性悪女神と野球部員

広根雅斗

文字の大きさ
上 下
1 / 12

第一話

しおりを挟む
 爆炎が嵐のごとく吹き荒れる。

 背後から感じる圧倒的な熱量に私の魔法障壁は悲鳴を上げ、いとも容易く消し飛ばされてしまう。
 弾き飛ばされた私は、大部分が燃えってしまった自然公園内の草原を五、六メートルにわたり転がり続け、一本の大木に叩きつけられた。
 今の衝撃によるものか、刺すような痛みが頭を襲い意識が混濁するが、なんとか立ち上がる。

「くっ…………!」

 体勢を立て直したのも束の間、不可視の炎弾が私の左足を穿つ。

 疼く左足を無視し、私は飛翔を開始するが、どのタイミングで底を突くか分からない自分の星魔力、刻々と迫る死の恐怖を私は確かに憶えている。

 対峙する存在は惨めに逃げ続ける私のことを、まるで弄ぶかのように執拗な攻撃を繰り出す。今だって、私が地面を転がる時にトドメを刺すことが十分可能だった。

 つまり私は手の平の上で踊らされているのだ。
 絶望的な戦力差を改めて実感し諦めに似た感情が心に宿るが、それを噛み殺し僅かな可能性を信じて、逃げ続ける。

「これじゃあ得意の転移魔法も使えねーなぁ?」

 背後に猛火を纏うその男は歪んだ口元を開き嘲笑をうかべつつ、大量の炎弾を繰り出してくる。
 執拗な追撃を必死の思いで躱し続けるが、この戦闘から離脱する糸口を全くつかめない。むしろ相手との距離がじわじわと縮んでいく一方だ。

(何か、少しでもいいから相手の動きを止められる手段があれば……)

 唯一の得意魔法とも言える転移魔法は、発動にかかる時間がおよそ三秒。そのわずかな時間さえも今の戦況では確保できない。

 ――私の心が折れかけた瞬間、そのチャンスは唐突に訪れた。

「陸翔さん、今です」

 抑揚が完全に失せた女性の声がわずかに響く。

「なっ……なんだお前らは!?」

 刹那――巨大な氷塊が現れ、追手が押しつぶされるような形で墜ちていった。

 私が飛行を開始してからおよそ二十秒、高度は約二百メートル。
 当然のことだが、周りに人などいるはずがないが、私の聴覚は確かにその声を捉えたのだ。
 様々な思考が頭を駆け巡るが、千載一遇の機会を逃さないよう、転移魔法の構築を開始する。

(先程のは一体、誰が……?)

 転移魔法を展開する間に周りを見渡したが、冷たい夜風が吹きつけるだけで、人影らしきものは見当たらない。
 いくつかの疑問を残したまま、私は目的の場所へ転移した。


   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇    ◇   


 春風になびく大きな水たまり。水面は絹のように薄い雲で覆われた夜空を映し、仄かな月明りが灯っている。その空の下、暖かな光を放つ住宅街の一角でこんなやり取りが行われていた。

「俺が悪かった。許してくれ」

 月守祐希は深々と土下座をする。綺麗に刈り揃えられた坊主頭は彼が野球部員であるためだ。下に向いた顔は僧のように一切の雑念を断ち、無表情そのものである。
 その正面にはポニーテールの少女が腕組みをしながら、この上なく不機嫌そうな顔で立ちはだかっていた。

「お兄ちゃん、これで何回目かわかってるの?」
「ごめん」

 祐希はぶっきらぼうに一言だけ告げる。
 彼の妹、月守鈴音は中学二年生。彼女は同世代の女子に比べると、とても順調に成長している――主に胸部が。

 事の発端は昨日、祐希が汚れたユニフォームを鈴音の洋服と一緒に洗ったことにある。その結果、練習で砂だらけとなったズボンなどにより、他の衣類が見事なまでのサンドコーティングが施され、それに気づいた鈴音が激怒という経緯だ。

 鈴音の怒りは収まらず、祐希への口撃が無限に繰り出される。

「前にもこういうことがあったのになんで対策を考えないの⁉ 洗濯物の砂を完全に落としきれないのは理解できるけど、他にいくらでも方法があるじゃん。だいたい臭いお兄ちゃんのユニフォームと私の洋服を一緒に洗うなんて意味わかんない」

 臭いお兄ちゃんのユニフォームというフレーズが祐希の心を深く抉る。
 しかし、今回の件に関しては百パーセント祐希が悪いということもあり、彼は反論をすることも出来ず、土下座の体勢をキープする。

(今ならサンドバックの気持ちが分かる気がする……)

 彼が心の中でそう呟き、鈴音の罵倒を受け止め続けることおよそ五分。

「もし今度、同じことがあったらお兄ちゃんのお小遣い全部貰うからね!」

 ひたすら怒鳴り散らして満足したのか、鈴音は自分の部屋に戻っていった。

「あいつ、絶対ウチの顧問より説教好きだろ」

 祐希は所属する野球部の練習を終え、家に着いた瞬間に妹に見つかり説教されていたため、疲労がピークになっていた。日々繰り返される過酷な練習・トレーニングは彼の心身を着実に蝕んでいるのだ。
 疲労感を全身に纏い、彼は風呂場へ向かった。

「ふぅ……」

 冷え切ったつま先や指先の感覚が、少し熱めの湯に触れ、じわじわと蘇り、春夜の寒さにより凝り固まった全身を柔らかくほぐしてくれる。
 しばらく浸かっていると一日の疲れがどっと出て睡魔に襲われるが、祐希は決してゆっくりはできない。
 来年に受験を控えた妹との二人暮らしを送る彼には、家事全般を行う義務があるのだ。

「さてと……飯作るか」

 そう呟き重い腰を上げ湯船から出ようとしたが……女性の悲鳴のような音を彼は耳にする。

「なんだ?」

その音は段々と大きくなり、やはり女性のものであることを確信した祐希は道路に面した窓を少しだけ開き周囲を見渡すが、彼の視界には誰も映らない。
 先程まで聞こえていた悲鳴も、いつの間にか消えている。

「気のせい……か」

 ゆっくりと窓を閉める。しかし、

「きゃあ――――――――――!?」

 彼は自分の耳を疑った。
 なぜならば、その絶叫が真後ろから響いたのだ。

「は?」

 振り返ると、一人の美少女が立ち尽くしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...