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薬草採取1
しおりを挟む生徒会での顔合わせから数日後。
その週の授業の最終日にリリスはケイトから、ダンジョンへ薬草採取に行く為のオファーを正式に受けた。
明日の休日にケイトに同行して欲しいと言うものだ。
休日が潰れてしまうのは心苦しい。だがケフラのダンジョンに対する関心は無性に高まる。
どのみち第5階層までだ。ピクニックだと思えば良い。
そんな気持ちでリリスはケイトに同行した。
学舎の教職員のフロアの奥にある部屋のポータルから二つの中継箇所を経て、ケイトとリリスはケフラの街の外れにある公園に転移した。そこから歩いてダンジョンに向かう。ダンジョンを中心に発達したケフラの街は、雑然としているが活気のある街だ。
埃っぽい街路を歩く様々な種族。忙しそうに街を行き交う商人や武具を装備してダンジョンに向かう冒険者達。更にその多くの人々の為に軒を連ねる飲食店や雑貨店や武具店等が目に入る。
人々の会話と雑踏、それに加えて冒険者達の武器や防具のカチャカチャと鳴る金属音。客を呼び込む商人の掛け声。
賑やかで熱気に溢れた街であり、リリスはこの街に瞬時に魅入られてしまった。
「リリスさん。ケフラに来るのは初めて?」
「はい。思っていた以上に面白そうな街ですね。」
そう言って街路を見回すと、屋台の串焼きの匂いがリリスの鼻をくすぐった。その周りを走り回る子供達の嬌声が聞こえてくる。
「そうね。猥雑で迷路のような街だけど、意外に治安は良いのよ。」
治安が良いと言う言葉にリリスは驚かされた。
「軍から委託された自警団が居るので、表立った事件はほとんど無いわ。むしろダンジョンの中の方が危険かも知れないわね。」
「ダンジョンの中ですか?」
「そう。初級の冒険者を狙う冒険者崩れの暴漢がたまに居るのよ。」
ああ。ルーキー狩りってやつね。
「まあ、そんなのが出てきたら氷漬けにしちゃうけどね。」
見た目が如何にも弱そうなケイトから思い掛けない言葉が返ってきた。水魔法に余程自信があるのだろう。
「それにしてもダンジョンで薬草採取するとは思いませんでした。」
「そうね。普通に考えれば野山に採取に行くわよね。でもケフラのダンジョンの浅い階層には、様々な種類の薬草が豊富に群生しているの。確認されているだけでも20種類以上ある。だから私のような研究者にとっては、ダンジョンで採取する方が効率が良いのよ。」
なるほど、そう言う事なのね。
「それにダンジョンで採取された薬草は魔素を豊富に含んでいて、地上で植え替えても生育が良いのよ。せっかくリリスさんが畑を耕してくれたのだから、しっかりと植え付けて育てないと申し訳ないわよねえ。」
そう言って貰えると、土魔法の使い手としても嬉しくなってくる。
リリスはケイトの言葉にうんうんとうなづきながら、上機嫌でダンジョンの入り口に向かった。
大きな岩山の洞窟の中にダンジョンの入り口があり、その周囲には警備の兵士が常駐している。ケイトが学院から発行して貰った許可証を見せて中に入ると、通路の先に苔むした石の階段がありそれを降りると第1階層だ。
ちなみに一般の冒険者はギルドカードを提示して入る事になっている。
階段を降りるとそこは・・・・・・・森だった。
生い茂った木々の間に小径が続いている。まるでこれが順路だとダンジョンが示しているようだ。
「森ですね。」
「そう。森なのよ。」
洞窟の中なのに空があって森がある。森の中を風が吹き、小鳥のさえずりすら聞こえてくる。不思議な世界だと思いながらリリスはケイトの後ろを歩いた。
ケイトが手に持っているのは学院から持ち出してきたこのダンジョンのマップで、しきりに確認しながら奥へと進んでいく。
しばらく歩くとリリスの探知スキルに反応があった。生い茂った木々の間に複数の魔物が潜んでいるようだ。ケイトもそれを探知したようで、その方向を見ながら気を引き締めて身構えた。
「この第1階層で現れる魔物はゴブリン3匹だけよ。そろそろお出ましかしらね。」
ギギギギギッと気味の悪い声をあげて3匹のゴブリンが木の間から現われた。棍棒を持ちぼろ布を纏ったゴブリンの悪臭が鼻を突く。
リリスがファイヤーボルトを放とうとした矢先に、ケイトが水魔法で10本のアイスニードルを一気に放ち、3匹のゴブリンに全て命中した。
あらっ、先生ったら瞬殺しちゃったわ。
リリスの出番が全く無い。癒し系のほっこりとした見た目とは裏腹に、ケイトが魔物の駆除に全く躊躇が無いのも意外だ。アイスニードルを喰らったゴブリンはその氷結効果もあってあまり出血していないが、確実に首や心臓を撃ち抜かれている。
「見事ですね。」
「この程度の相手ならね。それにここで時間をつぶしている訳にはいかないのよ。先を急ぐわね。」
そう言ってマップを再度確認し先に進もうとするケイトの後姿を見ながら、リリスはその場で1分ほど待って、ゴブリンの死骸が消えていくのを待った。どうやらケイトは薬草の採取しか頭にないようだ。すでに10mほど先に進んで立ち止まっている。リリスの目の前でゴブリン達の死骸が霧のように消えていった。
お役目、ご苦労様。
消えていったゴブリンの死骸のあった場所を見つめ、心の中で手を合わせて弔いの思いを捧げたリリスである。
後に残されたドロップアイテムである小さな魔石を3個回収して、リリスは急ぎ足でケイトの後を追った。
木々の中に続く小径を歩く事約10分。
ケイトとリリスは少し開けた場所に辿り着いた。その先に地下への階段が見えている。第2階層への階段だ。
「第3階層まではほとんど同じパターンよ。出てくる魔物もゴブリン3匹だけ。但し、ゴブリンの持つ武器が若干変わってくるのよね。」
ケイトの説明にふうんと生返事をしながらリリスは階下に降りた。
確かにまた目の前に森が広がっている。木々の間に小径も見える。
結局、第3階層まではケイトの言う通り、ほとんど同じパターンだった。違う所があると言えばゴブリンが錆び付いた短剣やまともに矢を飛ばせない弓を持っていた程度だ。
それすらお構いなしにケイトがアイスニードルで瞬殺してしまった。
だが第4階層になって少し様相が変わった。
「この第4階層は蜘蛛が出てくるのよ。」
「蜘蛛ですか。もしかして毒蜘蛛?」
「弱毒性だからそれほどに危険じゃないわ。牙で刺されたら神経毒に侵されてしまうんだけど、少しの間軽く麻痺する程度よ。毒耐性があればほとんど影響は無いわね。」
そうなのか。それなら大丈夫だと一安心して、リリスはケイトの後ろについて小径を歩いた。数分歩いてケイトが立ち止まると、木々の間から赤く光る眼がこちらを見ているのが分かった。
ザザザザザッと木々が掻き分けられて出現したのは、胴体が1mほどの緑色の蜘蛛。これが胴体だけで3mほどもあればジャイアントスパイダーと呼ぶのだが、それほどの大きさではない。手足を入れて体長2mを超える程度だ。
前に出てきた途端に蜘蛛は毒液を吐きかけてきた。ケイトは瞬時に直径1mほどの氷の盾を目の前に出現させて蜘蛛の毒液を防ぎ、お返しとばかりにアイスニードルを数本放った。ブスッブスッと氷の針が蜘蛛の胴体に突き刺さり、吹き出た蜘蛛の体液が氷結効果で固まっていく。
グギッと悲鳴を上げて引っくり返り、蜘蛛はあえなく絶命してしまった。
死骸が消えた後に残された魔石は・・・・・ゴブリンのものとほとんど変わらなかった。
初級冒険者向きの階層だから、所詮こんなものよね。
蜘蛛の残した魔石を回収しながら、リリスは少し落胆したのだが、気を取り直してケイトの後を追った。
「ケイト先生。蜘蛛は1匹だけですか?」
「いえ。もう1匹出てくるわよ。階下への階段の傍に居るはず。」
へえ。
それってまるで中ボスの扱いじゃないの。
そう思って少しワクワクしたリリスだったが、結局出てきた蜘蛛は先程森の中で遭遇したものとほとんど同じだった。
ケイトのアイスニードルに瞬殺されて、あっさりと絶命してしまった。
「ケイト先生、私の出番が無いんですけど・・・・・」
「あらっ! 次の第5階層では活躍してもらうわよ。魔物は出ないので、土魔法で存分に活躍してもらうわね。」
う~ん。
また農作業かしら?
仕方が無いと思ってケイトの顔を見ると、ケイトは含み笑いをしていた。
「リリスさん。あなたとはパーティを組んでいるので、ここまででもそれなりに経験値は貯まっているはずよ。その実感は無い?」
そう言われれば・・・・・。
リリスはステータスの変化を何気なく感じていた。だが大きくレベルが上がるほどのものではない。
「後で確かめてみれば良いわよ。」
そう言ってケイトは階下への階段を下りて行った。
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