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最終話 ②
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私の名前を呼ぶ声に、目を薄っすらと開けてみれば、ぼやけた視界にジルさんの姿が映る。
きっと、最後にジルさんの姿を見たいと願った私の願望が見せた幻なのだろう。
(──ああ、泣いていてもやっぱり綺麗……)
ジルさんの瞳から流れ落ちる涙はまるで、宝石のように美しい。
だけど私が見たいのは、泣いているジルさんの顔じゃなく、花が舞い散る幻影の、綺麗な笑顔のジルさんなのだ。
(──え? ジルさんの泣き顔……?)
そう気付くと、寒さに震えていた身体がポカポカと温かくなった。
まるで凍りついていたような私の身体に、じわじわと感覚が戻ってくる。
すると、私の身体を誰かがぎゅっと抱きしめていることに気が付いた。
「アン……っ!! 良かった……っ!!」
私を抱きしめていたのはジルさんで、その身体がかすかに震えている。
どうやら私はジルさんを酷く心配させてしまったらしい。
(えっと、何があったんだっけ……? んん? あっ! そうだ!!)
私は動かない頭を無理やり動かし、何があったのかを思い出した。
フライタークに拉致されて、脅された後に麻薬を飲まされて──そして最後に、私はジルさんの幻を見て、意識を失ったのだ。
だけどこうしてジルさんがここにいるということは、幻だと思っていた姿は本物のジルさんだったようだ。
「……ジルさん……あれ、苦い……?」
ジルさんの名前を呼ぶために口を開いてみれば、何故か口の中が苦かった。
「す、すまない……っ! 俺がアンに口写しでクロイターティを飲ませたから……っ!」
私の呟きを聞いたジルさんが、珍しく焦っている。そんな困惑した顔もまた格好良いと思う私はもう、ジルさん中毒の末期なのだと思う。
「……え? ええっ?! く、口写し……っ?!」
口移しと聞いた私の顔と身体が真っ赤になる。まさかジルさんにそんな迷惑をかけていたとは思わなかったのだ。
「アンを不快にさせたのなら申し訳ない。他の方法もあったのかもしれないが、俺は一刻も早くアンに目覚めて欲しかったんだ」
「あ! 不快だなんてとんでもないですっ! むしろ覚えていないのが勿体ないなって……あっ!」
テンパった私は思わず本音を漏らしてしまう。
「ぎゃーっ!! 今の無しっ!! 今の無しでっ!! お願い忘れてぇーーーーっ!!」
私はそう叫ぶと、赤く染まった顔を隠すように布団に包まった。もうしばらくはここから出たくない。
「……やっと目覚めてくれたのに、また眠るつもりか?」
私が布団を被り、羞恥に打ち振るえていると、ジルさんが布団ごと私を抱き上げた。
「アンが目覚めないと思ったら、すごく怖くてたまらなかった。今もまだ不安なんだ。だから俺に元気な姿を見せて、安心させて欲しい……駄目か?」
ジルさんはそう言うと、布団をめくって私の顔を覗き込んできた。
「……駄目、じゃないです……っ」
悲しそうな顔でそんなことを言われたら、起きるしかないじゃないか。
私が渋々ながらもそう言うと、ジルさんはそれはもう嬉しそうに、満面の笑顔になった。
「そうか。なら良かった」
光が溢れ、花が咲き乱れるような笑顔に、その笑顔が見たかった私は、まあいっか、と思う。
ずっと隠れていたら、この笑顔を見ることは出来ないのだ。ならば私の羞恥心なんて、どこかに吹き飛ばしてしまえばいい。
私はジルさんを安心させようと、今出来る最高の笑顔を浮かべて微笑んだ。
そんな私を、ジルさんは眩しそうに見つめると、そっと顔を近づけてきて──。
ジルさんの唇が、私の唇と重なり合う。
口写しとは違う、そのキスは、とても甘い味がした。
* * * * * *
──時間は流れ、今王宮の敷地にある神殿では、フロレンティーナ王女殿下とヘルムフリートさんの婚姻式が執り行われていた。
私はその様子を、そっと柱の陰から見守っている。
白を基調とした生花装飾は、マイグレックヒェンをメインに制作した。
白と緑の爽やかな色合いは上品で、神殿の雰囲気ととても合っていて、神聖な雰囲気を醸し出している。
そして王女殿下が手にしているブーケにも、可愛いマイグレックヒェンをたっぷり使っている。
清楚で可憐なマイグレックヒェンは、王女殿下の美しさを際立たせていた。
「素晴らしい式だな」
婚姻式の警備をしていたジルさんが、私に声を掛けてきた。
「あ、ジルさん、お仕事お疲れさまです」
「うむ。一時はどうなることかと思ったが、無事式を挙げられて本当に良かった」
ジルさんの言葉通り、”アクア・ヴィテ”の一件は王国中を揺るがす程の驚きを人々に与えた。
”アクア・ヴィテ”が最悪な麻薬なのはもちろんだけれど、もっと最悪なのは中毒になった人を奴隷にして、人身販売を行っていたことだ。
そんな史上最悪な事件の首謀者であるフライタークは投獄され、全ての問題が解決した後、処刑されることが決まっている。
”アクア・ヴィテ”の中毒になっていた人々は、急遽開発された特効薬で次々と元気を取り戻している。
モーンクーヘンを食べた令嬢たちは中毒になったものの、幸いなことにモーンマッセに含まれていた”アクア・ヴィテ”はごく少量だったようで、比較的早く回復することが出来た。
そんな薬を開発したのはヘルムフリートさんで、私が回復したことで”アクア・ヴィテ”の解析が進み、特効薬を作ることに成功したのだ。
本当は私の魔法が作る水でも回復することはわかっていたけれど、だからといって私に頼るわけにはいかない、とヘルムフリートさんが頑張ってくれたのだ。
幸せそうに微笑み合っているヘルムフリートさんたちの姿に、私は感動で涙が迸りそうになってしまう。
──そうして、婚姻式と婚約式に使われたマイグレックヒェンの人気は更に高まり、「純潔、純粋、幸福」の花言葉も相俟って、「恋人たちを守ってくれる花」として、世界中の人々に知られることとなったのだった。
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