落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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授業参観

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リリス達が魔法学院に入学して半年が過ぎた。

学院側の配慮で毎年この時期に父兄の授業参観日が設定されている。勿論必ず参観しなければならないような決まりはない。ほとんどの生徒が貴族の子女であり、貴族達へ課せられた王国からの責務の内容によっては、到底参観出来ない者達も居るからだ。
その点、地方貴族は領地経営さえ順調であれば時間を作る事は容易であり、リリスの両親も参観日に合わせて王都に来る予定でいた。
だが父親のドナルドの実家で突然の不幸があって、ドナルドは急遽そちらに向かう事になってしまった。祖父が大怪我をしたらしいと言う事だけはリリスの耳にも届いている。
それ故にリリスの母親のマリアだけが参観日に来てくれた。

半年ぶりに会う母と娘である。

リリスにとっては何時も通りの優しい母の眼差しに嬉しさだけが込み上げてくるのだが、一方の母親のマリアの目に映ったリリスは半年前に比べて随分しっかりとしてきたように感じられた。
クラス委員を任せられ、生徒会の雑事もこなし、多忙な日々を送っていると言うリリスの言葉にも力が感じられる。その上に幾度もダンジョンチャレンジに参加し、教師の同伴でケフラのダンジョンにも潜ったと聞いて驚くばかりだ。担任のロイドからはリリスに未知の力を感じるとまで聞かされて、戸惑いすら感じてしまった。

おかしいわねえ。
リリスって土魔法と火魔法だけしか持っていなかったわよね。

そう思いながらリリスの表情を見ると、更に生き生きとしているように見えてくる。
魔法学院に入学してやっていけるのかと不安に駆られていたのが嘘のようだ。

座学の授業を参観しながら、マリアは気分の高揚を隠せなかった。

父兄の宿舎は学院の近くに建てられているが、リリスの放課後の様子も知りたいので、マリアはリリスが生徒会の雑務を終えるのを待って一緒に学生寮に入り、リリスの部屋に足を踏み入れた。

「あら、随分広いわね。ここでルームメイトと二人暮らしなのね。」

部屋の中をきょろきょろと見回すマリアをソファに案内して、リリスはお茶を用意した。

「同室のサラは今晩は戻ってこないって言っていたわ。両親と父兄用の宿舎で寝るんだって。」

「サラさんってしばらく入院していたそうね。ご両親も心配で少しでも一緒に居たかったのかしら?」

マリアはそう言うと、リリスが用意した紅茶を一口啜った。

「サラは特殊な体質らしいのよ。召喚術師の家系だって言っていたわ。」

ふうん、そうなのとマリアが答えたのと同時に、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。

「リリス、居るかい? お邪魔するよ。」

そう言って部屋に入ってきたのはフィリップ王子の使い魔の小人だった。

うっ! 
このタイミングで来るなんて、拙いわね。

そう思いながらも無下に追い返せないので、リリスは止む無く小人を招き入れた。
小人はソファに中年の女性が座っているのに気が付き、

「おやっ? お客さんだったのかい?」

そう言ってソファに近付くとお辞儀をして挨拶を交わした。

「初めまして。フィリップです。」

「あらっ! 男子の使い魔が来るなんて思ってもみなかったわ。リリスの母のマリアです、初めまして。」

「ああ、リリスのお母様でしたか。何時もリリスさんにはお世話になっています。」

何なのよ、その挨拶。

「それで、殿下。今日は何の用ですか?」

「今日はこれを君に渡しに来たんだよ。」

そう言って小人は懐から小さなケースを取り出した。それを受け取り開けてみると中には小さなブルーの宝玉が入っていた。

「まあ。プレゼントを渡しに来たのね。」

マリアはソファから身を乗り出して、リリスが手に持つケースを見つめた。

「実はこの宝玉は僕の母上からの贈り物なんだよ。先日の宝玉を見つけ出したのが君だと知って、母上からお礼にこれを手渡して欲しいって頼まれたんだ。あの宝玉に比べたら小さなものだけど、これも水の亜神の息吹が込められているって言われているんだよ。」

そうなのと思ってリリスがその宝玉をケースから取り出すと、宝玉は心が癒されるような波動を少しずつ放ち始めた。ヒールとは違った穏やかな波動だ。

これってどう言う効用があるのかしら?

そう思って鑑定スキルを発動させると、

『微細な振動による洗浄効果と精神安定効果ですね。老化した皮膚の排除や体内細胞の活性化。更にホルモンバランスの正常化が見込めます。簡単に言えば婦人の保健薬ですね。更年期障害にも良さそうですよ。』

それならお母様にプレゼントした方が良いわね。

フィリップ王子の目の前で母親に手渡すのは失礼かもしれないと思って、リリスはありがたく受け取り礼を言った。

「殿下、ありがとうございます。」

その言葉を聞きながらマリアはぷっと噴き出した。

「彼の事を殿下って呼んでいるのね。良いニックネームじゃないの。」

マリアはそう思っていた。これはリリスにとっても好都合だ。色々と厄介な事を説明する必要も無い。

「そうなのよ、お母様。」

そう答えてリリスは小人を部屋から出て行かせるつもりだった。
だが小人を急き立ててドアの前まで来た時に、ドンドンと荒々しくドアを叩いて、何者かが部屋に入ってきた。
ブルーの衣装を着たピクシーだ。

ユリア!
どうしてこのタイミングで此処に来たのよ!

リリスの目論見が泡と化した瞬間だった。

「リリス! ここにタミアが来なかった? あいつ、見つけ出したら酷い目に遭わせてやるんだから!」

大層な剣幕でユリアは息巻いた。

「あら、どうしたの?今度は女子の使い魔なのね?」

マリアの言葉もユリアの耳には入ってこなかったようだ。

「リリス! あんたも酷いじゃないの! 私があんなに大事に育て上げたサイクロプスを生き埋めにして惨殺するなんて。あの子には魔法耐性や毒耐性まで付与していたのに。」

「あれはタミアがけしかけたのよ。私だってあんなものと戦いたくは無かったわよ。でもタミアに退路を絶たれて、倒さないと私や仲間も危険だったんだからね。」

そこまで答えてリリスはハッと気が付いた。

「そう言えばあのサイクロプスってユリアの物だったの?」

「そうなのよ! タミアが私のダンジョンから盗んで持ち出したのよ!」

「ユリアはその時居なかったの?」

「あの時はそこに居るフィリップがリースに私を祀る神殿を建てたって言うから、見に行っていたのよね。」

そう言いながら、ピクシーは小人に目を向けた。

「ああ、あの時だったんですか。それは災難でしたね。」

「そうなのよ! こうなったらタミアの居そうな場所を片っ端から凍結させてやろうかしら。いっその事、この大陸全体を凍結させても構わないわ!」

そう言って息巻くピクシーを小人は身体を張って止めに掛かった。

「やめて下さいよ。そんな事をしたら幾つもの国が滅んでしまう。」

小人の言葉にピクシーはふっとため息をついた。

「残念ながらそこまでの力は無いわ。私の本体がまだ休眠中で地上に降臨出来ないからね。」

少し冷静になったようだ。

使い魔達のやり取りを聞いていたマリアはリリスに問い掛けた。

「リリス。私の聞いている事は事実なの? サイクロプスを倒したって本当なの?」

「えっと・・・それはそう言うゲームの話で・・・」

リリスもしどろもどろになってしまった。
しかも拙い事にユリアが会話に入り込んできた。

「そうなのよ。この子が倒しちゃったのよ。チャーリーから土魔法をかさ上げして貰ったって聞いていたけど、まさかこんなに使いこなせるなんて思ってもみなかったわ。体長10mのサイクロプスを生き埋めにして、沈み際に魔力まで吸引しちゃうんだから、干からびた上に窒息死よ。可哀そうに・・・」

そう言いながらピクシーはマリアの顔を眺めた。

「ところであなたは誰?」

「私はリリスの母親のマリアです。」

「ああそうだったの。初めまして。私はユリア。水の亜神の・・・」

そこまで言った時点で、ピクシーがカッと目を剥いた。

「居た! タミアの気配を探知したわ。大陸の南部に居るわね。思い知らせてやるわ。」

そう言うとピクシーはふっと消え去ってしまった。

「私は夢を見ているのかしらね。」

マリアの視線がリリスに突き刺さる。

「そう。夢かも知れませんね、お母様。」

そう言って誤魔化そうとしたリリスだが、マリアの目は真剣だった。

「あのピクシーの召喚主は何者なの? 偽装はしていたものの膨大な魔力を背後に感じたわよ。私に隠せると思っていたのかしらね。」

そうだ。
お母様も只者ではなかった。

それを思い出してリリスは隠し切れない事を悟ったのだった。







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