落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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タミアの企み

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シトのダンジョンの第4階層。

リリス達をめがけて20頭ほどのブラックウルフが襲い掛かろうとしている。

「リリス! あれをお願い!」

ニーナの叫びにリリスも答える。魔力を集中させて、ブラックウルフの群れの前方に高さ2m幅10mの土壁を造り出した。

「壁の両サイドは任せるわよ!」

ニーナに指示を出し、ファイヤーボルトを10本ほど準備して、リリスは壁を見つめた。小さく待機出来るようになったファイヤーボルトが、リリスの胸元で赤々と光っている。

壁を飛び越えてきたブラックウルフに向けて、投擲スキルを全開させ、素早く放たれたファイヤーボルトは次々にブラックウルフの腹部から背中を貫き、ボウッと燃えてその身体を焼き尽くした。
その危険を感じ取って瞬時に向きを変え、壁の両サイドに回ったブラックウルフには、タイミング良くニーナが放った大量のウォーターカッターが待ち受けている。小さな刃ながらその物量で敵にダメージを与え、全身傷だらけになったブラックウルフが地面に転がった。

「良いコンビネーションだ。俺の出番が無さそうだな。」

何時の間にかハルバートを取り出したガイが後方で呟いていた。どうやら収納出来るタイプのハルバートに装備を変えたらしい。かなり高価な武具だと思われるのだが・・・。

「それなら撃ち漏らしたブラックウルフを始末してよ!」

「オッケー。」

ニーナの声に応えて、ガイは魔力を集中させて身体強化を励起させた。ガイの肉体が見る見るうちにマッチョになっていく。
全身に魔力を纏い、ハルバートを振り回して、ガイはニーナの前に駆け出した。

丁度、ニーナのウォーターカッターの弾幕を回避したブラックウルフが、態勢を変えてこちらに向かってくるところだ。
それに向けてガイが走りながらハルバートを一閃すると、ブラックウルフは頭部を打ち砕かれて弾き飛ばされてしまった。

「ガイ!上出来よ!」

リリスの声にガイも嬉しそうに手をあげて答えた。

まあ、一匹だけが相手なら肉弾戦でも通じるわよね。敵は群れで連携して襲ってくるんだけどねえ。

そんなリリスの思いをガイは知る由も無い。エレンの誉め言葉に照れて赤くなっていた。

その様子に呆れながらもリリスは次の手を打った。

残っている10頭ほどのブラックウルフの前に土壁を再び造り、今度は飛び越えてくるタイミングを計りながら、硬化したアースランスを壁の全面で発動させた。飛び越えてくるブラックウルフが串刺しにされる。それを回避しようと身を捩る敵にはファイヤーボルトが待っている。

念には念を入れた布陣だ。

「さっきの罠のアースランスと違って殺傷力が高そう。」

串刺しにされたブラックウルフをニーナが唖然として見ていた。

「ニーナ。油断しちゃ駄目よ。まだ残っているからね。」

リリスの声にハッとしてニーナは全力でウォーターカッターを放った。広範囲に拡散された無数の水の刃が弾幕のようにブラックウルフに向かう。
近くまで駆け寄って来ていた数頭のブラックウルフは避けようもなく、それなりのダメージを負ってしまった。

後は動きの鈍った敵に止めを刺すだけだ。リリスのファイヤーボルトが情け容赦なく撃ち込まれ、瀕死の状態のブラックウルフの頭部をガイがハルバートで打ち砕く。

戦闘は程なく終わった。

「ご苦労様。みんな良い連係プレーだったね。今期の成績には全員高評価を付けてあげるからね。」

ロイドの労いにリリスも笑顔を見せた。

「さあ、これで今日は終わりだ。第5階層は封印されているからね。」

そう言えば第5階層は、タミアが恐怖で人を追い返す仕組みを用意していたわよね。

ロイドもトラウマになっているだろうと思うとリリスはつい頬が緩んだ。

だが帰り支度をしていると、リリスの肩に赤い衣装のピクシーが降りてきた。

(あら、もう帰っちゃうの? もう少し遊んでいきなさいよ。)

(今日はこれで充分よ。ニーナのスキルに合わせてダンジョンを組み替えてくれたことには感謝するわ。)

(それなら今度はリリスの土魔法の上達ぶりを見せてよ。チャーリーに底上げして貰ったんでしょ?)

うっ!
嫌な予感がする。

リリスの渋面を気にもせず、赤い衣装のピクシーが上空に飛び上がった。

その途端にリリス達の背後に大きな壁が出現して、上の階層への帰路を絶たれてしまった。
ロイドが慌てて転移魔法の魔道具を取り出して操作したが全く発動しない。

「閉じ困られてしまったぞ!」

ロイドの叫びにエレンやニーナも青ざめてしまった。このまま第5階層に進まなければならないのか?
そう思っていると階下への階段もいつも間にか消滅している。

程なくドドドドドッと地響きが伝わってきて、嫌でも不安が募ってくる。

(リリス。この前ユリアから分けて貰った魔物が居るのよ。動きの鈍い奴だからあんたなら楽勝だと思うけど、試しに殺ってみて。)

何処からともなく伝わってきたタミアからの念話に、リリスは気を引き締めて前方を見た。何かがゆっくりと近付いてくる。ドスンドスンと大きな足音を立てながら。だが土煙で良く見えない。

徐々に接近してくる敵の大きさに驚いてしまった。高さは10mもありそうだ。人型の巨人。よく見ると大きな目が一つ。

「サイクロプスだ! どうしてこんなものが此処に居るんだよ!」

ロイドが悲鳴に近い叫び声を上げた。

こんなの、楽勝じゃないわよ!

そう思った次の瞬間、解析スキルの叫びが聞こえた。

『魔装を発動してください! 精神攻撃が来ます!』

瞬時に魔装を非表示状態で発動すると、リリスの身体に狂乱の波動が伝わってきた。

拙いわね。

振り返るとすでにガイやエレンの表情がおかしい。即座にロイドが二人を眠らせてしまった。

「先生は大丈夫ですか?」

「僕も状態異常には耐性を持っているが、それでもこれはキツイね。」

耐えている表情がありありと分かる。
だがサイクロプスが大きな目を緑色に変化させると、今度は強烈な威圧と妖気が漂ってきた。
頭が痛い。吐き気がする。

ニーナが崩れるように倒れてしまった。更にロイドも耐え切れず、膝をついてしまった。

サイクロプスまでの距離は約30m。

ここで足止めしなくては危険だ。

リリスは魔力を集中させて二重構造のファイヤーボルトを造り上げ、サイクロプスの頭部から上体に向けて数本放った。投擲スキルで加速されたファイヤーボルトがキーンと金切り音をあげて敵に向かう。着弾と同時に燃え上がるファイヤーボルトに悲鳴を上げるサイクロプスだが、多少の火傷跡を残したまま、再度こちらに向かってきた。

効いていないの?

リリスは次に腐食性の毒を精製して、二重構造のファイヤーボルトに仕込み、再度サイクロプスに数本放った。着弾と共に毒がサイクロプスの身体に纏わりついて腐食していくはずなのだが、あまり効果が見られない。

『敵の魔法耐性や毒耐性が極めて高いようです!』

解析スキルの分析に焦るリリスの両脇に赤い熱線が放たれた。地面がグッと抉られて赤々と燃えている。サイクロプスの目から放たれたものだ。飛び道具まで持っているのか!

このままだと攻撃手段が無い。
焦りながらもリリスは対抗手段を思い巡らせた。

あれをやってみようかしら。
それしか無さそうよね。

リリスは意を決して魔力を身体中に巡らせた。魔力吸引を発動させ、更に魔力を纏っていく。

両手をかざしてリリスはサイクロプスの足元に液状化を発動させた。ごそっと魔力が消耗されていく。サイクロプスの足元に瞬時に直径10mほどの泥沼が出現した。当然サイクロプスの自重でその身体がずぶずぶとはまり込んでいく。10m以上の深さまで液状化が必要だ。

引き続き魔力を放って液状化を継続していく。だがサイクロプスも黙って埋まってはくれない。ウガアッと雄たけびを上げ、必死に抵抗し、その両手を液状化した泥沼の両端に掛けて抜け出そうとしている。

そうはさせないわよ!

リリスは魔力の消耗を気にも留めず、極太のファイヤーボルトを数本出現させ、サイクロプスの両手に向けて放った。着弾したファイヤーボルトに悲鳴を上げてサイクロプスが両手を泥沼の縁から離すと、その身体が再度ずぶずぶと埋まっていく。もがけばもがくほど身体が埋まっていくので、サイクロプスに逃げ道は無い。その巨体の自重が逆に足かせになっているからだ。

窒息状態で苦しむサイクロプスが泥の上に手を突き出しているのを見て、リリスは即座にその泥沼の縁に駆け寄った。

リリスの魔力量も残りあと20%ほどだ。レベル15の液状化は相当な魔力を消耗する。この状態では追い打ちを掛けられない。

リリスは泥沼の縁で魔力誘導を発動し、魔力の触手を泥の中から突き出しているサイクロプスの手に撃ち込んだ。ここで魔力吸引をパッシブからアクティブに切り替えて、サイクロプスの魔力をグッと吸い上げると、魔物の魔力がごそっと入ってきた。
だがその魔力の質が悪い。
邪悪な要素で塗り固められたような魔力で、頭痛や吐き気に襲われて、リリスは魔力を吸引しながらも同時に自分自身にヒールを掛け続けたほどだ。

それでも魔力量が60%ほどまで回復したリリスは、魔力の触手を解除し、液状化した泥沼に向けて全力で硬化を発動させた。
泥沼の表面が瞬時にコンクリートのように硬化されていく。だが表面だけでは不足だ。
継続して硬化を発動する事約2分。リリスの魔力量は30%ほどになってしまったが、これで液状化した泥沼の表面から深さ1m以上までは完全に硬化されたはずだ。

試しに探知してみると、泥沼の底付近にまだ生命反応がある。しぶとい奴だ。だが次第にその反応も弱くなり、程なく消え去ってしまった。

勝った!

勝利の確信と共にリリスの身体に疲労がドッとのしかかり、脂汗がだらだらと流れ出した。その場に膝をつきハアハアと肩で息をするリリスに勝者の余裕など全くない。
振り返るとロイドもニーナも意識を失って倒れていた。

(やだあ~。サイクロプスが泥漬けの標本にされちゃったわ。)

(タミア。あんた、覚えていなさいよ。こんなものを出してくるなんて。)

(でも勝ったじゃないの。褒めてあげるわよ。サイクロプス攻略の最年少記録かもね。)

(馬鹿な事を言わないで! これって普段は何処に居るのよ? サイクロプスなんて今まで遭遇した事も無かったわ。)

(ええっと。ユリアの話だと、ドメルのダンジョンの30階層のボスだって・・・・・)

そんなものを持ってくるなんて・・・・・。呆れて物も言えないわ。

脂汗を拭いながらリリスはふらつく身体にヒールを掛け、ようやくその場で立ち上がった。

(でもこれってどうするのよ? サイクロプスが出現したなんて報告されたら、もう誰もこのダンジョンに来なくなちゃうわ。学院でも使わなくなっちゃうし、暇つぶしにならなくなるわよ。)

(それは困るわね。それじゃあ、リリス以外の参加者の記憶を操作するわ。小型のベヒモスが現れてリリスが退治したって事にしておきましょう。)

気楽なものよね。やる事が適当なんだから。

呆れるリリスの傍に赤い衣装を着たタミアが現われた。リリスに向かってニヤッと笑い、パチンと指を鳴らすと、周囲が濛々とした煙に覆われてしまった。
その煙が晴れるとそこにはロイドやニーナが立っていた。

「まさかベヒモスが現れるとはねえ。でも小型だったからリリス君の敵ではなかったようだね。」

ロイドの言葉にえっと驚くリリスだが、

(ほらほら、話を合わせなさいよ。)

タミアの念話でリリスはハッと気が付いた。

そう言う事なのね。そう言う事になっているのね。

状況を理解してリリスは愛想笑いを浮かべた。

「さあ、帰りましょう。先生、今日のニーナは合格点よね?」

「勿論だよ。」

ロイドはそう答えて転移の魔道具を発動させた。転移間際に念話がリリスに届いた。

(また遊びに来てね。)

返答する気にもならずリリスはニーナ達とシトのダンジョンを離れていった。






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