上 下
166 / 206

決意2

しおりを挟む
「じゃあ、今日はカルキノスを焼こうか。ノアさんにはカルキノスと野菜の具沢山スープを作ってあげようかな」

『わーい! やったー!』

 カルキノスにハマっているアウルムがぴょんぴょん跳ねている。よほど嬉しいらしい。

 ちなみにアウルムはカルキノスを殻ごと食べる。
 初めてカルキノスを料理した日、普段の愛らしい姿とのギャップに、ティナが驚いたのは言うまでもない。

「そろそろパンとチーズが切れそうなんだよね……。また街に買いに行かなくちゃ」

 ティナがノアの小屋で暮らし始めて一ヶ月が経とうとしていた。
 あまりの居心地の良さに、ずっとここで暮らしても良いかな、と思ってしまう。

 しかしティナがこの森に来たのは、あくまでも月下草の栽培場所を見付けるためなのだ。
 ノアのおかげで森の植物のことも大体理解できた。そろそろ湖を探しに出発しても良い頃合いだろう。

『街に行くのー? ぼくも一緒に行くよー! ティナを守るのねー!』

「ふふ、有難うね。すごく心強いよ。じゃあ、明日一緒に街へ行こうか」

『わかったよー』

 森から街へは転移魔法ですぐ移動できる。ノアがそれぞれに転移用魔法陣を設置していたのだ。
 だから魔法を使えば歩いて一ヶ月はかかる距離も一瞬で着くから、森の奥に住んでいても全く不便さはない。

 ティナは小屋へ戻ると、倉庫に保管していたカルキノスを取り出し、料理を作っていく。

「うーむ。深いコクと野菜の旨み……。このスープは絶品じゃな! おかわりじゃ!!」

『おいしいー! ぼくもおかわりたべたいよー!』

「はいはい、ちょっと待ってねー」

 ティナの料理を喜んで食べてくれる二人の様子はとても微笑ましい。

 そして穏やかな時間の流れを感じながら、ティナは自分がとても恵まれていることを実感する。だけど──。

 ティナは夜空を見上げた。
 黒と藍色が重なったような空には、無数の星が瞬いている。そして空に浮かぶ金色の月は、いつか両親と訪れたイリンイーナで見た月とよく似ていて……。

(……トール)

 ティナは無意識に、心の中でトールの名前を呼んだ。

 トールは今何をしているのだろう。きっと王位を継承するために忙しいに違いない。そして今頃可愛い婚約者と楽しい時間を過ごしながら夕食を共にして──なんて、想像したティナの胸がズキっと痛む。

(……あーあ。バカだな、私……)

 トールを思い出すたびに、色々想像し自分で自分を傷つけている──ティナは毎日、そんなことを繰り返す自分を哀れに思う。

 今の生活はとても楽しいしとても心地良い。
 だけど自分が思い描く幸せは、トールと一緒に旅をした日々の中にあったのだと、ティナは身に染みて感じている。

『ティナー。どうしたのー? 元気がないのねー』

 思わずしんみりしてしまったティナの感情を読み取ったのか、アウルムがティナを心配そうに見上げている。

「ごめんね、何でもないよ。心配してくれてありがとうね」

 ティナはアウルムを抱き上げて頭を撫でる。
 気持ち良さそうに撫でられているアウルムを見ると、寂しさが紛れるような気がする。

「……嬢ちゃんは気になることが沢山あるようじゃの」

 今度はノアがカルキノスのスープを啜りながら聞いてきた。

 どうやらティナが思い悩んでいることは顔に出ていて、バレバレだったようだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

嘘つきと言われた聖女は自国に戻る

七辻ゆゆ
ファンタジー
必要とされなくなってしまったなら、仕方がありません。 民のために選ぶ道はもう、一つしかなかったのです。

聖女の姉が行方不明になりました

蓮沼ナノ
ファンタジー
8年前、姉が聖女の力に目覚め無理矢理王宮に連れて行かれた。取り残された家族は泣きながらも姉の幸せを願っていたが、8年後、王宮から姉が行方不明になったと聞かされる。妹のバリーは姉を探しに王都へと向かうが、王宮では元平民の姉は虐げられていたようで…聖女になった姉と田舎に残された家族の話し。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

追放された聖女の悠々自適な側室ライフ

白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

【完結】聖女が性格良いと誰が決めたの?

仲村 嘉高
ファンタジー
子供の頃から、出来の良い姉と可愛い妹ばかりを優遇していた両親。 そしてそれを当たり前だと、主人公を蔑んでいた姉と妹。 「出来の悪い妹で恥ずかしい」 「姉だと知られたくないから、外では声を掛けないで」 そう言ってましたよね? ある日、聖王国に神のお告げがあった。 この世界のどこかに聖女が誕生していたと。 「うちの娘のどちらかに違いない」 喜ぶ両親と姉妹。 しかし教会へ行くと、両親や姉妹の予想と違い、聖女だと選ばれたのは「出来損ない」の次女で……。 因果応報なお話(笑) 今回は、一人称です。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

処理中です...