【完結】捨てられた悪役令嬢は大公殿下との新たな恋に夢を見る

17-3 その後の顛末

　王女殿下とのお茶の時間が終わり、ベッキーとともに王女宮から出た時だった。隣接する王宮の廊下の向こうからケイン様がやって来た。
　ケイン様はとても気まずそうな顔をしている。勿論、私だって気まずい。でも、無視するわけにはいかない。私はお辞儀をした。

「ごきげんよう。ケイン様」
「ああ。久しぶりだね、エレノア･･････嬢」
　もう婚約者でもなんでもないから、以前のように呼び捨てにはしてこない。未練は残ってないと思っていたけど、少し寂しい気持ちになった。

　ケイン様の顔を見る。彼は少しやつれているように見えた。王女殿下によると、ミランダの事件の調査はケイン様にも及んだらしい。つまり、アーサー様の殺害をケイン様が指示したのではないかと疑われたのだ。
　勿論、そんな事実はどこにもない。あれはミランダが勝手に暴走しただけでケイン様は私達がシリナ湖に行ったことすら知らなかったのだから。
　結局、ケイン様の疑いは晴れたものの、国王陛下からひどく嫌われてしまったらしい。学園卒業後から着いていた軍の名誉職を解任させられ、今は王宮内で謹慎中だ。
　ーーケイン様があの事件に巻き込まれたのは、きっと第一王子派の陰謀ね。

　関係のないケイン様がこんな目にあってしまったのは気の毒だと思う。でも、もう今の私には彼のためにできることはなかった。
　婚約者ではないどころか、今の私の立場は第二王子派と対立している状態だ。そんな私がケイン様のために動いたら、政局にどんな影響があることか。そのリスクを背負ってまで彼を助ける義理はなかった。

「すみません、モニャーク公爵令嬢が帰られますので。これで失礼します」
　目下のベッキーがそう言うとケイン様は顔を歪ませた。
　ーー今のあなたの立場がよく分かった？

　本来であれば、ローズ王女殿下の侍女のベッキーが目上のケイン様に「先に行く」なんて言うのは失礼だ。
　でも、ベッキーはケイン様を実質的に"失脚した"と思っている。だから、こんな風に物を言った。

「失礼します」
　私がそう言って立ち去ろうとした時、ケイン様に呼び止められた。
「待ってくれ」
　私は立ち止まって振り返った。
「ミランダのことは、その。･･････すまない」
　ケイン様は疲れ切った顔を俯かせて言った。
「いいえ。ケイン様には関係のないことですから。気にしないで下さい」
「君の言っていたことが、今になって分かったよ」
　とても小さくて弱々しい声だった。いつも強く自分を大きく見せようとしていた人と同じ人間だとは思えない。それくらい弱くてみじめったらしかった。
「付き合う人間は選ぶべきだった」
「そうですね」
「ミランダには、大人しく家にいるように言っていたんだ。それなのにイアンに付き纏っていたらしい」
「はい」
「捕まってからも、同級生たちに手紙を送っていたそうだ。『私は悪くない。助けて』って。みんな無視したらしいけど」
　それは私も噂で聞いた。今では政務官や軍人、法学生となった攻略対象たちに助けを求めた手紙を送ったと。でも、彼らからしてみたらミランダと親交を持っていた過去は黒歴史でしかない。アーサー様に危害を与えようとしたミランダと関わることを選んだ人は誰もいなかった。

「エレノア嬢、教えてくれないか？」
「何をでしょう？」
「俺はこれからどうすればいいか。俺は今になってやっと気づいたんだ。君ほど熱心に助言をくれた人はいなかったって。だから」
「ケイン様」
　私は彼の言葉を遮った。
　ーーもう。こんなあなたを見ていたくない。

「もう、私達は婚約関係にないのです。それに、あなたが一方的に婚約を破棄したことによって今の私達の関係は決して良いとは言えません。だから、私があなたを助けることはありません」
　言っていて何だか泣きそうになってきた。涙をぐっと堪えてケイン様を見る。
「でも、あえて言わせていただくなら･･････。これからはこれまで以上に、あなたの身の振り方一つで周りの対応が変わってくると思いますよ」
　ーーこれは最後のアドバイスだ。･･････だから、どうかあなたの心にちゃんと届いて欲しい。

「それでは。失礼いたします」
　ーーさよなら。一時でも幸せな夢を見せてくれてありがとう。