まれやすい体質なのかしら?
否、あの竜は自分から災いを呼び込んでいるわよね。
リリスはため息をつき、リンに話し掛けた。
「それでリンちゃんは大丈夫だったの?」
リリスの言葉にリンは苦笑いを浮かべ、
「タミアさんが私の周りに、最初からシールドを張ってくれていたので大丈夫でした。」
一応、そう言う気配りはするのね。
「それでタミアの説得に応じたわけですね。」
「応じるも何もありませんよ。あんな目に遭わされたら言う事を聞くしかないですからね。」
どうやらとんでもない災厄だったようだ。
その後、人化を解き小さな竜の姿で上空に消えて行ったハドルとリンを見つめながら、リリス達を乗せた馬車は魔法学院に向かって行った。
その数日後、リリスが授業を終え生徒会の雑用を済ませて学生寮の自室に帰ると、芋虫を肩に生やした小人がソファで寛いでいた。
「「お帰り、リリス。待っていたよ。」」
合唱のように同時に声を出したわね。
仲が良いのは分かるんだけど、勝手には要らないで欲しいわね。
そう思ってカバンを置き、制服を着替えもせずにリリスはソファの対面に座った。
「どうしたんですか? 緊急の要件でも?」
本当に緊急の要件だとしたら、うんざりするのだが・・・。
だが小人と芋虫の機嫌が良い。
緊急の要件ではなさそうだ。
「今日はリリスに早く伝えてあげたくって、急いできたのよ。」
メリンダ王女の鼻息が荒い。
「それでどうしたの?」
「リトラスの件よ。リトラスが元気になったのよ!」
芋虫が全身を揺らしながら嬉しそうに話す。だが意味が良く分からない。
リリスの様子を見て小人が失笑しながら芋虫に話し掛けた。
「メル。最初から話さないと分からないよ。」
「そうね。ついリトラスの事が嬉しかったものだから・・・」
そう言って、芋虫がリリスの顔をじっと見つめながら話を始めた。
「あの日、リンちゃんと別れた後、リトラスが急に高熱を出して寝込んでしまったのよ。無理をさせたからだと思って、フランソワ叔母様もとても心配していたわ。」
そんな事があったのね。
「そうなんだよ。僕達もその連絡を受けて直ぐにグランバート家に戻ったんだ。」
「一時は大変だったのよ。リトラスの身体中から黒い膿のようなものが出て苦しんでいたわ。」
二人の言葉が生々しい。リリスも真剣に聞き入っていた。
「でもその次の日の午後になって、リトラスの高熱が下がり、血色も良くなってまるで別人のように元気になったのよ。」
「まるで長年の呪いが解かれたようだと叔母様も言っていたわ。」
そう話しながら芋虫のテンションが上がってきた。
「リトラスは、元気になるおまじないをリンちゃんが掛けてくれたからだと言って喜んでいたわよ。」
元気になるおまじない?
まさかあれが?
リリスはリンがリトラスの耳にふっと息を吹きかけていたのを思い出した。
「だが話はこれで終わりではないんだ。」
小人が神妙な口調で口を開いた。
「どうやら本当に呪いを掛けられていた痕跡があるんだよ。リトラスが回復したのと前後して、リトラスの部屋の隅々から、小さな黒い泡が浮かび上がっては消えるのをフランソワ様が見ていたんだ。それでロイヤルガード達に調べさせたところ、リトラスの部屋のあちらこちらに小さなピンが刺さっていて、それが溶けて崩れているのが見つかった。それがこれだ。」
そう言って小人は懐から小さなピンを取り出した。すでに溶けて頭の部分が崩れている。長さ1cmほどの小さなピンだ。だが何となく嫌な気配が漂ってくるのは何故だろうか?
怪訝そうにピンを見つめるリリスに小人は説明を始めた。
「このピンはどうやら遠隔地からの呪いの中継に使われていたようだ。リトラスの部屋のあちらこちらに目立たないように刺されていたんだろうね。」
「僅かづつ長時間かけて呪いをかけていたんだろう。おそらく5年近く掛けて、誰にも気づかれない程度の微量な呪いを中継していたようだ。」
それでリトラスが極度に病弱になっていたのね。
リゾルタのアイリス王妃の時のような生物化された呪いではなかったが、ごく微量の呪いを長時間かけて浴びせようとしていたようだ。
「でもどうしてこんな事を・・・・・」
リリスの疑問に小人はふうっと大きくため息をついた。
「王家に近い上級貴族だからライバルも居るんだよ。グランバート家の興隆を善く思わない者も居る筈だ。勿論これは憶測だけどね。」
う~ん。
リトラスにとっては理不尽な嫌がらせでしかないわね。
でもグランバート家の跡取りを潰しておきたいと言う敵対者の意図が分かると、やたらに腹立たしいわねえ。
「その事に関連しているか否か分からないんだけど、リトラスの傍で仕えていたメイドの一人がその日から突然行方不明になっているのよ。」
「その日ってリトラスが回復した日?」
リリスの問い掛けに芋虫は身体を折り曲げて肯定した。
「そう。その小さなピンが見つかった日よ。」
う~ん。
どう考えても怪しいわね。
恐らくそのメイドは敵対者が送り込んでいた手先だったのかもしれない。
リリスは少しの間黙って考え込んでいた。
その沈黙を破る様に芋虫が張りのある声で、
「とにかくリトラスは元気になったわ! これもリリスのお陰よ!」
「私じゃないわよ。リンちゃんのお陰じゃないの?」
「それっておまじないの事? そんなの本当か否か分からないわよ。」
そう言いながら芋虫はアハハと笑った。
確かにリンのおまじないが効いたと言う確証は無い。
考えれば考えるほど不思議な話だ。
リンが関わっていると言う事は確かなのだが・・・。
数日後に3人でグランバート家を再訪する事を取り決めて、小人と芋虫は部屋から出て行った。
その夜。
ベッドの中で眠っていたリリスは突然起こされた。否、完全に覚醒しているわけではない。
半覚醒状態だが身の回りの状況は認識出来ている。
紫の空間の中にリリスが立ち、その前にリンとデルフィの姿があった。
「ごめんなさい、お姉様。デルフィ様がお姉様に伝えるべき話があって、急遽仮想空間の別室にお呼びしました。」
そう言いながらリンは申し訳なさそうにうつむいている。
「私って仮想空間に出入り禁止だから別室に呼んだのね。」
若干皮肉交じりにリリスは呟いた。それを聞くデルフィが白々しく、
「まあ、そう言う事だ。勘弁しておくれ。」
それはそれで良いのだけどね。
「それでリリスを呼び出した要件なのだが、実はリンに関する事なのだよ。」
「リンちゃんに?」
「そうだ。リンが人族の子供に『覇竜の息吹』を注入したと聞いて、儂は大いに驚いた。滅多な事をするなとリンを窘めたのだ。」
覇竜の息吹と聞いて、リリスはリンのおまじないの事を思い浮かべた。
「覇竜の息吹って・・・リンちゃんがリトラス君の耳に吹きかけたあれ?」
リリスの疑問にリンは顔を上げ、神妙な表情でうんとうなづいた。
デルフィはリンの仕草を見ながら、
「竜の息吹は肉体と魂を活性化し、生命力を底上げする。人族にとっては即効性のある栄養剤のようなものだ。だが『覇竜の息吹』となると話は別だ。」
デルフィはそう言うと少し間を置いた。そのデルフィの表情をリンはやはり神妙な表情で見つめている。
「覇竜の息吹は配下の竜の生命力を活性化するものだ。それに眷属化を促す事も有る。人族には毒だと考えた方が良い。どんな副作用が起きるとも限らないのだよ」
デルフィの言葉にリンは泣きそうな顔を見せた。
「だって・・・リト君に元気になってもらいたくて・・・。でも、リンも加減して小さく吹き入れたんだよ。」
デルフィはう~んと唸って、
「加減したと言ってもなあ。確かに幼竜の放つものだから本来の威力や効果は無いかも知れんが・・・・・」
リンとデルフィの言葉を聞いてリリスはリトラスの元気になった原因を理解した。
「リト君は大丈夫ですよ。すっかり元気になったし、巧妙に掛けられていた呪いも解除されたようですから。」
そう言いながら、リリスはメリンダ王女から聞いたリトラスの状況を二人に説明した。リリスの話を聞くうちにリンの表情がみるみる明るくなってきた。
「リト君は元気になったんですね。良かったわ!」
手放しに喜ぶリンを少し窘めながら、デルフィは少しの間考え込んだ。
あれこれと解析している様子だが、考えが纏まらないようにも見える。
「まあ、結果オーライと言う事なのだろうな。」
そう言うとデルフィはリンの顔を見つめた。
「いづれにしても覇竜の息吹はしばらく封印しなさい、リン。」
デルフィの言葉にリンはうんうんと強くうなづいた。
リリスはリンに感謝の気持ちを伝えた。
「リンちゃん、ありがとう。リト君に元気になって貰いたいって言うリンちゃんの気持ちが嬉しいわ。」
「でも・・・覇竜の息吹の効果って持続するの?」
リリスの疑問にデルフィはう~んと唸った。
「まあ、一時的なものだと思ってくれ。おそらく30年ほどしか持続しないだろうな。」
うっ!
話がかみあって居ないわ。
まあ、確かに竜の寿命から考えれば、30年ってほんの僅かな時間なのでしょうね。
「リンちゃん。またリト君と会ってくれる?」
「うん。でも人族は直ぐに大人になっちゃうから・・・何時までも会えないよね。」
そうよねえ。
ライフサイクルが全く違うものね。
「リンちゃんは大人の姿に変身出来ないの?」
リリスの言葉にリンはう~んと考え込み、
「幼竜の時期は変身出来ないのよね。しばらくはこのままだから。」
「幼竜の時期ってどれくらいなの?」
「そうだなあ。50年くらいかな・・・」
えっと驚きリリスは言葉を詰まらせた。
50年・・・。
50年も少女のままって、リトラスにしてみればある意味天使よね。
リトラスが50歳になってもリンちゃんはこの姿のままなんて・・・。
初恋の人が何時までもそのままの姿って言うのも、素敵と言えば素敵だけどねえ。
でもそうなるとリトラスが大人になっても、大人の女性に目が向かないかも知れないわね。
う~ん。
悩ましいわね。
リンちゃんとリトラスって、やはりあまり会わない方が良いのかしら?
リリスはしばらく思いを巡らせた。だが直ぐに結論が出るはずもない。
「まあ、とりあえずリンちゃんの都合の良い時に会ってあげてよ。半年に1度でも良いから。」
「そうですね。」
そう言いながらリンはにこやかな表情を見せた。リンも自分の気持ちを切り替えたのだろう。
「元気になったリト君にまた会いに行きますね。」
デルフィはリンの言葉に表情を和ませた。だが急に真顔になってリリスを見つめ、
「話は変わるが、儂らの国には火の亜神をよこさないでくれよ。災厄はごめんだ。」
「リリスの機嫌を損ねたら火の亜神が焼き尽くしに来ると、竜達のコロニーでも噂が立っておったからな。」
ううっ!
ハドルさんの言っていた事だ。
「ちょっと待ってよ! それは誤解ですってば!」
ドラゴニュートにまで敬遠されるのは心外だ。
デルフィからあらぬ疑いを掛けられて、リリスはハドルに説明した時と同じように全力で弁明に走ったのだった。
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ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
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