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第十二話
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同時刻の南山高校、その会議室内でとある問題は発生していた。
「あのー、それはさすがにどうなんですかね……?」
一人の若い男性教員である千葉――明らかに気圧されている――が穏やかに反対の意を表す。
現在会議室にいるのは彼を含めて十二人、議題は新二年生のクラス決めについてだ。
長机の両側に八人ずつクラス担任が座り、それを副担任四人が周りから眺めているといった状況だ。
例年、南山高校のクラス決めは二年生時から校内模試の成績によって決められていく。校内模試では自分の受けたい三教科を事前に決め、受験する。そして三教科の平均偏差値を算出するという方法で成績順が決定する。
成績一位から四十位までが一組、といったように四十人ずつで区切られていく、習熟度別クラスだ。
人間関係の多様性が損なわれるといった懸念もあったが、個々の生徒に合ったレベルの授業をするべきだという意見がそれを上回り、結局は現在の制度が慣例となった。
それ以降、毎年のクラス分け作業はとてもスムーズに進み、今年もそうなるはずだったのだが……
「では、クラス替えは、例年通り模擬試験の成績順で行いますが、よろしいですか?」
学年代表の笹木が独特の口調で、他の教員に尋ねる。
ほとんどの教員が無言の同意を示すなか、とある女性教師の右手がスッと伸びる。
「おや、壬生先生、何かご意見ですかな?」
「はい。今回のクラス替えですが、例外的に、ある女子生徒を私のクラスで担当させていただけないでしょうか」
引き締まった表情でそう告げる彼女は、どこか威圧感があり、会議室の空気は途端に引き締まっていく。
「理由を訊いても、よろしいですかな?」
室内の空気とは対照的に、笹木は変わらずマイペースのままである。
「私の個人的な勘ですが、そうした方がその女子生徒のためだと考えたからです」
学年代表の笹木は、一人では判断すべき内容ではないと判断し、計十名の教員たちに発言を仰ぐ。
勘、という論理的ではない回答を聞いた他の教員らは、当然のことだが明らかに顔を顰めているが、普段の壬生の姿を見ているせいか、どの人間も発言を躊躇い、会議室には沈黙が流れ始める。
その様子を気まずく思ったのか、一人の教員が若い者に発言を押し付ける――もちろん、声に出すわけでは無いが、アイコンタクトで、である。
そうして今の状況が生まれたわけだ。
「どうなんですかねとは、成績順を乱すことに対してか、それとも私一人だけの意見を反映させることは認めるべきでないということか?」
先程と同様、またはそれ以上の威圧感を帯びたその言葉、そして鬼のような剣幕で壬生は若手教師という事実上の部下に容赦なく追い打ちをかける。
その様子はまさに蛇に睨まれた蛙だ。
「私はそこまでは言ってまいせんが、その……他の先生方の意見も訊いた方がいいかと思いまして……」
歯切れ悪くなりつつも、必死に言葉を紡いだその男性教員は先輩たちに助けを求めたが、
どの教員も視線を逸らしたりして、意見を述べる素振りがまるで無い。
それ程までに壬生の意見を否定するのが恐れられているのだ。
結局、三十秒ほどの沈黙が続いた後に、笹木が再び独特なペースで話だした。
「それでは壬生先生、異論も特に無いようなので、どの女子生徒をあなたのクラスで担当するか、ご要望をどうぞ」
会議室の視線が一斉に壬生に集中する。
「私のクラスに入れて頂きたい生徒の名前は、『北山柚葉』です」
会議室にいる教員たちの顔が驚きに染まる。
北山柚葉、祐希の幼馴染である彼女は模試の成績が学年八位であるだけではなく、平均評定でも上位十名に入るほどの秀才だ。
通常ならば、一組に入って当然の優等生を平凡な生徒が集まる三組に迎え入れた場合、生徒たちに動揺が広がることは容易に想像できる。加えて、その決定は彼女自身が恐らく納得しないだろう。ほとんどの教員がそう判断したが、その意見を言うのはまたしても笹木だけだった。
「それは、動揺が広がることが予想出来ますし、北山さん自身が納得しないのではないですか?」
会議が始まって以来、唯一落ち着きを保っている笹木は微笑みながら的確な質問をする。
一方の壬生は得意げに応じる。
「それがもしも、北山さん自身の希望だったとしてもですか?」
「なるほど…………それならば、問題はありませんな」
笹木が珍しく言葉に詰まったが、直ぐに普段通りのペースに戻り、先程と同様に微笑みつつ答える。
周りの教員は未だに納得していない者もいたが、笹木が「問題ない」と判断した事案を再び蒸し返すことが出来る者は誰もいなかった。
「では、会議を続けましょうか」
こうして、特定の生徒を他クラスに移動させるという前代未聞の決定が成された。
「あのー、それはさすがにどうなんですかね……?」
一人の若い男性教員である千葉――明らかに気圧されている――が穏やかに反対の意を表す。
現在会議室にいるのは彼を含めて十二人、議題は新二年生のクラス決めについてだ。
長机の両側に八人ずつクラス担任が座り、それを副担任四人が周りから眺めているといった状況だ。
例年、南山高校のクラス決めは二年生時から校内模試の成績によって決められていく。校内模試では自分の受けたい三教科を事前に決め、受験する。そして三教科の平均偏差値を算出するという方法で成績順が決定する。
成績一位から四十位までが一組、といったように四十人ずつで区切られていく、習熟度別クラスだ。
人間関係の多様性が損なわれるといった懸念もあったが、個々の生徒に合ったレベルの授業をするべきだという意見がそれを上回り、結局は現在の制度が慣例となった。
それ以降、毎年のクラス分け作業はとてもスムーズに進み、今年もそうなるはずだったのだが……
「では、クラス替えは、例年通り模擬試験の成績順で行いますが、よろしいですか?」
学年代表の笹木が独特の口調で、他の教員に尋ねる。
ほとんどの教員が無言の同意を示すなか、とある女性教師の右手がスッと伸びる。
「おや、壬生先生、何かご意見ですかな?」
「はい。今回のクラス替えですが、例外的に、ある女子生徒を私のクラスで担当させていただけないでしょうか」
引き締まった表情でそう告げる彼女は、どこか威圧感があり、会議室の空気は途端に引き締まっていく。
「理由を訊いても、よろしいですかな?」
室内の空気とは対照的に、笹木は変わらずマイペースのままである。
「私の個人的な勘ですが、そうした方がその女子生徒のためだと考えたからです」
学年代表の笹木は、一人では判断すべき内容ではないと判断し、計十名の教員たちに発言を仰ぐ。
勘、という論理的ではない回答を聞いた他の教員らは、当然のことだが明らかに顔を顰めているが、普段の壬生の姿を見ているせいか、どの人間も発言を躊躇い、会議室には沈黙が流れ始める。
その様子を気まずく思ったのか、一人の教員が若い者に発言を押し付ける――もちろん、声に出すわけでは無いが、アイコンタクトで、である。
そうして今の状況が生まれたわけだ。
「どうなんですかねとは、成績順を乱すことに対してか、それとも私一人だけの意見を反映させることは認めるべきでないということか?」
先程と同様、またはそれ以上の威圧感を帯びたその言葉、そして鬼のような剣幕で壬生は若手教師という事実上の部下に容赦なく追い打ちをかける。
その様子はまさに蛇に睨まれた蛙だ。
「私はそこまでは言ってまいせんが、その……他の先生方の意見も訊いた方がいいかと思いまして……」
歯切れ悪くなりつつも、必死に言葉を紡いだその男性教員は先輩たちに助けを求めたが、
どの教員も視線を逸らしたりして、意見を述べる素振りがまるで無い。
それ程までに壬生の意見を否定するのが恐れられているのだ。
結局、三十秒ほどの沈黙が続いた後に、笹木が再び独特なペースで話だした。
「それでは壬生先生、異論も特に無いようなので、どの女子生徒をあなたのクラスで担当するか、ご要望をどうぞ」
会議室の視線が一斉に壬生に集中する。
「私のクラスに入れて頂きたい生徒の名前は、『北山柚葉』です」
会議室にいる教員たちの顔が驚きに染まる。
北山柚葉、祐希の幼馴染である彼女は模試の成績が学年八位であるだけではなく、平均評定でも上位十名に入るほどの秀才だ。
通常ならば、一組に入って当然の優等生を平凡な生徒が集まる三組に迎え入れた場合、生徒たちに動揺が広がることは容易に想像できる。加えて、その決定は彼女自身が恐らく納得しないだろう。ほとんどの教員がそう判断したが、その意見を言うのはまたしても笹木だけだった。
「それは、動揺が広がることが予想出来ますし、北山さん自身が納得しないのではないですか?」
会議が始まって以来、唯一落ち着きを保っている笹木は微笑みながら的確な質問をする。
一方の壬生は得意げに応じる。
「それがもしも、北山さん自身の希望だったとしてもですか?」
「なるほど…………それならば、問題はありませんな」
笹木が珍しく言葉に詰まったが、直ぐに普段通りのペースに戻り、先程と同様に微笑みつつ答える。
周りの教員は未だに納得していない者もいたが、笹木が「問題ない」と判断した事案を再び蒸し返すことが出来る者は誰もいなかった。
「では、会議を続けましょうか」
こうして、特定の生徒を他クラスに移動させるという前代未聞の決定が成された。
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