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リゾルタでの休暇4
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水の亜神の神殿の周辺。
地下の空間から地上に戻ると、神殿の周囲には大勢の住民が集まっていた。
ユリアの造った球状のシールドから解放されたリリスの目に入ってきたのは、身動きが取れず固まったままの兵士とその肩に乗っている使い魔の小熊だ。
「あらっ! 動けなくしていたのを忘れていたわ。」
ユリアはそう言うと兵士達に手を振りかざした。その途端に兵士達が動けるようになったのだが、小熊の動きがぎごちない。
「ユリア。ライオネス様に何かしたの?」
リリスの問い掛けにユリアはふっと笑った。
「用事があるので本人を呼び出そうとしているだけよ。」
用事があるって・・・・・。
リリスが訝しがっている間に、ユリアは小熊に向けて魔力を放った。それと同時に小熊の頭部から小さな光の球が飛び出し、地面に落ちて徐々に大きくなっていく。それは数秒で魔方陣になり、その中央に人影が現われた。
リリスや兵士達が驚いてみていると、その人影は具現化し、長身で髭を生やしたマッチョな男性になった。
「ライオネス様!」
リリスの肩に生えている芋虫が叫んだ。どうやらライオネスを無理矢理呼び出したようだ。
無茶な事をするものだと思いながらユリアの方を見ると、いつの間にか白い肌の女神の姿に変わってしまっている。その意図が分からない。
ライオネスは魔方陣の上から歩み出て、身体のあちらこちらを触り、周囲を見回した。
「どうしてここに呼び出されたのだ? 王宮に居た筈なのに・・・・」
即座に親衛部隊の兵士達がライオネスの傍に結集し、ユリアの顔を睨みつけた。だが警戒する兵士達をライオネスは諫めた。
「お前達は待機して居ろ。どのみち我々が太刀打ちできる相手ではなさそうだ。」
そう言いながらライオネスはリリスとその肩に生えている芋虫に問い掛けた。
「この女性は何者なんだ?」
「彼女はユリア。水の亜神です。」
リリスの言葉にユリアはニヤッと笑い、
「水の亜神の本体の一部よ。水の亜神の本体の降臨はまだ先の事だからね。」
そう言うとユリアはライオネスの前に近付いた。その気迫にライオネスも一歩引き下がった。その前に兵士が回り込み警戒する。
「大丈夫よ。危害を加えるつもりは無いわ。それにこれだけの大きな神殿を祀ってくれて感謝しているのよ。」
ユリアはそう言いながら神殿を一瞥した。その目は何処までも優し気だ。その身体から発する魔力が何時の間にか癒しの波動になっている。
「あなたがこの国の統治者ね。神殿を修復してくれたら王家に加護を授けてあげるわ。」
「それは本当ですか? 実にありがたい事だ。」
ライオネスは手を胸に当ててユリアに敬意を表した。
ユリアはリリスを指差し、
「神殿内部を散らかし、中庭に穴を開けたのはリリスだから、この子に責任を取って貰いなさい。」
そう言うと手を振りながらすっと消えて行った。
どうして私のせいなのよ!
思わず叫びそうになったリリスにライオネスがにじり寄ってきた。
「そう言う事だから、よろしくね。」
「そう言う事って・・・・・」
唖然とするリリスに芋虫が語り掛ける。
「そう言う事って・・・そう言う事よ。国王様からのお願いだから、謹んで承らないとね。」
「それにあんな穴なんて、あんたの土魔法で簡単に塞がるんじゃないの?」
安易に話すメリンダ王女にリリスは少しイラッとした。
「そんなに簡単に言わないでよ。何処まで深く続いているか分からない穴を塞ぐのって想像つかないわよ。」
「でも穴の直径は3mほどだったわよ。」
平然と話す芋虫にリリスは若干冷静さを取り戻した。そう言えば直径は3mほどだった。それを考えると出来ない事は無いか・・・。
だが深さは1000m以上は有りそうだ。全部埋める必要はない。強度を考えれば100mほどの深さまで硬化させれば良いだろう。
それでもそこまで降下しなければ作業は出来ない。土魔法の効果範囲が限られているからだ。
「う~ん。少し考えさせてよね。」
リリスはそこまで言うのが精一杯だった。
ユリアの出現で忘れていたが、キメラとの戦闘による疲労がどっとのしかかってきたからだ。
取り敢えずその場は解散してリリス達もホテルに戻った。
翌朝。
熟睡して体調を整えたリリスはフィリップ王子やメリンダ王女と打ち合わせ、ホテルに訪ねてきた親衛部隊の責任者と方策を練った。
それを元に数時間後、神殿の中庭に足を運んだリリスは、神殿の中庭の中央に太い丸太で造り上げたやぐらを目にした。
リリスが開けた直径3mの穴の周りを取り囲むようにやぐらが立てられている。その中央からロープを下ろしてリリスが降下する算段だ。その降下の足場にする為に、円盤状の頑丈な木製の足場も造って貰った。これは万一の落下防止のための策だ。
命綱を体に巻き付けたリリスが木製の足場に乗る。木製の足場はやぐらから降ろされる3本のロープで降下していく。フィリップ王子とメリンダ王女、更に親衛部隊の兵士達が見守る中、木製の足場の降下が始められた。
ぎしぎしと物音を立てるやぐらを心配そうに見つめながら、リリスは魔道具の灯りを作動させて穴の中に降りていく。
「嫌だわねえ。奈落の底に落ちていくみたいだわ。」
思わず小声で呟くリリスの不安を掻き立てるように、木製の足場が穴の側面を擦ってその都度揺れる。穴の側面と足場との隙間は20cmほどだろうか。
それ故に時々側面にぶつかるのは避けられない。
揺れる足場にしがみつきながら、リリスは降下を続けた。上を見るとすでに地上は遠く離れてしまっている。
20分ほど経ち、足場の降下が止まった。
深度100mに到達したようだ。ここからがリリスの仕事である。
足場のロープを少し引き上げて貰い、魔力を集中させたリリスは、足場の直ぐ下の穴の側面から穴を塞ぐような形で水平に土壁を出現させた。
土壁がドンと音を立てて、穴の側面に食い込んだ。リリスはその土壁とその周囲の側面を硬化させる。
再度足場を少し引き上げて貰い、また土壁を出現させ、土壁と周囲を硬化させる。
この繰り返しだ。
30分ほどかけて、リリスは深度70mまで丁寧に作業を続けた。これで厚さ30mほどの硬化された底が出来た。その先は土壁でなくても良い。そう判断したリリスは壁から土砂を出現させて穴を塞ぐ作業を始めた。
土砂の質を粘土質にして20mほど埋めていく。その先は普通の土砂を出現させて埋めていくだけだ。だがその土砂にリリスのスキルで生成した肥料を混ぜる事も忘れてはいない。
「結局、大きな植木鉢を用意しているようなものよね。」
そう思いつつリリスは地道に作業を進めた。中庭なのだから樹木も植えるだろう。どうせなら良い土壌を用意しておきたい。
それはリリスなりの配慮である。
作業開始から1時間ほどで地表まで近づいた時、リリスの魔力の残量はすでに20%を割り込んでいた。さすがのリリスも額に脂汗を掻き、息が荒くなっている。軽い頭痛で表情も曇る。
地表のフィリップ王子達に気付かれないように軽く魔力吸引を掛けながら、更に手渡されていたマナポーションを飲み干してリリスは耐えた。
数分の後、ようやく足場が地上に引き上げられた。リリスの心にも安堵と達成感が沸き上がる。
リリスは命綱を身体から切り離し、足場から地表に降り立つと、念のために埋めた表面を軽く硬化させた。これで穴だった場所と周りとの差異は無い。
ここに木を植え芝生を植えれば良く育つ事だろう。
「リリス。お疲れ様。ホテルで少し身体を休めた方が良いわね。」
メリンダ王女の労いの言葉にリリスの表情も緩む。
「午後はホテルに王室御用達の業者が来るからね。喜んで貰えると思うよ。」
フィリップ王子の言葉にリリスは首を傾げた。
「業者って何の業者ですか?」
「スタイリストと言うか、ドレスコーディネーターだね。ヘアメイクからドレスや靴、アクセサリーや指輪に至るまですべて揃えてくれるんだよ。勿論代金はすべて王家が払ってくれる。ライオネス様からリリスへの褒賞だよ。」
それを聞いてリリスの心には期待が満ち、土木作業の疲労も軽減された。王室御用達の業者となれば、安価なものは扱っていない筈だ。それにトータルでコーディネートもしてくれると言う。
こう言う形での褒賞なら大歓迎よ!
リリスはつい心の中でそう叫んでしまった。現金なものである。
重い足を引き摺りながらも、急に目を輝かせながら、リリスはフィリップ王子達に付き添われ、ホテルへと戻って行った。
1時間ほどの仮眠を取り、体調の戻ったリリスが起きると、ホテルの部屋の様子が一変していた。
部屋のリビングがまるでブティックのように飾られている。美しいドレスが幾つもハンガーに掛けられて並び、宝石や宝玉、ネックレスなどがテーブルの上に陳列されている。靴やバッグも用意されているようだ。メイクを担当するスタッフも待機しているようで、ウィッグまで用意されているようだが、そこまでは必要無いだろう。
そう思ってその場にいたフィリップ王子やメリンダ王女を見ると、二人共偽装を解いていた。壁に掛けられている鏡を見ると、自分も偽装が解かれている。
これは本人の顔や肌色に合わせてコーディネートするからだろう。
恰幅の良い男性と、濃いメイクをした妖艶な女性がリリスを迎えてくれた。男性は王家御用達の宝石店のオーナーで、女性はその部下のコーディネーターだそうだ。
「これって私だけですか? メルや殿下は?」
リリスの疑問にフィリップ王子は笑顔を向けた。
「君への褒賞だから、今回は君だけだよ。でも僕やメルは誕生日にお祝いで体験済みだから気にしなくて良いよ。」
「そうよ、リリス。当然の褒賞だもの、遠慮は要らないわ。それに私はアイリスお姉様から快気祝いと言う名目で、今回ネックレスを頂くことになっているからね。」
そうなのか。
それなら遠慮なく・・・・・。
そう思い直してリリスはコーディネーターと共にドレスやアクセサリーの物色を始めた。
2時間ほど掛けてリリスは衣装を整えた。まだ少女なのでメイクは簡単に済ませたが、ドレスは深紅のロングドレスを選び、それに合わせた靴やバッグ、アクセサリーを揃えて貰った。
社交界デビューって感じかしらね。
まんざらでもない気分でリリスは大きな姿見に全身を映し、ポーズを取ってはメリンダ王女やフィリップ王子を和ませた。
最後におまけと言う事でテーブルに宝玉を数個並べられた。どれでも気に入ったものを持ち帰って良いと言う。
これはオーナーの男性の心遣いなのだろう。
魔力を纏った宝玉を眺めながらリリスはふと、白く大きな宝玉に目を留めた。僅かに火魔法の効果が向上するらしい。だが直径が20cmもある宝玉を持ち歩くのも異様だ。そう考えると置物にするためのものだろう。
良く見ると白い宝玉の中に山脈のような風景が浮かび上がっている。置物としては一興だ。
しかしリリスが気に成るのは、その宝玉から僅かに感じられる不思議な気配で、魔物の気配のようにも思える。
これって以前に殿下から貰った宝玉と同じように、封印された魔物が効果を放っているのかも知れないわね。
そう思ったリリスは期待を寄せて、その宝玉を持ち帰る事にしたのだった。
地下の空間から地上に戻ると、神殿の周囲には大勢の住民が集まっていた。
ユリアの造った球状のシールドから解放されたリリスの目に入ってきたのは、身動きが取れず固まったままの兵士とその肩に乗っている使い魔の小熊だ。
「あらっ! 動けなくしていたのを忘れていたわ。」
ユリアはそう言うと兵士達に手を振りかざした。その途端に兵士達が動けるようになったのだが、小熊の動きがぎごちない。
「ユリア。ライオネス様に何かしたの?」
リリスの問い掛けにユリアはふっと笑った。
「用事があるので本人を呼び出そうとしているだけよ。」
用事があるって・・・・・。
リリスが訝しがっている間に、ユリアは小熊に向けて魔力を放った。それと同時に小熊の頭部から小さな光の球が飛び出し、地面に落ちて徐々に大きくなっていく。それは数秒で魔方陣になり、その中央に人影が現われた。
リリスや兵士達が驚いてみていると、その人影は具現化し、長身で髭を生やしたマッチョな男性になった。
「ライオネス様!」
リリスの肩に生えている芋虫が叫んだ。どうやらライオネスを無理矢理呼び出したようだ。
無茶な事をするものだと思いながらユリアの方を見ると、いつの間にか白い肌の女神の姿に変わってしまっている。その意図が分からない。
ライオネスは魔方陣の上から歩み出て、身体のあちらこちらを触り、周囲を見回した。
「どうしてここに呼び出されたのだ? 王宮に居た筈なのに・・・・」
即座に親衛部隊の兵士達がライオネスの傍に結集し、ユリアの顔を睨みつけた。だが警戒する兵士達をライオネスは諫めた。
「お前達は待機して居ろ。どのみち我々が太刀打ちできる相手ではなさそうだ。」
そう言いながらライオネスはリリスとその肩に生えている芋虫に問い掛けた。
「この女性は何者なんだ?」
「彼女はユリア。水の亜神です。」
リリスの言葉にユリアはニヤッと笑い、
「水の亜神の本体の一部よ。水の亜神の本体の降臨はまだ先の事だからね。」
そう言うとユリアはライオネスの前に近付いた。その気迫にライオネスも一歩引き下がった。その前に兵士が回り込み警戒する。
「大丈夫よ。危害を加えるつもりは無いわ。それにこれだけの大きな神殿を祀ってくれて感謝しているのよ。」
ユリアはそう言いながら神殿を一瞥した。その目は何処までも優し気だ。その身体から発する魔力が何時の間にか癒しの波動になっている。
「あなたがこの国の統治者ね。神殿を修復してくれたら王家に加護を授けてあげるわ。」
「それは本当ですか? 実にありがたい事だ。」
ライオネスは手を胸に当ててユリアに敬意を表した。
ユリアはリリスを指差し、
「神殿内部を散らかし、中庭に穴を開けたのはリリスだから、この子に責任を取って貰いなさい。」
そう言うと手を振りながらすっと消えて行った。
どうして私のせいなのよ!
思わず叫びそうになったリリスにライオネスがにじり寄ってきた。
「そう言う事だから、よろしくね。」
「そう言う事って・・・・・」
唖然とするリリスに芋虫が語り掛ける。
「そう言う事って・・・そう言う事よ。国王様からのお願いだから、謹んで承らないとね。」
「それにあんな穴なんて、あんたの土魔法で簡単に塞がるんじゃないの?」
安易に話すメリンダ王女にリリスは少しイラッとした。
「そんなに簡単に言わないでよ。何処まで深く続いているか分からない穴を塞ぐのって想像つかないわよ。」
「でも穴の直径は3mほどだったわよ。」
平然と話す芋虫にリリスは若干冷静さを取り戻した。そう言えば直径は3mほどだった。それを考えると出来ない事は無いか・・・。
だが深さは1000m以上は有りそうだ。全部埋める必要はない。強度を考えれば100mほどの深さまで硬化させれば良いだろう。
それでもそこまで降下しなければ作業は出来ない。土魔法の効果範囲が限られているからだ。
「う~ん。少し考えさせてよね。」
リリスはそこまで言うのが精一杯だった。
ユリアの出現で忘れていたが、キメラとの戦闘による疲労がどっとのしかかってきたからだ。
取り敢えずその場は解散してリリス達もホテルに戻った。
翌朝。
熟睡して体調を整えたリリスはフィリップ王子やメリンダ王女と打ち合わせ、ホテルに訪ねてきた親衛部隊の責任者と方策を練った。
それを元に数時間後、神殿の中庭に足を運んだリリスは、神殿の中庭の中央に太い丸太で造り上げたやぐらを目にした。
リリスが開けた直径3mの穴の周りを取り囲むようにやぐらが立てられている。その中央からロープを下ろしてリリスが降下する算段だ。その降下の足場にする為に、円盤状の頑丈な木製の足場も造って貰った。これは万一の落下防止のための策だ。
命綱を体に巻き付けたリリスが木製の足場に乗る。木製の足場はやぐらから降ろされる3本のロープで降下していく。フィリップ王子とメリンダ王女、更に親衛部隊の兵士達が見守る中、木製の足場の降下が始められた。
ぎしぎしと物音を立てるやぐらを心配そうに見つめながら、リリスは魔道具の灯りを作動させて穴の中に降りていく。
「嫌だわねえ。奈落の底に落ちていくみたいだわ。」
思わず小声で呟くリリスの不安を掻き立てるように、木製の足場が穴の側面を擦ってその都度揺れる。穴の側面と足場との隙間は20cmほどだろうか。
それ故に時々側面にぶつかるのは避けられない。
揺れる足場にしがみつきながら、リリスは降下を続けた。上を見るとすでに地上は遠く離れてしまっている。
20分ほど経ち、足場の降下が止まった。
深度100mに到達したようだ。ここからがリリスの仕事である。
足場のロープを少し引き上げて貰い、魔力を集中させたリリスは、足場の直ぐ下の穴の側面から穴を塞ぐような形で水平に土壁を出現させた。
土壁がドンと音を立てて、穴の側面に食い込んだ。リリスはその土壁とその周囲の側面を硬化させる。
再度足場を少し引き上げて貰い、また土壁を出現させ、土壁と周囲を硬化させる。
この繰り返しだ。
30分ほどかけて、リリスは深度70mまで丁寧に作業を続けた。これで厚さ30mほどの硬化された底が出来た。その先は土壁でなくても良い。そう判断したリリスは壁から土砂を出現させて穴を塞ぐ作業を始めた。
土砂の質を粘土質にして20mほど埋めていく。その先は普通の土砂を出現させて埋めていくだけだ。だがその土砂にリリスのスキルで生成した肥料を混ぜる事も忘れてはいない。
「結局、大きな植木鉢を用意しているようなものよね。」
そう思いつつリリスは地道に作業を進めた。中庭なのだから樹木も植えるだろう。どうせなら良い土壌を用意しておきたい。
それはリリスなりの配慮である。
作業開始から1時間ほどで地表まで近づいた時、リリスの魔力の残量はすでに20%を割り込んでいた。さすがのリリスも額に脂汗を掻き、息が荒くなっている。軽い頭痛で表情も曇る。
地表のフィリップ王子達に気付かれないように軽く魔力吸引を掛けながら、更に手渡されていたマナポーションを飲み干してリリスは耐えた。
数分の後、ようやく足場が地上に引き上げられた。リリスの心にも安堵と達成感が沸き上がる。
リリスは命綱を身体から切り離し、足場から地表に降り立つと、念のために埋めた表面を軽く硬化させた。これで穴だった場所と周りとの差異は無い。
ここに木を植え芝生を植えれば良く育つ事だろう。
「リリス。お疲れ様。ホテルで少し身体を休めた方が良いわね。」
メリンダ王女の労いの言葉にリリスの表情も緩む。
「午後はホテルに王室御用達の業者が来るからね。喜んで貰えると思うよ。」
フィリップ王子の言葉にリリスは首を傾げた。
「業者って何の業者ですか?」
「スタイリストと言うか、ドレスコーディネーターだね。ヘアメイクからドレスや靴、アクセサリーや指輪に至るまですべて揃えてくれるんだよ。勿論代金はすべて王家が払ってくれる。ライオネス様からリリスへの褒賞だよ。」
それを聞いてリリスの心には期待が満ち、土木作業の疲労も軽減された。王室御用達の業者となれば、安価なものは扱っていない筈だ。それにトータルでコーディネートもしてくれると言う。
こう言う形での褒賞なら大歓迎よ!
リリスはつい心の中でそう叫んでしまった。現金なものである。
重い足を引き摺りながらも、急に目を輝かせながら、リリスはフィリップ王子達に付き添われ、ホテルへと戻って行った。
1時間ほどの仮眠を取り、体調の戻ったリリスが起きると、ホテルの部屋の様子が一変していた。
部屋のリビングがまるでブティックのように飾られている。美しいドレスが幾つもハンガーに掛けられて並び、宝石や宝玉、ネックレスなどがテーブルの上に陳列されている。靴やバッグも用意されているようだ。メイクを担当するスタッフも待機しているようで、ウィッグまで用意されているようだが、そこまでは必要無いだろう。
そう思ってその場にいたフィリップ王子やメリンダ王女を見ると、二人共偽装を解いていた。壁に掛けられている鏡を見ると、自分も偽装が解かれている。
これは本人の顔や肌色に合わせてコーディネートするからだろう。
恰幅の良い男性と、濃いメイクをした妖艶な女性がリリスを迎えてくれた。男性は王家御用達の宝石店のオーナーで、女性はその部下のコーディネーターだそうだ。
「これって私だけですか? メルや殿下は?」
リリスの疑問にフィリップ王子は笑顔を向けた。
「君への褒賞だから、今回は君だけだよ。でも僕やメルは誕生日にお祝いで体験済みだから気にしなくて良いよ。」
「そうよ、リリス。当然の褒賞だもの、遠慮は要らないわ。それに私はアイリスお姉様から快気祝いと言う名目で、今回ネックレスを頂くことになっているからね。」
そうなのか。
それなら遠慮なく・・・・・。
そう思い直してリリスはコーディネーターと共にドレスやアクセサリーの物色を始めた。
2時間ほど掛けてリリスは衣装を整えた。まだ少女なのでメイクは簡単に済ませたが、ドレスは深紅のロングドレスを選び、それに合わせた靴やバッグ、アクセサリーを揃えて貰った。
社交界デビューって感じかしらね。
まんざらでもない気分でリリスは大きな姿見に全身を映し、ポーズを取ってはメリンダ王女やフィリップ王子を和ませた。
最後におまけと言う事でテーブルに宝玉を数個並べられた。どれでも気に入ったものを持ち帰って良いと言う。
これはオーナーの男性の心遣いなのだろう。
魔力を纏った宝玉を眺めながらリリスはふと、白く大きな宝玉に目を留めた。僅かに火魔法の効果が向上するらしい。だが直径が20cmもある宝玉を持ち歩くのも異様だ。そう考えると置物にするためのものだろう。
良く見ると白い宝玉の中に山脈のような風景が浮かび上がっている。置物としては一興だ。
しかしリリスが気に成るのは、その宝玉から僅かに感じられる不思議な気配で、魔物の気配のようにも思える。
これって以前に殿下から貰った宝玉と同じように、封印された魔物が効果を放っているのかも知れないわね。
そう思ったリリスは期待を寄せて、その宝玉を持ち帰る事にしたのだった。
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