落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

文字の大きさ
上 下
64 / 326

王女とダンジョン2

しおりを挟む
シトのダンジョン。

第3階層に降りると景色は一転して草原になっていた。心地良い風が吹き、爽やかな日差しが雲の間から差し込んでくる。
木立や低木も一切見当たらない。高さ10cmほどの草で覆われた大地が延々と広がっている。

このシチュエーションは狼の群れかしら?

そう思ったリリスの想像とは裏腹に、青い空の向こう側から黒い雲が近付いてきた。遠くからギャーギャーという金切り音が聞こえてくる。

ハービーの群れだ!

その数は30匹以上居るのだろう。

近付いてくるにつれてその不気味な顔が見えてきた。その手には様々な武器を持っている。弓矢を持つものも居れば剣を持つもの、長鎗を持つものまでいるようだ。

悲鳴のような不気味な声を上げてハービーの群れが近付いて来たかと思うと、途端に上空から10本ほどの矢が飛んできた。ジークの張っていたバリアのぶつかりカンカンと音を発てている。

拙いわね。空からの攻撃を避ける場所が無いわ。

木立すらない草原で上空から攻撃を受けるのは不利だ。

リリスは即座に3mほどの高さの土壁を自分達の四方に出現させ、更にその上を大きめの土壁でひさしが出来るように覆った。四方の土壁の上部に細長い開口部を作ると、簡易トーチカの完成だ。全体を硬化させればしばらくの物理的な攻撃にも耐えるだろう。

「よく考えたね。こんなものを即座に作るなんて。」

感心するジークを横目に、リリスはニーナと連携して射程範囲に入ってきたハービーを狙い撃ちにした。土壁の開口部からニーナが無数のウォーターカッターを放ち、リリスが威力を抑えて速度を上げた小振りなファイヤーボルトを放つ。
ニーナのウォーターカッターで少し動きの鈍ったハービーを、リリスのファイヤーボルトが貫いた。だがそれでもハービーの運動能力は高く、リリスのファイヤーボルトを寸前で回避する個体も居た。

お母様だったら、有無を言わさずファイヤーストームで焼き払うだろうなあ。

遅々として進まない攻撃に若干焦りを感じたリリスだが、ここで監督役のジークに頼るわけにもいかない。この辺りはリリスの意地でもある。

「ニーナ! 敵に開口部から攻撃されないように気を付けるのよ!」

そう叫んでニーナを見ると肩でハアハアと息をしている。魔力が少なくなってきたのかも知れない。
まだハービーは20匹ほど残っていて、土壁のトーチカにカンカンと矢が当たり、真上から剣を持って突撃してきた敵のぶつかる音がドウンと響き、その振動が伝わってくる。

拙いわね。

ニーナに魔力を補給しなければと思い、リリスはとりあえず魔力吸引をパッシブで発動させた。
その時、どうしようかと案じるリリスの様子を見て、肩の芋虫が声を掛けてきた。

「リリス。私の闇魔法で対応出来るわよ。但し、憑依のレベルを上げる必要があるんだけどね。」

「憑依のレベルを上げるの? それってメルに操られるって事?」

「形の上ではね。でも実際に使う魔力はリリスの魔力なのよ。リリスの身体を使って私が魔法を発動するだけだから。」

そう言いながら芋虫は小声で、

「あのジークに恩を着るのは嫌でしょ? 私もあいつの世話にはなりたくないからね。」

この言葉でリリスも決断した。

芋虫がその身体を震わせながら光り出すと、リリスの身体が自分の意志を離れて動こうとしている。その違和感に不安を感じながらもメリンダ王女に委ねる事にしたリリスは、魔力がふっと吸い上げられていくのを感じた。

リリスの意志とは関係なく、その両手が目の前に突き出される。その両手の間に黒い塊が出現した。赤い不気味な光が時折その黒い塊の表面に走る。それと共に禍々しい妖気が立ち込めてきた。

「外に出すわよ。」

芋虫の声と同時に土壁の開口部からその黒い塊はゆっくりと外に出た。外に出た黒い塊はまるで黒いファイヤーボールのようだ。

「これって黒炎なの?」

「あらっ、良く知っているわね。闇魔法ってあまり知られてない筈なんだけど・・・」

異世界物のラノベでよく出てくるのよね。

そう思ったリリスの耳に芋虫の叫びが聞こえてきた。

「制御が効かないわ! 魔力が途切れずに流れてくる!」

「リリス! あんた、どれだけ魔力量があるのよ! 少し抑えてよ!」

そう言われても今はリリスの意志で身体が動かない。

「メル! あなたの意志で止めれば良いじゃないの!」

「それが制御出来ないのよ!」

芋虫の叫びを聞いてリリスは思いだした。
メリンダ王女に憑依を委ねる直前に魔力吸引を発動させたのだった。
だが今の状態ではそれを解除する事も出来ない。

魔力吸引スキルが暴走しているのかしら?

考えあぐねているうちにも大地から魔力がゴウッと音を立てて流れ込んでくる。

外に出した黒炎は徐々に大きくなり、直径が5m以上になってきた。その禍々しい妖気と共に強烈な瘴気まで漂い、その余波でハービー達の中にもふらふらと迷走して地上に落ちてくるものまで出始めた。

まあ、蚊取り線香みたいになっているわね。

呑気に構えるリリスに反して、焦りを見せる芋虫が魔力を集中させ、黒炎を上空に解き放った。
トーチカの前方上空に上がった直径10mにも及ぶ黒炎がカッと光り、真っ黒な闇が強烈な炎を伴って広範囲を焼き尽くしていく。
闇に触れる全てのものが崩れるように燃えて無くなっていくのが見えた。火魔法と違って静かに、しかも確実に消滅していく。
上空が真っ暗な闇に包まれ、それが晴れると上空にはもはや何もなくなっていた。

リリスの肩で芋虫がふうっと安堵のため息をついた。次の瞬間にリリスの身体の自由が利くようになった。憑依のレベルを戻したのだろう。

「メル。凄いじゃないの! ハービーの群れが全滅したわよ。」

「ハービーどころかこっちまで消え去るかと思ったわよ。あんなに巨大な黒炎なんて有り得ないわ。リリスに無暗に憑依すると碌なことが無いわね。」

そんな言い方って無いわよ。

そう思いながらもリリスはニーナとジークの方に振り返った。

ニーナは黒炎の放つ瘴気で気を失い、ジークは茫然自失の表情だ。

「メリンダ王女様。何時の間にあんな技を手に入れたのですか?」

かすれるような声でジークが呟いた。

「私じゃないわよ。私が放つ黒炎はせいぜい直径が1mほどだもの。」

「そうすると・・・・・」

そう言いながらジークはまるで化け物を見るような目でリリスの方を見た。

「私はメルに憑依されていたから何も分かりません。」

リリスはジークから視線を逸らすと、おもむろにトーチカを土に戻し始めた。土魔法の解除にはそれほどに魔力を消費しない。
ニーナを起こして再び草原を歩き始めたリリス達だが、奥に辿り着くまで魔物は全く出現しなかった。
空にまだ別の魔物が待機していたのかも知れない。それをも消滅させたのだろうか。
放たれた巨大な黒炎の威力を改めて実感しながら、リリス達は階下に続く階段を降りた。

第4階層。

そこは第3階層に続いて草原だった。
ちらほらと低木や藪も見えるのでサバンナと言った方が良さそうだ。

柔らかな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が吹いて心地良い。

このまま魔物が出てこなければ良いピクニックになるのに。

そう思っているのはリリスだけではなさそうだ。だがダンジョンなので当然の事ながら、そう言うわけにはいかない。

「止まって!」

ニーナが叫んでリリスの動きを制すると、目の前に木の枝や石を投げつけた。その途端に地面からザザッと音を立てて、長さ1mほどの土槍が交差しながら突き出してきた。しかもその範囲が広い。20m四方に及ぶ罠だ。

随分手が込んでいるわね。

ニーナが魔力を纏った手でしゃがみ込んで操作すると、土槍は全て即座に消え去ってしまった。

「ニーナ。罠の解除が上達したわね。」

リリスが褒めるとニーナは嬉しそうにうんうんとうなづいた。

罠の解除された地面を恐る恐る歩くが、すでに解除されているので何も発動しない。それでもたどたどしく歩くリリスの様子を見てニーナもうふふと小さく笑っていた。

第4階層の中間地点に差し掛かると、草原の向こうから何かが疾走してくるのが感じられた。魔物のようだが単体だ。

この草原なら狼か?
でも狼なら群れで襲ってくるはず。

(魔装を発動してください!)

案ずるリリスの脳内に解析スキルが念話を送ってきた。即座にリリスが非表示状態で魔装を発動させる。その動作と前後して、向かってくる魔物の方向からかなり強烈な邪気と瘴気が漂ってきた。

リリスが振り返るとジークは大丈夫のようだが、ニーナが辛そうな表情をしている。その様子を察してジークが魔力のシールドを重ね掛けし始めた。

魔物は視認できる距離に近付くと立ち止まり、こちらに向かって咆哮した。体長5mもありそうな狼のような姿。だが頭部がやたらに大きく見える。よく見ると頭部が大きいのではなく、獰猛そうな顔面の両側にも顔が突き出している。

「あれって、ケルベロスじゃないの?」

リリスの肩の芋虫が呟いた。

魔物はこちらを睨むと、グアッと叫び、正面の顔の口から火の玉を放ってきた。ゴウッと言う風切り音を立ててファイヤーボールがこちらに向かい、ジークの張った重ね掛けのシールドにぶつかって燃え上がった。ドウンと言う衝撃音とともにびりびりとシールドが震動しているのが分かる。

「信じられん。シトのダンジョンでケルベロスの登場とはねえ。」

ジークの顔も緊張で強張っている。

リリスは総力戦になる事を覚悟して、ケルベロスをじっと睨みつけていた。








しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

1001部隊 ~幻の最強部隊、異世界にて~

鮪鱚鰈
ファンタジー
昭和22年 ロサンゼルス沖合 戦艦大和の艦上にて日本とアメリカの講和がなる 事実上勝利した日本はハワイ自治権・グアム・ミッドウエー統治権・ラバウル直轄権利を得て事実上太平洋の覇者となる その戦争を日本の勝利に導いた男と男が率いる小隊は1001部隊 中国戦線で無類の活躍を見せ、1001小隊の参戦が噂されるだけで敵が逃げ出すほどであった。 終戦時1001小隊に参加して最後まで生き残った兵は11人 小隊長である男『瀬能勝則』含めると12人の男達である 劣戦の戦場でその男達が現れると瞬く間に戦局が逆転し気が付けば日本軍が勝っていた。 しかし日本陸軍上層部はその男達を快くは思っていなかった。 上官の命令には従わず自由気ままに戦場を行き来する男達。 ゆえに彼らは最前線に配備された しかし、彼等は死なず、最前線においても無類の戦火を上げていった。 しかし、彼らがもたらした日本の勝利は彼らが望んだ日本を作り上げたわけではなかった。 瀬能が死を迎えるとき とある世界の神が彼と彼の部下を新天地へと導くのであった

「お前と居るとつまんねぇ」〜俺を追放したチームが世界最高のチームになった理由(わけ)〜

大好き丸
ファンタジー
異世界「エデンズガーデン」。 広大な大地、広く深い海、突き抜ける空。草木が茂り、様々な生き物が跋扈する剣と魔法の世界。 ダンジョンに巣食う魔物と冒険者たちが日夜戦うこの世界で、ある冒険者チームから1人の男が追放された。 彼の名はレッド=カーマイン。 最強で最弱の男が織り成す冒険活劇が今始まる。 ※この作品は「小説になろう、カクヨム」にも掲載しています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪
ファンタジー
嫌いな両親と同級生から逃げて、アメリカ留学をした帰り道。帰国中の飛行機が事故を起こし、日本の女子高生だった私は墜落死した。特に未練もなかったが、強いて言えば、大好きなもふもふと一緒に暮らしたかった。しかし何故か、剣と魔法の異世界で、貴族の子として転生していた。しかも男の子で。今世の両親はとてもやさしくいい人たちで、さらには前世にはいなかった兄弟がいた。せっかくだから思いっきり、もふもふと戯れたい!惰眠を貪りたい!のんびり自由に生きたい!そう思っていたが、5歳の時に行われる判定の儀という、魔法属性を調べた日を境に、幸せな日常が崩れ去っていった・・・。その後、名を変え別の人物として、相棒のもふもふと共に旅に出る。相棒のもふもふであるズィーリオスの為の旅が、次第に自分自身の未来に深く関わっていき、仲間と共に逃れられない運命の荒波に飲み込まれていく。 ※第二章は全体的に説明回が多いです。 <<<小説家になろうにて先行投稿しています>>>

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...