101 / 287
賓客の災難3
しおりを挟む
迫りくる竜のブレス。
恐怖のあまりリリスは口を開けたまま、硬直して身体が動かない。
だがその時、リリスの全身を駆け巡る恐怖感と生命の危機を感じ取り、竜の加護が瞬時に発動した。
竜の加護は悲鳴を上げて開いたリリスの口の前に、亜空間シールドをパラボラ状に出現させた。竜の加護は火力増幅と火力凝縮を極度に発動させ、更にリリスの脳のリミッターを取り払い、生命維持に最低限必要な分量を残し、大半の魔力を投入させてファイヤーボールを造り上げた。
ここまでで1秒も掛かっていない。
パラボラ状になった亜空間シールドの焦点の位置に、直径20cmほどの青白く輝くファイヤーボールが出現した。極度に火力を増幅・凝縮され、その温度は数千万度にもなっていた。
その極高温の火球は次の0.1秒で1万倍に膨れ上がった。急激な膨張に伴って温度は多少下がるが、それでもその炎熱の温度は数万度にもなる。
急激に膨張した火球は亜空間シールドのパラボラ状の形状に沿って、一気に前方に突出した。
それは・・・仕組みは多少違うが、誰の目から見ても強烈なブレスだ。リリスが口を開けたままだったので、口からブレスを吐いたとしか見えなかった。
バリバリバリバリバリッと雷鳴が響き、その衝撃波が周囲の者を激しく襲う。
リリスの斜め前方に吐き出された激しい炎熱は、エドムが至近距離で放ったブレスを塵芥のように易々と跳ね除け、空中に居たエドムを巻き込んで斜め上空に放出された。
研究施設の屋根を貫き、上空に向けてブレスが駆け抜けていく。しばらくしてそのブレスが治まると、屋根に空いた大きな穴から青空が見えていた。
目を丸くして驚くデルフィ。驚きのあまり声も出ない。
見事なブレスだ。これほどまでに強烈なブレスを何故人族が放てるのだ?
そんな思いに駆られながら、唖然としてリリスを見つめるデルフィであった。
そのデルフィの目の前で、リリスは意識を失い前のめりに倒れてしまった。
気が付くとリリスは真っ白な空間に浮かんで居た。その目の前に大きな黒い竜の頭だけが浮かんでいる。これは明らかにキングドレイクだ。
キングドレイクさんが此処に居ると言う事は・・・・・私は死んでしまったの?
そう思ったリリスの心に想念が伝わってきた。
(そうではない。これは儂が残した加護の空間だ。)
そうなの?
それで、キングドレイクさんは此処に住んでいるの?
(それも違うな。儂はあくまでも残留思念に過ぎん。)
(だがそれでも加護を発動させるような緊急事態には、存在のレベルを引き上げるようになっているのだ。)
う~ん。
良く分からないわ。
でも・・・私ってブレスを目の前で放たれて、それで・・・口から火を噴いて・・・。
記憶が不明瞭だわ。
でもエドムって死んじゃったの?
私が殺してしまったの?
様々な思いにリリスの心が混乱し始めた。
(落ち着けリリス!)
キンぐドレイクの一喝でリリスは少し落ち着きを取り戻した。
(全てはエドムと言う若造に非がある。それに奴の放ったブレスなど吐息のようなものだ。あんなものをブレスとは呼ばぬ。)
そうは言ってもエドムは・・・。
(奴なら死んでおらん。)
ええっ!
そうなの?
(竜の一族には緊急時の回避機能があるのだよ。後でお前をここに呼びつけた賢者に聞けば良い。)
そうだとしたら一安心だわ。
(うむ。安心して身体の回復に努めるが良い。緊急時なので全身にかなり負荷をかけてしまったからな。)
そう言いながらキングドレイクの残留思念は消えて行った。
同時にリリスの意識も薄れていく。
リリスが目を開くと、病院らしき設備が身の回りにあった。どうやらここは病室のようだ。
リリスが横たわるベッドの傍にデルフィの姿もある。祭祀の衣装を纏った女性のドラゴニュートがリリスの身体にヒールを掛けていて、その効果で身体の隅々にまで心地良さが伝わってきた。それでもまだ頭が重い。その上、手足を動かそうとしても動かない。
まるで神経が切れてしまったようだ。口は動かせるようだが・・・・・。
「リリス! 気が付いたようだね。」
デルフィがその笑顔を向けてきた。
「私は・・・私は気を失ってしまったの?」
「そうだよ。強烈なブレスを吐いた後、その場に倒れてしまったんだ。」
・・・強烈なブレス。
そう言われてもピンとこない。
「私は・・・とんでもない事をしてしまいました。」
リリスはそう言うと表情を曇らせた。成り行きとは言えエドムをブレスに巻き込んでしまったのだから・・・。
「あれは覇竜の加護のお陰なのだろうね。それにしても見事なブレスだった。儂がエドムを諫めるために急遽呼び寄せた国王直属の審議官達も、あの経緯を全て見ていたよ。全ての非はエドムにあると、彼等も認識していた。それに・・・」
デルフィは少し間を置いた。
「竜にとってブレスは力の象徴だ。ブレスをぶつけ合って撃ち勝った者は称賛されても非難される事は無い。そもそも至近距離でのブレスの撃ち合いは、竜族にとっては決闘の様式なのだから。決闘に正々堂々と勝ち抜いた者は誰からも一目置かれる存在になるのだよ。」
竜族に一目置かれてもねえ。
そう思いながらリリスはキングドレイクの言葉を思い出した。あれが真実ならエドムは生きている筈・・・。
「それでエドムは?」
リリスの言葉を聞き、デルフィはリリスの隣のベッドに目を向けた。
「エドムならそこに居るよ。」
ええっ!と驚くリリスが隣のベッドに目を向けると、そこには黒く焦げた塊が置かれていた。よく見るとその表皮は竜の鱗のようだ。
何だか分からず不思議そうな表情を見せるリリスがデルフィには滑稽だった。
ふっと失笑しながら、
「我々竜族は生命の危機を感じると、体組織の大半を犠牲にして甲殻に退避出来るのだよ。勿論その能力には個人差がある。我々王族と呼ばれる一族は特にその能力が高い。」
「リリスのあのブレスで何とか生き残ったのはそれ故だ。普通の竜なら燃え尽きてしまっているよ。」
そう言って焦げた甲殻をデルフィはポンポンと叩いた。
「エドムは現在、仮死状態だ。」
「この状態から手を尽くせば1年ほどで元の身体に戻れる。逆に言うと全治1年の大怪我と言う事だ。」
そう言われると申し訳なくなってリリスはうつむいた。
「だがすぐに治療には入らない事になるだろう。恐らくは100年ほど放置して、それからだな。」
デルフィの言葉の意味がリリスには良く分からない。
「何故100年も放置するの?」
「それは罪の贖いの為だよ、リリス。」
そう言われてもリリスにはまだピンとこない。
「王家が招聘した賓客である君を命の危機に陥れた。これは我が国だけの犯罪に留まらない。当然の事ながらミラ王国に対する謝罪と賠償が問われる。」
「私はこの通り無事ですよ。何もそこまでしなくても・・・」
「君は良くてもミラ王国がそれで良いとは言わないだろう。王国としての威信が立たない。曖昧に済ませると悪しき事例が永遠に残ってしまうのだよ。」
そう言うものなのかしら?
リリスは戸惑うばかりだ。勿論エドムに対する怒りはある。だがそれは個人的な言いがかりであったとリリスは理解していた。
「すでに国王直属の審議官達がミラ王国に向かっている。今回の件に関する協議の為だ。ここで躊躇しているとあらぬ紛争の火種になりかねないからね。」
事態はリリスが思っている以上に大事になってしまったようだ。沈痛な表情のリリスにデルフィは優しく声を掛けた。
「君はあれこれと考える必要はないさ。魔力切れと身体中の体組織の過負荷でまだ起き上がる事も出来まい。ここでしっかりと回復させれば良いよ。」
デルフィはそう言いながら、傍にいた女性のドラゴニュートに目配せをした。
「さあ、リリスさん。もう少し休みましょうね。まだ身体の損傷がかなり残っているから。」
そう言うとドラゴニュートの女性は手のひらをリリスの顔に軽く押し当てた。
あっ! 待って!
そう言おうとしたがリリスはそのまま意識を失ってしまった。
再び意識を取り戻したリリスが目にしたのは、やはり医療機器の置かれた病室だった。だがその場に居合わせた人物が異なる。
レオナルド王子とメリンダ王女がリリスの顔を覗き込んでいた。
「リリス! 気が付いたのね!」
メリンダ王女が涙目で近付いてきた。
顔が近い!
思わず避けそうになったリリスだが、相手は王族なのでもろに避けるのも失礼かもしれない。そう思ってリリスはメリンダ王女の頬を両手で軽く抑え、神妙な表情を浮かべながら、
「心配かけたわね、メル。でも私は大丈夫よ。」
そう言ってレオナルド王子の方に目を向けると、王子も涙目になっている。
この兄妹はこんなに涙もろかったの?
逆に自分がドライなのかと思ってしまったリリスである。
「メル、ここは何処なの?」
メリンダ王女はリリスから少し離れて、
「ここはミラ王国の王都よ。意識を失ったまま運ばれてきたから心配しちゃったわ。」
そうだ。あのドラゴニュートの女性に眠らされてしまったのだった。あれはどう言うスキルなのだろうか?
簡単に意識を奪われてしまった事がどうしても気に成る。
思いを巡らせるリリスの様子を見てメリンダ王女の表情が雲った。
「どうしたのリリス? まだどこか痛いの?」
リリスは笑顔を見せて、
「いいえ。大丈夫。どこも痛くないからね。」
そう言いながら自分の身体を精査してみると、何の異常も見られない。改めてリリスは違和感を覚えた。
もしかすると、意識を奪われていた間に、特別な治療を施されたのかも知れない。
う~ん。
正体不明の女性だったわね。
そう思いながらもメリンダ王女に作り笑いを見せていると、病室のドアがバンッと勢いよく開けられた。
「リリス! 大丈夫なの?」
そう言って病室に飛び込んできたのは・・・・・・母親のマリアだった。その後ろに父親の顔も見える。
両親にも心配を掛けちゃったわね。
申し訳ない思いに駆られたリリスにマリアが掛けた言葉は意外なものだった。
「リリス。あなたって竜のブレスを吐いたの?」
興味津々の目つきだ。
お母様ったら私の身体の事は心配じゃないの?
そう思いつつも、リリスは冷静を装い神妙な表情を作り、
「お父様にもお母様にも心配かけちゃったわね。ごめんなさい。」
そう言うとマリアは母親の表情に戻った。
「うんうん。リリスが意識も無く運ばれて来た時は流石に心配したわよ。でも身体中を精査すると何の異常も無かったから安心したわ。それにドラゴニュートの王族からの伝言で、リリスの回復に秘術を施したので心配ないと書かれていたのよ。」
そうなのね。
やはり何かしらの特殊な治療をしたのね。それも私の意識を奪って、何がされたかも分からないように・・・・・。
これって私の考え過ぎじゃないわよね?
そう思ってリリスは解析スキルを発動させた。
私の身体に異常は無い?
『異常ありません。至って健康ですね。ただ・・・・・』
何を言い淀んでいるのよ。何かあるの?
『健康の回復のために輸血を受けたようですね。』
輸血?
それってもしかして・・・。
『竜の血液ですね。でも輸血を受けなかったら、まだ手足は動かなかったでしょうね。』
そうなの?
でも竜の血液って人族に輸血して大丈夫なの?
『それなんですが、特殊なスキルを使ったようで、人族の身体に合うように組成を組み替えたようです。正体不明のスキルと言いますか・・・』
そう。
余程特殊なスキルを使ってくれたのね。
でもそのお陰で回復出来たって事?
『そうですね。驚異的な回復を見せてくれました。神経細胞のダメージがかなり酷く、筋肉には壊死仕掛けていた部分もありましたからね。』
そうなのね。
でも竜の血液を輸血されて、生まれてくる子供に鱗が生えていたらショックだけどね。
『生殖能力には全く支障はありません。何時でも繁殖可能ですよ。』
その繁殖って言い方は止めてよね。
増々魔物に近付いちゃうわ。
それに私ってまだ14歳なのよ。出産なんて無理でしょ?
『それは魔力で生殖器官を活性化すれば何とでもなります。』
そこまでする必要は無いわよ。
解析スキルとのやり取りが若干脱線気味になってしまったリリスである。
リリスが少し黙り込んでいるのを見て、マリアは心配して声を掛けた。
「リリス、どうしたの? 急に黙り込んじゃって・・・」
「あっ! ごめんなさい、お母様。少し考え事をしていただけよ。」
そう言いながらリリスは手足を動かしてみた。何の支障も無い。
それにしてもどんなスキルを使ってくれたのだろうか?
リリスは両親や王族と歓談しつつも、ドラゴニュートの持つ特殊なスキルが何時までも気に成っていたのだった。
恐怖のあまりリリスは口を開けたまま、硬直して身体が動かない。
だがその時、リリスの全身を駆け巡る恐怖感と生命の危機を感じ取り、竜の加護が瞬時に発動した。
竜の加護は悲鳴を上げて開いたリリスの口の前に、亜空間シールドをパラボラ状に出現させた。竜の加護は火力増幅と火力凝縮を極度に発動させ、更にリリスの脳のリミッターを取り払い、生命維持に最低限必要な分量を残し、大半の魔力を投入させてファイヤーボールを造り上げた。
ここまでで1秒も掛かっていない。
パラボラ状になった亜空間シールドの焦点の位置に、直径20cmほどの青白く輝くファイヤーボールが出現した。極度に火力を増幅・凝縮され、その温度は数千万度にもなっていた。
その極高温の火球は次の0.1秒で1万倍に膨れ上がった。急激な膨張に伴って温度は多少下がるが、それでもその炎熱の温度は数万度にもなる。
急激に膨張した火球は亜空間シールドのパラボラ状の形状に沿って、一気に前方に突出した。
それは・・・仕組みは多少違うが、誰の目から見ても強烈なブレスだ。リリスが口を開けたままだったので、口からブレスを吐いたとしか見えなかった。
バリバリバリバリバリッと雷鳴が響き、その衝撃波が周囲の者を激しく襲う。
リリスの斜め前方に吐き出された激しい炎熱は、エドムが至近距離で放ったブレスを塵芥のように易々と跳ね除け、空中に居たエドムを巻き込んで斜め上空に放出された。
研究施設の屋根を貫き、上空に向けてブレスが駆け抜けていく。しばらくしてそのブレスが治まると、屋根に空いた大きな穴から青空が見えていた。
目を丸くして驚くデルフィ。驚きのあまり声も出ない。
見事なブレスだ。これほどまでに強烈なブレスを何故人族が放てるのだ?
そんな思いに駆られながら、唖然としてリリスを見つめるデルフィであった。
そのデルフィの目の前で、リリスは意識を失い前のめりに倒れてしまった。
気が付くとリリスは真っ白な空間に浮かんで居た。その目の前に大きな黒い竜の頭だけが浮かんでいる。これは明らかにキングドレイクだ。
キングドレイクさんが此処に居ると言う事は・・・・・私は死んでしまったの?
そう思ったリリスの心に想念が伝わってきた。
(そうではない。これは儂が残した加護の空間だ。)
そうなの?
それで、キングドレイクさんは此処に住んでいるの?
(それも違うな。儂はあくまでも残留思念に過ぎん。)
(だがそれでも加護を発動させるような緊急事態には、存在のレベルを引き上げるようになっているのだ。)
う~ん。
良く分からないわ。
でも・・・私ってブレスを目の前で放たれて、それで・・・口から火を噴いて・・・。
記憶が不明瞭だわ。
でもエドムって死んじゃったの?
私が殺してしまったの?
様々な思いにリリスの心が混乱し始めた。
(落ち着けリリス!)
キンぐドレイクの一喝でリリスは少し落ち着きを取り戻した。
(全てはエドムと言う若造に非がある。それに奴の放ったブレスなど吐息のようなものだ。あんなものをブレスとは呼ばぬ。)
そうは言ってもエドムは・・・。
(奴なら死んでおらん。)
ええっ!
そうなの?
(竜の一族には緊急時の回避機能があるのだよ。後でお前をここに呼びつけた賢者に聞けば良い。)
そうだとしたら一安心だわ。
(うむ。安心して身体の回復に努めるが良い。緊急時なので全身にかなり負荷をかけてしまったからな。)
そう言いながらキングドレイクの残留思念は消えて行った。
同時にリリスの意識も薄れていく。
リリスが目を開くと、病院らしき設備が身の回りにあった。どうやらここは病室のようだ。
リリスが横たわるベッドの傍にデルフィの姿もある。祭祀の衣装を纏った女性のドラゴニュートがリリスの身体にヒールを掛けていて、その効果で身体の隅々にまで心地良さが伝わってきた。それでもまだ頭が重い。その上、手足を動かそうとしても動かない。
まるで神経が切れてしまったようだ。口は動かせるようだが・・・・・。
「リリス! 気が付いたようだね。」
デルフィがその笑顔を向けてきた。
「私は・・・私は気を失ってしまったの?」
「そうだよ。強烈なブレスを吐いた後、その場に倒れてしまったんだ。」
・・・強烈なブレス。
そう言われてもピンとこない。
「私は・・・とんでもない事をしてしまいました。」
リリスはそう言うと表情を曇らせた。成り行きとは言えエドムをブレスに巻き込んでしまったのだから・・・。
「あれは覇竜の加護のお陰なのだろうね。それにしても見事なブレスだった。儂がエドムを諫めるために急遽呼び寄せた国王直属の審議官達も、あの経緯を全て見ていたよ。全ての非はエドムにあると、彼等も認識していた。それに・・・」
デルフィは少し間を置いた。
「竜にとってブレスは力の象徴だ。ブレスをぶつけ合って撃ち勝った者は称賛されても非難される事は無い。そもそも至近距離でのブレスの撃ち合いは、竜族にとっては決闘の様式なのだから。決闘に正々堂々と勝ち抜いた者は誰からも一目置かれる存在になるのだよ。」
竜族に一目置かれてもねえ。
そう思いながらリリスはキングドレイクの言葉を思い出した。あれが真実ならエドムは生きている筈・・・。
「それでエドムは?」
リリスの言葉を聞き、デルフィはリリスの隣のベッドに目を向けた。
「エドムならそこに居るよ。」
ええっ!と驚くリリスが隣のベッドに目を向けると、そこには黒く焦げた塊が置かれていた。よく見るとその表皮は竜の鱗のようだ。
何だか分からず不思議そうな表情を見せるリリスがデルフィには滑稽だった。
ふっと失笑しながら、
「我々竜族は生命の危機を感じると、体組織の大半を犠牲にして甲殻に退避出来るのだよ。勿論その能力には個人差がある。我々王族と呼ばれる一族は特にその能力が高い。」
「リリスのあのブレスで何とか生き残ったのはそれ故だ。普通の竜なら燃え尽きてしまっているよ。」
そう言って焦げた甲殻をデルフィはポンポンと叩いた。
「エドムは現在、仮死状態だ。」
「この状態から手を尽くせば1年ほどで元の身体に戻れる。逆に言うと全治1年の大怪我と言う事だ。」
そう言われると申し訳なくなってリリスはうつむいた。
「だがすぐに治療には入らない事になるだろう。恐らくは100年ほど放置して、それからだな。」
デルフィの言葉の意味がリリスには良く分からない。
「何故100年も放置するの?」
「それは罪の贖いの為だよ、リリス。」
そう言われてもリリスにはまだピンとこない。
「王家が招聘した賓客である君を命の危機に陥れた。これは我が国だけの犯罪に留まらない。当然の事ながらミラ王国に対する謝罪と賠償が問われる。」
「私はこの通り無事ですよ。何もそこまでしなくても・・・」
「君は良くてもミラ王国がそれで良いとは言わないだろう。王国としての威信が立たない。曖昧に済ませると悪しき事例が永遠に残ってしまうのだよ。」
そう言うものなのかしら?
リリスは戸惑うばかりだ。勿論エドムに対する怒りはある。だがそれは個人的な言いがかりであったとリリスは理解していた。
「すでに国王直属の審議官達がミラ王国に向かっている。今回の件に関する協議の為だ。ここで躊躇しているとあらぬ紛争の火種になりかねないからね。」
事態はリリスが思っている以上に大事になってしまったようだ。沈痛な表情のリリスにデルフィは優しく声を掛けた。
「君はあれこれと考える必要はないさ。魔力切れと身体中の体組織の過負荷でまだ起き上がる事も出来まい。ここでしっかりと回復させれば良いよ。」
デルフィはそう言いながら、傍にいた女性のドラゴニュートに目配せをした。
「さあ、リリスさん。もう少し休みましょうね。まだ身体の損傷がかなり残っているから。」
そう言うとドラゴニュートの女性は手のひらをリリスの顔に軽く押し当てた。
あっ! 待って!
そう言おうとしたがリリスはそのまま意識を失ってしまった。
再び意識を取り戻したリリスが目にしたのは、やはり医療機器の置かれた病室だった。だがその場に居合わせた人物が異なる。
レオナルド王子とメリンダ王女がリリスの顔を覗き込んでいた。
「リリス! 気が付いたのね!」
メリンダ王女が涙目で近付いてきた。
顔が近い!
思わず避けそうになったリリスだが、相手は王族なのでもろに避けるのも失礼かもしれない。そう思ってリリスはメリンダ王女の頬を両手で軽く抑え、神妙な表情を浮かべながら、
「心配かけたわね、メル。でも私は大丈夫よ。」
そう言ってレオナルド王子の方に目を向けると、王子も涙目になっている。
この兄妹はこんなに涙もろかったの?
逆に自分がドライなのかと思ってしまったリリスである。
「メル、ここは何処なの?」
メリンダ王女はリリスから少し離れて、
「ここはミラ王国の王都よ。意識を失ったまま運ばれてきたから心配しちゃったわ。」
そうだ。あのドラゴニュートの女性に眠らされてしまったのだった。あれはどう言うスキルなのだろうか?
簡単に意識を奪われてしまった事がどうしても気に成る。
思いを巡らせるリリスの様子を見てメリンダ王女の表情が雲った。
「どうしたのリリス? まだどこか痛いの?」
リリスは笑顔を見せて、
「いいえ。大丈夫。どこも痛くないからね。」
そう言いながら自分の身体を精査してみると、何の異常も見られない。改めてリリスは違和感を覚えた。
もしかすると、意識を奪われていた間に、特別な治療を施されたのかも知れない。
う~ん。
正体不明の女性だったわね。
そう思いながらもメリンダ王女に作り笑いを見せていると、病室のドアがバンッと勢いよく開けられた。
「リリス! 大丈夫なの?」
そう言って病室に飛び込んできたのは・・・・・・母親のマリアだった。その後ろに父親の顔も見える。
両親にも心配を掛けちゃったわね。
申し訳ない思いに駆られたリリスにマリアが掛けた言葉は意外なものだった。
「リリス。あなたって竜のブレスを吐いたの?」
興味津々の目つきだ。
お母様ったら私の身体の事は心配じゃないの?
そう思いつつも、リリスは冷静を装い神妙な表情を作り、
「お父様にもお母様にも心配かけちゃったわね。ごめんなさい。」
そう言うとマリアは母親の表情に戻った。
「うんうん。リリスが意識も無く運ばれて来た時は流石に心配したわよ。でも身体中を精査すると何の異常も無かったから安心したわ。それにドラゴニュートの王族からの伝言で、リリスの回復に秘術を施したので心配ないと書かれていたのよ。」
そうなのね。
やはり何かしらの特殊な治療をしたのね。それも私の意識を奪って、何がされたかも分からないように・・・・・。
これって私の考え過ぎじゃないわよね?
そう思ってリリスは解析スキルを発動させた。
私の身体に異常は無い?
『異常ありません。至って健康ですね。ただ・・・・・』
何を言い淀んでいるのよ。何かあるの?
『健康の回復のために輸血を受けたようですね。』
輸血?
それってもしかして・・・。
『竜の血液ですね。でも輸血を受けなかったら、まだ手足は動かなかったでしょうね。』
そうなの?
でも竜の血液って人族に輸血して大丈夫なの?
『それなんですが、特殊なスキルを使ったようで、人族の身体に合うように組成を組み替えたようです。正体不明のスキルと言いますか・・・』
そう。
余程特殊なスキルを使ってくれたのね。
でもそのお陰で回復出来たって事?
『そうですね。驚異的な回復を見せてくれました。神経細胞のダメージがかなり酷く、筋肉には壊死仕掛けていた部分もありましたからね。』
そうなのね。
でも竜の血液を輸血されて、生まれてくる子供に鱗が生えていたらショックだけどね。
『生殖能力には全く支障はありません。何時でも繁殖可能ですよ。』
その繁殖って言い方は止めてよね。
増々魔物に近付いちゃうわ。
それに私ってまだ14歳なのよ。出産なんて無理でしょ?
『それは魔力で生殖器官を活性化すれば何とでもなります。』
そこまでする必要は無いわよ。
解析スキルとのやり取りが若干脱線気味になってしまったリリスである。
リリスが少し黙り込んでいるのを見て、マリアは心配して声を掛けた。
「リリス、どうしたの? 急に黙り込んじゃって・・・」
「あっ! ごめんなさい、お母様。少し考え事をしていただけよ。」
そう言いながらリリスは手足を動かしてみた。何の支障も無い。
それにしてもどんなスキルを使ってくれたのだろうか?
リリスは両親や王族と歓談しつつも、ドラゴニュートの持つ特殊なスキルが何時までも気に成っていたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
126
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる