91 / 326
リゾルタでの休暇1
しおりを挟む
大陸南方の商業都市国家連合リゾルタ。
亜熱帯の強い日差しを受けて、半砂漠の乾燥地帯に点在する都市国家は昔から交易が盛んである。その王都に当たる都市リゾルタにリリス達は居た。
その容貌や肌の色を偽装し、魔力の波動まで若干変えているので、例え魔法学院の生徒であっても見抜く事は不可能だ。似たような他人としか認識できないだろう。フィリップ王子の持つ偽装の魔石の効果である。
乾燥地帯なので比較的薄手で露出度の高い衣装を着ているが、それでも日差しを浴びると汗ばむほどに気温は高い。
地元の人々に似せて肌の色は褐色に偽装し、顔つきも若干彫りの深い顔立ちになっている。フィリップ王子とリリスとメリンダ王女は、兄と二人の妹と言う事になっているのだが、これは勿論フィリップ王子のお決まりの設定だ。メリンダ王女は日頃からフィリップ王子をお兄様と呼んでいるのだから、この設定に無理はない。リリスはその設定に合わせるべく努力しているのだが、フィリップ王子を兄さんと呼ぶのはやはり抵抗がある。
その様子を見てフィリップ王子は苦笑するばかりだった。
迷宮のようなリゾルタの市場を迷わず歩き回るフィリップ王子に付き従って、リリスとメリンダ王女が手を繋いで後を追う光景が微笑ましい。
「メル。あなたはこの市場には何度も来ているの?」
リリスの問い掛けにメリンダ王女は偽装した赤毛をたなびかせ、街の喧騒に紛れないように声高に、
「何度も来ているわよ。でもそれでも迷っちゃうわ。狭い街路にお店が溢れかえっているし、少しでもスペースがあれば屋台や出店が並ぶからね。」
そう言いながらメリンダ王女は薄手の緑の上着の袖をまくり上げた。
透けて見える上着の下は黒いタンクトップで、生成りのデニムのようなパンツを合わせている。この衣装はリリスとお揃いだ。
街路を吹く風が蒸し暑い。砂埃が舞い上がり、うっかりすると目に入ってしまう。街路を歩き回る大勢の人々の雑踏と商売人達の掛け声に混じり、子供達の嬌声が聞こえてくる。
前を歩くフィリップ王子の後姿を見失わないようにするのが精一杯だ。だが意外にもメリンダ王女は焦りを見せない。
「どのみち迷ったらロイヤルガードが教えてくれるわよ。」
呑気なものだ。だが王族の周りでロイヤルガードが警護に就いているのは当然の事で、気配を隠して随伴しているのはリリスにもうっすらと探知出来た。
彼等はお忍びで外出する際の警護チームなので、魔法学院の学生寮で警護に当たるリノ達とは違うメンバーらしい。
狭い通路をカラフルな垂れ幕が覆い、さらに狭く感じさせる。そこはかとなく漂ってくる食べ物の匂いに鼻を刺激されながら、通り過ぎる通行人に注意を払い、リリスとメリンダ王女はフィリップ王子の後を追った。
「二人共迷子になるなよ。」
そう言ってフィリップ王子が入ったのは場末の飲食店だった。
入り口にドアは無く、店内には小さなテーブル席に座る10人程度の客が居るのが見えた。焦げた肉の香ばしい匂いが漂ってくる。何の肉かは分からないがやたらに食欲をそそる。
入り口は狭いが中は意外に広く、満席になれば30人以上は座れそうな店だ。カウンターでは小太りの店主が肉や野菜を金属の長い串に刺して焼いていた。
串焼きと言うにはサイズが大きい。充分に焼けたところで肉はナイフで皿に削り落とし、焼けた野菜も皿に切り落として客に提供している。
添えられているのは茹でたジャガイモのようだ。
出迎えた店員が壁際のテーブルに3人を案内してくれた。フィリップ王子は店員に礼を言ってオーダーを入れたのだが、リリスがカウンターで見た料理を3人分頼んだようだ。
「殿・・・じゃなかった。お兄様。あの料理ってボリュームがあって私には食べ切れませんよ。」
リリスの言葉にフィリップ王子はニヤッと笑った。
「君とメルで1人分を分けて食べれば良いよ。」
そう言って椅子の背もたれにもたれ掛かるフィリップ王子だが、リリスには意味が良く分からない。フィリップ王子が2人分を食べるのだろうか?
そう思ってメリンダ王女の顔を見ると、ふふふと笑って誤魔化された。
「見ていれば分かるわよ。」
意味も解らず座っていると、テーブルに3人分の料理が運ばれてきた。そのうち2人分がフィリップ王子の前に並んでいる。
「さあ食べようね。この店の串焼きは人気があるんだよ。」
そう言いながらフィリップ王子はフォークで肉を刺し、その香ばしい匂いを堪能しながら口に運んだ。
リリスもフォークで肉を口に運ぶ。その肉汁が口いっぱいに広がり、奥深い旨味が後から広がってくる。これは何の肉だろうか?
まるで和牛のような味わいだが、その肉がスパイシーなタレにマッチしていて実に美味だ。
リリスに続いてメリンダ王女もフォークで肉を口に運び、う~んと唸って目を閉じ、その味を堪能している。
だがふとフィリップ王子の目の前の皿を見ると、一つの皿だけ料理がマジックのように消えて行く。
ああ、そうなのね。
リリスははたと気が付いた。一皿はロイヤルガード達へのおすそ分けだったのだ。
リリスの思いを見透かしたようにフィリップ王子が口を開いた。
「自国や隣国の中ではこんな事はしないよ。今日は遠方へのお忍びの外出だから特別だ。ロイヤルガード達も労ってあげないとね。」
そう言ってフィリップ王子は付け合わせの野菜を口に入れた。
「野菜も新鮮だ。リゾルタは商取引が盛んだから新鮮な食材が豊富なんだよ。」
頬張った野菜を食べながら、フィリップ王子はカウンターの奥に目を向けた。一番奥のカウンター席に年配の商人らしき人物が座ったのを見て、フィリップ王子は食事の手を止め席を立った。
「友人が来たようだ。挨拶をしてくるよ。君達は食事を楽しんでいてくれ。」
狭い通路を歩きフィリップ王子はカウンター席の奥に座った。
「リリス。友人と言っても仮の姿よ。」
メリンダ王女が小声で囁いた。
「いわゆる現地調査員だからね。」
情報提供者と言う事なのだろう。リゾルタの状況を聞いているのかも知れない。
リリスはリゾルタに来る直前、リゾルタで不穏な動きがあると聞かされていた。それは王家に仕える呪術師が不慮の死を遂げた事が発端のようだ。
恐らく王家に反旗を翻す勢力を炙り出している渦中なのだろう。
それはリリスにとっても無縁の事ではない。アイリス王妃の呪いの解除が全ての発端だとしたら・・・・・。
いずれにしてもあまり関わりたくないわねと思いながら、リリスは程よく焼けた肉を頬張った。余計な事は考えないで食事を楽しもうと思ったのだ。
カウンター席でのやり取りを終えて、フィリップ王子はテーブルに戻ってきた。
「お兄様。アイリスお姉様の周辺の様子はどうでしたか?」
おもむろに直球を投げるメリンダ王女だ。
「どうやら王家に近い立場の首謀者が居るようだ。」
その言葉にメリンダ王女は表情を曇らせた。う~んと唸って黙り込んでしまった。沈鬱な時間が流れていく。
「メル。そんなに心配しなくても良いよ。とりあえず明日には王城に行くからね。」
フィリップ王子の言葉にメリンダ王女は気持ちを切り替えたようで、表情が急に明るくなった。
「そうよね。まずはアイリスお姉様に会ってお祝いをしなくちゃね。」
「そうそう。メルが落ち込むことは無いわよ。」
リリスの言葉にメリンダ王女はうんうんとうなづいた。
「この後は買い物をして早めにホテルにチェックインするからね。」
「ホテルって何時もの?」
「そうだよ、メル。貴族専用のホテルだよ。」
フィリップ王子とメリンダ王女の会話にリリスは疑問を持った。どう見ても今の姿は貴族の容貌ではないからだ。
「この容貌で貴族専用のホテルに泊まれるんですか?」
「それなら大丈夫だよ。貴族の子女としての身分証を用意してあるからね。」
そう言いながらフィリップ王子は金色の小さなプレートを3枚取り出した。
「それにここはリゾルタは商業が中心の交易都市だから、それほど容姿には拘らないんだよ。」
フィリップ王子の言葉にリリスは半信半疑だったが、そう言う事も有るのだろうと思って身分証を受け取った。
食事を済ませると3人は買い物に回り、日が傾く頃に宿屋の集まる街区に向かい、その中でも一際豪華なホテルにチェックインした。
5階建てのホテルは高級な木材をふんだんに使った豪華な内装で、すれ違う宿泊客も富裕層の雰囲気が漂っている。リリスとメリンダ王女は相部屋で、フィリップ王子は一人部屋に案内された。
相部屋と言っても魔法学院の学生寮の部屋の3倍近い広さだ。寝室の他にリビングまで用意されていて、部屋の随所に高級そうな調度品が飾られている。
メリンダ王女は少し疲れた様子で、服を着たままベッドに横になった。
「メル。体調が悪いの?」
リリスの問い掛けにメリンダ王女は苦笑いをして、
「心配してくれたのね、ありがとう。少し歩き疲れちゃっただけよ。外出自体が久し振りだしね。」
そう言いながら、伸ばした身体を左右に軽く捻った。
「リビングの奥に保冷庫があって、フルーツや飲み物が用意されているわ。それ以外のものが必要ならフィリップお兄様に頼めば良いわよ。」
そう言われても王族に小間使いをさせるわけにもいかない。リリスはこの場にフィリップ王子が居ないので、日頃から疑問に思っていた事をメリンダ王女に質問してみた。
「ねえ、メル。フィリップ殿下ってメルの事は何でも聞いてくれるの? メルを実の妹のように可愛がっているのは分かるんだけど・・・」
リリスの言葉にメリンダ王女はアハハと笑った。
「何でも聞いてくれるわよ。お兄様が宣言したのだから。」
うん?
宣言って?
首を傾げるリリスにメリンダ王女はニヤッと笑い、
「そう。宣言したのよ。それも私の父上の前でね。」
「父上って・・・・・国王様?」
「国王様じゃなかったら誰なのよ?」
そう言ってメリンダ王女は上半身を起こした。
メリンダ王女の説明によると、ミラ王国の国王の前でフィリップ王子が宣言してしまったらしい。
「7年ほど前の事よ。私が宝玉の犠牲になる定めだと知って、不憫に感じたんでしょうね。私の願いなら何でも聞くって公言したのよ。よりによって国王様の前でね。」
「でも私は命を長らえる事が出来た。だからこれからもずっと私の願いを聞いてもらうわ。」
「まあ!」
リリスは呆れてしまった。
「私をずるい女だと思ったわね。」
リリスは首を横に振った。
「良いのよ、リリス。そう思われても構わないわ。私はフィリップお兄様から言質を奪った。これは私の宝物なのよ。」
メリンダ王女は目をギラっと輝かせ、リリスの方に身を乗り出してきた。
「いずれは私を妻として娶って貰うつもりよ。でも私は位置には拘らない。第二婦人でも第三婦人でも構わないわ。」
うっと唸ってリリスは引いてしまった。この子は何を考えているのだろうか?
リリスの疑問を他所にメリンダ王女は話を続けた。
「リリスのお陰で命を長らえてから、私は自分の立場を改めて考えたのよ。どのみち私はどこかの国の王族に嫁ぐ事になる。その際にはおそらく政略結婚になるでしょうね。それならすぐ傍の同盟国ドルキアとのつながりを強固にするのも良いと思うのよ。」
「もうすでに今からその事は父上の耳にも入れているからね。」
そう言いながらメリンダ王女はペロッと舌を出した。
したたかと言えばしたたかな王女様だ。それはリリスよりも年下とは言いながら、圧縮した人生を送ってきた故の強さかも知れない。
「メルはたとえ第二婦人や第三婦人になったとしても、そのうち第一婦人にのし上がるんじゃないの?」
リリスの言葉にメリンダ王女は、それはあるかもねと言いながらアハハと大声で笑った。
リリスも笑顔を見せたその時、窓の外がカッと光り、ドドーンと大きな衝撃音が聞こえてきた。
何事だろうか?
窓の外を見ると近くで大きな火炎が舞い上がっている。明かに普通の火事ではない。
大勢の人達の喧騒が聞こえて来る。リリスとメリンダ王女が窓際に顔を乗り出すと、町の複数の箇所から火災が起きているのが分かった。
その火の手を見つめながら、リリスの心には言い知れぬ不安が過っていた。
亜熱帯の強い日差しを受けて、半砂漠の乾燥地帯に点在する都市国家は昔から交易が盛んである。その王都に当たる都市リゾルタにリリス達は居た。
その容貌や肌の色を偽装し、魔力の波動まで若干変えているので、例え魔法学院の生徒であっても見抜く事は不可能だ。似たような他人としか認識できないだろう。フィリップ王子の持つ偽装の魔石の効果である。
乾燥地帯なので比較的薄手で露出度の高い衣装を着ているが、それでも日差しを浴びると汗ばむほどに気温は高い。
地元の人々に似せて肌の色は褐色に偽装し、顔つきも若干彫りの深い顔立ちになっている。フィリップ王子とリリスとメリンダ王女は、兄と二人の妹と言う事になっているのだが、これは勿論フィリップ王子のお決まりの設定だ。メリンダ王女は日頃からフィリップ王子をお兄様と呼んでいるのだから、この設定に無理はない。リリスはその設定に合わせるべく努力しているのだが、フィリップ王子を兄さんと呼ぶのはやはり抵抗がある。
その様子を見てフィリップ王子は苦笑するばかりだった。
迷宮のようなリゾルタの市場を迷わず歩き回るフィリップ王子に付き従って、リリスとメリンダ王女が手を繋いで後を追う光景が微笑ましい。
「メル。あなたはこの市場には何度も来ているの?」
リリスの問い掛けにメリンダ王女は偽装した赤毛をたなびかせ、街の喧騒に紛れないように声高に、
「何度も来ているわよ。でもそれでも迷っちゃうわ。狭い街路にお店が溢れかえっているし、少しでもスペースがあれば屋台や出店が並ぶからね。」
そう言いながらメリンダ王女は薄手の緑の上着の袖をまくり上げた。
透けて見える上着の下は黒いタンクトップで、生成りのデニムのようなパンツを合わせている。この衣装はリリスとお揃いだ。
街路を吹く風が蒸し暑い。砂埃が舞い上がり、うっかりすると目に入ってしまう。街路を歩き回る大勢の人々の雑踏と商売人達の掛け声に混じり、子供達の嬌声が聞こえてくる。
前を歩くフィリップ王子の後姿を見失わないようにするのが精一杯だ。だが意外にもメリンダ王女は焦りを見せない。
「どのみち迷ったらロイヤルガードが教えてくれるわよ。」
呑気なものだ。だが王族の周りでロイヤルガードが警護に就いているのは当然の事で、気配を隠して随伴しているのはリリスにもうっすらと探知出来た。
彼等はお忍びで外出する際の警護チームなので、魔法学院の学生寮で警護に当たるリノ達とは違うメンバーらしい。
狭い通路をカラフルな垂れ幕が覆い、さらに狭く感じさせる。そこはかとなく漂ってくる食べ物の匂いに鼻を刺激されながら、通り過ぎる通行人に注意を払い、リリスとメリンダ王女はフィリップ王子の後を追った。
「二人共迷子になるなよ。」
そう言ってフィリップ王子が入ったのは場末の飲食店だった。
入り口にドアは無く、店内には小さなテーブル席に座る10人程度の客が居るのが見えた。焦げた肉の香ばしい匂いが漂ってくる。何の肉かは分からないがやたらに食欲をそそる。
入り口は狭いが中は意外に広く、満席になれば30人以上は座れそうな店だ。カウンターでは小太りの店主が肉や野菜を金属の長い串に刺して焼いていた。
串焼きと言うにはサイズが大きい。充分に焼けたところで肉はナイフで皿に削り落とし、焼けた野菜も皿に切り落として客に提供している。
添えられているのは茹でたジャガイモのようだ。
出迎えた店員が壁際のテーブルに3人を案内してくれた。フィリップ王子は店員に礼を言ってオーダーを入れたのだが、リリスがカウンターで見た料理を3人分頼んだようだ。
「殿・・・じゃなかった。お兄様。あの料理ってボリュームがあって私には食べ切れませんよ。」
リリスの言葉にフィリップ王子はニヤッと笑った。
「君とメルで1人分を分けて食べれば良いよ。」
そう言って椅子の背もたれにもたれ掛かるフィリップ王子だが、リリスには意味が良く分からない。フィリップ王子が2人分を食べるのだろうか?
そう思ってメリンダ王女の顔を見ると、ふふふと笑って誤魔化された。
「見ていれば分かるわよ。」
意味も解らず座っていると、テーブルに3人分の料理が運ばれてきた。そのうち2人分がフィリップ王子の前に並んでいる。
「さあ食べようね。この店の串焼きは人気があるんだよ。」
そう言いながらフィリップ王子はフォークで肉を刺し、その香ばしい匂いを堪能しながら口に運んだ。
リリスもフォークで肉を口に運ぶ。その肉汁が口いっぱいに広がり、奥深い旨味が後から広がってくる。これは何の肉だろうか?
まるで和牛のような味わいだが、その肉がスパイシーなタレにマッチしていて実に美味だ。
リリスに続いてメリンダ王女もフォークで肉を口に運び、う~んと唸って目を閉じ、その味を堪能している。
だがふとフィリップ王子の目の前の皿を見ると、一つの皿だけ料理がマジックのように消えて行く。
ああ、そうなのね。
リリスははたと気が付いた。一皿はロイヤルガード達へのおすそ分けだったのだ。
リリスの思いを見透かしたようにフィリップ王子が口を開いた。
「自国や隣国の中ではこんな事はしないよ。今日は遠方へのお忍びの外出だから特別だ。ロイヤルガード達も労ってあげないとね。」
そう言ってフィリップ王子は付け合わせの野菜を口に入れた。
「野菜も新鮮だ。リゾルタは商取引が盛んだから新鮮な食材が豊富なんだよ。」
頬張った野菜を食べながら、フィリップ王子はカウンターの奥に目を向けた。一番奥のカウンター席に年配の商人らしき人物が座ったのを見て、フィリップ王子は食事の手を止め席を立った。
「友人が来たようだ。挨拶をしてくるよ。君達は食事を楽しんでいてくれ。」
狭い通路を歩きフィリップ王子はカウンター席の奥に座った。
「リリス。友人と言っても仮の姿よ。」
メリンダ王女が小声で囁いた。
「いわゆる現地調査員だからね。」
情報提供者と言う事なのだろう。リゾルタの状況を聞いているのかも知れない。
リリスはリゾルタに来る直前、リゾルタで不穏な動きがあると聞かされていた。それは王家に仕える呪術師が不慮の死を遂げた事が発端のようだ。
恐らく王家に反旗を翻す勢力を炙り出している渦中なのだろう。
それはリリスにとっても無縁の事ではない。アイリス王妃の呪いの解除が全ての発端だとしたら・・・・・。
いずれにしてもあまり関わりたくないわねと思いながら、リリスは程よく焼けた肉を頬張った。余計な事は考えないで食事を楽しもうと思ったのだ。
カウンター席でのやり取りを終えて、フィリップ王子はテーブルに戻ってきた。
「お兄様。アイリスお姉様の周辺の様子はどうでしたか?」
おもむろに直球を投げるメリンダ王女だ。
「どうやら王家に近い立場の首謀者が居るようだ。」
その言葉にメリンダ王女は表情を曇らせた。う~んと唸って黙り込んでしまった。沈鬱な時間が流れていく。
「メル。そんなに心配しなくても良いよ。とりあえず明日には王城に行くからね。」
フィリップ王子の言葉にメリンダ王女は気持ちを切り替えたようで、表情が急に明るくなった。
「そうよね。まずはアイリスお姉様に会ってお祝いをしなくちゃね。」
「そうそう。メルが落ち込むことは無いわよ。」
リリスの言葉にメリンダ王女はうんうんとうなづいた。
「この後は買い物をして早めにホテルにチェックインするからね。」
「ホテルって何時もの?」
「そうだよ、メル。貴族専用のホテルだよ。」
フィリップ王子とメリンダ王女の会話にリリスは疑問を持った。どう見ても今の姿は貴族の容貌ではないからだ。
「この容貌で貴族専用のホテルに泊まれるんですか?」
「それなら大丈夫だよ。貴族の子女としての身分証を用意してあるからね。」
そう言いながらフィリップ王子は金色の小さなプレートを3枚取り出した。
「それにここはリゾルタは商業が中心の交易都市だから、それほど容姿には拘らないんだよ。」
フィリップ王子の言葉にリリスは半信半疑だったが、そう言う事も有るのだろうと思って身分証を受け取った。
食事を済ませると3人は買い物に回り、日が傾く頃に宿屋の集まる街区に向かい、その中でも一際豪華なホテルにチェックインした。
5階建てのホテルは高級な木材をふんだんに使った豪華な内装で、すれ違う宿泊客も富裕層の雰囲気が漂っている。リリスとメリンダ王女は相部屋で、フィリップ王子は一人部屋に案内された。
相部屋と言っても魔法学院の学生寮の部屋の3倍近い広さだ。寝室の他にリビングまで用意されていて、部屋の随所に高級そうな調度品が飾られている。
メリンダ王女は少し疲れた様子で、服を着たままベッドに横になった。
「メル。体調が悪いの?」
リリスの問い掛けにメリンダ王女は苦笑いをして、
「心配してくれたのね、ありがとう。少し歩き疲れちゃっただけよ。外出自体が久し振りだしね。」
そう言いながら、伸ばした身体を左右に軽く捻った。
「リビングの奥に保冷庫があって、フルーツや飲み物が用意されているわ。それ以外のものが必要ならフィリップお兄様に頼めば良いわよ。」
そう言われても王族に小間使いをさせるわけにもいかない。リリスはこの場にフィリップ王子が居ないので、日頃から疑問に思っていた事をメリンダ王女に質問してみた。
「ねえ、メル。フィリップ殿下ってメルの事は何でも聞いてくれるの? メルを実の妹のように可愛がっているのは分かるんだけど・・・」
リリスの言葉にメリンダ王女はアハハと笑った。
「何でも聞いてくれるわよ。お兄様が宣言したのだから。」
うん?
宣言って?
首を傾げるリリスにメリンダ王女はニヤッと笑い、
「そう。宣言したのよ。それも私の父上の前でね。」
「父上って・・・・・国王様?」
「国王様じゃなかったら誰なのよ?」
そう言ってメリンダ王女は上半身を起こした。
メリンダ王女の説明によると、ミラ王国の国王の前でフィリップ王子が宣言してしまったらしい。
「7年ほど前の事よ。私が宝玉の犠牲になる定めだと知って、不憫に感じたんでしょうね。私の願いなら何でも聞くって公言したのよ。よりによって国王様の前でね。」
「でも私は命を長らえる事が出来た。だからこれからもずっと私の願いを聞いてもらうわ。」
「まあ!」
リリスは呆れてしまった。
「私をずるい女だと思ったわね。」
リリスは首を横に振った。
「良いのよ、リリス。そう思われても構わないわ。私はフィリップお兄様から言質を奪った。これは私の宝物なのよ。」
メリンダ王女は目をギラっと輝かせ、リリスの方に身を乗り出してきた。
「いずれは私を妻として娶って貰うつもりよ。でも私は位置には拘らない。第二婦人でも第三婦人でも構わないわ。」
うっと唸ってリリスは引いてしまった。この子は何を考えているのだろうか?
リリスの疑問を他所にメリンダ王女は話を続けた。
「リリスのお陰で命を長らえてから、私は自分の立場を改めて考えたのよ。どのみち私はどこかの国の王族に嫁ぐ事になる。その際にはおそらく政略結婚になるでしょうね。それならすぐ傍の同盟国ドルキアとのつながりを強固にするのも良いと思うのよ。」
「もうすでに今からその事は父上の耳にも入れているからね。」
そう言いながらメリンダ王女はペロッと舌を出した。
したたかと言えばしたたかな王女様だ。それはリリスよりも年下とは言いながら、圧縮した人生を送ってきた故の強さかも知れない。
「メルはたとえ第二婦人や第三婦人になったとしても、そのうち第一婦人にのし上がるんじゃないの?」
リリスの言葉にメリンダ王女は、それはあるかもねと言いながらアハハと大声で笑った。
リリスも笑顔を見せたその時、窓の外がカッと光り、ドドーンと大きな衝撃音が聞こえてきた。
何事だろうか?
窓の外を見ると近くで大きな火炎が舞い上がっている。明かに普通の火事ではない。
大勢の人達の喧騒が聞こえて来る。リリスとメリンダ王女が窓際に顔を乗り出すと、町の複数の箇所から火災が起きているのが分かった。
その火の手を見つめながら、リリスの心には言い知れぬ不安が過っていた。
10
お気に入りに追加
144
あなたにおすすめの小説
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
宇宙戦争時代の科学者、異世界へ転生する【創世の大賢者】
赤い獅子舞のチャァ
ファンタジー
主人公、エリー・ナカムラは、3500年代生まれの元アニオタ。
某アニメの時代になっても全身義体とかが無かった事で、自分で開発する事を決意し、気付くと最恐のマッドになって居た。
全身義体になったお陰で寿命から開放されていた彼女は、ちょっとしたウッカリからその人生を全うしてしまう事と成り、気付くと知らない世界へ転生を果たして居た。
自称神との会話内容憶えてねーけど科学知識とアニメ知識をフルに使って異世界を楽しんじゃえ!
宇宙最恐のマッドが異世界を魔改造!
異世界やり過ぎコメディー!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜
大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。
広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。
ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。
彼の名はレッド=カーマイン。
最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。
※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します
湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。
そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。
しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。
ひさまま
ファンタジー
前世で搾取されまくりだった私。
魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。
とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。
これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。
取り敢えず、明日は退職届けを出そう。
目指せ、快適異世界生活。
ぽちぽち更新します。
作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。
脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。
最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。
でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。
記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ!
貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。
でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!!
このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない!
何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない!
だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。
それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!!
それでも、今日も関係修復頑張ります!!
5/9から小説になろうでも掲載中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる