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「……わかりました。ティナの記憶を消します」

 決心したトールがフェダールに告げる。

「トール様……」

 トールの決意した顔を見たフェダールは、その瞳の強さに息をのむ。
 そして少し離れている間に、幼かった王子は心身共に随分と成長したのだと感心する。

「では、私が魔法を──「いや、僕に掛けさせて下さい」──っ、なんと……!」

 対象となる者の記憶を操作する忘却の魔法は、魔力の調整が難しく、下手をすると対象者を廃人にしてしまう場合がある危険な魔法だ。
 それなのにトールは敢えて、忘却の魔法を自ら施すと言う。

 それは、ティナとの思い出が大事だからこそ、他人の手ではなく自分の手で消去したいという、トールの強い希望であった。

「畏まりました。どうかくれぐれもお気を付け下さい」

「はい」

 本来であれば、年端もいかない子供が行使していい魔法ではない。
 しかしフェダールはトールの才能を一番理解しているのは自分だと自負していた。

 自身がトールに魔法を教えたのはほんの少しの期間だけで、ほとんどトールが独学で魔法を身につけたことをフェダールは知っている。それがどれだけ稀有な才能なのかも。

 だからトールはその強い意志を以て、必ず魔法を成功させるだろうという確信があったのだ。

「……ティナ。ごめんね」

 トールは眠っているティナに謝罪する。

 それはティナに無断で大切な記憶を消すことと、ティナを守りきれなかったことに対する謝罪なのだろう。

 そうしてトールが魔法を行使するために魔力を練り上げていた時、魔力に反応したのか、眠り続けていたティナの目がうっすらと開いた。

「ティナ!」

 目が開いたものの、やはりティナの目は虚ろであったが、トールの声が届いたのだろう、ティナの目がトールを映した。

「……トールっ、トール……っ!」

 ティナの目からぽろぽろ涙が零れ落ちる。

「うん、ここにいるよ。もう大丈夫だよ。怖くないよ」

 トールはティナの手を握り安心させようと声を掛けるが、それでもティナは涙を流し続ける。

「……っ、嫌だ……っ! 嫌……っ!! 死なないで……っ!!」

 ティナの時間は、トールが刺された瞬間で止まっているかのようだった。
 何度も何度もトールの名前を呼び続け、すぐそこにいるトールに気づかない。

「……ティナ……っ」

 このままでは本当にティナの心は壊れてしまって、手遅れになってしまうかもしれない。
 トールはティナの心を守るためにも、一刻も早く忘却の魔法を掛けなければ、と思う。

『我が力の源よ──』

 トールが声に魔力を乗せ魔法の起動文を唱えると、ティナを中心として光り輝く魔法円が現れた。

『──不浄を消し去る光となりて 世界を白く照らし給え』

 魔法の詠唱が進むに従って、魔法円に幾何学的な模様や文字のようなものが浮かび上がり、複雑な魔法陣へと進化していく。

『──汝を蝕む忌まわしき記憶を 深淵の闇へ葬り給え』

 魔法を構築し終えれば、あとは発動させるための呪文を唱えるだけだ。

 トールは泣き続けるティナを抱きしめて、ティナの額に自分の額を合わせると、最後の勇気を振り絞り、魔法の発動文を詠唱した。

「──<アルトゥム・テネブライ・アド・オブリヴィオネム>」

 幾つもの術式が重なり合った魔法陣が展開され、トールの魔力の光が二人を包み込む。
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