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第十二話「庭園にて」
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「見るといい、リリアーヌ。『暗闇の森』と接したこの場所だが……人が手入れをしてやれば、このように美しい花が咲く。俺は、それを愛おしく思う」
初めての錬金術を成功させてから季節は巡り、夏の盛りを迎えた中庭で、スターク様はわたしの手を取り、お散歩に連れ出してくれていた。
「白く、美しい花です……とても、綺麗」
「俺もそう思う。そして、この花が綺麗に咲いているのは、ひとえに庭師たちの努力があってのことだ」
スターク様は、今も枝切り鋏で庭木の手入れをしている使用人たちを一瞥して言った。
彼ら彼女らとわたしたちの間には、身分という明確な差であり壁がある。それは、どうしようもないことだ。
だから、貴族の中には、使用人をなんとも思わずにこき使うひどい人たちがいると聞く。
だけど、スターク様は身分の差があることを前提にしつつも、使用人たちが日々働いている姿勢を、努力を褒め称えていた。
その高潔をこそ、わたしは美しいと思う。
この庭に咲き誇る花たちのように華やかではなくとも、例えるなら、崖っぷちに根を張り、咲いている一輪花のような気高さだ。
スターク様の横顔を見つめながら、そんなことを頭の中にぼんやりと浮かべる。
あの日、嬉しさを、幸せを知ってからというもの、わたしの世界は急激に鮮やかな色彩を取り戻していった。
今まで枯れ果てかけていたものが、水を得たように息を吹き返したことで、知ったものや知ったことは数多い。
だけど、その知識の中で、幸せたちの中で一番大きなものは、この家に嫁げた幸せだ。
そして、次に大きなものは、わたしが正式にこのピースレイヤー家の錬金術師として認められたことだろうか。
どういうわけか、わたしが錬金術で作った道具は市販のものとは比べ物にならないくらい大きな効果を発揮するようで、エスティさんたちが嘆いていた頑固な汚れを落とす洗剤や、安らぎをもたらすアロマや、様々な道具を作ることで、わたしはピースレイヤー家に居場所を得ることができていた。
「それは君も同じだ、リリアーヌ」
「わたしも……ですか?」
「もちろんだ」
スターク様は頷くと、その白い花を一輪手折って跪き、捧げてくれた。
「君の錬金術のおかげで、この城塞も随分と華やかになった。恥ずかしながら……どうにも俺は使用人たちの機嫌を取るのが苦手でな。君がいてくれたおかげで、使用人たちも、騎士たちも皆活気付いている。これは、間違いなく俺にはできないことだ」
ありがとう、リリアーヌ。
その言葉と共に差し伸べられた一輪の花を受け取って、わたしはそっと胸に抱く。
ここにきたばかりのときと比べて、少しは肉付きが良くなっただろうか。少しでも、スターク様が好ましいと思う女性になれているだろうか。
そんなことを思いながら、そっと白い花──薔薇へと、視線を落とす。
「……それも全ては、わたしを……忌み子のわたしなんかを、スターク様が受け入れてくれたおかげです」
「謙遜するのは君の悪い癖だな、リリアーヌ。この花を君に捧げた通り、君にとっては忌むべきものであったとしても、俺にとってそうであるとは限らない」
「それは……?」
「さて、な。少しずつだ。少しずつ、答えを知っていけばいい」
そう呟くとスターク様は立ち上がって、吹き抜ける夏の風にマントを翻す。
わたしは頭巾を押さえながら、その逞しい後ろ姿をただ呆然と見つめていた。
白い薔薇、その花言葉は、「心からの尊敬」。果たしてそれを受け取る資格があるのか、まだわたしはわからないまま、嬉しさと幸せだけを胸に抱いて、スターク様の半歩後ろに付き従う。
わたしにとっては忌むべきこの赤い髪を憎む気持ちを抑えながら。本当は、マリアンヌのように美しいブロンドに生まれていたら、という妬みを、堪えながら。
◇◆◇
秋が過ぎ、冬が過ぎ、季節が一つ巡りゆく。
そうして迎えた春の梢で、ピースレイヤー家に嫁いできて一年という時間が経過したことを、この中庭で噛み締める。
中庭に設けられたテラスで、わたしはスターク様と、テーブルに聳え立つ大きなケーキを前に、そんなことを考えながらがちがちに緊張して震えていた。
「今日は、君の誕生日だと聞いている」
「……は、はい。わたしも、忘れかけていましたけれど」
誕生日祝い。その名目で今日は二人きりになっていたのだ。
思えば、誕生日を祝われたことなんて一度もなかったし、お母様はいつもわたしのことを「産むんじゃなかった」と言っていたから、これも意識の外に追いやっていたのかもしれない。
だから、こうしてちゃんと祝われるのは初めてで、それがとても嬉しいんだけれど、どうしていいかわからない、というのが正直な本音ではあった。
「……我がピースレイヤー領はウェスタリア神聖皇国の堡塁にして、人類の最前線だ。本当であれば、君をこのような城に閉じ込めておくのではなく、様々な場所に連れ出すべきなのだとは思うが……これが俺に用意できる精一杯だ。申し訳ないが、我慢してほしい」
申し訳なさそうに、スターク様は小さく頭を下げる。
だけどそんな、とんでもない。
わたしは、このピースレイヤー領を訪れていなかったら、この家に嫁げていなかったら、きっと幸せを一生知ることなく、生涯を終えていたであろうから。
「我慢なんて、そんな……わたしはスターク様の元に嫁げて、ピースレイヤー領を訪れることができて、とても幸せな心地です。錬金術を研究するのは楽しいですし、四季折々の花々を愛でることも飽きません」
「……君の優しさには感謝が尽きない、リリアーヌ。その心の美しさにこそ、俺は真に心奪われたのかもしれないな」
スターク様はふっ、と小さく笑って、なにかを誤魔化すようにティーカップに口をつける。
わたしの、優しさ。
その言葉を正面から受け止めるには、少し幸せを知りすぎたのかもしれない。
初めての錬金術を成功させてから季節は巡り、夏の盛りを迎えた中庭で、スターク様はわたしの手を取り、お散歩に連れ出してくれていた。
「白く、美しい花です……とても、綺麗」
「俺もそう思う。そして、この花が綺麗に咲いているのは、ひとえに庭師たちの努力があってのことだ」
スターク様は、今も枝切り鋏で庭木の手入れをしている使用人たちを一瞥して言った。
彼ら彼女らとわたしたちの間には、身分という明確な差であり壁がある。それは、どうしようもないことだ。
だから、貴族の中には、使用人をなんとも思わずにこき使うひどい人たちがいると聞く。
だけど、スターク様は身分の差があることを前提にしつつも、使用人たちが日々働いている姿勢を、努力を褒め称えていた。
その高潔をこそ、わたしは美しいと思う。
この庭に咲き誇る花たちのように華やかではなくとも、例えるなら、崖っぷちに根を張り、咲いている一輪花のような気高さだ。
スターク様の横顔を見つめながら、そんなことを頭の中にぼんやりと浮かべる。
あの日、嬉しさを、幸せを知ってからというもの、わたしの世界は急激に鮮やかな色彩を取り戻していった。
今まで枯れ果てかけていたものが、水を得たように息を吹き返したことで、知ったものや知ったことは数多い。
だけど、その知識の中で、幸せたちの中で一番大きなものは、この家に嫁げた幸せだ。
そして、次に大きなものは、わたしが正式にこのピースレイヤー家の錬金術師として認められたことだろうか。
どういうわけか、わたしが錬金術で作った道具は市販のものとは比べ物にならないくらい大きな効果を発揮するようで、エスティさんたちが嘆いていた頑固な汚れを落とす洗剤や、安らぎをもたらすアロマや、様々な道具を作ることで、わたしはピースレイヤー家に居場所を得ることができていた。
「それは君も同じだ、リリアーヌ」
「わたしも……ですか?」
「もちろんだ」
スターク様は頷くと、その白い花を一輪手折って跪き、捧げてくれた。
「君の錬金術のおかげで、この城塞も随分と華やかになった。恥ずかしながら……どうにも俺は使用人たちの機嫌を取るのが苦手でな。君がいてくれたおかげで、使用人たちも、騎士たちも皆活気付いている。これは、間違いなく俺にはできないことだ」
ありがとう、リリアーヌ。
その言葉と共に差し伸べられた一輪の花を受け取って、わたしはそっと胸に抱く。
ここにきたばかりのときと比べて、少しは肉付きが良くなっただろうか。少しでも、スターク様が好ましいと思う女性になれているだろうか。
そんなことを思いながら、そっと白い花──薔薇へと、視線を落とす。
「……それも全ては、わたしを……忌み子のわたしなんかを、スターク様が受け入れてくれたおかげです」
「謙遜するのは君の悪い癖だな、リリアーヌ。この花を君に捧げた通り、君にとっては忌むべきものであったとしても、俺にとってそうであるとは限らない」
「それは……?」
「さて、な。少しずつだ。少しずつ、答えを知っていけばいい」
そう呟くとスターク様は立ち上がって、吹き抜ける夏の風にマントを翻す。
わたしは頭巾を押さえながら、その逞しい後ろ姿をただ呆然と見つめていた。
白い薔薇、その花言葉は、「心からの尊敬」。果たしてそれを受け取る資格があるのか、まだわたしはわからないまま、嬉しさと幸せだけを胸に抱いて、スターク様の半歩後ろに付き従う。
わたしにとっては忌むべきこの赤い髪を憎む気持ちを抑えながら。本当は、マリアンヌのように美しいブロンドに生まれていたら、という妬みを、堪えながら。
◇◆◇
秋が過ぎ、冬が過ぎ、季節が一つ巡りゆく。
そうして迎えた春の梢で、ピースレイヤー家に嫁いできて一年という時間が経過したことを、この中庭で噛み締める。
中庭に設けられたテラスで、わたしはスターク様と、テーブルに聳え立つ大きなケーキを前に、そんなことを考えながらがちがちに緊張して震えていた。
「今日は、君の誕生日だと聞いている」
「……は、はい。わたしも、忘れかけていましたけれど」
誕生日祝い。その名目で今日は二人きりになっていたのだ。
思えば、誕生日を祝われたことなんて一度もなかったし、お母様はいつもわたしのことを「産むんじゃなかった」と言っていたから、これも意識の外に追いやっていたのかもしれない。
だから、こうしてちゃんと祝われるのは初めてで、それがとても嬉しいんだけれど、どうしていいかわからない、というのが正直な本音ではあった。
「……我がピースレイヤー領はウェスタリア神聖皇国の堡塁にして、人類の最前線だ。本当であれば、君をこのような城に閉じ込めておくのではなく、様々な場所に連れ出すべきなのだとは思うが……これが俺に用意できる精一杯だ。申し訳ないが、我慢してほしい」
申し訳なさそうに、スターク様は小さく頭を下げる。
だけどそんな、とんでもない。
わたしは、このピースレイヤー領を訪れていなかったら、この家に嫁げていなかったら、きっと幸せを一生知ることなく、生涯を終えていたであろうから。
「我慢なんて、そんな……わたしはスターク様の元に嫁げて、ピースレイヤー領を訪れることができて、とても幸せな心地です。錬金術を研究するのは楽しいですし、四季折々の花々を愛でることも飽きません」
「……君の優しさには感謝が尽きない、リリアーヌ。その心の美しさにこそ、俺は真に心奪われたのかもしれないな」
スターク様はふっ、と小さく笑って、なにかを誤魔化すようにティーカップに口をつける。
わたしの、優しさ。
その言葉を正面から受け止めるには、少し幸せを知りすぎたのかもしれない。
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