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9 イアン・ホワンソンとミランダ
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王女殿下の下を訪れてから5日経った今日、私のもとに奇妙な噂話が入ってきた。何でも、釈放されたミランダがケイン様の前で泣き喚いたそうだ。「私は悪くない」とか、「王女様に恥をかかされた」とか、とにかく自己保身の入った愚痴を言ったらしい。それにはケイン様も呆れた様で、しばらく会わないとミランダに言ったのだとか。
ここまでのミランダの行動は、私の頭でもまだ何とか、ギリギリ理解できる。問題は次だ。
ミランダは家で大人しくしていればいいものを、他の男の下に行ったらしい。色々訪ねて回って、やっと受け入れてくれたのがイアン・ホワンソンだったそうだ。
イアンはゲームの攻略対象の一人だった。子爵の次男という低い身分ではあるものの、絵の才能がずば抜けて高く、将来は高名な画家になるだろうと期待されていた。
「彼女、ヌードモデルにでもなるのかしら」
ブティックでピクニックに着ていく服を選んでいる最中にベッキーが言った。
「まさか。流石にそれはないでしょ」
「でも、イアンくんの最近の絵は例によって何も身に着けていない人間よ?」
ルネサンスをそう表現するとすごく低俗なものに聞こえる。
ここ半年ほど、人間のありのままを描こうという風潮が高まってきている。少し前だったら考えられない、人間の裸を描くのもその一環だった。
「それに、在学中にイアンくんはよくミランダのところに行って頼んでたじゃない? 『是非モデルとして描かせて欲しい』って。流石にケイン様の手前、断ってたけど」
イアンはミランダの容姿に惹かれていた。ミランダはフランス人形のような可愛らしい顔つきをしていた。髪こそブラウンで平凡なものの、瞳は珍しい色のワインレッドで大きかった。その瞳を覆うまつ毛は長くてフサフサで・・・・・・。だめだ。何だか腹が立ってきた。
「ミランダってずるいよね。あんなにかわいくて」
「逆にいえば顔だけじゃない? あの子」
ベッキーはミランダに対して辛辣だ。
「知識も教養もマナーも。何も学ばなかったじゃない。あの子、学園に何しに来てたのかしら」
「あはは・・・・・・」
ベッキーの口がもっと悪くならないように私は愛想笑いをした。
「それより、早く服を決めよっ! この服なんてどうかな?」
私が手に取ったのは黄色のワンピースだ。膝丈で、袖や裾にレースがついてかわいらしい。
「いいね! 丈が短いのが気になるけど・・・・・・。若いし、ピクニックだから問題ないか」
そう言うなり、ベッキーは飾られてあった帽子を手に取った。白くて大きなツバの帽子で、ワンピースによく似合いそうだ。
「これも一緒に買おうよ」
「うん! 流石ベッキー。センスがいい」
褒めるとベッキーは笑った。
「ただ、これだけだと、ちょっと地味だからブローチを着けるといいかも。この辺に」
ベッキーは帽子を指さしながら言った。
「分かった。そうする」
どのブローチを着けようか? ミランダのことはすっかり忘れて私はそんなことを考えていた。
※
ベッキーと買い物をした翌日。私はヘレンドール伯爵夫人のサロンに参加した。夫人は芸術愛好家であり、特に絵画を好んでいる。だから、私達は絵について学んだのだけれど。先生として呼ばれたのが、件のイアン・ホワンソンだった。
「お久しぶりです。モニャーク公爵令嬢」
イアンは気さくに、けれど大人としてわきまえた挨拶をした。私達は大人になったんだと実感させられる。
学生時代のイアンは私のことを"エレノア嬢"と呼んでいた。
「ご機嫌よう。イアン卿。芸術活動は順調に進んでいますか?」
「お陰様で。今日のように講師としての活動や絵を描いて売って何とか生活ができています。それに最近はパトロンになってくれる人が何人かいて」
イアンは少し照れくさそうに笑った。芸術家は売れなければ悲惨な生活になってしまうと聞く。彼の活動が順調そうで本当に良かった。
私がそのことを伝えるとイアンは満面の笑みを浮かべた。
結局、この日、イアンとは絵の話と雑談をするだけで終わった。絵の話をしている時の彼は、とても真剣で楽しそうだった。だからミランダとの話をする気にもなれなかった。
ここまでのミランダの行動は、私の頭でもまだ何とか、ギリギリ理解できる。問題は次だ。
ミランダは家で大人しくしていればいいものを、他の男の下に行ったらしい。色々訪ねて回って、やっと受け入れてくれたのがイアン・ホワンソンだったそうだ。
イアンはゲームの攻略対象の一人だった。子爵の次男という低い身分ではあるものの、絵の才能がずば抜けて高く、将来は高名な画家になるだろうと期待されていた。
「彼女、ヌードモデルにでもなるのかしら」
ブティックでピクニックに着ていく服を選んでいる最中にベッキーが言った。
「まさか。流石にそれはないでしょ」
「でも、イアンくんの最近の絵は例によって何も身に着けていない人間よ?」
ルネサンスをそう表現するとすごく低俗なものに聞こえる。
ここ半年ほど、人間のありのままを描こうという風潮が高まってきている。少し前だったら考えられない、人間の裸を描くのもその一環だった。
「それに、在学中にイアンくんはよくミランダのところに行って頼んでたじゃない? 『是非モデルとして描かせて欲しい』って。流石にケイン様の手前、断ってたけど」
イアンはミランダの容姿に惹かれていた。ミランダはフランス人形のような可愛らしい顔つきをしていた。髪こそブラウンで平凡なものの、瞳は珍しい色のワインレッドで大きかった。その瞳を覆うまつ毛は長くてフサフサで・・・・・・。だめだ。何だか腹が立ってきた。
「ミランダってずるいよね。あんなにかわいくて」
「逆にいえば顔だけじゃない? あの子」
ベッキーはミランダに対して辛辣だ。
「知識も教養もマナーも。何も学ばなかったじゃない。あの子、学園に何しに来てたのかしら」
「あはは・・・・・・」
ベッキーの口がもっと悪くならないように私は愛想笑いをした。
「それより、早く服を決めよっ! この服なんてどうかな?」
私が手に取ったのは黄色のワンピースだ。膝丈で、袖や裾にレースがついてかわいらしい。
「いいね! 丈が短いのが気になるけど・・・・・・。若いし、ピクニックだから問題ないか」
そう言うなり、ベッキーは飾られてあった帽子を手に取った。白くて大きなツバの帽子で、ワンピースによく似合いそうだ。
「これも一緒に買おうよ」
「うん! 流石ベッキー。センスがいい」
褒めるとベッキーは笑った。
「ただ、これだけだと、ちょっと地味だからブローチを着けるといいかも。この辺に」
ベッキーは帽子を指さしながら言った。
「分かった。そうする」
どのブローチを着けようか? ミランダのことはすっかり忘れて私はそんなことを考えていた。
※
ベッキーと買い物をした翌日。私はヘレンドール伯爵夫人のサロンに参加した。夫人は芸術愛好家であり、特に絵画を好んでいる。だから、私達は絵について学んだのだけれど。先生として呼ばれたのが、件のイアン・ホワンソンだった。
「お久しぶりです。モニャーク公爵令嬢」
イアンは気さくに、けれど大人としてわきまえた挨拶をした。私達は大人になったんだと実感させられる。
学生時代のイアンは私のことを"エレノア嬢"と呼んでいた。
「ご機嫌よう。イアン卿。芸術活動は順調に進んでいますか?」
「お陰様で。今日のように講師としての活動や絵を描いて売って何とか生活ができています。それに最近はパトロンになってくれる人が何人かいて」
イアンは少し照れくさそうに笑った。芸術家は売れなければ悲惨な生活になってしまうと聞く。彼の活動が順調そうで本当に良かった。
私がそのことを伝えるとイアンは満面の笑みを浮かべた。
結局、この日、イアンとは絵の話と雑談をするだけで終わった。絵の話をしている時の彼は、とても真剣で楽しそうだった。だからミランダとの話をする気にもなれなかった。
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