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入学式前日
しおりを挟む魔法学院の入学前日になり、従者を従えた大きな馬車2台でリリスとデニスは王都に向かった。
ストランド領から北西に向かって、よく整備された街道を6時間近く進むと、目の前に王都の大きな城門が見えてきた。高さが10m以上もありそうな巨大な城門だ。この城門が開くのは国王が出入りする時だけである。城門の両脇に通用門があり、右側には貴族や軍人などが出入りする門、左側には一般庶民の出入りする門が設置されているのだが、リリス達の乗った馬車が入るのは勿論右側の門だ。この門の衛兵の仕事は通行者の顔のチェックが大半だと言って良いだろう。貴族や軍人を装う不審者をチェックするだけだ。
リリス達に関しては、魔法学院の新入生としてあらかじめ申請してあったので、書類のチェックだけで直ぐに通過出来た。
城門を通り過ぎると、大きな街路の先に見えてくるのは、その全体に大理石の化粧板を纏った白亜の王城だ。小高い丘の上にそびえる美しい王城を目にして、リリスの心が嫌でも高揚してしまう。
おとぎ話のお城そのものだわ。
童話で見た西欧の城のイラストを思い出して、リリスはうっとりと眺めていた。
一方、デニスは王都の壮麗さと賑わいに若干不安を感じていた。田舎で育った少し気弱な少年にとっては、王都での寮生活に気が重いのも無理はない。
それでも従弟のリリスが同じクラスに居ると言う事が心の支えの一つでもあった。
何とか成るだろう。
デニスにそう思わせたのは一年振りに会ったリリスの余裕に満ちた表情だった。火魔法が使えるようになったからだとデニスは思っていたのだが、リリスの精神年齢が大人になっていたとは想像出来る筈も無い。
様々な思いを胸に抱きながら、リリスとデニスの馬車は王都の西側にある魔法学院の学生寮に向かって行った。
王都の西側には石造りの壁で周囲を囲まれた広大な敷地を持つ魔法学院がある。しかもその周辺には住宅や店舗などの建設が許可されていない。敷地内には生活物資を扱う店舗や研究施設や学生寮もあり、小国としては破格の規模である事を見ると、ミラ王国が貴族の子弟の教育に力を注いでいる状況が良く分かる。
幅が10mほどもあるスライド式の通用門を開けて、馬車はその敷地内に入っていく。広い通路を進み、いくつかの学舎を通過して、馬車は8階建ての頑丈そうな2棟の建物の前に出た。同じ様式の建物で正面をブルーの色調の彫刻で飾られているのが男子生徒の寄宿舎、正面をグリーンの色調の彫刻で飾られているのが女子生徒の寄宿舎である。
紛らわしいわね。間違えて違う方に入っちゃうじゃないの。
リリスの心配通り、間違って違う寄宿舎に入ってしまいそうになる生徒もいるようだ。だが扉の両脇に設置された魔術師の彫像がセンサーになっていて、お前は此処じゃないと話し掛けてくるようになっている。なかなか手の込んだ仕組みだ。
デニスの馬車が男子生徒用の寄宿舎に進むのを見届け、リリスの馬車は女子生徒用の寄宿舎に進む。寄宿舎の裏に回ると馬車を横付けできる場所があり、そこから二人の従者がリリスの荷物を運び込んだ。
寄宿舎に入り通用門の守衛に手渡された書類を元に、二階に上がって自分の部屋を探す。新入生は二人で一部屋に入る事になっている。
同居するのはどんな子かしら?
気が合う子なら良いのだけれど・・・。
若干の不安を感じながらリリスは自分の部屋の扉を叩いた。
中から返事があって扉が開くと、そこには如何にも田舎から出てきたような、栗毛で黒い瞳の素朴な女の子が立っていた。
早速挨拶を交わして中に入ると、大きめのベッドが部屋の壁に二つ並んでいるのが目に入った。
二段ベッドじゃないのね。
そう思って部屋の中を見回すと、装飾は少なめだが小綺麗で結構広い部屋である。
まるでホテルの部屋のようね。
感心して見回していたリリスを、そのルームメイトは部屋の隅にある大きなソファに案内した。
ルームメイトはサラ・クリス・マクロードと言い、リリスと同様に地方の下級貴族の娘だった。
見た目同様におっとりとした話し方をする子である。
「リリスは魔法の属性は何? 私って魔法の素質があまりないから少し不安なのよね。」
地方から出て来て魔法学院に入学するのだから、不安が無い筈はない。でも素質が無いと言うのは謙遜で言っているのだろうとリリスは思った。
「私は土と火よ。サラは?」
ソファに座ったサラは、テーブルの上に魔法学院のロゴの入ったレースのハンカチを並べた。これは学院から生徒に支給されたもののようだ。
「私は火と水なの。でも土の属性の持ち主って珍しいわね。」
リリスは自分のハンカチを受け取り、そのままソファに座った。深々と身体が沈み込むが不快ではない。身体を包み込む感触はむしろ心地良く、高級な素材であることが肌を通して伝わってきた。
「そうねえ、珍しいと言うよりは目立たない属性なのよね。」
屈託のない話し方をするサラに心を開き、ソファにゆったりと寛ぎながらサラに愛想笑いを返した。
土魔法の使い手なんてこの世界では大規模な農作業や土木工事などの需要があるだけだ。攻撃魔法としての用途なんて魔法学院でも聞いた事も無い。だがラノベでの知識でリリスは大地から土の槍を無数に突き立てる魔法を思い浮かべた。
土魔法の攻撃特化型の活用方法が普及していないだけかもしれない。そう考えると自分がイメージを造成して造り出す事も必要になってくるだろう。
リリスは土魔法の可能性を探る事に思いを馳せた。
お茶を用意してくれるサラに感謝しつつも、リリスは挨拶代わりにサラに向けて鑑定スキルを発動させた。
**************
サラ・クリス・マクロード
種族:人族 レベル10
年齢:13
体力:500
魔力:500
属性:火・水
魔法:ファイヤーボール レベル1
ウォータースプラッシュ レベル1
ウォーターカッター レベル1
スキル:探知 レベル1
召喚術 レベル1(阻害要素により発動不可)
(その他鑑定不明スキル 複数有り 現在発動不可)
**************
あらっ。
意外に謎めいた子ね。鑑定不能スキルって何なの?
発動不能って事は封印されているのかしら?
総合的なレベルの向上や加齢によって発動できるようになるのかもね。
サラもまた僅かな時間のうちにリリスの人柄を読み取り、苦手なタイプではないと判断してほっとしていた。
案外気が合いそうだわ。
そう思うとサラもつい笑みが零れてしまう。
「クローゼットにリリスの学生服が用意されているわよ。」
サラの言葉に反応して、即座にリリスは自分用のクローゼットに小走りで向かい、その扉を開いた。そこにはワンピースタイプの上品な学生服が、カバーを掛けられた状態で用意されていた。そのカバーには封印が掛かっていて、リリスの手をその封印にかざすと、カバーがふっと消滅した。
手の込んだ認証ね。魔力の波長で認識するのかしら?
改めてここが魔法学院であると知らされる仕掛けだ。
黒地に茶と白のチェック柄を織り込んだ落ち着いた色調の学生服で、胸元に赤いリボンを結ぶようになっている。
洗練されたデザインだ。
思わず笑みがこぼれるリリスの頭に、かつて日本で自分が学生の頃、冴えない制服に何時も不満を持っていた記憶が蘇ってきた。
あれに比べれば雲泥の差ね。
一目で気に入った魔法学院の学生服に心を躍らせながら、リリスは気の済むまでその学生服を自分の身体にあてがって、サラの目も気にせず大きな姿見の前でポーズを取っていた。
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