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第二十話「断罪の刻」

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「スターク・フォン・ピースレイヤー。ならびにリリアーヌ・エル・ピースレイヤー。此度の活躍、誠に見事なものであった、大儀である」

 邪竜王イーヴェルの討伐から一週間、王都の復興や怪我をした人、呪いを受けてしまった人の治療を終えたわたしとスターク様は、ウェスタリアの城、その謁見の間へと直々に招かれていた。
 玉座に厳かな面持ちで腰掛けている、白金色の髪と瞳を持つ年若いお方──その頭上に王冠を戴いていることからもわかるように、そのお方こそが、このウェスタリア神聖皇国を統治する、神皇陛下だ。
 ウェスタリアの一族は神の末裔であり、無二の白金色をした髪と瞳こそがその証明。歳はスターク様とそう違わなくとも、玉座から迸る威厳は、わたしをがちがちに緊張させるには十分すぎた。

「いえ、陛下……恐れながら申し上げます」
「許可しよう、スターク」
「わたくしはあの邪竜めにとどめの一撃を放ったにすぎません。全ては……我が妻、リリアーヌの機転と錬金術、そして加護があったおかげでございます」

 首に下げていた「魂の護り石」を陛下に捧げて、スターク様は恭しく跪く。
 わたしもそれに倣う形で、神皇陛下に跪き、最も深い敬意を表す礼をする。
 陛下は、ふむ、と小さく頷くと、「魂の護り石」を側に控えていた大臣に預けて、どこまでも厳かに口を開く。

「其方の言い分は理解した。リリアーヌ、面を上げよ」
「……は、はい……っ……!」
「スタークの申すことは、まことであるか?」

 嘘を言っているのなら、この場で首を斬り捨てるとばかりに冷たく、試すように陛下は仰る。
 スターク様が謙遜しすぎているところはあるけれど、起きた事実だけを抜き出してみれば、確かにそうなるのだろうか。
 わたしに機転があったとは思わないけど……それでも、スターク様が仰るのなら、それを信じて、首を縦に振る。

「はい、事実に相違ございません。天地神明にかけて」
「そうか……しかし、錬金術と申したか。余も存在を知ってこそいたが、途絶えた古の秘術をこの世に甦らせるとは、まこと、愉快なものよ」

 ははは、と、陛下はそのお言葉通り、大臣から再び「魂の護り石」を受け取って摘み上げると、上機嫌そうに笑みを浮かべていらした。

「面を上げよ、スターク。リリアーヌ。此度の国難を乗り越えられたのは、ひとえに其方ら夫婦の活躍があってこそだ……そこで、余から褒美を与える」
「お待ちください、神皇陛下!」

 陛下のお言葉を遮って立ち上がったのは、わたしたちの傍に控えていた「聖女」……マリアンヌだった。
 神皇陛下のお言葉を遮ることは、普通であれば許されない。だけど、この国で陛下の次に地位が高い、諫言役としての立場も兼ねている「聖女」は別だ。
 マリアンヌは激昂にその柳眉を吊り上げて、納得がいかないとばかりにわたしたちの前に立ちはだかる。

「此度、王都が陥落しなかったのはこのわたくしの……聖女の『結界』を集中させていたからでございます! そこの出来損ないは、赤毛を持って生まれた貴族の恥晒しは、ただ美味しいところだけを持っていっただけに過ぎません!」

 その発言に怒るよりも先に、うわあ、と、わたしは恐怖に慄いていた。
 絶対に「聖女」の立場でなければ言えないことだ。首が五、六個飛んでいたとしてもおかしくはないし、下手をしなくても一族郎党、皆断頭台にかけられるくらいには、礼を失した発言だ。
 とてもじゃないけど、そんな口を叩く度胸なんて、わたしは持ち合わせていない。

「……言葉を慎め、マリアンヌ」
「ですが!」
「余は言葉を慎め、と言ったのだ。其方が加護を与えた勇者は死した、確かに王都を守り抜いた功績……それだけは余も忘れておらん。だが、そのためにいくらの民を犠牲にしたか、わからぬ立場ではあるまい」

 王都に「結界」を集中させるということは、普段は国全体を覆っている護りを切り捨てるということでもある。
 魔物の侵略を跳ね除ける聖女の加護を、「護り」を失った街や村が、自力で生き残る力を持っていなければ、その結末は容易く想像できることだろう。
 厳しくも、この国の民を愛する陛下の忠告ではあったけれど、マリアンヌはそれすら気に食わないとばかりに食ってかかる。

「民がどうしたというのですか! この私の……『聖女』の加護があってこそ成り立っているのがこの国ではありませんこと!? 私の加護がなければ、この私がいなければ! この国は民草諸共滅んでいたことは明白です!」

 口角泡を散らして喚き立てたところで、ようやく自分の失言……そんな言葉ですら生ぬるいほどの暴言に気づいたのか、マリアンヌはさあっと顔を青くしていた。
 だけど、全てはもう遅い。
 神王陛下は研ぎ澄まされた刃のような、凍てつく、鋭い視線をマリアンヌへと向けて、厳かに言い放つ。

「……余は、貴様という人間を買い被っていたようだ。よもや、この余を侮辱するだけではなく、余の民をも貶めるその言葉……取り消せるとは思わぬことだ」
「……っ、ですが! ですが、私は、聖女です!」

 あとに引けなくなったのか、マリアンヌは豊かな胸に手を当てて、陛下にどこまでも食ってかかる。
 もうやめて、と、そう願っても、決して私の思いは届くことはないのだろう。
 訪れる結末を脳裏に描いて、唇をきゅっと噛み締める。

「ああ……そうであったな、今このときまでは」
「……は……?」
「……マリアンヌ・エル・ヴィーンゴールド。其方は『聖女』に相応しくない。その立場と権力に溺れ、本義を捨てた聖女など、ウェスタリア神聖皇国には不要だ」

 一切の容赦なく、陛下はマリアンヌの主張を切って捨てる。
 そこに、慈悲という言葉は欠片もなく、例え「聖女」であったとしてもその一線を踏み越えた人間は決して許さないという、陛下のお怒りが見て取れた。
 ああ、どうして。どうして、マリアンヌ。

 心の中で嘆いても、声は決して届かない。
 ううん、例えわたしが言葉にしたとしても。
 それほどまでに、マリアンヌは。妹は。

「お、お戯れを……! な……ならば、私がいなくなれば、この国を支える柱たる『聖女』はどうなるのですか!」
「黙れ、下郎めが!」
「ひっ……!」
「次の『聖女』ならば決まっておる。それは……リリアーヌ・エル・ピースレイヤーだ」

 突然告げられたその言葉に、わたしは拝礼をしたまま目を白黒させることしかできなかった。
 どうして、なんで。なんでわたしが、「聖女」なんて恐れ多い役職を拝命できるのか。
 ちらりと目配せをすると、スターク様はふっ、と小さく口元に苦笑を浮かべるばかりで、意地悪しかしてくれない。

「聞け! 余はここに神皇の名をもって宣言する! 次代を担う『聖女』にはリリアーヌ・エル・ピースレイヤーを! その護りを担う聖騎士たる『勇者』には、スターク・フォン・ピースレイヤーを任命する!」

 神皇陛下の宣言に、わあ、っと、観衆たちから歓声と拍手が上がり、侍従たちが事前に用意していたのであろう花びらを、吹雪のように散らす。

「そして同時に罰を言い渡す! 先代聖女、マリアンヌ・エル・ヴィーンゴールド……いや、マリアンヌ! 貴様からは聖女の位を剥奪し、極めて傲慢たる娘を育て上げたその両親と侍従たちには極刑を下す!」
「あ、ああ……っ……いやああああああっ!!!」

 マリアンヌは膝から崩れ落ちると、そこに水溜りを作り上げてがくがくと震え出した。
 もう、わたしにはどうすることもできない。
 ただ、もしも。もしもなにかが違っていたのなら……こんなことにはならなかったのかな、と、もしもを想うことばかりだ。

「だが、マリアンヌ。余はただ一つ、貴様がこの国を守り抜いた恩を忘れてはおらぬ」
「し、神皇……陛下……」
「それに免じて、貴様の刑を減免する。罪人マリアンヌ! 貴様には流刑を言い渡す!」
「いやあああああっ!!! 私は、私は罪人なんかじゃない!!! 聖女なの!!! 聖女がいい!!! どうしてあんな出来損ないなんかにぃぃぃ!!!!!」
「そこの罪人を引っ立てよ! 不愉快極まる!」
『はっ!』

 狂乱するマリアンヌの両腕を取り押さえて、兵士たちが引きずっていく。
 ああ、お父様。お母様。マリアンヌ。
 どうして、こんなことに。

 嘆くわたしを嗜めるように、スターク様が目を伏せ、小さく首を左右に振った。
 君は悪くない、と、そう赦しを与えるように。
 本当にそうなのだろうかと思う。それでも、わたしは。わたしが信じるのは、スターク様だと決めているから。

「面を上げよ、新たなる聖女と勇者よ」
『はっ!』
「うむ……其方らはこの国の新たなる礎だ。邪竜の王をも退けたその武勇は素晴らしい。天晴れだ。だが、国のため、民のために命を捧げる高潔と覚悟……それをゆめゆめ忘れるでないぞ」
『光栄にございます、神皇陛下!』

 わたしたちは声を揃えて、決まってしまったその肩書きを拝命する。
 正直なところなにがなにやら、という感じではあったし、スターク様が隣にいなければきっとわたしは取り乱していたけれど。

 ──マリアンヌ。お父様、お母様。

 わたしは、望まれて生まれた子ではなかったのかもしれません。ですが、十五まで育てていただいた恩だけは、決して忘れません。
 胸の中でそれだけを別れの言葉として、謁見の間どころか、城内に響き渡るほどの歓声に、手を振り、笑顔で応えてみせた。
 それが、きっと「聖女」の最初のお務めだから。

「さて……ところで其方らはまだ婚儀を結んで一年しか経っておらぬのだったな」
「恐れながら、仰る通りでございます。神王陛下」
「式は挙げたのか?」
「いえ……まだでございます、神皇陛下」

 突如として、からかうような口調で問いかけてくる神皇陛下に困惑しながらも、わたしたちはそのお言葉を首肯する。
 すると、陛下は。

「そうか……ならば再び余の名において宣言する! 我がウェスタリア神聖皇国は、新たなる聖女と勇者の婚礼の儀を、国を挙げて執り行うと!」
『万歳! 神皇陛下万歳! 聖女様、勇者様、万歳!』

 割れんばかりのシュプレヒコールが王城に響き渡り、花びらと紙吹雪が無数に乱れ舞う。
 祝福を受けているはずのわたしたちを置き去りにして、なんだか事態はどんどん、雪だるまのように膨れ上がっていく。

「す、スターク様……」
「……神皇陛下のありがたきお心遣いだ、褒美として受け取ろう、リリアーヌ」

 ご褒美が、国を挙げた結婚式だなんて、わたしにはスケールが大きすぎてとても想像できなかったけれど。
 今はただ、スターク様の観念したような笑顔につられてわたしも口元を綻ばせ、観衆に手を振りながら謁見の間をあとにする。
 全部が全部、幸せなことばかりじゃなかった。でも。

 きっとその幸も不幸も含めての報いなのだろうと、わたしは胸にそう刻み込んだ。
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