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 目が覚めたら、天蓋付きの豪奢なベッドの上にいた。隣にはエルドノア様がいて、静かに寝息を立てて眠っている。
 彼を起こさないようにそっと上体を起こす。部屋の中を見渡してみれば、フィアロン公爵邸にも引けを取らないほどの高そうな家具しかない。
 ここはどこなんだろう。フィアロン公爵邸にも劣らないとなると、相当場所は限られていそうだけど。
 少し考えて答えが出た。ここは王都にあるホテルの一室だ。数日前に滞在した街で、エルドノア様がホテルの予約を取るように手配をしてくれた。フィアロン公爵が泊まるに相応しい場所として、王都の中でも一等地の、一番いい部屋にすると言っていた。

 部屋の中をもう一度見渡すと、壁にかけられていた女性の肖像画に目がいった。銀の長い髪に紫の瞳をした見目麗しい彼女は、優しい眼差しで微笑んでいる。
 彼女をどこかで見たことがあるような気がするけど、思い出せない。

「彼女はシトレディスだよ」
 びくりと身体がはねた。振り返ってエルドノア様を見たら、ベッドで寝転んで私を見ていた。
「そんなに驚かないで」
 エルドノア様はくすくすと笑う。
「寝ているのかと思ってました。起きていたんですね」
「うん。まあね」
 彼は上体を起こした。
「お前がどこかで見たっていうのは、教会じゃないのかい? 教会にはシトレディスの絵や彫刻が多くあったからね」
 言われてみたらそうかもしれない。綺麗な女性が描かれた絵があった気がする。
「お前は本当に信仰心の薄い子だよ。この国の人間は多かれ少なかれシトレディスに祈りを捧げているというのに」
「神は、・・・・・・シトレディスは、私のお腹を満たしてくれませんでしたから」

 貧民でも神に祈りを捧げる人はいた。彼らは教会に行けずとも、毎日自分の寝床で熱心にお祈りをしていた。でも、どんなに祈ったところで彼らは救われなかった。それに全く祈ることのない私と比較して、私と彼らの生活はそんなに変わらなかった。
 だから、願いを聞いてくれない神ならいないのと同じだと思っていた。いもしない神に祈るなんて馬鹿だとも。
「お前は本当に現金な子だよ」
 エルドノア様は嬉しそうに私を抱きしめた。優しく微笑んで頬にキスまでしてきた。
 今の話で、喜ぶところなんてどこにあったのかしら?

「急にどうしたんです?」
「お前の現金さに感謝をしているんだよ」
 首を傾げるとエルドノア様は説明をしてくれた。
「神を喚ぶには祈りと呼び声が必要だと言ったろう? 他の誰でもない"その神"に呼びかけないとだめなんだ。もしあの日、お前が少しでもシトレディスを信仰していたら私を召喚することはできなかっただろう」
 あの日も私はシトレディスをこれっぽっちも頼りにしていなかった。ただ痛いのが嫌で、それから逃れたくて、言えと言われた呪文を。エルドノア様に対する呼びかけの言葉を声に出しただけだ。
 心から彼を信頼して呼んだわけでもないのに、それでもエルドノア様は来てくれた。そのおかげで私は今も生きているわけで・・・・・・。感謝をしないといけないのは私の方だ。

 エルドノア様はベッドから起き上がった。
「そろそろ街のお店も開く時間なんじゃないかな。出かける準備をしよう」
 エルドノア様は鞄から私の服を取り出した。私に手渡すと彼は椅子に腰掛けた。着替える私をそこで眺めるつもりらしい。
「エルドノア様も着替えてください」
「何で? 汚れてないよ?」
 きょとんとした顔で彼は言い放った。
「そういう問題じゃないんです。貴族の愛妾が前日と同じ服で出かけるなんておかしいでしょう?」
「人間ってめんどくさい。服なんて三着もあれば十分なのに」
 納得はしていないようだったけど、エルドノア様は着替えてくれた。



 着替えを終えた私達はホテルを出た。ホテルは一等地とあって、街の中心部にあるらしい。エントランスを出た途端、人の多さと賑わう街並みに圧倒された。フィアロン公爵領も市街地は綺麗な街並みで、それなりに栄えていたけど、ここまで人はいなかった。

 どこに行くか迷った挙げ句、私は目についた店へ手当たり次第に足を運ぶことにした。とりあえず、どんな物が売っているのか見て回りたかったからだ。
 服屋、宝石屋、薬草屋、武器屋。その他もろもろ、様々な店に入ってみた。どこに行っても商品の種類が豊富で質のいいものが多かったけれど、欲しいと思えるほど、興味を引くものは何もなかった。
 だから見るだけ見て、結局何も買わずに店を出た。

 次の店を探してキョロキョロしているとエルドノア様が指をさした。
「あそこに行きたい」
 見れば、古物商のようだった。エルドノア様は私の返事を待つことなく歩き始める。私は彼に手を引かれてその店に入った。

 店の中には古びたもので溢れていた。用途が分からないものも多く、私にはガラクタにしか見えない。エルドノア様はそんなものを熱心に見ていた。やがて、エルドノア様は古びた彫像を手に取ると私に渡してきた。
「これ、何の像なんです?」
「さあ? 知らない」
 エルドノア様はこちらを見もせず、がらくたをあさりながら返事をした。
「まだ他にもいるものがあるんですか」
「うん。良さげなものがあるから」
 エルドノア様はそう言ってがらくたの選別を続けた。手に取っては戻し、手に取っては戻しを何度も繰り返して。最終的にあるネックレスと指輪を私に押し付けた。
 私は手にしたものを買うと店主に告げると、代金を支払った。

 店を出てから買った物をもう一度、まじまじと見る。謎の彫像、錆びついたネックレス、古びた指輪、どれも価値があるものとは思えない。実際、これだけ買ってお代はたったの銅貨2枚だった。
「私の目を疑っているんだね」
「そういうわけではないんですけど。これ、何に使うんですか」
「それは後のお楽しみだよ」
 いたずらっ子のように笑うとエルドノア様は私の手を引いて歩き始めた。
「どこに行くんですか?」
「ホテルだよ。一度帰ろう」
 どうしてホテルに戻るのかよく分からないけれど、少し休みたかったから丁度よかった。
 私は黙って彼の横を歩いた。



 ホテルに戻ると、私はソファに腰掛けた。貴族の履く靴は綺麗だけど、足先は変形するし、ヒールが高いから長く歩くには向いていない。それなのに街中を歩き回ったから足が痛くなった。
 靴を脱ぎ捨ててエルドノア様を見た。彼はさっき買った彫像をじっと見つめていた。
「中だね」
 独り言を呟くや否や、エルドノア様は彫像を床に叩きつけた。陶器でできた彫像は粉々になり、見るも無惨な姿になった。
「何してるんです!」
 物を粗末にするのはいただけなくて、つい咎めるような口調で言ってしまった。エルドノア様はそれを気にする様子もなく、跪いて何かを取った。
「必要なものはこっちだから」
 彼は指で摘んだ水色の小さな石を私に見せた。それが何なのか分からず、私は首を傾げた。
 エルドノア様はその石をテーブルに置いた。そして、今度はネックレスの錆びついたチェーンを引っ張って壊した。ペンダント部分の緑色の宝石を取ると、これもテーブルに置いた。

「服を脱いで」
 唐突に彼は言った。
 意味が分からなくて顔をしかめたら、今度は"命令"された。
 私の意思に反して身体が勝手に服を脱いでいく。どれだけ嫌だと思っても、身体は止まらず、ついには下着まで脱いでしまった。

 エルドノア様は全裸で立ち尽くす私の身体の周りをゆっくりと回った。まじまじとと身体を見つめられて恥ずかしい。ぴったりと足を閉じて腕で胸と陰部を隠した。
 回っていたエルドノア様はやがて立ち止まった。
「これはここかな?」
 そう言いながら水色の石を私のお腹に当てた。そして何かの呪文を唱えると、石は淡く光って消えてなくなった。
「次はこれ」
 エルドノア様は跪いて緑色の宝石を私の足先に押し当てた。そして、先程とは別の呪文を唱えた。宝石は淡く輝くとやはり消えてしまった。

「左手、出して」
 言われるがままに手を差し出すとエルドノア様は私の薬指に古びた指輪を嵌めた。ぶかぶかだったそれをエルドノア様が一撫ですると、ぴったりのサイズになった。指輪を引っ張ってみても外れる気配はなかった。

「何を、したんですか?」
「さっきの石にはフレディアとファーダの力が宿っていたから。お前の身体にそれを移したのさ」
 確か、フレディアは水の女神で、ファーダは風の男神だったと思う。なぜ彼らの力の宿った石をそんな風に使ったんだろう。
「人は神の創造物だ。だから、それぞれの神の力が一定以上、均等に混ざっているんだけどね。お前は私を喚び出したあの日、死にかけただろう? そのせいで、お前は全ての力を失ったんだよ」
 エルドノア様は説明をしてくれたけど、よく分からなかった。

 私が理解していないことを悟ると、エルドノア様は少し黙ってから、また、説明をしてくれた。
「お前の身体には、普通の人間に流れているはずの、火・水・風・土、全ての属性の力がほとんどないんだ。あの日死にかけたせいでね。今までお前が動けたのは、私が生命の力を分け与えていたからだ。ここまでは分かった?」
 私は頷いた。
「私の力を主流にして生きるということは、私の眷属であるということだ。4つの属性もなく私の眷属であるお前はまともな"人間"とは言えないんだよ。現にお前は人間の食事をしなくてもいい身体になっているわけだし」
「私の身体に4つの属性がないから、私は人間でないことは理解しました。でも、何で石を埋め込むことにしたんです?」
「お前は私の眷属のまま一生を過ごしたいの? 違うよね? 他人と食事をしたいって願望を叶えてあげようと思ったんだ」
 そうか。馬車を待っていた時に私が考えていたことをエルドノア様は"私の願い"と受け止めたのか。
「だから、さっきの石でお前の身体に水と風を補完したんだよ。少しでもまともな人間に戻るためにね」
 そこまで丁寧に説明をされてやっと理解できた。
「そうだったんですか」
「うん。だから、これでお前は普通の人間に一歩近づけた。火や土の力がこもった物をみつけたらまたお前に与えるよ」
 エルドノア様はそう言って、私の頬にキスをした。

 エルドノア様の説明を聞いて、釈然としないことがあった。
「それじゃあ、この指輪は何です?」
 私は左手の甲を彼に見せつけた。左の薬指にはめられたこの指輪の意味が知りたい。
 エルドノア様は私の左手を取ると手の甲にキスを落とした。
「それはね、お前が私に隷属するという証。お前との関係を形に残しておきたかったから」
「ペットに首輪を着けるようなものですか」
「あはは。酷い例えだね」

 エルドノア様は突然、私を抱き上げた。そして、そのままベッドルームへと連れて行く。

「それより、ご褒美が欲しいな」
「ご褒美?」
「お前の身体に2つも属性を宿したんだよ? まともな人間に戻るための手引きをしたんだから、ご褒美をもらってもいいと思うんだ」
 そう言いながら、彼は私をベッドに下ろした。
「まだ腹は減ってないかもしれないけど、いいよね? ちゃんと私を楽しませて?」
 返事をする間もなく、私はエルドノア様に押し倒されてしまった。
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