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 それから一ヶ月は何事もなく過ぎ去った。
 私はどこにでもいる貴族の令嬢として、平凡な学園生活を過ごした。身分の近しいクラスメイトの女子たちと一緒に過ごし、ハインリヒとはなるべく関わらないようにした。イベントが起きてしまった時はバッドな選択肢を思い出して、エマのセリフをなぞった。
 だからだろうか。ハインリヒの関心は私に向かなくなったように思う。今では最低限の挨拶をするだけのただのクラスメイトだ。
 そのおかげか、アンナは私を睨みつけるだけで、特に目立って何かをしてくることもない。

 他の攻略対象たちとも関わらないようにしていた。
 フドウとは禁断の園以来、会っていない。彼と再会するフラグを立てるには、アンナの唯一の友人を奪うような真似をしなければならないから二度と会うつもりはなかった。

 マテウスとは図書館で闇の女王イベントの続きがあった。続きとはいってもオマケみたいなもので、マテウスの恋愛度と友好度がどん底まで下がったことが暗示されただけだった。
 再会した時の彼は、私を見るや否や、嫌なものでも見たような顔つきになった。そして、「二度とあの椿のもとへと行くな」と警告してきた。
 それ以来、マテウスの好感度を上げるためのイベントを起こしていないから、好感度は依然として最低のはずだ。

 ヴェルナーはゲームの時よりも頻繁に会う機会が多いように思う。
 ゲームをプレイしていた時と印象は相変わらず、彼は腹黒い人だと思う。
 彼は言葉巧みに私を誘導して、ハインリヒとアンナを惑わせようと企んでいる。「可愛い」とか「ハインリヒが私を褒めていた」とか、あることないこと言ってきて正直、迷惑だ。
 どんなに社交辞令を言われて持ち上げられても、私は彼の話に乗るつもりはない。毎日鏡で練習した無垢なるエマの微笑みで誤魔化して、なんとか対処している。

 今のところ、ヴェルナーが少し面倒ではあるものの、平和な毎日を送れていると思う。次の闇の女王イベントはだいぶ先だから、しばらくは平穏無事に暮らしていけるはず。

 だけど、私の周りでおかしなことが起こり始めた。エマのように振る舞う人が私の他に現れたのだ。

 アイリス・ヴィット公爵令嬢。五大公爵のうち、土の公爵と呼ばれるヴィット家の長女だ。
 ゲームの中ではエマの同級生であり、仲のいい友人の一人だった。
 エマと並んでも見劣らないほど、美しいアイリスを前世の私は結構気に入っていた。

 乙女ゲームの女友だちが主人公と同じくらいに美しくに描かれるのは珍しいことなのかもしれない。
 でも、アイリスは美しく描かれるべき人だった。だって、彼女はハインリヒやマテウスと同じく、『2』の攻略対象の孫だから。かつての攻略対象の子孫がぞんざいに描かれるなんてありえない。
 彼女はただ美しいだけではなく、性格も聡明で、公爵令嬢としての気品と礼儀をわきまえていた。
 エマに目くじらを立てて嫌がらせを行うアンナのことを嫌っていた。それに、エマが複数の攻略対象たちと好感度を上げすぎると、「浮名を流すなんて」と諭してくる。気高く美しい上、心優しいアイリスを嫌いになるプレイヤーがいるはずなんてない。

 
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