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準備1

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 苦渋の決断を下したベルトルドは、こうしている場合じゃないと気持ちを切り替え、先程届いたばかりの箱を開ける。

「ほらティナ、ギルドカードが出来たよ。これでティナも正式な冒険者だね」

「わぁ……! 有難うございます! 嬉しいです!」

 自分の名前とランクが示されているカードを見たティナは、ようやく憧れだった冒険者になれたと、嬉しそうにしている。

「ほらほら、喜ぶのはまだ早いよ。カードに魔力を注いで所有者を確定させないとね」

 魔力の波長は人によって違う。ギルドカードはその仕組を利用し、自身の魔力をカードに読み込ませることで、本人にしか使えないようにプロテクトを掛けることが出来るのだ。

「あ、そうですね! やってみます!」

 ティナがカードに魔力を流すと、表面にギルドのマークが浮かび上がった。どうやら魔力の読み込みが完了すると浮かび上がるらしい。

「うわぁ……! 不思議ですね!」

「それは錬金術学会と魔術師協会の合作でね。かなり難しい術式で作られているそうだよ。失くしたら再発行に銀貨一枚かかるからね。注意するんだよ」

 この世界の最先端技術が使われているカードはかなり高価らしい。銀貨一枚はティナの一ヶ月分の生活費費ぐらいの金額だ。

「え、そんなに?! き、気をつけます!」

 ギルドカードの価値に驚いたティナは、失くさないようにカードを大事に仕舞い込んだ。
 その様子を確認したベルトルドは、真面目な顔をしてティナに向かい合う。

「ティナ。これから君は冒険者ギルドの一員だ。規律をよく理解して、遵守しなければならないよ」

 ベルトルドに諭され、ティナは自分が組織の一員になったことを自覚する。

 これからベルトルドはティナの上司となるのだ。しかも彼は王国本部のギルド長で、それは新米冒険者にとっては雲の上の存在ということだ。今までのように気軽に会うことは出来ないだろう。

「……はいっ! 私、ずっとベルトルドさん……ギルド長に甘えていたんですね……今まで有難うございました! これからはちゃんと節度を守ります!」

 ティナは自分のこれからの行動がベルトルドの沽券に関わるのだと気付き、彼に頼り過ぎないようにしようと決意する。

「それはそれでティナの成長を感じて嬉しいけれど……何だか寂しいね」

 ベルトルドは寂しそうな、それでも眩しそうにティナを見る。

「……ギルド長。私本当に感謝しているんです。両親が亡くなってからずっと私を守っていてくれたんですよね? 王宮や神殿に反発してまで……」

「……ティナ……」

 ティナが気付かないように配慮していたものの、ベルトルドはずっとティナの置かれている境遇について抗議していた。あまりにもティナを酷使していると。
 しかしそれは下手な貴族であれば家門を取り潰されていてもおかしくない行動であった。
 それでも王国本部のギルド長で高名な冒険者であるベルトルドだからこそ、身分も地位もそのままでいられるのだ。

「ギルド長に恩を返すためにも、立派な冒険者になりますから! それこそ心配する必要がないぐらい!」

 屈託なく笑い、そう宣言するティナに、ベルトルドは小さかった頃の面影を重ね、時間の流れの速さを実感する。

「……そうだね。今回の旅で色んな経験をたくさんしてくると良いよ。私はここで待っているから。いつでも帰っておいで」

「……っ、はい……!」

 ベルトルドの存在に、どれほど助けられただろうと考えたティナの胸に、色んな感情が込み上げてくる。

 ベルトルドには沢山の愛情を与えて貰った。自分にとって彼は親も同然なのだ。

 いつか自分も一人前になったなら、ベルトルドにたくさん恩を返したいと、ティナは心から思う。



 まもなくティナは王国を離れ、隣国のクロンクヴィストへ旅立ってしまう──だが、ベルトルドはしかし、と思う。

 今回の婚約破棄、称号剥奪に学院の退学、そして冒険者登録のタイミング。更に都合よく現れた元級友──。
 ベルトルドは、これらの出来事が同時に起こる確率はどれほどだろうか、と考える。

(まるで人智を超えた大いなる意志が、ティナを導いているようだ……)

 聖女ではなくなったといっても、それは称号を剥奪されただけに過ぎない。
 第一王子フレードリクも勘違いしているが、称号があるからといって聖女の力が使えるわけではないのだ。

 そういう意味ではティナの本質は変わっておらず、その力も失ってはいない。それは、未だに創造神ラーシャルードの寵愛を、彼女は一身に受けているということだ。

 新しく聖女とされたアンネマリーには可哀想だが、しばらくはティナのためにもお役を頑張っていただこう、とベルトルドは僅かな同情を抱きながら思う。

 それからベルトルドは安心して愛娘を送り出すために、快適に旅が出来るよう職員たちに最善の装備を準備させるのであった。
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