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第37話 ②
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「こう見えて私は紳士ですからね。痛みで人を屈服させるのも良いのですが、その方法だと結構手間がかかるのですよ。ならば、自分から話したくなるような状況を作り出せば良いのではないか、と思い付きましてね」
「そんなの、どうやって……っ?!」
思わず問いかけた私を見て、フライタークはニヤリと笑うと、懐から何かのケースを取り出した。
「本当はゆっくりと私好みに仕上げるつもりだったのですよ? 貴女のような強い意志を持つ人を組み伏せるのも楽しかったでしょうに……勿体ない。しかし貴女は一筋縄では行かないようなので、直接摂取して貰いましょうか」
フライタークがケースから取り出したのは、何かの液体が入っている瓶だった。
その液体を見た私は、得も知れない違和感を覚える。
「それは……?」
「これは今巷を賑わせている生命の水──”アクア・ヴィテ”ですよ。これは少し濃度を上げているのでキツめですが、その分効果は凄まじいですよ」
私に説明しながらフライタークが瓶の蓋を開けると、以前嗅いだことがある、香ばしい香りが薄っすらと漂ってきて──……。
「これは……モーンの香り……?」
「へぇ。驚きました。随分鼻が敏感なのですね。その通り、”アクア・ヴィテ”はモーンの花から作られているのですよ」
──私はようやく、今まで感じてきた違和感の正体に気が付いた。
「……まさか、あのモーンクーヘンにも……?!」
私の推測に、驚いたフライタークの目が見開いた。
「これはこれは……まさかモーンクーヘンにも気付かれるとは……! 素晴らしい! ああ、本当に、壊してしまうのが勿体ない……!!」
フライタークは、たまらない、と言った様子で笑い出す。
「私は貴女がとても気に入りました。私とともに『プフランツェ』で働きませんか? 貴女もこのまま薬漬けにされるのは嫌でしょう?」
恐らく、これが最終通告なのだろう。
きっとこの提案を断れば、私はこの人の言う通り薬漬けにされて──ジルさんとは二度と会えなくなると思う。
「──お断りします」
でも、それでも、私の意思は変わらない。
ジルさんたちと交わした約束を、私はどうしても破りたくなかったのだ。
それにもし提案を受け入れたとしても、この人は密かに”アクア・ヴィテ”を使い、私を操ろうとするだろう。
「……っ!! そうですか……そんなに薬漬けになりたいのなら……。お望み通りにしてあげましょう!」
提案を拒否されて逆上したフライタークが私の顎を掴んで持ち上げると、私の口の中に”アクア・ヴィテ”を注ぎ込んだ。
「ぐ……っ! ……っ?! がはッ! ゲホゲホッ!!」
抵抗する間もなく”アクア・ヴィテ”を飲まされた私は、突然のことにむせて咳き込んでしまう。
「……はぁっ、はぁ、は……っ!」
私は身体に力が入らず、後ろのソファーに倒れ込む。
すると頭がクラクラしてきて、動悸がだんだん激しくなってきた。
「ハハハッ! 早速薬が効いてきましたね! もうこれで貴女は私無しで生きていけない身体になったのですよ!!」
フライタークの言葉が頭の中に響き、頭痛とともに吐き気と悪寒に襲われ、私の意識が朦朧となる。
(……ジルさん……)
薄れていく意識の中、私は大好きな人の面影を思い出す。
「────アン……っ!!」
私の名前を呼ぶ声に、目を薄っすらと開けてみれば、涙でぼやけた視界にジルさんの姿が映る。
たとえそれが、私の願望が見せた幻だったとしても、最後に見た光景がジルさんの姿で本当に良かった、と心から思う。
きっとこのまま意識を失い、目覚めた時にはもう、私は薬の依存症で正気を失い、違う人間のようになっているだろう。
そんな醜い私の姿が、彼の記憶に残るぐらいなら、せめて──……
光が降り注ぐ温室で、一緒に過ごしたあの穏やかな時間だけが、貴方の心に残りますように──と、私は切に願った。
「そんなの、どうやって……っ?!」
思わず問いかけた私を見て、フライタークはニヤリと笑うと、懐から何かのケースを取り出した。
「本当はゆっくりと私好みに仕上げるつもりだったのですよ? 貴女のような強い意志を持つ人を組み伏せるのも楽しかったでしょうに……勿体ない。しかし貴女は一筋縄では行かないようなので、直接摂取して貰いましょうか」
フライタークがケースから取り出したのは、何かの液体が入っている瓶だった。
その液体を見た私は、得も知れない違和感を覚える。
「それは……?」
「これは今巷を賑わせている生命の水──”アクア・ヴィテ”ですよ。これは少し濃度を上げているのでキツめですが、その分効果は凄まじいですよ」
私に説明しながらフライタークが瓶の蓋を開けると、以前嗅いだことがある、香ばしい香りが薄っすらと漂ってきて──……。
「これは……モーンの香り……?」
「へぇ。驚きました。随分鼻が敏感なのですね。その通り、”アクア・ヴィテ”はモーンの花から作られているのですよ」
──私はようやく、今まで感じてきた違和感の正体に気が付いた。
「……まさか、あのモーンクーヘンにも……?!」
私の推測に、驚いたフライタークの目が見開いた。
「これはこれは……まさかモーンクーヘンにも気付かれるとは……! 素晴らしい! ああ、本当に、壊してしまうのが勿体ない……!!」
フライタークは、たまらない、と言った様子で笑い出す。
「私は貴女がとても気に入りました。私とともに『プフランツェ』で働きませんか? 貴女もこのまま薬漬けにされるのは嫌でしょう?」
恐らく、これが最終通告なのだろう。
きっとこの提案を断れば、私はこの人の言う通り薬漬けにされて──ジルさんとは二度と会えなくなると思う。
「──お断りします」
でも、それでも、私の意思は変わらない。
ジルさんたちと交わした約束を、私はどうしても破りたくなかったのだ。
それにもし提案を受け入れたとしても、この人は密かに”アクア・ヴィテ”を使い、私を操ろうとするだろう。
「……っ!! そうですか……そんなに薬漬けになりたいのなら……。お望み通りにしてあげましょう!」
提案を拒否されて逆上したフライタークが私の顎を掴んで持ち上げると、私の口の中に”アクア・ヴィテ”を注ぎ込んだ。
「ぐ……っ! ……っ?! がはッ! ゲホゲホッ!!」
抵抗する間もなく”アクア・ヴィテ”を飲まされた私は、突然のことにむせて咳き込んでしまう。
「……はぁっ、はぁ、は……っ!」
私は身体に力が入らず、後ろのソファーに倒れ込む。
すると頭がクラクラしてきて、動悸がだんだん激しくなってきた。
「ハハハッ! 早速薬が効いてきましたね! もうこれで貴女は私無しで生きていけない身体になったのですよ!!」
フライタークの言葉が頭の中に響き、頭痛とともに吐き気と悪寒に襲われ、私の意識が朦朧となる。
(……ジルさん……)
薄れていく意識の中、私は大好きな人の面影を思い出す。
「────アン……っ!!」
私の名前を呼ぶ声に、目を薄っすらと開けてみれば、涙でぼやけた視界にジルさんの姿が映る。
たとえそれが、私の願望が見せた幻だったとしても、最後に見た光景がジルさんの姿で本当に良かった、と心から思う。
きっとこのまま意識を失い、目覚めた時にはもう、私は薬の依存症で正気を失い、違う人間のようになっているだろう。
そんな醜い私の姿が、彼の記憶に残るぐらいなら、せめて──……
光が降り注ぐ温室で、一緒に過ごしたあの穏やかな時間だけが、貴方の心に残りますように──と、私は切に願った。
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