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「誰だ?!」
警戒したトールが気配がする方へと向くと、影がゆらめいて人の形を作る。
「あ、貴方は……フェダール先生?!」
部屋の中に現れたのは、少しの間だけであったが、トールに魔法を教えてくれた宮廷魔法師のフェダールだった。
彼は名のある魔法使いで、国王の側近の一人でもある。そして優秀なトールを認め、可愛がってくれたのだ。
「トール様、よくぞご無事で……! 陛下もトール様を心配しておりました」
「父上が? でも……」
トールの父である国王は、トールの母が亡くなってからすっかり気力を失っていた。だから正妃が好き勝手に振る舞っていても、関知しながらも放置していたはずなのだが。
「陛下は今回のことで正妃並びに公爵家、それに与する貴族達を粛清されました」
「えっ?! 父上が?!」
フェダール曰く、国王は秘密裏に正妃や公爵家の悪事を暴くために調査していたらしい。その途中でトールの母である側妃が亡くなってしまったのだという。
国王はトールが狙われていると察知し、トールを保護しようとしたが、その時すでに侍女の手引きにより逃がされたトールは行方不明になってしまった。
それと同時に、公爵家に怪しい動きがあると報告があり、トールの捜索と並行して公爵家の悪事の証拠を固めていたのだ。
「もうトール様を脅かす者はおりません。私と共に王宮へ戻りましょう」
フェダールがトールに向かって手を差し伸べた。
しかしトールはその手を掴むことが出来ずに、ただ立ち尽くす。
「…………」
「トール様? どうなさったのですか?」
「すみません、先生。僕はティナを置いていけません。ティナを守ると約束したんです。行くならティナも一緒に連れて行ってはいけませんか?」
トールが拒絶した理由を察したフェダールは、しばらくティナをじっと見ると、困ったような表情を浮かべた。
「しかし、この少女は随分生命力が低下しています。今連れていけば、命の危険が……」
「生命力が低下?! どうして……」
フェダールの言葉に、トールは心臓が掴まれたかのような衝撃を受ける。どこにも怪我は負っていないのに、ティナが何故命の危険にさらされているのか、わからないのだ。
「魔力を極端に消耗しているのに加え、彼女には生きる気力がありません。きっと心にかなり深い傷を負ったのでしょう」
「あ……」
ティナの状態に、嫌というほど思い当たってしまったトールは言葉を失ってしまう。
そんなトールを見たフェダールはしばらく考えると、ある方法をトールに提示した。
それは──。
「──トール様、この少女の記憶を一部、消去すれば生きる気力が戻るやもしれません」
「記憶を……?」
「はい。少女が体験したトラウマとなる部分の記憶を消去するのです。荒療治となりますが、酷い記憶を持ち続けるよりは……」
トールはフェダールの提案した方法について考える。
確かに、心の傷を負ったティナは、これから先もずっと苦しめられるだろう。
だけど、それは両親と過ごした思い出の一部を──何より、トールのことを完全に忘れてしまうということなのだ。
「……っ、僕は……」
トールは、ティナに自分のことを忘れられることが死ぬほど辛かった。
しかし、夢の中でも苦しんでいるティナを救えるのなら──またティナが笑ってくれるなら、自分の抱く寂しさなんて、ほんの些細なことなのだと思い直す。
「……わかりました。ティナの記憶を消します」
──そうしてトールは、大切なティナのために、自分の感情を押し殺し、彼女を守る方法を選んだのだった。
警戒したトールが気配がする方へと向くと、影がゆらめいて人の形を作る。
「あ、貴方は……フェダール先生?!」
部屋の中に現れたのは、少しの間だけであったが、トールに魔法を教えてくれた宮廷魔法師のフェダールだった。
彼は名のある魔法使いで、国王の側近の一人でもある。そして優秀なトールを認め、可愛がってくれたのだ。
「トール様、よくぞご無事で……! 陛下もトール様を心配しておりました」
「父上が? でも……」
トールの父である国王は、トールの母が亡くなってからすっかり気力を失っていた。だから正妃が好き勝手に振る舞っていても、関知しながらも放置していたはずなのだが。
「陛下は今回のことで正妃並びに公爵家、それに与する貴族達を粛清されました」
「えっ?! 父上が?!」
フェダール曰く、国王は秘密裏に正妃や公爵家の悪事を暴くために調査していたらしい。その途中でトールの母である側妃が亡くなってしまったのだという。
国王はトールが狙われていると察知し、トールを保護しようとしたが、その時すでに侍女の手引きにより逃がされたトールは行方不明になってしまった。
それと同時に、公爵家に怪しい動きがあると報告があり、トールの捜索と並行して公爵家の悪事の証拠を固めていたのだ。
「もうトール様を脅かす者はおりません。私と共に王宮へ戻りましょう」
フェダールがトールに向かって手を差し伸べた。
しかしトールはその手を掴むことが出来ずに、ただ立ち尽くす。
「…………」
「トール様? どうなさったのですか?」
「すみません、先生。僕はティナを置いていけません。ティナを守ると約束したんです。行くならティナも一緒に連れて行ってはいけませんか?」
トールが拒絶した理由を察したフェダールは、しばらくティナをじっと見ると、困ったような表情を浮かべた。
「しかし、この少女は随分生命力が低下しています。今連れていけば、命の危険が……」
「生命力が低下?! どうして……」
フェダールの言葉に、トールは心臓が掴まれたかのような衝撃を受ける。どこにも怪我は負っていないのに、ティナが何故命の危険にさらされているのか、わからないのだ。
「魔力を極端に消耗しているのに加え、彼女には生きる気力がありません。きっと心にかなり深い傷を負ったのでしょう」
「あ……」
ティナの状態に、嫌というほど思い当たってしまったトールは言葉を失ってしまう。
そんなトールを見たフェダールはしばらく考えると、ある方法をトールに提示した。
それは──。
「──トール様、この少女の記憶を一部、消去すれば生きる気力が戻るやもしれません」
「記憶を……?」
「はい。少女が体験したトラウマとなる部分の記憶を消去するのです。荒療治となりますが、酷い記憶を持ち続けるよりは……」
トールはフェダールの提案した方法について考える。
確かに、心の傷を負ったティナは、これから先もずっと苦しめられるだろう。
だけど、それは両親と過ごした思い出の一部を──何より、トールのことを完全に忘れてしまうということなのだ。
「……っ、僕は……」
トールは、ティナに自分のことを忘れられることが死ぬほど辛かった。
しかし、夢の中でも苦しんでいるティナを救えるのなら──またティナが笑ってくれるなら、自分の抱く寂しさなんて、ほんの些細なことなのだと思い直す。
「……わかりました。ティナの記憶を消します」
──そうしてトールは、大切なティナのために、自分の感情を押し殺し、彼女を守る方法を選んだのだった。
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