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第十八話「愛しているのです」

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「承知いたしました、スターク様。では……ささやかではございますが、どうかこの護石を受け取っていただけないでしょうか」
「これは……?」

 首に下げていた飾りを外して、わたしはスターク様へとそれを手渡す。
 困惑しながらも、ぼんやりと赤く──日緋色に輝くその護石を受け取って、スターク様は首を傾げる。

「それこそは、『魂の護り石』でございます。恥ずかしながら、わたしも『聖女』の家系に生まれた身……きっと、ほんの僅かではございますが、授けられるご加護があると信じて、作らせていただきました」

 魂の護り石。それは持ち主に術者が「加護」を与える、いわば「聖女の加護」を擬似的に再現するための魔道具だった。
 わたしは、初めから聖女になることを期待されてなどいなかったから、この身にどれほどの魔力が、聖なる力が流れているかはわからないけれど。
 それでも、少しでもお役に立てるのなら。勝利の一助となれるのならと信じて、全身全霊で加護を込めさせていただいたものだ。

「そうか、邪竜王の瘴気……ありがたい。感謝する、リリアーヌ」
「いえ……」
「それでは、その『刻の水門』を貸してはくれまいか」

 スターク様は「魂の護り石」を首に下げると、エスティさんにガントレットを着けてもらった左手で、わたしが抱えていた「刻の水門」を要求する。
 それは取りも直さず、スターク様が一人で、たった一人で戦地に向かわれるという意志の表れだった。
 円卓に広げられた地図には、答え合わせをするように青色の駒が一つ、王都ウェスタリアに配置され、残る駒は全て「暗闇の森」に集まっている。

「……っ……!」
「どうした、リリアーヌ。作戦は一刻を争うのだぞ」

 それは、理に適っている。
 どうせ、オリハルコン製である「クラウ・ソラス」以外は邪竜王に傷を負わせることができないのなら、イーヴェルの復活に呼応して凶暴化することが予想される魔物への防備にこの砦の全力を注ぐという作戦は。
 でも、一人。たった一人で、スターク様がかの古竜の王が一柱に挑まなければならないのなら、わたしは。

「……嫌で、ございます」
「なぜだ! この戦いは、ウェスタリア神聖皇国のみならず、人類の存亡がかかったものといってもよいのだぞ、リリアーヌ!」

 この家に嫁いで初めて、スターク様はわたしを怒鳴りつけた。
 だけどそれは、心の底から憂いと、優しさに溢れたもので、できることならこうしたくはなかったとばかりに、スターク様の表情には色濃く後悔が滲んでいる。
 ああ、本当に。こんなときまで、わたしなんかを慮ってくださって──だから。

「スターク様が王都に馳せ参じるのであれば、わたしも共に参ります……っ! 『魂の護り石』は加護を授けた者と近ければ近いほど、その力を発揮するものなのですから!」
「だが、それでは君を……! 俺は、君を危険に晒したくはない。失いたくはないのだ! わかってくれ、リリアーヌ!」
「それは、わたしも同じですっ!」

 いつになく、強く言い返してしまったわたしの声を聞いたスターク様は、驚いたように目を丸くする。
 ご無礼なことをしてしまったかもしれないと、後悔はしていた。
 だけど、わたしの舌先は止まることを知らずに、すらすらと思いの丈を、ふつふつと心の底から湧き上がる声を紡ぎ出してしまう。

「わたしは……っ……! わたしは、愛するお方を……ただ一人で死地に送り出すなど、とても堪えられません……! いつも、傷ついてお帰りになったとき、どれほどわたしが心配しているかを、スターク様はご存知ですか……? 嫌なのです、愛するお方を失うのは、わたしも! ですから! 例え死すときであっても、最期まで共にありたい! わたしは! わたしは……スターク・フォン・ピースレイヤー様の、妻なのですから!」

 ああ、言った。言ってしまった。
 わたしは今、なんと?
 ああ、そうだ。

 愛している、と。
 嬉しさを、幸せを、わたしに教えてくれた大切なお方に、ずっと捧げたかったこの気持ちの名前。それこそが、愛。
 例えこれが最期だとしても、その決断を躊躇うことなく隣にいたいという、想い。

「……リリアーヌ……」
「……ご無礼をお許しください、スターク様……ですが、このリリアーヌは、決して死すためだけに決意を言葉にしたのではありません」
「……わかった。聞こう、君の作戦を」

 涙を堪えて毅然と見据える視線に折れてくれたのか、納得してくれたのかはわからない。
 だけど、スターク様は確かに、わたしの言い分を聞き入れてくれていた。
 その寛大さに感謝しながら、再び「刻の水門」を手に取って、スターク様へと、思い描いていた勝利の鍵を、言葉の形で送り出した。

「……なるほど、その手があったか!」
「……どうでしょうか、スターク様……?」
「……君を危険に晒すかもしれない。だが、許してくれるか、リリアーヌ」
「もちろんです……! わたしは、どこまでも貴方について参ります、スターク様……」

 ぎゅっ、とわたしの拳を包み込んだ大きな掌に、戦士の手の感触に安堵と頼もしさを覚えながら、「刻の水門」をひっくり返す。
 出立のときだった。
 淡い燐光に包まれたわたしたちは、騎士たちの鬨の声を、激励を背に王都へと跳んでいく。

 遥かな距離を、僅かな刻で踏み越えて。
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