落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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解呪の依頼2

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その日の夜。

早速リリスの部屋に紫のガーゴイルが訪れた。

サラに王族に関する件だと話して席を外して貰い、リリスはフィリップ王子とメリンダ王女からの依頼を掻い摘んで説明した。

「うむ。呪術に関しては儂もうわべの知識しか持っておらん。そもそも呪術は奥が深い上に、禁忌に触れるものが多いからな。」

「それに王家に仕える高位の呪術師の目をも欺くような手段とは・・・・・」

ガーゴイルはそう言うと考え込んでしまった。どうやら呪術にはそれほど関与していないようだ。

数分間の沈黙の後、ガーゴイルはおもむろに口を開いた。

「そう言えば、呪いを巧妙に隠す手段として一つ、思い当たる事がある。」

ガーゴイルの言葉にリリスは思わず身を乗り出した。

「それってどんな方法ですか?」

「まあ落ち着いて。」

ガーゴイルはリリスを制して、過去を回想し、

「ミラ王国の内乱の頃、儂ら守旧派の側には他国からの傭兵が少なからず居た。その中に特異な呪術を操るダークエルフが居たのだ。ヌビアと名乗るその男は代々呪術師の家系の者で、ヌビアの属する部族の中でも特殊な技量を持つ家系だった。」

「ヌビアは反乱軍が降伏する直前に雇われ、ほとんど戦線には加担していなかったのだが、儂やグレナドとは気が合い盟友として交流しておった。内乱が終わり任を解かれたヌビアが帰国する際に、儂には奴を雇った貴族から依頼された本来の任務を教えてくれたのだ。」

ガーゴイルは饒舌に語り続ける。

「ヌビアの任務は呪術による改革派の王族の根絶であり、数年を掛けて徐々に弱らせていく呪いを準備しようとした矢先に内乱は終わったと言う。」

「儂はそんな呪いなど直ぐに解呪されるぞと言ったのだが、ヌビアはそれを鼻で笑いおった。呪いを隠蔽する方法は幾つかあると言いながら・・・」

ガーゴイルが少し間を置いた。リリスもその話の先が気に成るところだ。

「それでその方法って何ですか?」

「うむ。それが詳しくは教えてくれなかったのだよ。」

まあ、当然と言えば当然よね。秘伝のようなものでしょうから。

「ただ、ヒントは幾つかくれたのだ。その中に生物化と言うヒントがあった。」

「えっ? 生物化って?」

「言葉通りだ。呪いを生物化するのだよ。リリスは微生物と言うものを知っておるか?」

急に現代用語が出てきたわね。

「はい。目に見えないほどの小さな生物ですね。」

リリスの言葉にガーゴイルはほうっと声を上げた。

「そうか。良く知っているな。さすがはクラス委員だ。」

いや、それは関係ないわよ。

リリスの心の中で突っ込みを入れた。ユリアスがそれを知る由も無いのだが。

「呪いを微生物化するとどうなるのか想像してごらん。普段は微生物として身体のあちらこちらに分散しているんだ。それがある時、体内の一箇所に集結して突発的に呪いを発する。そしてまた分散し微生物として体内に潜む。」

「そして徐々に体内の臓器を弱らせ衰弱させていくのね。まさにアイリス様の状況だわ。でもそれって解呪する方法はあるの?」

リリスの疑問にガーゴイルは首を横に振った。

「平常時は無理だな。呪いとして認識出来んのだ。体内の一箇所で集結して呪いを発した瞬間が、おそらく唯一の解呪のチャンスだろうな。それも魔力誘導を使い、ピンポイントで体内に解呪の呪詛を撃ち込む事になる。」

う~ん。
それって確実性が無いわねえ。

「それなら一日中解呪の呪詛を浴びている方が良いのでは?」

「馬鹿な。そんな事に人間の肉体が耐えられると思うかね?」

「そうすると、どうやって微生物化された呪いが集結する場所を特定出来るの?」

「それが分かれば苦労せんわい。」

そう言ってガーゴイルは再び黙り込んでしまった。
アイリス王妃に掛けられた呪いが微生物化されたものだとして、出現場所を知る手立てが本当に無いのだろうか?

リリスが見つめていると、突然ガーゴイルの表情が変わった。

「アイリス王妃は豊穣の神殿に来ると言ったな?」

「ええ、明日来られる予定です。」

リリスの返答にガーゴイルはふむと唸った。

「そうか、それなら特定出来るかも知れんな。」

そう言ってガーゴイルは顎を撫でた。

「これはあくまでも儂の仮定だが、このような呪いが体内に潜んでいる場合、呪いの出現箇所には法則性があると思う。相手の身体を徐々に弱らせるとすれば、活性化している臓器をまず攻撃するのではないかと思うのだ。」

「ええっ? それって逆じゃないですか? 弱っているところを徹底的に攻撃しませんか?」

「そんな事をしたら直ぐに発見されるし、解呪も容易だと思うぞ。例えば水を入れた木の桶を思い浮かべてごらん。この水を生命力だと思えば良い。一箇所に集中して釘を撃ち続ければすぐに穴が開き、そこから水が漏れる。だが対処は簡単だ。その穴を塞げばまた水を入れる事も出来る。」

「一方、桶の縁を徐々に削って行けばどうなる? 全体的に削って徐々に水の量が減っていく。気が付いた時には水の量もかなり減っていて、しかも縁がかなり削られているので、水の量を増やす事も出来ない。そのうちに水を入れる事すら出来なくなってしまう。」

ガーゴイルの言葉にリリスは黙ってうなづいた。
時間を掛ける事を前提にすれば、そう言う方法も有効だろう。

「アイリス王妃が豊穣の神殿に来るのなら、3日間の寄進を終えて護符を手にした時がチャンスだ。護符によって活性化された女性特有の臓器の周辺に、微生物化した呪いが集結するのではないかと思うのだよ。」

それって子宮や卵巣って事ね。

「だが問題は魔力誘導で撃ち込む解呪の呪詛が手に入らない事だ。破邪の剣が残っていれば何とかなるのだが・・・・・」

それが痕跡は残っているのよ、ユリアス様。

そう思いリリスの心は高揚した。だがそれをユリアスにどんな風に伝えたものかと考え込んでしまった。
ユリアスに自分のスキルをある程度教えてしまう事にならないか?
自分の先祖と公言して憚らないユリアスなので信頼は出来るのだが・・・。

「ユリアス様。解呪の呪詛は私の魔力誘導で何とかなりそうです。物質化して剣の形を取る事は出来ませんが・・・・・」

そこまで言うと、ガーゴイルは無言でリリスの目をじっと見つめた。

「・・・・・それは、・・・それは本当なのか?」

「ええ、破邪の剣を構成していた呪詛の痕跡が残っていますので・・・」

「お前は・・・リリスは・・・破邪の剣が呪詛で構成されていた事が分かっているのか?」

ユリアスの言葉にリリスは無言でうなづいた。

リリスの目を見つめ、ガーゴイルはう~んと唸って黙り込んでしまった。
しきりに何かを考えている様子だ。

しばらく間を置いてガーゴイルが口を開いた。

「まあ良い。出来ると言うのならそれで良いだろう。あまり詮索してもきりがない。」

そう言いながらガーゴイルはリリスに笑顔を向けた。

「そもそも破邪の剣が呪詛の物体化したものだと良く分かったね。それだけでも驚きだよ。」

「それは・・・それは自分の体の中に入ってきたので分析しただけです。」

「その分析する事そのものが特殊なスキルを要する筈なのだがなあ。」

そう言ってガーゴイルは遠くを見つめるような視線を投げかけた。

「あの破邪の剣はヌビアが創り出したものだ。内乱の終結から数年後、呪いが発動して精神に異常をきたした儂を封印したのもヌビアだ。儂を心配するあまり、グレナドがヌビアを遠方から呼び寄せて依頼したのだよ。」

「長年潜伏していた呪いは発動した時点ですでに解呪の困難なレベルに達していた。それでもヌビアは解呪を試みて、呪詛を物体化する事で呪いの効果を一時的に停止しておく事に成功したのだ。」

それがあの鎖と杭だったのね。

「だが解呪の最終段階で呪いの効果が解呪者に反転する事が分かった。ヌビアは大いに悩んだよ。自分の生命を犠牲にして儂を助けるとまで言い出したのだが、グレナドがそれは止めてくれと泣いて止めたのだ。グレナドもそんな辛い選択をしたくなかっただろう。それにヌビアが犠牲になったら儂が永遠に悔いると主張した。それはその通りだ。儂はリッチだから寿命など無いからな。盟友を犠牲にしてしまった事を永遠に悔いる事は間違いない。」

う~ん。
壮絶な話ね。

ガーゴイルの話を聞き、リリスは言葉も無くうなづくばかりだった。

「結局、完全な解呪を資質のある後孫に託して、ヌビアは解呪の呪詛を剣の形に物体化させた。それがあの破邪の剣だ。」

「でもそれなら私に呪いの効果が反転しないの?」

「だから資質のある後孫と言っただろう? 呪いの効果の反転をものともしないほどの精神攻撃への耐性を持ち、魔力誘導にも高度な能力を持つ者でなければ、破邪の剣を岩から抜く事は出来ない設定だったのだ。それだけではない。物質化した呪詛の塊は人体には異物だ。それを取り込んで剣として構成する為には、余程特殊なスキルを必要とする。例えば魔物の能力をすら取り込む事の出来るようなスキルだが・・・・・・」

そこまで言ってガーゴイルはニヤリと笑った。

「これ以上は言うまい。女の子には秘密が多いのだったな。」

ハハハと笑うガーゴイルにリリスはえへへと照れ笑いをするしかなかった。

多くのヒントを与えてくれたユリアスに感謝して、リリスはガーゴイルとの話を終えた。





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