英雄の息子は世界征服を企む〜未来の英雄王〜

蒼月 蓮夜

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一章 教皇の外患誘致

2 上官に献策する

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 世界を一つにまとめられる国。

 もしそんな国があるとすれば、ハイドレインジア王国だけだろう。

 北も敵。南も敵。東は海だが、海の向こうも敵。

 西にある永久中立のサリティア王国を除いたほとんどの国が敵。

 そんな国だが、800万の兵とその膨大な兵の食を支える広大な領土に、億を超える民。

 単純な兵力ならばかの国を除いた全世界の4分の1程を有するその国は、各国には脅威だった。

 海の向こう側が敵なのは過去のいきさつによるものだ。

 だが大陸全土が敵なのは、かの国を除く全ての国が結束しなくては瞬く間に滅ぼされると、日々感じているからに過ぎない。

 よって、ハイドレインジア王国がこれ以上力をつけないよう、各国は決めたわけではないにも関わらず順番に兵を出し、王国には断続的に戦争が勃発していた。

 一方、ハイドレインジア国王も目標が『大陸制圧』だけに、どこかと友好を結ぼうともしなかった。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



「して、シュヴェルト殿。貴公はどう考える?」

 その夜。
 シュヴェルトはカミネルの天幕に呼び出されていた。
 シュヴェルトに爵位はない。
 よって、軍議の参加権は認められていない。
 だがカミネルは、シュヴェルトの意見がどうしても聞きたいと、自らの天幕に呼んだのだった。
 半日しか経っていないにも関わらず、彼女の天幕には彼女の匂いがした。
 身分に差はあれど、年に差はない。
 この空気に、シュヴェルトはかすかな居心地の悪さを感じた。

「そうですね……敵騎馬隊を打ち破ったとはいえ敵の数はこちらを上回っています。真正面からぶつかるのは得策ではありません」

 そう言うと、カミネルはつまらなさそうに肘をつく。

「そんなことは分かりきっている。私は貴公に状況の説明を求めているのではない。そんなものは軍議で終わっておるわ。私が貴公に求めておるのはな、敵を打ち破る策だ。それだけを言えばよい」

 と言ったかと思ったら、彼女は肘をつくだけではなく、簡易テーブルに足まで乗せた。
 彼女の生足がテーブルにドンという音をたて、シュヴェルトの眼前に迫る。
 思わず座ったままいくらか後退りした。
 感情が顔だけでなく、態度にまで出るようだ。

「了解しました。敵の補給線を騎馬隊で断ちます」

 シュヴェルトは、敵を打ち破る策。それだけを言った。
 もちろん、それで完全に敵が打ち破れるわけではない。

「確かに、敵は国境を越えて深く侵攻している。長く伸びた兵站線を切るのはたやすいだろう。だが、領主の言うこととは思えんな」
「何故でしょうか?」
「言わなければならんか?」

 カミネルはそう言って目を細める。
 もちろんシュヴェルトにも意味は分かる。
 糧秣に困った敵が次に取る行動は略奪だ。
 領民に危険が及ぶ上、領地の穀物を持っていかれるということは、領主にとって自らの財産――利益を持っていかれるということだからだ。
 領主には忌避すればこそ、自ら言い出すのは珍しい――というか、奇妙なことだった。

「ここからが本題です。予め我が領に蓄えてある飢饉用の穀物に毒を入れ、住民に配布。『敵が略奪に来たら嫌がるフリをしてこれを持っていくように仕向けろ』と命じておきます。すると――」
「それを食った敵軍は大量の死者を出す。あわよくば敵の指揮官が死ぬこともあるだろう。そういうことだな?」
「ええ」

 シュヴェルトは微笑む。

「良い顔をしておる」
「お褒めに預り光栄です」

 そう言って、二人は笑い合った。
 これはホールン領に住む領民にしか出来ないことだ。
 ホールン領の民に不満を持つ者はいないといっていい。
 普段はボリアールが、彼がいない時にはシュヴェルトが自ら魔物退治を行い、領民に被害が及ぶことはない。
 不作の時は税を減らしたり、それでも苦しい時は免除することもある。
 さらに、財産のほとんどを軍事に当てているため、ホールン領主の館は極めて質素で小さい。
 それがさらに領民に好感を与え、領民は領主を、領主は領民を信頼していた。
 普通なら領主は飢饉用の穀物などそもそも財産にしているし、税を免除するなどあり得ない。
 そんなことをしていたら、王から領地を賜るメリットなどなく、面倒でしかないからだ。

「その策を用いよう。軍議でそう言っておこう」
「そのように。ですが、ジェロム殿の前では仰らぬよう」
「あやつになにかあるのか?」

 ジェロムは未だに縛ってある。
 ちなみに、天幕の外はきちんとフォリアスが見張っているため、敵の間諜が聞いている恐れはない。
 カミネルが間諜でない限り、だが。

「ジェロム殿は我ら20に満たぬ者から屈辱を受けて、万が一ということもあります」
「それはあやつが悪いのではないか」
「ええ。ですが……」
「ふむ……」

 確かにジェロムが悪い。言われても反論など出来ないし、当然だ。
 だが、人間は必ずしも理屈で動くわけではない。

「分かった。そのように致そう。貴公は万事抜かりなく頼むぞ」
「は」
シュヴェルトは立ち上がり、カミネルの天幕を後にした。



 その日のうちに、シュヴェルトは最も優秀な部下200騎と共にホールン領へ向けて出立した。
 半日の距離。
 一日もすれば陣に戻ってくることができる。
 シュヴェルト自ら向かったのは、使者を出しただけでは捕らえられる可能性があるからである。

 そうなると、飢饉用の穀物を捨てたのと同じ。
 穀物を惜しむわけではないが、一から作戦を立て直すのも億劫だ。
 なにをしに行くかというと、穀物に毒を入れ、住人に配りにいくことだが、正確にはそれはシュヴェルトの仕事ではない。
 シュヴェルトもボリアールもレイノトリアも、親子三代に渡り生粋の武人である。
 では、内政など出来るはずがない。
 どうするかというと、代官にやってもらうのだ。
 ボリアールは三英雄。レイノトリアは王国軍総団長。
 ツテは多い。
 引退したかつての高官を筆頭に、内政官志望の者の実習場所としてホールン領が使われ、領内はいつも豊かなのだ。
 数十年前は、元宰相の人が内政をしていたらしい。
 どうやら、レイノトリアの前の代やその前の代も、ホールンは武門だったらしかった。
 シュヴェルトも内政を知らないわけではない。
 実際、代官の仕事を自ら負担することを申し出たこともある。
 ただ書類仕事よりも戦場に出たり、魔物退治をしているほうが気が楽なのは確かだった。


 半日駆け、ホールン領に到着した。
 ホールン領では、なにやら膨大な工夫が外壁に群れていた。
 ホールン領は質素なところだが、決して困窮しているわけではない。
 無駄遣いをせず、民も豊かな分、財産は他の領主よりも多いだろう。
 これくらいの人員を雇うことは難しくはないはずだ。
 何故そんなことをしているかはともかく。
 とにかくも、内政は代官に一任している以上それを父であるボリアールに無断で止めることはシュヴェルトにはできない。
 だが、事情を聞くくらいはいいだろう。

「あー! りょーしゅさまだー! おかえりなさい!」

 領地に入ると、剣を持った少女が出迎えてくれる。

「剣の鍛錬をしていたのか?」

 シュヴェルトがそう問うと、その子供は大きく頷いて。

「うん! 乗馬の練習もしてるの! ついこのあいだ、お馬さんに乗って弓を射ることもできたんだよ! 私も大きくなったらりょーしゅさまの兵士になるんだ!」
「なんだと!?」

 馬に乗って弓を射る。
 走りながら射るのは弓騎兵の特権だが、それができる騎兵は確かに多い。
 だが、こんなに小さな頃からそれができるのは、なにかの天稟を持っているとしか思えなかった。

「そうか。ただ弓を射るのと同じくらい馬に乗って射ることができるようになったら、今度は駆けながら馬を射ることにも挑戦してみるとよい」
「はい、りょーしゅさま!」
「これは領主様ではありませんか! こら、プリモ! 領主様に失礼になるようなことはしてないでしょうね?」
「だいじょーぶだよははうえさま。りょーしゅさまがね、馬に乗って弓を射ることができるようになったら、こんどは駆けながら射ることに挑戦してみよ、だって!」
「領主様、娘が申し訳ありません」

 彼女の母親であろうその人物は、シュヴェルトに向けて頭を下げる。

「いや、かまわんよ。健気で可愛かった。疲れが癒される」
「そういえば領主様、戦争はどうなったのでしょうか?」
「おお、そうだ。代官に伝えねばならんことがあってな。それで戻ってきたのだ」
「さようでしたか。代官様は領外で工夫の作業の指揮を直々に執っておいでです」
「そうか。助かる」

 主が帰ったのに何故迎えに来ないのだ。と不満を漏らしながら、シュヴェルトは領外へと足を向けた。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――



「エルノ! 戻ったぞ!」

 声を張り上げると、内政官志望のエルノの部下が慌てて飛び出してきた。

「エルノはどこだ? 俺は至急エルノに伝えて戦場へ戻らねばならぬ」
「申し訳ありません。エルノ様は三日三晩一度たりとお休みにならず工夫達の指揮を執っておいででした。やっと休まれたところですので……」

 と、彼は尻すぼみで答える。

「分かった。待っている時間はない。お前が伝えるのだ」
「は……」

 シュヴェルトは急いで用件だけを伝える。
 作戦の関係で毒の入った穀物を配り、敵が略奪に来たらそれを渡すよう言えと。

「万事了解致しました」
「ところで、何故このような工事をしておるのだ?」
「敵が襲撃してきた時に備えて、いざとなったら篭城できるように、とのことでした」
「そうか」

 一応は納得したものの、疑問は残る。
 敵はもう眼前に迫っている。
 北方軍が負けたら当然我が領も敵の手に落ちる。
 そして、いまさら堅固な城砦にしたところで間に合わない。
 だとしたら――

「一体、何に備えているのだ?」

 シュヴェルトは、疑問に思ったことをそのまま呟いた。
 その後、領主の館で食事を取り、すぐに出立する。
 カミネルは、北方軍はひたすら防戦に専念すると言っていた。
 あのカミネルが防戦に専念して、みっともなく負けるとは思えない。
 だが、敵の補給線を切ったところで敵が略奪に走るまでは、少なくとも二日はかかるだろう。
 一刻も早く作戦に移らなければ。
 直感、予感。なにか良くないことが起こる。
 シュヴェルトには、そんな胸騒ぎがしたのだった。
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