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2 突然の求婚
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家に帰ると、屋敷の中でお父様が眉間に皺をよせて待ち構えていた。
「話があるから書斎に来なさい」
有無を言わさないといった口調だった。私は大人しくお父様に従った。
書斎のソファに座るや否や、お父様はケイン様との婚約破棄について聞いてきた。恐ろしいことに、卒業パーティでのできことはすでに貴族たちの間で噂になっているそうだ。
説明を求められて私は事のあらましを説明した。
ケイン様が学園に入学してから傲慢になってしまったこと。学園でケイン様はミランダと恋人関係になり、私を邪険に扱っていたこと。卒業パーティで大勢の人々がいる中、一方的に別れを切り出されたこと。
お父様は話を全て聞き終えると、ケイン様との婚約は解消すると言った。そして、もう二度と第二王子派を支持しないとも。
思った通りの展開になった。そう思って話を切り上げようとした時、お父様はある縁談が来ていることを打ち明けた。
「実は、つい先程、大公殿下から縁談の申し込みがあってね」
「大公殿下・・・・・・。アーサー殿下で間違いないのでしょうか」
「そうだ」
アーサー・ルトワール殿下は、国王陛下の歳の離れた実弟で今年25歳になるお方だ。
彼は王位継承権を破棄したことと、内政面で王国に大きな貢献をしたことで、大公の身分を与えられた。そして自治権の認められた領土を下賜され、5年前に公国を建国するに至った。
「大公殿下が、なぜ私に?」
「それがよく、分からないんだ。理由を聞いても"一目惚れだ"としか言わなくてな」
「なんだか、怪しいですね」
「そうだな」
「大公殿下とお会いしたことなどあったかしら」
お父様は肘掛けに片腕をのせて、口元のひげを触った。
「一年前、魔導列車に乗った時、挨拶しただろう」
「・・・・・・ああ。そうでしたね」
言われて思い出した。大公殿下は十年ほど魔導列車の開発に尽力し、国王陛下を説得して路線の開拓を行った。
その魔導列車のお披露目式にお父様と私も招待されたのだった。
「せっかく大公殿下にお会いできたというのに覚えていなかったのか」
「ごめんなさい。魔導列車に感動してしまって、それどころではなかったんです」
魔導列車ができたことによって、馬車で片道3時間のところを1時間程度で移動できるようになった。
ーーこれで人の流動が大きく変わる!
そんな予感がして、あの時の私はワクワクしていた。それに、この国で初めて魔導列車に乗った者の一人なんだと思ってとても感動していた。
正直、大公殿下と挨拶をしたことはかろうじて覚えているのだけれど、どういった話をしたかまでは思い出せない。魔導列車から見る風景の移り変わりがあまりにも早くて、興奮しながら外を見ていたことは今でも鮮明に記憶しているのだけれど。
「まあ、あの時のエレノアはいつになくはしゃいでいたからな」
お父様の顔が綻ぶ。当時の私は17歳。レディとしての振る舞いがきちんとできていなかったことを今さらながら気がついて反省するほかない。
「ああ、話を戻そうか」
そう言ってお父様は縁談のことについてまた話し始めた。
「公爵家としては、大公殿下のもとにお前を嫁がせるのは悪くない選択だ」
自分自身でも、それはお父様の言う通りだと思う。私の"公爵令嬢"という身分に釣り合う人は少ないだろう。まず、公爵家と釣り合う家柄で、それ相応の地位を確立している未婚の男性が最低の条件だ。それに加えて、公爵家と対立関係にない派閥に属している人が望ましい。
でも、そんな人が例えいたとしても、わざわざ私をもらってくれるとは限らない。私はケイン様に捨てられたキズモノだ。仮に公爵家から縁談の申し出を行っても断られる可能性は往々にしてあるだろう。
そんな私を大公殿下は引き取ると言ってくれている。大公殿下は高い身分と地位を得ていて、お父様との関係も悪くはない。モニャーク公爵家としては願ってもないことだろう。
「ただな。私個人としては、もうお前を酷い目にあわせたくはないのだよ」
「お父様・・・・・・」
「大公殿下は、頭のきれるお方だ。王位継承争いを徹底的に避けて国王陛下との関係を良好に保つよう常に努めている。そんな方が、我が公爵家を利用するとは思えんが。ただ、求婚の目的と理由が明らかでないからお前を嫁がせるには不安でな」
「そうですね。"一目惚れ"なんて、変ですもの。私はブサイクではないと思いますが、特別な美人というわけでもありませんからね」
黒い髪にブラウンの瞳、どこにでもいるありふれた顔をしている。エレノアは心なしか前世の自分の顔とよく似ていた。
「何を言う。エレノアはお前が思っている以上にかわいいぞ」
「ふふっ、お父様ったら」
親の贔屓目というものかしら。お父様にとって、私は本当にかわいいのだろう。
「エレノア、私はこの縁談の申し出を受けるべきかどうか迷っている」
「はい」
「だからな、エレノア自身にも考えて欲しいのだ」
「分かりました。この選択が私の人生の大きな転機となるかもしれませんね。真剣に考えてみます」
「ああ。もし断ることに決めたとしても遠慮なく言っておくれ。断わる理由はこちらで考えておくから。だから、お前は何も気にする必要はないんだよ」
「ありがとうございます。お父様」
私はお父様の優しさに心から感謝した。
「話があるから書斎に来なさい」
有無を言わさないといった口調だった。私は大人しくお父様に従った。
書斎のソファに座るや否や、お父様はケイン様との婚約破棄について聞いてきた。恐ろしいことに、卒業パーティでのできことはすでに貴族たちの間で噂になっているそうだ。
説明を求められて私は事のあらましを説明した。
ケイン様が学園に入学してから傲慢になってしまったこと。学園でケイン様はミランダと恋人関係になり、私を邪険に扱っていたこと。卒業パーティで大勢の人々がいる中、一方的に別れを切り出されたこと。
お父様は話を全て聞き終えると、ケイン様との婚約は解消すると言った。そして、もう二度と第二王子派を支持しないとも。
思った通りの展開になった。そう思って話を切り上げようとした時、お父様はある縁談が来ていることを打ち明けた。
「実は、つい先程、大公殿下から縁談の申し込みがあってね」
「大公殿下・・・・・・。アーサー殿下で間違いないのでしょうか」
「そうだ」
アーサー・ルトワール殿下は、国王陛下の歳の離れた実弟で今年25歳になるお方だ。
彼は王位継承権を破棄したことと、内政面で王国に大きな貢献をしたことで、大公の身分を与えられた。そして自治権の認められた領土を下賜され、5年前に公国を建国するに至った。
「大公殿下が、なぜ私に?」
「それがよく、分からないんだ。理由を聞いても"一目惚れだ"としか言わなくてな」
「なんだか、怪しいですね」
「そうだな」
「大公殿下とお会いしたことなどあったかしら」
お父様は肘掛けに片腕をのせて、口元のひげを触った。
「一年前、魔導列車に乗った時、挨拶しただろう」
「・・・・・・ああ。そうでしたね」
言われて思い出した。大公殿下は十年ほど魔導列車の開発に尽力し、国王陛下を説得して路線の開拓を行った。
その魔導列車のお披露目式にお父様と私も招待されたのだった。
「せっかく大公殿下にお会いできたというのに覚えていなかったのか」
「ごめんなさい。魔導列車に感動してしまって、それどころではなかったんです」
魔導列車ができたことによって、馬車で片道3時間のところを1時間程度で移動できるようになった。
ーーこれで人の流動が大きく変わる!
そんな予感がして、あの時の私はワクワクしていた。それに、この国で初めて魔導列車に乗った者の一人なんだと思ってとても感動していた。
正直、大公殿下と挨拶をしたことはかろうじて覚えているのだけれど、どういった話をしたかまでは思い出せない。魔導列車から見る風景の移り変わりがあまりにも早くて、興奮しながら外を見ていたことは今でも鮮明に記憶しているのだけれど。
「まあ、あの時のエレノアはいつになくはしゃいでいたからな」
お父様の顔が綻ぶ。当時の私は17歳。レディとしての振る舞いがきちんとできていなかったことを今さらながら気がついて反省するほかない。
「ああ、話を戻そうか」
そう言ってお父様は縁談のことについてまた話し始めた。
「公爵家としては、大公殿下のもとにお前を嫁がせるのは悪くない選択だ」
自分自身でも、それはお父様の言う通りだと思う。私の"公爵令嬢"という身分に釣り合う人は少ないだろう。まず、公爵家と釣り合う家柄で、それ相応の地位を確立している未婚の男性が最低の条件だ。それに加えて、公爵家と対立関係にない派閥に属している人が望ましい。
でも、そんな人が例えいたとしても、わざわざ私をもらってくれるとは限らない。私はケイン様に捨てられたキズモノだ。仮に公爵家から縁談の申し出を行っても断られる可能性は往々にしてあるだろう。
そんな私を大公殿下は引き取ると言ってくれている。大公殿下は高い身分と地位を得ていて、お父様との関係も悪くはない。モニャーク公爵家としては願ってもないことだろう。
「ただな。私個人としては、もうお前を酷い目にあわせたくはないのだよ」
「お父様・・・・・・」
「大公殿下は、頭のきれるお方だ。王位継承争いを徹底的に避けて国王陛下との関係を良好に保つよう常に努めている。そんな方が、我が公爵家を利用するとは思えんが。ただ、求婚の目的と理由が明らかでないからお前を嫁がせるには不安でな」
「そうですね。"一目惚れ"なんて、変ですもの。私はブサイクではないと思いますが、特別な美人というわけでもありませんからね」
黒い髪にブラウンの瞳、どこにでもいるありふれた顔をしている。エレノアは心なしか前世の自分の顔とよく似ていた。
「何を言う。エレノアはお前が思っている以上にかわいいぞ」
「ふふっ、お父様ったら」
親の贔屓目というものかしら。お父様にとって、私は本当にかわいいのだろう。
「エレノア、私はこの縁談の申し出を受けるべきかどうか迷っている」
「はい」
「だからな、エレノア自身にも考えて欲しいのだ」
「分かりました。この選択が私の人生の大きな転機となるかもしれませんね。真剣に考えてみます」
「ああ。もし断ることに決めたとしても遠慮なく言っておくれ。断わる理由はこちらで考えておくから。だから、お前は何も気にする必要はないんだよ」
「ありがとうございます。お父様」
私はお父様の優しさに心から感謝した。
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