【完結】緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

五城楼スケ(デコスケ)

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最終話 ①

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「残念ながら、この麻薬には特効薬も治療法もありません」

 アンネリーエを診察した王宮医師が、ジギスヴァルトに診断結果を報告した。

「そんな……っ!! いや、しかし──、っ……!」

 ジギスヴァルトは出かけた言葉を、ぐっと喉に押し戻す。
 この王国で最高の医師の言葉を否定できるほど、自分は賢くもないし、知識もないと自覚しているからだ。

 本来であれば、王族専属である王宮医師にアンネリーエを診察して貰うのは不可能だった。
 しかし、アンネリーエはフロレンティーナの恩人だ。
 状況を知ったフロレンティーナが国王に掛け合い、特別に診察の許可が降りたのだ。
 
「──とにかく、固定魔法を解除すれば、この方はたちまち禁断症状に苦しむことになるでしょう。かなり高濃度の麻薬を飲まされておりますから、下手をすると命を落とす可能性があります。それを防ぐためにも、しばらくこのままの状態で治療法が見つかるまで待つしかありません」

 ヘルムフリートがその場にいたことは幸運だった。彼がすぐ固定魔法をかけたおかげで、アンネリーエは命を落とさずに済んでいるのだ。
 しかし、魔法を維持するということはアンネリーエもまた、目覚めないということだ。

(くそ……っ!! 一体どうすれば……っ!!)

 ジギスヴァルトは、アンネリーエのために何も出来ないもどかしさに、胸が傷んで苦しくなる。

 とにかく今は、首謀者であるフライタークから”アクア・ヴィテ”の製造方法を聞き出し、その情報を元に特効薬の研究と実用化を急がなければならない。
 アンネリーエ以外にも”アクア・ヴィテ”の被害にあった人間はたくさんいるのだ。

 アンネリーエの為に、自分にも出来ることはないかと悩んでいたジギスヴァルトは、いつの間にか「ブルーメ」の前に来ていた。
 アンネリーエを救出したものの、一睡もできず精神的にも肉体的にも疲労していたのだろう、癒やしを求めて無意識に向かっていたのだ。

 遠征に行き、不眠不休で何日も戦い続けた時ですら、ここまで疲弊したことはなかったのに、とジギスヴァルトは思う。

 店は一見、いつもと変わらない様子でその場にあった。
 扉を開ければアンネリーエがいて、花が咲くような笑顔で自分を出迎えてくれるのではないか、と錯覚してしまいそうになる。

 店の中に入ると、小さい店なのにアンネリーエがいないだけで随分広く感じる。いつも店中に溢れている色鮮やかな花も、今は全く見当たらない。

 ──まるでこの世界から色彩が失われたような、そんな喪失感にジギスヴァルトの心が痛む。

 寂しさを感じながらキッチンに行けば、テーブルの上は昨日のままで、お茶の用意とモーンクーヘンが置いてあった。
 誰もこの店に入らないよう命令していたので、手つかずのままだったのだ。

 ジギスヴァルトは椅子に座ると、アンネリーエと共に過ごした穏やかな時間を思い出す。
 彼女と一緒に飲むクロイターティとプレッツヒェンは本当に美味しかった。

 無性にクロイターティとプレッツヒェンが食べたくなったジギスヴァルトは、テーブルに置かれたままのクロイターティに目を留めた。

 そしてアンネリーエに心の中で詫びを入れると、クロイターティを口に含む。 

 クラテールが入ったまま放置されていたクロイターティはとても苦く、まるで薬のようだな、とジギスヴァルトは思う。

 そんな苦いクロイターティを飲んだジギスヴァルトは、ふと自分の身体の変化に気が付いた。

 ──先程まで疲労困憊だった身体が、とても軽くなっていたのだ。

 そう言えば、アンネリーエの淹れるクロイターティを飲んだ後は、いつも疲れが無くなっていた。
 それはアンネリーエに会えた喜びのせいかと思っていたが、クロイターティのおかげでもあったのだ。

 アンネリーエはお茶を淹れる時も、魔法で水を作り出していた──と考えると同時に、ジギスヴァルトはクロイターティが入ったポットを持ち、慌てて店を飛び出した。

 まさか、という驚きが、もしかして、という可能性に変わる。

 アンネリーエが魔法で作る水には<再生>の効果がある。
 それは、失われた遺伝子情報すら修復してしまう奇跡の力だ。
 ならば、麻薬に蝕まれた身体の情報を、元通りに修復出来るということなのだ。

 ジギスヴァルトはアンネリーエが眠る部屋に入ると、ベッドサイドに置かれているコップにクロイターティを注いでいく。
 そして眠っているアンネリーエの身体を抱き上げ、クロイターティを口に含むと、口写しでクロイターティをアンネリーエに飲ませていく。

 そうして何回かクロイターティを飲ませ続けると、色を失っていたアンネリーエの顔色に、赤みが戻ってきた。

「────アン……っ!!」

 ジギスヴァルトが祈るような気持ちでアンネリーエの名前を呼ぶと、薄っすらと目を開けたアンネリーエが、ジギスヴァルトを見て優しく微笑んだ。
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