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第三章 解き放ち神具

episode 43 死に急ぐ者

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 それから精霊についてある程度のことを聞きながら野営の出来そうなオアシスを見つけると、水を汲んだり火をいたりと準備をすると夜も更け昼間の暑さは既に無くなっていた。

「さて、お腹も満たされたし。
 明日には着くんでしょ?」

「ふん。
 明日の昼にはな」

「愛想ないわね、分かったわ。
 ありがと。
 っと、カマルはあっち側ね」

 少し離れた場所にカマルは移動すると焚き火を起こし、そそくさと横になった影を残した。

「あたし達女性はこっちでね。
 それと、タグに聞きたいことがあるんだけど?」

「タグ?
 え?
 私?
 そんな急に愛称で呼んでくれるなんて一体どうしたの?
 というか私そんな呼ばれたの子供の時以来で驚きが隠せないというか、なんというか。
 それでそれで、どうしたの?
 というのは愛称のことではなくて聞きたいことのことで」

「分かった分かった、順番に話すから落ち着いて」

 とは言ったもののタグリードが落ち着いているのは分かっていたが、喋り続けられたら話しづらくて仕方なかった。

「えぇ、まず愛称のことは友達だと思ってるからよ。
 どんな過去があったにしても今のあたしと今の状況には関係ないもの。
 仲良くなりたいと思ったなら、お互いが想っているならそれは友達なのよ」

「えっ……あ、」

「まだあたしの話は終わってないの。
 それと、聞きたいことなんだけど。
 大きな声では言えないんだげ、カマルに何があったの?」

 一つ焚き火が大きな音を放つ。
 それに続いて小さく何度も火が踊る音を立てている。
 それだけあたしは静かに穏やかにタグリードに尋ねていた。

「そう……。
 その話ね。
 ……彼は……。
 彼はね、死にたがっているの。
 死に場所を求めているというのか。
 だから、賞金首になる魔者や怪物に挑み不要な金品を街に放つの。
 皆が豊かに暮らせるように、自分がいつ死んでもいいようにと。
 でも私は死なせたくないから一緒にいるんだけど、私なんか必要のないくらい強くなっていく。
 その代わり心はどんどん死んでいってるの」

「そいつは精霊使いシャーマンとして分かるんだね?」

「レディさんのおっしゃる通り、精神の精霊がどんどん弱くなっていってるのが分かるんです。
 出会った頃は怒りの精霊ツォルンに支配されていたのだけど、今は怒りの精霊も息絶え絶えで絶望の精霊フェアツヴァイフルングに支配され、そのおかげで生きている状態になっているだけで。
 他の精神精霊を喰い殺す邪精霊だから私が他の精霊に働きかけても中々難しくて」

「は?
 心の中にもそんなのがいるわけ?」

「そうです。
 皆さんの心にもそれぞれいます。
 が、私は勝手に覗いたりはしないので安心して下さいね。
 見ようとさえしなければ分からないですから」

「それで?
 どうして怒りや絶望に?」

 その質問には少し間が空く。
 話すべきか話さないべきか悩んだのだろうと察することは出来た。

「そうね、話しても悪いことじゃないし、知っておいてもらったほうが何かの助けになるのかも。
 彼は……愛した女性ひとを亡くしたんです。
 それで出会った頃はやり場のない怒りで支配されていたんです。
 それに見兼ねた私が怒りの精霊を鎮めようと試みたのですが、それが良くなかったのか絶望の精霊が勢力を増して。
 だから!
 だから、私は解放しようと一緒に旅を……。
 それに……、生きて欲しいと願って傍にいるんです」

 いたたまれない空気に炎すらも踊るのを止め一瞬の静寂が訪れた。

「あたいはあんたのせいではないと思うがね。
 精霊には詳しくないが、怒りと絶望なんて一対みたいなもんじゃないのかい?
 一つが弱まれば一つが増す。
 人間としては当たり前の感情には思うんだ。
 怒りの後に待つのは絶望か希望だろうさ。
 だから、そんなに気に病むことはないとね」

「そう、ですか?
 それだとしても彼を放ってはおけないから」

「まあそうよね、そんな状態を見ちゃった知っちゃったんなら放ってはおけないわよね。
 でもさ、そんな怒りに任せてたカマルとどうやって出会って話すことが出来たの?」

「私がある理由で街から街に移動していた時に砂漠冠蛇バジリスクと遭遇してしまって。
 その時に通りかかったカマルが助けてくれたの。
 助けたっていうのは違うと思うけどそれでも私は砂漠冠蛇に殺されずに済んだから。
 それでその背中を眺めていたら凄まじい怒りの精を感じて……」

「不意に怒りの精霊をなだめたってわけか。
 不可抗力も甚だしいわね。
 それは負い目に思うことじゃないんだから気にすることはないのよ?」

「いえ、でも精霊使いとしてはもっと違う試みも出来たとは思っているから。
 それに、彼に貰った命なのにその彼を死なすことは出来ないから」

 カマルとタグリードの関係性が分かり、あたしは何故か笑みがこぼれた。

「だったら、いいんじゃない?
 それはそれでさ。
 それも生きる意味になるんだから。
 ……そうよ!
 カマルにも生きる意味があれば、何かあれば変わっていけるのかも」

「そいつは名案だね。
 あたいもそれは思うよ。
 人は生きる意味さえ見出だせば強くなれるんだから」

「私もお嬢様に助けて貰った命ですからお嬢様の為に生きたいと思っていますから」

「皆さん……」

「だああぁぁ!
 泣かない泣かない。
 みんなそれぞれあるのよ。
 どんな理由があれ、そこに生きる意味を持っているからここにいるの。
 だから、タグもカマルもあたし達と同じ仲間で友達。
 だから泣くことなんてないのよ」

「ありがとう、アテナさん。
 ぐすっ。
 アテナさんは……いえ、何でもありません」

 タグの飲み込んだ言いかけた言葉の続きを不思議に思いあたしは顔を覗きこんだ。

「なぁに?
 何を言いかけたの?」

「いえ、あの、その……」

「あぁぁぁぁ!
 あたしの心を覗いたのね!?」

「いえ、心を覗いても心の声や考えとかそういうのは分かりませんから。
 あくまで感情しか分かりませんから」

「でも、覗いたんでしょ?
 そうなんでしょ?」

「えぇと、なんと言えば良いのか。
 言いようもないので率直に言うしかないんだけど、そう、覗いたんじゃなく……」

「じゃなく?」

「えぇと、心が開きっぱなしで丸見えなんです」

「は?」

 心ってそういうもんなの?

「さすがはお嬢様。
 外だけじゃなく中も開け放--!
 ひたい痛いひたい痛いですお嬢様!!」

 咄嗟にミーニャの頬を引っ張ったのは言うまでもない。

「あっはっはっ!!
 ミーニャが言いたいのは、服もすぐ脱いで身を晒すのと一緒だってことだね。
 そいつは的を得ているねぇ」

「そうなのねミーニャ!
 そうなのね!!」

 軽く二度ほど首を縦に振ったミーニャの頬を放すほどあたしは優しくなかった。
 けれども、あたしの心が誰に対しても閉じてないことが少し誇らしく何度かミーニャの頬を上下に揺らした後に離すと笑いに笑った。
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