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第33話 ②

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「……どうしようかなぁ~~……」

 本日何度目なのかわからないため息をつきながら、幸せが逃げちゃうなーと思っていると、誰かがお店のドアを開けたのか、ドアベルの音が鳴っていることに気付く。

 今日はもう『閉店』のプレートに変えたのに、一体誰だろう? と思っていると、「誰かおらんかぁっ!!」という怒鳴り声が聞こえてきた。

「は、はい? えっと、どちら様で……?」

 私が慌ててお店に戻ると、そこには身なりが良さそうなおじさんと、お付きの人らしき男の人が立っていた。

「我はバルチュ男爵であるっ! お前がここの主人か?! ならば話は早い。この店を我に明け渡して貰おう!」

「はぁっ?!」

 いきなり店にやって来て、とんでもないことを言い出す貴族に驚いた。

「聞こえんのか? この店を我によこすのだ。ほら、金ならやろう。これで十分であろう?」

 貴族は懐から袋を取り出すと、私の足元に向かってぽいっと投げた。袋の中から硬貨がこすれる音がする。

「いやいや、そんな事言われても困ります! 私はこの店を手放す気はありません!」

 いくらお金を積まれたとしても、私がこの店を売るなんてありえない。
 ……っていうか、こんな無茶な要求に私が従うと思われていることに腹が立つ。

「我はバルチュ男爵だぞ! たかが花屋の店主ごときが逆らうでないわっ!!」

 男爵だからなんだと言うのか、貴族なら何でも許されるのか、メチャクチャな言い分に私の怒りが頂点に達した、その時──。

「……ほう。いきなり有無を言わさず、端した金で店を奪い取ろうとは。男爵とは随分偉いのだな?」

「誰だっ?! 私はバルチュ男爵だ……ぞ……? え……?」

 言い争っている私と貴族の間に、聞き覚えがある美声が割って入ってきた。

「あ、ジルさん……!」

「ま、まさか……っ! リーデルシュタイン卿……?! な、何故卿のような方がこんなところに……っ?!」

 すごく良いタイミングで店にやって来たのはジルさんだった。
 腐っても貴族なのだろう、ジルさんのことを当然知っていた男爵は、彼の鋭い眼光に顔が真っ青になっている。

「なんでって、そりゃあお気に入りの店だからに決まってるでしょ」

 更にジルさんの背後から、ひょっこりとヘルムフリートさんが顔を出す。

「な……っ! ロ、ローエンシュタイン卿まで……っ?!」

 大貴族で、国防を担う重職の二人の登場に、男爵の顔は青から白に変化する。

「このお店に婚約式の装花を依頼したのは僕たちだよ? 結婚式の装花も依頼するほど気に入っている店に、何手を出そうとしているの?」

「……っ! ひぃっ!? も、申し訳ありませんでしたっ!! ど、どうか! どうかお許しくださいっ!!」

 ヘルムフリートさんの怒りが滲んだ言葉に、男爵が恐れ慄いている。
 いつも穏やかなヘルムフリートさんの怒る姿は、悪くもないのに謝りたくなるほど怖い。

「バルチュ男爵だっけ? 君のことはよーく覚えておくよ」

「はいっ! はいっ! まことにっ! まことに申し訳ありませんでしたぁっ!!」

 男爵はそう言うと、慌ててお金の入った袋を回収してお店から飛び出して行く。そんな男爵の逃げ足の速さを、私はポカーンと見送るしかなかった。

「アン、大丈夫か?」

 私が貴族に脅されてショックを受けたと思ったのだろう、ジルさんが気遣うように聞いてきた。

「あ、はいっ! 驚いただけなので、大丈夫ですよ。助けていただいて有難うございました! あ、ヘルムフリートさんも有難うございます!」

「いやいや、アンさんが無事で良かったよ。でも、ああいう輩のせいで貴族の印象が悪くなるんだから……ホント、いい迷惑だよね」

 ヘルムフリートさんがやれやれとため息をついた。

 確かに、私はジルさんやヘルムフリートさん、フィリベルトさんにディーステル伯爵のように、優しくて威張らない貴族の人もいるのだと知っている。
 だけど、普通の平民はそんな高位の貴族と接する機会が殆どないのだ。
 なのに接する機会がある貴族の爵位は大抵低位で、しかもそんな貴族は大概傲慢だったりする。

「あの、よろしければ中にお入り下さい。お時間があるのでしたら、お茶をお出ししますけど……」

「ああ、すまない。そうして貰えると有り難い」

「アンさん、実はもう一人いるんだけど……良いかな?」

 ヘルムフリートさんはそう言うと、後ろの方にいたのだろう、ローブをすっぽり被っている人を連れて来た。

「はい? もちろん私は構いませんけど」

 断る理由がなかった私はあっさりと了承する。
 ジルさんやヘルムフリートさんと一緒にいる人なのだから、少なくとも危険人物では無いだろうし。

「了承いただけて良かったわ。私、見るからに怪しいから、断られただどうしようって思っていたの」

「……へ?」

 ローブで顔を隠していたから、きっと訳ありだろうな、と思っていたその人から聞こえてきたのは、若い女性の声で。

「アンさん、初めまして。私フロレンティーナと申します」

 そう言ってローブを脱いで自己紹介してくれた人の名前は、この国の王女殿下と同じ名前だった。
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