落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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王女とダンジョン1

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翌日、リリスはシトのダンジョンに居た。同行しているのは担任のロイドではなく非常勤講師のジークとニーナである。

何故にこの組み合わせなの?

疑問を抱きつつジークを軽く睨むと、ジークは薄ら笑いを浮かべながら、

「王女様が見ているから頑張ってくれよ。」

と呟いた。動くたびにキラキラ光る首のチョーカーが目障りだ。しかも耳のピアスが以前よりも大きくなっている。

チャラさに拍車が掛かっているわね。

リリスの思いを察して、肩の芋虫から念話が届く。

(リリス、耐えてね。私もこの男は好きになれないのよね。)

メリンダ王女も同じ思いであった。
使い魔で王女がリリスに同行すると聞いて、担任のロイドを押しのけジークが担当となったのである。しかもニーナまで同行している。

「ニーナ君は最近特殊なスキルに目覚めたと聞いて、是非この目で確かめたいと思っていたんだよ。」

そう説明していたジークの言葉に、リリスは即座に聞き返した。

「ニーナは大商人の娘ですよ。いずれは実家の家業を継ぐと思うのですが・・・」

「何を言っているんだ、リリス君。王国軍は才能があり、やる気のある人物であれば、その出自を問わないんだよ。」

この人が言うと何だか白々しいわねえ。

そう思ってニーナの顔を覗くと、意外にもやる気に満ちている。
ニーナも自分の能力やスキルを磨きたいと思っているのだろう。

「リリス。その肩の使い魔ってメリンダ王女様よね?」

そう言ってニーナは笑顔で芋虫に挨拶をした。
メリンダ王女もニーナとは初対面なので、軽く挨拶を交わして檄を飛ばす。

「さあ! 行きましょう!」

芋虫の号令でダンジョンの探索が開始された。

先ず初めにジークが広域にバリアを張り、ニーナが先頭で探知を始める。スキル全開で歩くニーナの後姿を見ると、渦巻くように流れる魔力が感じられた。

ニーナったら自主練しているのね。スキルに磨きが掛かっているのが良く分かるわ。

そう思ったリリスの動きを制してニーナが目配せをした。罠を発見したようだ。

近くにあった石を前方に投げつけると、左右の茂みから数本の矢が飛んできた。比較的稚拙な罠だが、シトのダンジョンでは珍しい。恐らく潜入者に合わせてダンジョンを変化させているのだろう。

今現在このシトのダンジョンを取り仕切っているのは、元々ギースのダンジョンのダンジョンマスターをしていたリッチだ。難易度の高いダンジョンを運営していたリッチだから、何をしてくるか分からない不安がある。自ずと慎重に進まなければならないだろう。

ダンジョンを進むと茂みから5体のゴブリンが現われた。

ギギギッと気味の悪い声を上げて粗末な短剣や弓で攻撃を仕掛けて来たのだが、5体共その腕に小さなバックラーが装着されている。

「任せて!」

そう叫びながら、ニーナが小さなウォーターカッターを大量に放った。蜂の群れのように小さな氷の刃がゴブリンを襲う。だが次の瞬間、ゴブリン達は腕のバックラーを操作して広げ、巧みに動かしてニーナのウォーターカッターを跳ね返してしまった。

ええっ!

驚くニーナの動きが止まった。その一瞬の隙を突いて放たれた矢がニーナに向かってきた。だがニーナも千里眼のスキルで遠目から認識出来ていたようで、身体を反らせて上手く回避した。油断は大敵である。
その間、リリスは両手にファイヤーボルトを作動させ、投擲スキルを全開させてゴブリンに放った。スピード重視の火の矢が弧を描き、ゴブリン達の回避行動を嘲笑うかのように次々と命中する。ボスッ、ボスッと命中音が続き、それと共にギャッと悲鳴をあげて火に包まれながら倒れるゴブリン達。その様子を見てリリスの肩の芋虫がう~んと唸った。

「見事ね、リリス。見ていて気持ちが良いわ。」

王女様も満足のようだ。

それにしてもバックラーを上手く操るゴブリンなんて初めて見たわよ。
何時ものシトのダンジョンじゃないわね。

そう思うと緊張感が更に増してくるリリスである。

第1階層の奥まで進む間に、ニーナは複数の落とし穴を発見した。どれも地表がホログラムで巧妙に隠されていて普通では分からない仕様だ。

奥に進んで階下へつながる階段の前に出ると、そこには2体のオーガファイターが仁王立ちしていた。
フルメタルアーマーを装着したオーガファイターが、剣を振り上げてこちらに向かってきた。その手に持つ剣が妖しく光っている。明らかに魔剣だ。
接近させると拙いと判断して、リリスは二重構造の極太のファイヤーボルトを作動させ、2体のオーガファイターに向けて放った。
すでにレベル5+に達したファイヤーボルトは、ボルトと言うよりは杭のような太さで回転しながら高速で滑空していく。キーンと金切り音を立ててファイヤーボルトがオーガファイターに向かった。
躱す余裕もなく極太のファイヤーボルトがオーガファイターのメタルアーマーに弾着し、金属の装備を焼き切って穴を穿ち、その内部を焼き尽くす。
ゴウッと轟音をあげて2本の火柱が立ち、悲鳴を上げる間もなくオーガファイターは消し炭になってしまった。あとに残されたものは鈍く光る魔剣だけだ。

「リリス。それって本当にファイヤーボルトなの? 反則級の威力よね。」

肩で呟く芋虫に、リリスはグッと親指を立て、サムアップで応えた。

「リリス君。以前よりもファイヤーボルトの威力が増していないか?」

怪訝そうに尋ねるジークにへへへと笑って誤魔化しながら、リリスはニーナと共に階下へ降りた。

第2階層に降りると日差しが急にきつくなった。勿論本物の太陽ではない。だがそれらしくぎらぎらと上空で光っている。この階層は一転して砂漠だ。

砂漠と言えば・・・・・あれの出番よね。

そう思ったリリスの想像通り、砂漠の向こう側から砂煙をあげて数匹の黒い物体が近付いてきた。後ろに振り上げた尻尾と太い針が見えるので間違いない。
砂漠につきもののサソリだ。

体長は3mほどで黒光りのする甲殻で覆われ、その目が不気味に赤く光っている。

ここはお決まりのパターンで前方に土壁を出現させ、左右に回り込むサソリをファイヤーボールで仕留めたリリスだが、ふと思いついた攻撃方法を試してみたくなった。2匹のサソリが高さ2mほどの土壁をよじ登ろうとしたその瞬間に、リリスは魔力を集中して、土壁の向こう側の壁面にアースランスを発動させた。甲殻に覆われていないサソリの腹部が土壁の壁面から飛び出した硬い土の槍で何か所も貫かれ、グギッと悲鳴を上げたまま動かなくなってしまった。

サソリが動かなくなったのを確認して、リリスは即座にアースランスを解除した。ドサッと音を立てて2匹のサソリの身体が土壁の向こう側に落ちた。

ジークにあまり手の内を見せたくないと思ったリリスの素早い行動である。一方ジークもリリスの攻撃に関して、何時も通り土壁を利用したものだと思い込んでいたのだろう。一瞬リリスから目を離してしまった為に、リリスの発動したアースランスに気が付かなかった。

ふと見るとサソリが土壁の向こう側で絶命している。あれっと思ったジークだったが、その違和感はそれほど続かなかった。ここはリリスの作戦勝ちだ。

ニーナを先頭に立たせて先に進むとダラダラと汗が流れてくる。大気が暑い。荒れ果てた砂地の地面も暑く熱気を発している。

こんなところまで地下で再現しなくても良いのに。

そう思うのはリリスだけではない。リリス達は早くこの階層を終えたいと思いながら、足早で奥まで辿り着いた。

だが階下に続く階段の前に緑色の大きな塊が見えている。

体長5mほどもありそうな大きな蜘蛛だ。その濃い緑色の体色が如何にも毒々しい。

「その場に留まって下さい! 毒液を飛ばしてきますよ!」

ニーナがリリス達の動きを制して叫んだ。その次の瞬間にその蜘蛛の触角がふっと動いたかと思うと、緑色のねとっとした液体がこちらに飛んできた。
ニーナは千里眼でその気配をあらかじめ察したようだ。蜘蛛が飛ばしてきた液体はリリス達の手前2mほどの地面に落ちた。その瞬間にジュッと音を立てて地面から毒ガスが舞い上がる。即座に後ろに下がってそれを避けるが、蜘蛛はこちらに向かってくる気配も無くその場でじっとして居る。

第3階層への階段を守っているつもりなのね。

動かずとも誰も近付けない自信もあるのだろうか。だがその過信がリリスの思うつぼだとは蜘蛛も気付かなかっただろう。
動かない的ならファイヤーボルトで焼き切ってしまえば終わりだ。だがそれでは芸が無い。

リリスは再度アースランスでの攻撃を試みた。毒液の攻撃を躱すために土壁を作りながら蜘蛛に近付く。蜘蛛は相変わらず触角を動かして毒液を飛ばしてくるが、その場を動こうとはしない。土壁に当たってガス化する毒を少し吸い込んでしまい、頭が痛くなったがそれも即座に消えた。容易に解毒出来るレベルの毒のようだ。

土魔法の効果範囲に蜘蛛が入ったところで、リリスはグッと魔力を集中して、アースランスを局所的に発動させた。蜘蛛の身体の中心付近の直径1mほどの範囲で、土槍の長さも1mほどでの発動だ。

突然地面から飛び出した土槍に腹部を貫かれて蜘蛛の身体が一瞬浮いた。だが1mほどの長さなので蜘蛛の体表には突き出してこない。
グギッと悲鳴を上げて蜘蛛がその場を逃れようとする。だがその動きが逆にその腹部の傷を広げてしまう。

あの土槍をグルグルと回転させることが出来ないかしら。

そんな残酷な事を考えるリリスである。仕上げにファイヤーボルトを数本撃ち込んで蜘蛛を焼き払ったリリスだが、その直前にアースランスを解除しておくことも忘れては居なかった。

ジークはファイヤーランスの存在に気が付いていないようだ。
だがリリスの肩の芋虫がう~んと唸っている。

「リリス。今何かしなかった? 蜘蛛の動きが変だったわよ。」

「気のせいよ、気のせい。あの蜘蛛の動きが元々鈍かっただけよ。」

そう言って誤魔化すリリスに対して、芋虫は特に続ける言葉も無かった。

階段の周囲に消し炭が纏わり付いている。
焼け焦げて異臭を放つ蜘蛛の遺骸を後にして、リリス達は階下への階段を降りていった。





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