15 / 317
土魔法の効用
しおりを挟むある日の正午、リリスは昼食を早めに済ませた。ロイドに呼び出されていたからだ。
学生食堂から教職員の部屋のある5階に上がり、ロイドの部屋の扉をノックして中に入ると、ロイドの傍に白衣の女性の教師が立っていた。薬師でポーションの作成などの講座を担当しているケイトだ。
小柄で如何にも薬学に詳しそうな雰囲気の女性で、彼女の授業は興味をそそられる実験や実習も多く生徒達にも評判が良い。
「呼び出して悪かったね、リリス君。実はここに居るケイト先生から懇願されてねえ。」
そう言いながら目配せするロイドの表情を見ながら、申し訳なさそうにケイトはリリスに軽く頭を下げた。
「ごめんなさいね、リリスさん。あなたに手伝って欲しい事があるのよ。」
「私にですか?」
「そうなのよ。この学院の生徒でも土魔法の使い手が少なくてね。」
ケイトに詳しく聞くと、手伝うのは薬草の畑の耕作と手入れだった。
要するに農作業をしてくれって事ね。
まあ、先生からの依頼なら止むを得ないわねえ。
顏ではにこやかに、心の中では渋々、リリスはケイトの依頼を受けた。
魔法学院の昼の休憩時間は1時間半あり、その後の講座は教師の急用で自習となっている。昼食を早めに済ませたので2時間以上の空き時間は確保されているが、2時間はその作業に費やして欲しいそうだ。
ケイトに付き従って学舎の外に出て、敷地の外れの薬草園に向かって歩く事約10分。そこに広がるのは見渡す限りの畑だ。それも薬草の収穫を終えた後しばらく放置されていた耕作地で、土が荒れているのがリリスにも分かる。
「ここを全て人力で耕すのは大変なのよね。」
確かに言われてみればそうだろうなと納得出来る。土魔法で耕すのが最も効率的だろう。
そう思ったリリスにケイトは詳細を説明し始めた。
「薬草の種類に合わせて植え付ける畝の高さや幅を変えなければならないの。土質も混入する肥料も薬草ごとに違うから、私が細かく指示するわね。」
「薬草って何種類植え付けるのですか?」
「今回は15種類よ。」
ケイトの言葉にリリスはうっと言葉を詰まらせた。
正直言って面倒臭い!
でも引き受けちゃったから、今更後戻り出来ないわね。
リリスはケイトの指示に従って渋々作業を始めた。土魔法を使って広い畑の一面ずつ、土を耕し指定された肥料を混ぜながら畝を整えていく。畝を造るのは以前からやっていた土魔法の訓練そのものだ。整備された畑にはケイトが水魔法で水を撒いて土に馴染ませていく。その後の植え付けはさすがに手作業だが、その前段階までがリリスの担当する事になる。
土魔法を駆使する事約2時間。それなりに魔力を消費したにもかかわらず、リリスの身体に疲労感は無い。それはパッシブスキルの魔力吸引が機能していたからだ。消費した魔力が時間差で徐々に充填されていく。その感覚が実に心地良い。まるでマナポーションを飲み続けているような感覚だ。
思っていたより役に立つスキルね。
リリスは魔物から得たスキルに満足していた。その様子はケイトの目にも驚愕だった。
「リリスさんって魔力量に底が無いのね。信じられないわ。念のためにマナポーションを研究室から10本も持ち出して来ていたのよ。」
ケイトの言葉にリリスはえへへと苦笑するしかなかった。作業時間の最後に耕作地の外れの荒れ地を整地する作業もあり、リリスは良い機会だと思ってここで加圧を試してみた。荒れた土地の一点を見据えて加圧を発動させると、その視線の先にうっすらと直径3mほどの魔方陣が浮かび上がった。その魔方陣から地面に圧力が掛けられて、地面の凸凹がきれいに整地されていく。更に魔力を注ぐと、グッと地面が押されて少し沈下してしまった。
でも不思議ね。空間魔法じゃないから重力の加減ではないはず。土魔法だから地面にのみ圧が掛かるのでしょうね。
意外な効果に驚きつつも、活用方法をあまり思いつかないスキルだ。
依頼された作業を終えて報告の為にロイドの部屋に戻ると、リリスはロイドから思っても居なかった事を告げられた。
「リリス君。明日のダンジョンチャレンジに君も加わってもらうからね。」
「明日って、最終組でしたよね。それでどうして私が?」
訝し気に尋ねるリリスにロイドはニヤリと笑った。
「だって考えてごらんよ。僕のクラスの生徒は20人だ。3人一組のパーティを組めば、最後は2人しか残らない。どうしても一人足りないんだよ。」
「それなら先生が組めば良いじゃないですか。」
「僕は教師で監督係だからね。生徒とパーティは組めない事になっている。経験値の入り方も大きく違ってしまうんだよ。」
随分勝手な話だと思いつつも、リリスは渋々了承した。最後の二人が二人共に気弱で魔法やスキルも冴えない少女で、リリスなりに同情した事も有る。かつて土魔法だけで頑張ろうとしていた、才能に乏しい少女であった過去の自分の境遇と重ね合わせて考えたのかも知れない。
その日の夜、学生寮の部屋でサラにその事を話すと、サラは首をかしげてう~んと考え込んだ。
「最後の組ってエレンとニーナだったわね。確かに二人共、魔物を狩るようなタイプじゃないわねえ。大人しい子達だもの。でもリリスと組ませるのは、リリスがクラス委員で、クラスの生徒達の面倒を見る立場だからと言う事がメインじゃないと思うわ。多分ロイド先生も楽をしたいのよ。」
「楽って?」
「だってそうじゃない。リリスが居れば想定外の魔物が出て来ても倒してくれるんだから。」
いやいや。
それは買い被りだわよ。
ロイドはそれほど面倒臭がりではないはず。
そうすると・・・・・。
まさか私のスキルや能力を探っているんじゃないでしょうね。
色々な思いが交錯しつつも、その件についてリリスはあまり深く考えない事にした。
翌日のダンジョンチャレンジの時間になって、リリスは二人の少女とパーティを組み、監督役のロイドと共にシトのダンジョンに転移した。
エレンとニーナもリリスと同じように、ライトアーマーやガントレットを装着しているのだが、何処からどう見ても似合っていない。おどおどしていて落ち着きも無い。ロイドも二人の姿を見て失笑していた。
どう見ても魔物を狩るよりは狩られる方ね。
エレンとニーナを軽く励ましながら、リリスはダンジョンの第1階層の奥に向けて歩き出した。魔物が出てこなければ、ここは爽やかな風の吹く草原だ。
「リリス君。僕としてはこのダンジョンへの君の影響力に期待しているからね。」
何を期待しているのよ!
3人の背後で平然と言い放つロイドに呆れながら、気を引き締めてリリスは前進した。
前方の木立が揺れている。探知すると魔物が5体。おそらくゴブリンだろうと思いながら注視していると、鼻を突く悪臭が漂ってきた。
やはりゴブリンだ。
ギギギギギッと気味の悪い声をあげて、ゴブリン達は棍棒や短剣を手に木陰から出てきた。
キャーッと叫ぶエレン。片やニーナは強張って声も出ない。
どうするのよ、これ・・・・・。
言葉を失うリリスだが、気を取り直してファイヤーボルトを手に出現させ、ゴブリン達の足を狙って放った。
グギッ、グギッ、グギッ。
ゴブリン達は足を射抜かれ、悲鳴を上げながらその場に倒れた。火力を抑えてあるので燃え上がるほどではない。魔物の足を封じたところでエレンとニーナにバトンを渡す。
「二人共、とどめを刺すのよ!」
ええっと驚く二人の少女。
その反応にリリスも呆れてしまった。
あんた達、何をしに来たのよ!
怒りをこらえつつ平然を装い、リリスは二人にわざとらしい笑顔を向けた。
「一応魔法を持っているんでしょ? こんな機会は滅多に無いと思うわ。試してみなさいよ。それとも剣で心臓を突き刺すの?」
それは・・・・と躊躇いながら、渋々二人は倒れてもがいているゴブリンに向けて魔法を発動させた。
エレンのファイヤーボールがゴブリンの身体を焼き、ニーナのウインドカッターがゴブリンの身体を切り刻んだ。
「良いわよ。やれば出来るじゃない!」
まあ、無抵抗の動けない魔物だけどね。
そう心の中で突っ込みを入れたリリスだった。ゴブリンの死骸を見て、エレンもニーナも顔色が蒼白になっている。基本的に戦闘に向いていないようだ。
だが、この世界では貴族の娘と言えども、魔物に遭遇する事が全く無いわけではない。この世界で生き抜くためにも、攻撃魔法の扱いは慣れておく必要がある。その点を考慮してのダンジョンチャレンジなのだとリリスは考えた。
「リリス君。君は彼女達の為にあえてゴブリンにとどめを刺さなかったんだね。それに彼女達がとどめを刺すことで経験値も多く稼げる。」
ロイドは感心した表情でリリスにほほ笑んだ。
「良い配慮だね。君は良い教師になれるよ。」
いやいや。
そんなものにはなりたくないから。
しっかり反論しようと思ったリリスだが、大人気ないと思って口には出さなかった。元OLの気配りである。
引き続き奥に向かって進んで行ったが、第2階層に続く階段の前に出るまで、魔物は一切出てこなかった。
「普段はこんなものだよ。リリス君達のダンジョンチャレンジは例外中の例外だったね。」
変な期待をしないでよね。
リリスはそう思いながら階段を下りて行った。
41
お気に入りに追加
141
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!
ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。
最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。
でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。
記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ!
貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。
でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!!
このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない!
何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない!
だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。
それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!!
それでも、今日も関係修復頑張ります!!
5/9から小説になろうでも掲載中
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる