落ちこぼれ子女の奮闘記

木島廉

文字の大きさ
上 下
11 / 317

ダンジョンチャレンジ 1

しおりを挟む
入学式から数日後、朝の座学の時間が始まる前に短いオリエンテーリングがあり、その場でリリスがクラス委員になるようにとの指示が下された。これはリリスにとっても思いがけない事だった。魔法の技量を認められたからなのだろうかと思いつつも、リリスの心には不安が募る。

数時間の座学の後での昼食時、リリスは学舎内の学生食堂にサラとランチを食べに出向いた。
学生食堂と言っても瀟洒な内装と手の込んだ料理で、初めて見た時にリリスは都心のホテルでの食事を思い出したほどだ。
装飾を施した椅子に座り、大きな丸いテーブルの片側に二人で並びながら、リリスはサラにふと心の内を漏らした。

「ねえ、サラ。私が本当にクラス委員を引き受けて大丈夫なのかなあ?」

リリスの不安そうな表情に、サラはスープをすすりながら笑顔を返した。

「どうして? リリスなら面倒見が良いから適任だと思うわよ。」

「でも立場的には上級貴族のケントやオリビアがやるべきじゃないの?」

「何言ってるのよ。」

そう言いながらサラはアハハと笑った。当初は大人しい性格のサラだと思っていたが、親しくなると意外に声が大きく笑い声も大きい。周りのテーブルの生徒がこちらを見るのに気が付いて、リリスは少し気恥しくなってしまった。だがサラ本人はその事を何とも思っていないようだ。

「上級貴族の方達が人の世話をするような役職に就く事は無いわよ。あの人達は他人に自分の世話をさせるものだと思っているのだからね。」

「ふうん。そうなのかな?」

「そうよ。オリビアやケントもリリスがクラス委員になるって聞いて、全く関心が無さそうな表情で拍手していたわよ。」

そんなものなのかなあ。

リリスはそう思うと少し気が晴れたように感じた。サラの気配りに感謝しながら、ビュッフェ形式で取り皿に集めてきたサラダや肉や総菜を食べ始めた時、背後から男子生徒が声を掛けてきた。

「やあ、リリス。此処に居たのか。」

振り返るとデニスと数人の男子生徒が学生食堂に入ってきたところだった。

「リリス。ダンジョンチャレンジには一緒にパーティを組んでくれよ。」

「ええ、良いわよ。サラも一緒で良いわよね?」

話を振られたサラはパンをかじりながら、

「うん。良いわよ。あんた達って従妹同士なんでしょ? パーティを組めば自然と上手く連携できるでしょうからね。」

いやいや、そう言うものじゃないわよと突っ込みを入れたくなったリリスだが、サラがそう思い込んでいるので軽くうなづいておく事にした。

ダンジョンチャレンジは魔法学院の入学初年度に行われる行事で、3人で一組のパーティを組んで初心者用のダンジョンに潜る事になっている。危険を回避するために担任の教師が同行する事になっており、生徒達に防御用のシールドを掛け、最悪の場合攻撃に加担する事にもなっているのだが、その場合は当然生徒達の評価は低くなってしまう。

ミラ王国の領地内には二つのダンジョンが確認されている。
その一つはケフラのダンジョンと呼ばれ、深度が50階層以上あってまだ完全には攻略されていない。ケフラの街はダンジョンを中心にして大きく発展し、王都に引けを取らないの街になっている。

もう一つはシトのダンジョンと呼ばれ、ダンジョンのコアに問題があってその成長が阻害されている為に深度が2階層しか存在しない。当然出現する魔物も弱いものでゴブリン程度の物しか現れないので、常時挑戦する者もおらず、ダンジョンとしても廃れていた。それを初心者用のダンジョンとして国で管理し、魔法学院専用のダンジョンとして定められたのが20年前。以来魔法学院では授業内容にこのダンジョンが組み込まれて使われている。ダンジョンの入り口は一般人の侵入を防ぐ為に封鎖され、学舎の地下の訓練場の隅にあるポータルから直接1階層に入る仕組みだ。

「デニス。ダンジョンチャレンジの為の装備は整っているの?」

「それなら大丈夫だよ。ゴブリンや野犬程度の魔物しか出ないそうじゃないか。まあ、いざとなったら『土壁のリリス』が付いているからね。」

「その『土壁のリリス』って呼び名は止めてよね。」

妙な呼び名を付けられて憤慨するリリスだが、土魔法で造った土壁が余程印象的だったようで、特に武器スキルを持つ男子生徒達にはそう呼ばれているようだ。



その2日後、ダンジョンチャレンジの当日になって、リリスはサラとデニスと共にシトのダンジョンの1階層に転移した。同行するのは担任教師のロイドだ。リリスもサラもパンツスーツにライトアーマーを装備し、ガントレットやレザーブーツも着用している。これは初級冒険者が良く使う装備でありふれたものだが、その程度の装備でも大丈夫だと言う事だろう。

「転移してきたこのポータルが帰る時の出口でもあるからね。」

ライトアーマー姿のロイドの説明に3人はうんうんとうなづいた。ダンジョン1階層は見渡す限りの草原で、ところどころに木が生い茂っている。天井も高く明るい上に、青空や雲まで見えているのだが、地下なのにどう言う仕組みになっているのだろうか?
リリスの関心は尽きる事無く湧き上がってきた。

本物のダンジョンだ!

初心者用とは言えラノベでしか認識できなかったダンジョンの実物がここにある。それはリリスにとっても衝撃的で、嫌でも気分が高揚してきた。その表情を見てロイドは少し心配になったほどだ。

「リリス君。最初からあまり興奮し過ぎないようにね。落ち着いて取り組むんだよ。」

そうは言われても大概の生徒にとっては初めての魔物狩りだ。高揚しない筈がない。

3人の表情を見ながら、ロイドは広域の防御シールドが即座に発動出来るように準備を整えた。

「さあ、行くわよ!」

リリスを先頭にサラとデニスも歩き始めた。草原を吹き抜ける風が意外にも心地良い。

魔物が出てこなければピクニックだわ。

リリスがそう思うほどに、居心地の良い空間だ。

しばらく歩き続けると、生い茂った木々の中から何かが動き出してきた。探知すると生命反応が数体。どうやらゴブリンのようだ。
ロイドも察知したようで、生徒達に声を掛ける。

「ゴブリンが出てきたようだ。落ち着いて対処すれば大丈夫だからね。」

リリス達もうなづきながら慎重に進むと、木々の間から数体のゴブリンがギーギーと気持ちの悪い声をあげて出てきた。手には棍棒や短剣を持ち、薄汚いボロボロの服を着て、身体を左右に揺すりながらよたよたと近付いてくる。その悪臭が風に乗ってこちらにまで流れてきた。

顔をしかめながらデニスがウインドカッターを放ち、サラがウォーターカッターを放つ。水の刃がゴブリンを襲い一体の身体を負傷させたが致命傷ではない。デニスの放った風の刃は適度に拡散して、直撃はしないものの広範囲のゴブリンをそれぞれに負傷させた。

ふうん。ウインドカッターって拡散させれば使い勝手が良さそうね。

負傷して動きの鈍くなった5体のゴブリンの動きを見ながら、リリスはファイヤーボルトを放とうとした。だがその時ゴブリン達の背後にまた別のゴブリンが出てきたのが目に入った。

あれっ?
何故10体も出てきたの?
話が違うじゃないの。

そう思って振り返るとロイドも若干戸惑っているような表情だ。

仕方が無いわね。まとめて仕留めようかしら。

リリスは負傷した前方のゴブリン5体のそれぞれにファイヤーボルトを放ち、同時に投擲スキルを発動させ、肩口から二本のファイヤーボルトを斜め上空に放った。この二本のファイヤーボルトは後方の無傷のゴブリンに向かい、30mほどの距離をものともせずに2体のゴブリンに命中した。ギャッと言う悲鳴と共に前方のゴブリンが火にまみれて倒れ、後方の2体のゴブリンも火に包まれた。

「ほう、こんな事も出来るのか。」

後方で見守っていたロイドもリリスのファイヤーボルトに感心していた。

リリスに負けじとデニスが走り出す。後方のゴブリンの残体に向けてウインドカッターを放つと、1体に直撃して倒れ込み、傍にいたゴブリンにも多少の傷を負わせた。

うんうん。上出来よ、デニス。

リリスは高揚する気持ちを抑えつつ、懐からスローイングダガーを素早く取り出し、走りながら残る2体のゴブリンに向けて全力で放った。投擲スキルが発動され、スローイングダガーは回転しながらキーンと音を立ててゴブリンに向かい、2体の頭部を直撃して破壊してしまった。

ドサッと倒れるゴブリンを尻目に、リリスは後方の地面に突き刺さったスローイングダガーの回収に向かった。

これが自動的に手元に戻ってくれば良いのにねえ。

あまりにも都合の良い事を考え始めたリリスだが、スローイングダガーを回収したところでふと地面が細かく揺れているのを感じた。

何か嫌な予感がする。

ダンジョンに吸収されていくゴブリンの遺骸を見つめながら、リリスはこのダンジョンに少なからず違和感を感じていた。




しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...