落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

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使い魔達の喧騒1

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儀式の翌日。

リリスは魔法学院での学生生活に戻っていた。担任のロイド先生には一連の儀式について簡単に報告をしたが、学院側からは正式に報告書の提出を求められているらしい。授業を休んで他国に行ったのだから、当然と言えば当然の事なのだろう。だがそれに関して王宮から役人が来て面談を行うと聞き、リリスは少し憂鬱になった。

「リリス君。そんなに心配しなくても良いよ。ミラ王国は君のような小さな外交官の功績を、無駄にするような懐の狭い国じゃないからね。」

そうですかと言いながら、リリスは少し安心した。ドルキアに密入国したように思われるのではと案じていたからだ。実際にはフィリップ王子の計らいで、隣国の王族からの招待と言う形になっていた事を、リリスはその時点で知らなかった。

その日の授業を受け、溜まっている生徒会の仕事をこなす多忙な一日を終えて、リリスは日が傾き始めた頃に学生寮に戻った。サラはまだ退院していない。あと数日は入院しているそうだ。

意外と長引くわねえ。

サラの病状を案じながら、また今日も一人かと思いつつ自室のドアの前に立ち、リリスはドア越しに異様な気配を感じた。部屋の中に誰か居る。しかも複数の気配だ。何者だろうか?
警戒しながらリリスはゆっくりとドアを開いた。

「「「おかえり、リリス!」」」

同時に3人の声が聞こえてきた。だが人影は無い。部屋の中に進むとソファに物影が見える。

近付くとそこに居たのはフィリップ王子の使い魔の小人、そしてその両側に可愛いピクシーが寄り添って腕を組んでいた。

これってどう言う状況なの?

「殿下。使い魔でのハーレムですか? いや、違うわね。使い魔でもハーレムですか?」

リリスの言葉に小人の両側のピクシーはキャキャキャッと笑った。

「リリス。この状況がそんな優雅な物に見えるのか?」

「違うんですか?」

「実際には両側からがっちりと拘束されて、脱出の為の召喚の解除すら停止させられているんだけどね。」

小人の言葉を聞いて良く見ると、確かに両側のピクシーから半透明の魔力の触手が幾本も、小人の身体に撃ち込まれ、さらに身体を突き抜けて絡み合っているのが分かった。確かに拘束状態のようだ。使い魔の状態では魔力の触手を認識できないのだろう。

「それに、このピクシー達は君の知り合いだよ。」

えっと驚いてリリスが見つめると、ピクシー達は恥ずかしそうに身体をくねくねと動かし始めた。だがそのピクシーから伝わってくる気配でリリスは納得した。

このピクシー達はユリアとタミアの使い魔だ。だが何故使い魔で出現したのだろうか?

疑問を抱きつつ、リリスはピクシー達に話し掛けた。

「ブルーの衣装のピクシーはユリア、赤い衣装のピクシーはタミアの使い魔なのね。でもどうして使い魔で現れたの? あんた達なら元の姿で何処でも潜入するでしょうに。」

リリスの言葉に赤い衣装のピクシーが顔をあげて答えた。

「試しに使い魔を使ってみたかったのよ。」

それだけの事なの?

「それは良いとして、何故ここに3人も居るのよ。」

リリスの問い掛けに小人が我先に口を開いた。

「僕はリリスに宝玉の件でお礼を言いに来ただけだよ。」

小人の言葉を聞いてピクシーが小人の身体ににじり寄った。

「あらっ。そんな事で女の子の部屋に侵入するの?」

「私ったらこんな小物の一族に加護を与えちゃったのかしらねえ。」

酷い言い草だ。

「ユリア、タミア、二人共、その小人の召喚主が誰だか分かっているの?」

「ドルキアの王子でしょ?」

「それにあんたの彼氏じゃないの?」

「彼氏じゃありません!」

「あらっ! 彼氏じゃないって言われちゃったわよ。あんたどうするの?」

それぞれが口を開いてまとまりがない。

「とりあえず時系列に従って説明してよ。」

リリスの言葉にまずピクシー達が身を乗り出した。

「私達はリリスに用事があって此処に来たのよ。留守だから少し待っていると小人が侵入してきたから、両側から捕まえて尋問していたのよ。」

「尋問?」

「そう、尋問よ。ここに来た要件とか、リリスとの関係とか、どこまで付き合っているのかとか・・・」

どうしても恋愛沙汰にしようと思っているのかしらね。

「殿下。ちなみに両側のピクシーの召喚主が誰か、分かっているのですか?」

小人の顔に疲労が見える。かなり強く拘束されているのだろう。

「片方はユリアだと分かったよ。昨日の儀式の事を口にしていたからね。でももう片方は・・・」

「その赤い衣装のピクシーは火の亜神が召喚したものですよ。タミアと名乗っていますが、ユリアと同じように亜神のかけらだそうです。」

えっと驚いて小人は両側を見た。

「僕はそんなに稀有な体験をしているのかね。火の亜神と水の亜神に両側から締め付けられているなんて・・・」

「締め付けられているって人聞きが悪いわね。お仕置きして良いかしら?」

そう言いながら赤い衣装のピクシーがその指先に炎を出現させた。小さな炎だがゴウッと大きな音をあげている。小人の顔にも緊張が走ったのは言うまでもない。それを見てブルーの衣装のピクシーがやれやれと言いながら息を吹きかけた。その瞬間に炎は消えてしまった。

「こんなところで大惨事を起こすつもりなの?」

「ポーズよ、ポーズ。少し脅かそうとしただけだから。」

軽いノリでピクシー同士が良い合って居た。だが王族に失礼な事をさせておくわけにもいかない。

「タミア。殿下は大事な人だからね。無茶な事はしないで。」

「リリスが大事な人だって言ってくれたわよ。あんた、どうするのよ。」

タミアの勘違いは天然なのか、わざとなのか良く分からない。

「大事な人と言うのは私にとってではなく、ドルキア王国にとって大事な人と言う意味ですからね。」

「そうなの? なあんだ、つまらないわねえ。」

赤い衣装のピクシーはそう言うと、小人の腕をがっちりと締め上げた。

「ところで、私達に挟まれて居る事をあんたはどう思っているの?」

小人の顔が引きつって見える。

「恐怖、いや、ありがたい事ですね。火と水の亜神に囲まれるなんて・・・」

赤い衣装のピクシーがふうんと言いながら、挑発的な表情で小人を見つめた。

「再降臨した私の本体に出会ってなくて良かったわね。その時には国ごと一瞬で消し炭になっていたかも。」

「あんたならやりかねないわね。」

ブルーの衣装のピクシーの言葉を聞いて、小人がうんざりとした口調で尋ねた。

「あなた達には良心と言うものがあるのですか?」

おおっ。
勇気ある発言だわ。
よくそんな事を言えたわね。

リリスの感心を他所に、ブルーの衣装のピクシーがしらっと答えた。

「良心と言っても私達とは基準が異なるのよね。私達に人族の良心の基準を当てはめるのは無理よ。業火による破壊と再生。それは私達亜神に課せられた宿命だもの。」

「でも地上を焼き尽くしたら生命が再生出来ないじゃないですか?」

「だから火の亜神の暴走に私、水の亜神が歯止めをかけるのよ。」

「火に水を掛けるのですか?」

「いいえ。燃えるものが無いように、この星を丸ごと凍らしちゃうのよ。そうするとこいつも冷静に戻るからね。」

そう言いながらブルーの衣装のピクシーが赤い衣装のピクシーを指差した。赤い衣装のピクシーはてへへと苦笑いした。若干気まずそうな表情だ。

「でも星を丸ごと凍らしちゃったら、それこそ生命が根絶されてしまうと思うのですが・・・」

「うんうん。そうなのよ。だから少し加減するのよね。全地表をマイナス20度程度に保つのよ。そうするとゴキブリみたいに生命力のある奴が多少なりとも生き抜くのよ。そこからまた再生するのよね。」

冷静に聞けばとんでもない話だ。リリスも呆れて言葉が出ない。それでも小人は尋ね続けた。

「それが宿命だとしたら、何が目的なのでしょうか?」

小人の言葉にブルーの衣装のピクシーが笑顔を向けた。

「人族の観点から考えたら答えは出てこないわよ。例えばこの星そのものが生き物だと考えてみて。そうすると地表に住む生命は、人族だろうが魔物だろうが皮膚のようなものよ。痛んだ皮膚が剥がれ落ちるように消え去り火で消毒するイメージかしらね。火で炙り過ぎないように水をかける。その繰り返しなのかも知れないわね。」

「勿論これは単純な例えよ。実際には私達にも分からないこの世界の道理と法則があるのだから。この世界が成立する為の定義と言っても良いかしらね。」

難解な話になって小人も黙ってしまった。だが気持ちを切り替えたようで、

「いずれにしても数千年後の事ですよね。僕は今を生き抜くのに精一杯ですから。」

「そうね。せいぜい頑張りなさい。私の宝玉も復活させてあげたのだから。」

そう言うとピクシー達は小人を解放して、部屋から立ち去ろうとした。

「ちょっと待ってよ、二人共。私に用事があったんじゃないの?」

リリスの問い掛けにブルーの衣装のピクシーが笑った。

「その件ならもう済んだわ。ダンジョンの形態をどうしようかと迷っていたのよ。でもその小人を拘束した時に、召喚主の脳内まで探索したのよね。そこからヒントを幾つか掴めたからそれで充分よ。」

あらあら。
殿下の脳内まで弄ったのね。
それは災難だったでしょう。

消え去っていくピクシー達を見送り、小人はほっと安堵のため息をついた。

「リリス。君の知り合いはとんでもない奴ばかりだな。」

「殿下。奴なんて言っちゃ駄目ですよ。仮にもドルキア王国の現王家に正当性を保証してくれたのですから。」

「それは水の亜神だろ? 火の亜神の仕打ちが酷いじゃないか。使い魔を完全に拘束して、僕の脳までも弄り回したんだよ。その際に僕の周囲のロイヤルガード達を瀕死の状態にまで追い込んで・・・」

邪魔だったのね。
タミアのやりそうな事だわ。

「まあ、殿下の身の安全が保たれれば良いとしましょうよ。」

そう言いながらリリスは小人の肩をポンポンと軽く叩いた。

「13歳の少女に慰められるとはね・・・。君を見ていると、大人の女性が子供の振りをしているように感じる時があるんだよ。」

ギクッと驚くリリスだが、その様子を表には出さない。

「それはお褒めの言葉として受け止めておきますね。」

リリスがそう答えると小人はゆっくりとソファの上に立ち上がった。

「疲れたからもう帰るよ。」

「君のお陰で我が王家も安泰だ。今回の宝玉の件では後日謝礼に来るからね。」

そう言って小人は消え去って行った。
使い魔達の喧騒に疲れたのはリリスも同じだ。深くため息をついてリリスは明日の授業の準備を始めた。














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