39 / 314
召喚の闇2
しおりを挟む見知らぬ一人の勇者の映像がリリスの目の前に広がっていく・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・
ドルキア帝国の荒野で、勇者レッドは幾度となく魔人達と戦ってきた。激しい魔法攻撃にも耐え、レッド自身の持つスキルを駆使して魔人達を圧倒的に駆逐していく。それはチートと分類するしかないスキルばかりだ。亜空間シールドであらゆる攻撃を躱し、超高温の火球を放ち、効果範囲の空間そのものを凍結させる。それに加えて極限まで強化された身体能力で魔剣を振り回す。
魔人と言えども抵抗の余地すらない。完全にレッドの勝利である。だがその超越したスキルの故にその反動も激しく、戦闘後のレッドの身体の至る所を蝕んでしまう。
それは呪いとも言える仕様のスキルだ。使えば使うほどに威力も増すが、それと同時に生命力を削っていくように仕組まれていた。それはどこまでも召喚した為政者の仕業である。
為政者にとってもあまりに超越したスキルの持ち主を野放しにするのは危険極まりない。それ故にスキルにそのような制限を掛けて術式を組み召喚する。
つまりは使い捨ての勇者なのだ。
召喚された当初のドルキア帝国からのミッションはすでに達成された。だが時の為政者はそれだけでは満足しない。自国の領土拡張の為に戦争へと駆り出されてしまう。戦闘の度に勝利の凱旋をしても心から喜べない。命を奪ってしまった他国の軍人達にも家族があるからだ。
苦悩に満ちた勇者は国を離れ、隠遁生活を目論む。だがそれでも時の為政者は彼の力を求めようとする。強烈なスキルの反動で蝕まれた身体を酷使して戦闘に向かい、ついに力尽きる時が来てしまった。まだ40代半ばだと言うのに。
力を増した魔人達との戦いや他国の軍勢との戦いの中、力を出し尽くした勇者はついに膝をつき、終焉の時を迎えようとしている。勇者の脳裏に過去の記憶が走馬灯のように蘇ってきた。それはこの世界での記憶のみならず、召喚される前の元の世界での家族や友人達と心を交えた記憶も含めて。
召喚と言う出来事で突然切り離された家族や友人への思いが蘇ってくる。自分では忘れていた、否、忘れようと努めていた記憶だ。
俺の心を理解してくれる者はこの世界には居ないのか?
そんな思いが勇者の心に湧き上がる。
(さあ、今だ。朽ち果てようとしているその勇者に寄り添ってやってくれ。彼の心を解放してやってくれ。)
その声が聞こえてくると同時に、今まで遠くから俯瞰していたリリスの身体が瞬時に勇者レッドに傍に寄り添い、勇者の上半身を起こしていた。
でも、何をすれば良いの?
何と言って声を掛ければ良いの?
何も話せない。
それでもこの勇者に寄り添ってあげようと思いがリリスの心に湧き上がってくる。
いたわり、慰め、癒してあげたい。
その心の痛み苦しみを理解してあげたい。
そんな思いで勇者の顔を見つめていた。
・・・・・どこかで見たような眼差しだわ。
しばらく見つめ合ううちに、勇者の心がリリスの心とリンクして、リリスの耳に思いもよらなかった勇者の声が聞こえてきた。
「・・・・・こんなところに・・・」
えっ?
「紗季、こんなところに居たのか。」
ええっ?
その言葉を聞いた途端にリリスの頭に突然稲妻が走る様に、過去の記憶が蘇ってきた。
そうだった!
私は紗季と言う名前だったわ。
すでに忘れてしまっていた元の世界での名前を思い出し、茫然とするリリスの脳と勇者の脳が同調し始めた。
リリスの目の前に過去の自分の姿が映像化されている。
だが間違いなくこれは勇者の記憶だ。
それなのにどうして私が居るの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
リリス、否、紗季は小学校の校門でランドセルを背負い、幼馴染でクラスメイトの亮一を待っていた。放課後の校庭を眺めると、傾き始めた太陽の光が校舎の壁を優しく照らしている。風に舞う土埃。校庭でサッカーに興じる児童達の喧騒。そのすべてが夕日に包まれている。
その夕日の向こうから手を振って駆けて来たのが亮一だった。5年生の時に一緒に家まで帰る約束をしてもう1年が経つ。卒業までもう半年ほどだ。
ごめん。待たせちゃったね。
そんな言葉をはにかみながら紗季に告げると、二人で仲良く家路につく。夕日に包まれた商店街。買い物に動き回る主婦の姿を眺めながら、クレープの移動販売車に立ち寄り、買い食いをして帰る。
帰り道に買い食いしちゃ駄目だって、先生から言われていたよね。
そんな事も分かっていて、それでも買い食いしてしまう自分達をいたずらっぽく責める。それが日常だった。淡い恋だったかもしれない。
初恋?
そうだったかも知れない。
家に帰って家族と団欒の時を過ごす。それもまた日常だ。亮一君とは仲良くやっているの? そんな事も話題に上ってくる。
二人共小学校を卒業し、同じ校区の中学校に進学した。そしてまた再び二人で家路につく日常が始まる。
紗季もそう思っていた。だが中学校の入学式を待たずして、亮一が行方不明になってしまった。
塾の帰りに。乗っていた自転車は見つかったのだが傷も無く、事故に巻き込まれた風でも無い。
失踪や家出ではない筈だ。思い当たるような動機が無いのだから。
当然亮一の両親も半狂乱になって探し回った。新聞やテレビにも取り上げられたが、一向に解決の糸口が見当たらない。
1年が経ち、2年が経ち、数年が過ぎてしまった。
憔悴した亮一の両親を見るたびに、紗季も心が締め付けられた。
何処に行ってしまったの?
我知らずそう口走った事が何十回、何百回あっただろうか。
その記憶から引き戻されたリリスは勇者の顔をまじまじと見つめた。
・・・・・面影がある。
40代半ばの大人ではあるが、確かに亮一の面影がある。
「・・・・・亮一なの?」
その言葉に勇者は無言でうなづいた。
「どこかに行ってしまったと思っていたら、こんなところに来ていたのね。」
しかもドルキア帝国の勇者って・・・・・今から数百年も前の事よね。
時系列すら狂ってしまっている。
どうしてこんな事に・・・・・。
リリスは勇者の身に着けている赤いスカーフが気に成った。
「どうしてレッドと名乗っていたの?」
「それは・・・・・俺が子供の頃に戦隊ヒーローに憧れていたのを覚えているかい?」
ああ、そうだったわ。
亮一は戦隊ヒーローが好きなんだったわ。
それでレッド・・・・・要するに赤●ンジャーなのね。
「それにしてもこの異世界で一人で良く頑張ったわね。」
勇者レッドはゲホッと血を吐き、苦しそうな表情を見せた。
ヒールを掛けてあげたい。でもこれは映像の世界でしかないのだ。そう分かっていながらもその臨場感に心が揺さぶられる。
「・・・それは勿論心細かったし悲しかったよ。でも俺って・・・俺って戦隊ヒーローが好きだったからな。この世界に来た時点でチートスキルを手に入れて、それだけで舞い上がっちゃったんだよ。」
「その能力とスキルで魔人や魔物を駆逐して、勇者として讃えられていた頃が懐かしい・・・。でもいつの頃からか戦争に駆り出されるようになったんだ。敵兵とは言え大勢の人間を殺戮してしまった・・・・・」
虚ろになってきた勇者の瞳をリリスはしっかりと見つめた。
「それでもあんたは使命感に生きて来たんでしょ? 誇りを持てば良いと思うわ。」
「・・・そう言って貰えると・・・救われる気がするよ。」
リリスはいたたまれなく成ってしまい、思わず当てのない言葉を口にした。
「亮一、一緒に帰ろうよ。」
「・・・ああ、そうだな。お前のところに帰るよ。」
その言葉を言い終えると共に、勇者レッドの身体は光の粒となって上空に舞い上がり、そのまま消えていった。
リリスの目に涙があふれる。あまりにも理不尽だ。そう思いながらも手助けをしてあげられない自分が情けない。せめて自分と同じ時代に召喚されていれば状況も変わっていただろうに・・・。
様々な思いがリリスの心に生じては消えていく。そのたびごとにリリスは嗚咽して泣き腫らした。
暫くして闇の奥から声が聞こえてきた。
(怨嗟や苦悩の波動がかなり薄くなったようだ。お前に託して良かった。恩に着るぞ。)
闇のドームが消えていく。それと共にリリスの意識も遠のいていった。
30
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした
月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。
それから程なくして――――
お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。
「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」
にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。
「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」
そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・
頭の中を、凄まじい情報が巡った。
これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね?
ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。
だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。
ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。
ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」
そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。
フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ!
うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって?
そんなの知らん。
設定はふわっと。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
【本編完結】実の家族よりも、そんなに従姉妹(いとこ)が可愛いですか?
のんのこ
恋愛
侯爵令嬢セイラは、両親を亡くした従姉妹(いとこ)であるミレイユと暮らしている。
両親や兄はミレイユばかりを溺愛し、実の家族であるセイラのことは意にも介さない。
そんなセイラを救ってくれたのは兄の友人でもある公爵令息キースだった…
本垢執筆のためのリハビリ作品です(;;)
本垢では『婚約者が同僚の女騎士に〜』とか、『兄が私を愛していると〜』とか、『最愛の勇者が〜』とか書いてます。
ちょっとタイトル曖昧で間違ってるかも?
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
アリシアの恋は終わったのです。
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる