10 / 83
第4話 ②
しおりを挟む
日に日に寒くなり、街が冬支度の買い物に出る人達で賑やかになる頃、温室で育てていたマイグレックヒェンの花が咲いた。
「わぁ! 凄く可愛い!」
十数個の小さな蕾が、すっと伸びた花径に並んでいる。根本に近い蕾から咲くらしく、白くて小さな花が1個下向きに咲いている。
もうしばらくすると全ての蕾が開き、コロコロとした可愛い花を鈴なりに咲かせてくれるだろう。
(……やっぱり白い花が咲いたなぁ)
北の国で咲いているマイグレックヒェンは紫色だと聞いていたので、予想していたとはいえ真っ白い花が咲いたマイグレックヒェンを不思議に思う。
(まだ球根はあるし、土を変えて育ててみようかな)
もしかして土を変えると違う色になるのかもしれない、と考えた私は早速土を作ることにする。
たとえ色が変わらなかったとしても、マイグレックヒェンはとても可愛い花だから、私はこの花をもっと咲かせたいという気持ちになっていたのだ。
そうしてマイグレックヒェンの花が満開になるのを楽しみに仕事に励むことしばらく、再び美男子さんがお店にやって来た。
「花束を頼む。女性に贈る花で、見舞い用だ。色は任せる」
「えっと、いらしゃいませ。花束ですね、有難うございます。少々お待ち下さい」
前回私がした質問を覚えていたのだろう、美男子さんはスラスラと注文内容を口にした。その方が私としても質問する手間が省けて助かるけれど。
(前回は黄色系でまとめたから……今回はやっぱりピンクかな)
前回の花束を気に入ってくれたのだろうけど、だからといって同じような花束だと面白くない。
私は収穫したばかりのゲンゼブリュームヒェンとラヴェンデルを使い、ピンクから紫系のグラデーションの花束を作った。
可愛らしい中にも落ち着いた色合いで、とても華やかな花束が完成する。
「色をお任せいただいたので、今回はピンク系にしてみました。如何でしょう?」
「うむ、とても良い。今回も喜んでくれるだろう」
美男子さんは完成した花束を眺めると、嬉しそうに頷いた。相変わらず花が舞う幻は健在だ。
(顔が良すぎて辛い……!)
綺麗なものが好きな私でも、美男子さんの笑顔は心臓に悪かった。きっとこの人はその凶悪な美貌で魔物を狩っているに違いない。
「お気に召していただけて嬉しいです。……あ、そう言えばお客様で騎士団の方がいらっしゃるんですけど、ヴェルナーさんってご存知ですか?」
前回ヴェルナーさんが来た時、同僚にこのお店を紹介してくれると言ってくれていたな、と思い出す。だからこの美男子さんはヴェルナーさんからこの店の話を聞いて来てくれたのかもしれないと推理する。
「……ああ、ヴェルナーか。奴のことは知っているが、この店に来ているとは初耳だな」
(……え? そうなの……?)
私の予想は見事にハズレた。てっきりヴェルナーさんの紹介だと思っていたのだ。
「そうなんですね。てっきりヴェルナーさんから紹介されてお越しいただいたのかと勘違いしていました」
「奴からはこの店の話は聞いていないな」
(じゃあ、たまたまこの店を見つけたのかな……? 王宮から遠いのによく見付けられたなぁ)
「……そうですか。またヴェルナーさんにお会いしたら宜しくお伝えください」
「…………わかった」
話題を変えるために、社交辞令でヴェルナーさんへの伝言をお願いしたけれど、何故か美男子さんは不満げだ。
もしかして余計な用事を増やしてしまったのだろうか。
「では、俺はこれで」
「はい、どうも有難うございました!」
花束を抱えて店を出ようとする美男子さんに向かってお礼を言うと、美男子さんがくるっと振り向いた。
「俺の名前はジギスヴァルトと言う。……ジルと読んでくれて構わない」
「はっ?! あ、ええと、はい! ジルさん……素敵な名前ですね!」
突然のことにテンパった私はつい名前を褒めてしまう。自分で何を言っているのかわからないけれど、名前を呼ばれた当のジルさんは嬉しそうだ。
「ああ、また来る」
「お、お待ちしています! どうぞお気をつけて!」
まさか名前を教えて貰えると思っていなかった私は、急にジルさんとの距離が縮まったような気がして、嬉しくなる。
(また来るって言ってくれたってことは、私の花束を気に入ってくれたんだよね……)
こうして自分の仕事を認められると、とても誇らしい気持ちになる。
私はまたジルさんが来てくれた時のために、綺麗な花をもっと育てようと張り切るのだった。
* * * * * *
❀花の名前解説❀
ローゼ→バラ
ネルケ→カーネーション
リモニウム→スターチス
ゲンゼブリュームヒェン→デイジー(多分?)
ラヴェンデル→ラベンダー
キルシュブリューテ→桜
「わぁ! 凄く可愛い!」
十数個の小さな蕾が、すっと伸びた花径に並んでいる。根本に近い蕾から咲くらしく、白くて小さな花が1個下向きに咲いている。
もうしばらくすると全ての蕾が開き、コロコロとした可愛い花を鈴なりに咲かせてくれるだろう。
(……やっぱり白い花が咲いたなぁ)
北の国で咲いているマイグレックヒェンは紫色だと聞いていたので、予想していたとはいえ真っ白い花が咲いたマイグレックヒェンを不思議に思う。
(まだ球根はあるし、土を変えて育ててみようかな)
もしかして土を変えると違う色になるのかもしれない、と考えた私は早速土を作ることにする。
たとえ色が変わらなかったとしても、マイグレックヒェンはとても可愛い花だから、私はこの花をもっと咲かせたいという気持ちになっていたのだ。
そうしてマイグレックヒェンの花が満開になるのを楽しみに仕事に励むことしばらく、再び美男子さんがお店にやって来た。
「花束を頼む。女性に贈る花で、見舞い用だ。色は任せる」
「えっと、いらしゃいませ。花束ですね、有難うございます。少々お待ち下さい」
前回私がした質問を覚えていたのだろう、美男子さんはスラスラと注文内容を口にした。その方が私としても質問する手間が省けて助かるけれど。
(前回は黄色系でまとめたから……今回はやっぱりピンクかな)
前回の花束を気に入ってくれたのだろうけど、だからといって同じような花束だと面白くない。
私は収穫したばかりのゲンゼブリュームヒェンとラヴェンデルを使い、ピンクから紫系のグラデーションの花束を作った。
可愛らしい中にも落ち着いた色合いで、とても華やかな花束が完成する。
「色をお任せいただいたので、今回はピンク系にしてみました。如何でしょう?」
「うむ、とても良い。今回も喜んでくれるだろう」
美男子さんは完成した花束を眺めると、嬉しそうに頷いた。相変わらず花が舞う幻は健在だ。
(顔が良すぎて辛い……!)
綺麗なものが好きな私でも、美男子さんの笑顔は心臓に悪かった。きっとこの人はその凶悪な美貌で魔物を狩っているに違いない。
「お気に召していただけて嬉しいです。……あ、そう言えばお客様で騎士団の方がいらっしゃるんですけど、ヴェルナーさんってご存知ですか?」
前回ヴェルナーさんが来た時、同僚にこのお店を紹介してくれると言ってくれていたな、と思い出す。だからこの美男子さんはヴェルナーさんからこの店の話を聞いて来てくれたのかもしれないと推理する。
「……ああ、ヴェルナーか。奴のことは知っているが、この店に来ているとは初耳だな」
(……え? そうなの……?)
私の予想は見事にハズレた。てっきりヴェルナーさんの紹介だと思っていたのだ。
「そうなんですね。てっきりヴェルナーさんから紹介されてお越しいただいたのかと勘違いしていました」
「奴からはこの店の話は聞いていないな」
(じゃあ、たまたまこの店を見つけたのかな……? 王宮から遠いのによく見付けられたなぁ)
「……そうですか。またヴェルナーさんにお会いしたら宜しくお伝えください」
「…………わかった」
話題を変えるために、社交辞令でヴェルナーさんへの伝言をお願いしたけれど、何故か美男子さんは不満げだ。
もしかして余計な用事を増やしてしまったのだろうか。
「では、俺はこれで」
「はい、どうも有難うございました!」
花束を抱えて店を出ようとする美男子さんに向かってお礼を言うと、美男子さんがくるっと振り向いた。
「俺の名前はジギスヴァルトと言う。……ジルと読んでくれて構わない」
「はっ?! あ、ええと、はい! ジルさん……素敵な名前ですね!」
突然のことにテンパった私はつい名前を褒めてしまう。自分で何を言っているのかわからないけれど、名前を呼ばれた当のジルさんは嬉しそうだ。
「ああ、また来る」
「お、お待ちしています! どうぞお気をつけて!」
まさか名前を教えて貰えると思っていなかった私は、急にジルさんとの距離が縮まったような気がして、嬉しくなる。
(また来るって言ってくれたってことは、私の花束を気に入ってくれたんだよね……)
こうして自分の仕事を認められると、とても誇らしい気持ちになる。
私はまたジルさんが来てくれた時のために、綺麗な花をもっと育てようと張り切るのだった。
* * * * * *
❀花の名前解説❀
ローゼ→バラ
ネルケ→カーネーション
リモニウム→スターチス
ゲンゼブリュームヒェン→デイジー(多分?)
ラヴェンデル→ラベンダー
キルシュブリューテ→桜
4
お気に入りに追加
1,876
あなたにおすすめの小説

おちこぼれ魔女です。初恋の人が「この子に魔法を教えて欲しい」と子供を連れてきました。
黒猫とと
恋愛
元宮廷魔導士、現在はしがない魔女業を細々と営む魔女イブの元に、予想外の来客が訪れる。
客の名は現役宮廷騎士、ロベルト・ヴァレンティ。
イブの初恋の人であり、忘れようとしている人だった。
わざわざイブの元を訪れたロベルトの依頼は娘のルフィナに魔法を教えてほしいという内容だった。
ロベルトが結婚している事も、子供がいる事も全く知らなかったイブは、再会と同時に失恋した。
元々叶うなんて思っていなかった恋心だ。それにロベルトの事情を聞くと依頼を断れそうにもない。
今は1人気ままに生きているイブだが、人の情には厚い。以前、ロベルトにお世話になった恩義もある。
「私が教えられる事で良ければ…」
自分に自信がないイブと言葉足らずなロベルト、自由奔放なルフィナ。3人が幸せを掴むのは一筋縄ではいかないようです。

過労薬師です。冷酷無慈悲と噂の騎士様に心配されるようになりました。
黒猫とと
恋愛
王都西区で薬師として働くソフィアは毎日大忙し。かかりつけ薬師として常備薬の準備や急患の対応をたった1人でこなしている。
明るく振舞っているが、完全なるブラック企業と化している。
そんな過労薬師の元には冷徹無慈悲と噂の騎士様が差し入れを持って訪ねてくる。
………何でこんな事になったっけ?
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】SS級の冒険者の私は身分を隠してのんびり過ごします
稲垣桜
恋愛
エリザベス・ファロンは黎明の羅針盤(アウローラコンパス)と呼ばれる伝説のパーティの一員だった。
メンバーはすべてS級以上の実力者で、もちろんエリザベスもSS級。災害級の事案に対応できる数少ないパーティだったが、結成してわずか2年足らずでその活動は休眠となり「解散したのでは?」と人は色々な噂をしたが、今では国内散り散りでそれぞれ自由に行動しているらしい。
エリザベスは名前をリサ・ファローと名乗り、姿も変え一般冒険者として田舎の町ガレーヌで暮らしている。
その町のギルマスのグレンはリサの正体を知る数少ない人物で、その彼からラリー・ブレイクと名乗る人物からの依頼を受けるように告げられる。
それは彼女の人生を大きく変えるものだとは知らずに。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義なところもあります。
※えっ?というところは軽くスルーしていただけると嬉しいです。

遺棄令嬢いけしゃあしゃあと幸せになる☆婚約破棄されたけど私は悪くないので侯爵さまに嫁ぎます!
天田れおぽん
ファンタジー
婚約破棄されましたが私は悪くないので反省しません。いけしゃあしゃあと侯爵家に嫁いで幸せになっちゃいます。
魔法省に勤めるトレーシー・ダウジャン伯爵令嬢は、婿養子の父と義母、義妹と暮らしていたが婚約者を義妹に取られた上に家から追い出されてしまう。
でも優秀な彼女は王城に住み、個性的な人たちに囲まれて楽しく仕事に取り組む。
一方、ダウジャン伯爵家にはトレーシーの親戚が乗り込み、父たち家族は追い出されてしまう。
トレーシーは先輩であるアルバス・メイデン侯爵令息と王族から依頼された仕事をしながら仲を深める。
互いの気持ちに気付いた二人は、幸せを手に入れていく。
。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.。oOo。.:♥:.
他サイトにも連載中
2023/09/06 少し修正したバージョンと入れ替えながら更新を再開します。
よろしくお願いいたします。m(_ _)m

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~
Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。
その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。
そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた──
──はずだった。
目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた!
しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。
そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。
もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは?
その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー……
4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。
そして時戻りに隠された秘密とは……

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる