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24 本当に踊りたいのは誰?
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周囲の人々は、踊り始めた。
「グレッグ、踊りましょう」
パトリシアがそう言うとグレゴリーは彼女の手を取って踊り始めた。
『いいなぁ』
ーーはあ? どこがよ。
パトリシアの踊りは覚束ない。ステップの踏み方はなっていないし、姿勢が悪くて手先や足先まで意識できていない。おまけに、相方のグレゴリーの動きを完全に無視している。彼女の踊りは、どこにも褒められる要素のないものだった。
『だって、私もグレッグと踊りたかったんだもん』
ーー踊りたければ後で好きなだけ踊ればいいわ。彼はあなたのものになるんだから。
アタシは、彼らの下手くそな踊りを見ながら、ポケットの中から聖水を取り出した。左手でしっかりと握りしめて、準備を整える。
そして、曲の終わりに差し掛かった時、アタシはグレゴリーに近づき、聖水を頭からかけた。
小さな小瓶に入っていたはずなのに大量の水が溢れ出てきて、グレゴリーはずぶ濡れになった。どうやら瓶に魔法がかかっていたらしい。
「お義姉さま!? 何をするんですか」
パトリシアの声で周囲の人達がざわつき始めた。本来であれば次の曲に移るのだけど、音楽隊はグレゴリーとアタシを見て混乱している。
「誰か! 警備の方を呼んでください! うちの義姉が私の恋人に水をかけたんです!!」
パトリシアが叫ぶと、何人かの男達が私の下にやって来た。ルーカスはその男達からアタシを庇おうとしてくれたけど、何もするなと視線を送った。
「令嬢? あなたが水をかけたというのは本当ですか」
「その人がかけたのを私は見ました」
アタシが答える間もなく、近くで踊っていた女性が言った。
「そうです。私がかけました」
「なぜそんなことを? その人は、王宮騎士ですよ。そんなことをして許されるとでも? いや・・・・・・。そうじゃなくてもあなたのやったことは許されることじゃない」
善良な男はアタシの手を掴むと警察に引き渡すと言った。アタシが引っ張られて連れて行かれそうになった時、グレゴリーがアタシのもう片方の手を取った。
「待って」
グレゴリーの行動に周囲は困惑していた。
「騎士様、彼女は警察に引き渡しますから。ですから、私的な制裁だけは」
「違うんだ」
グレゴリーは男の言葉を遮った。
「違うんだよ。俺は悪い夢を見ていたんだ」
彼がそう言うと周囲は眉を顰めた。グレゴリーの言葉の意味が理解できないのだろう。
でも、パトリシアは違った。彼女はアタシの手を握るグレゴリーの腕にしがみついた。
「グレッグ? お義姉さまを庇わなくったっていいんだから。ね?」
「離してくれ!」
グレゴリーはパトリシアを振り払った。
「もう君に操られるのはうんざりだ! 俺はリコリスが好きだ。君じゃない! 今日ここで踊れるのなら、君じゃなくてリコリスと踊りたかった!」
グレゴリーが怒号をあげると、周囲にどよめきが走った。
ーー追い打ちをかけるのは今ね。
「やっぱり、パトリシアがグレッグを魅了していたのね!」
アタシが大きな声で言うとパトリシアは狼狽した。
「魅了って、そんなわけ・・・・・・」
「だって、真面目なグレッグが仕事をサボってこんなところにいるはずないもの。それに、神様だって言っていたわ!」
『神様?』
「神様って、何よ、それ?」
「夢でお告げがあったの! 聖水でグレッグを清めてパトリシアから解放しなさいって」
『ありもしない神託を作らないでください!』
ーーうるさいわねえ。正当性に必要なものは何でも使えばいいのよ。
「そこ、離れなさい!!」
警察の制服を着た数名の男達とブライアンがアタシ達の下にようやく駆けつけてきた。
アタシは、警官の言葉に従ってパトリシアと距離を取った。そうすると、グレゴリーはアタシを守るように彼女の前に立った。
「怪我はありませんか?」
ブライアンはアタシ達に聞いた。
「大丈夫です」
グレゴリーが答えた。
「何の騒ぎですか、詳しく教えてください」
警官の言葉に答えようとしたら、ブライアンが前に出た。
「彼女、パトリシアが、その首につけた宝石で王宮騎士の彼を魅了していたのでしょう。宝石から悪しき気配を感じます」
ブライアンがパトリシアを指さして言った。その途端、警官はパトリシアを拘束した。
「ちょっと! あんなのデタラメよ! 離して!!」
「ブライアン神父のお言葉です! 彼のようなお方が嘘を吐くはずがないでしょう。この宝石は預からせてもらいます!」
警官はパトリシアの首からチョーカーを無理やり外した。どうやらブライアンはとても信頼されているらしい。
「とりあえず、ついてきてください。詳しい話は後ほど聞きますから」
「やめなさい! 離せよ!!」
パトリシアは乱暴な言葉を喚いて暴れたけど、警官や周囲の人に取り押さえられて、引きずられて行った。
ーー終わった。これはアタシの完全勝利でしょ?
『ええ。教会の偉い人たちにならきっと、あの宝石の効果が分かるはずですから』
「リコリス嬢」
パトリシアが見えなくなると、ブライアンがアタシに声をかけてきた。
「はい」
「お疲れ様でした。あなたの役割はこれまでのはずです」
にこやかに笑ってそう言うと、ブライアンはアタシの眼前に手のひらをかざした。
「さようなら」
彼がそう言った途端、視界がぐにゃりと歪んだ。それはまるで夢の終わりのようで・・・・・・。
アタシは意識を失った。
「グレッグ、踊りましょう」
パトリシアがそう言うとグレゴリーは彼女の手を取って踊り始めた。
『いいなぁ』
ーーはあ? どこがよ。
パトリシアの踊りは覚束ない。ステップの踏み方はなっていないし、姿勢が悪くて手先や足先まで意識できていない。おまけに、相方のグレゴリーの動きを完全に無視している。彼女の踊りは、どこにも褒められる要素のないものだった。
『だって、私もグレッグと踊りたかったんだもん』
ーー踊りたければ後で好きなだけ踊ればいいわ。彼はあなたのものになるんだから。
アタシは、彼らの下手くそな踊りを見ながら、ポケットの中から聖水を取り出した。左手でしっかりと握りしめて、準備を整える。
そして、曲の終わりに差し掛かった時、アタシはグレゴリーに近づき、聖水を頭からかけた。
小さな小瓶に入っていたはずなのに大量の水が溢れ出てきて、グレゴリーはずぶ濡れになった。どうやら瓶に魔法がかかっていたらしい。
「お義姉さま!? 何をするんですか」
パトリシアの声で周囲の人達がざわつき始めた。本来であれば次の曲に移るのだけど、音楽隊はグレゴリーとアタシを見て混乱している。
「誰か! 警備の方を呼んでください! うちの義姉が私の恋人に水をかけたんです!!」
パトリシアが叫ぶと、何人かの男達が私の下にやって来た。ルーカスはその男達からアタシを庇おうとしてくれたけど、何もするなと視線を送った。
「令嬢? あなたが水をかけたというのは本当ですか」
「その人がかけたのを私は見ました」
アタシが答える間もなく、近くで踊っていた女性が言った。
「そうです。私がかけました」
「なぜそんなことを? その人は、王宮騎士ですよ。そんなことをして許されるとでも? いや・・・・・・。そうじゃなくてもあなたのやったことは許されることじゃない」
善良な男はアタシの手を掴むと警察に引き渡すと言った。アタシが引っ張られて連れて行かれそうになった時、グレゴリーがアタシのもう片方の手を取った。
「待って」
グレゴリーの行動に周囲は困惑していた。
「騎士様、彼女は警察に引き渡しますから。ですから、私的な制裁だけは」
「違うんだ」
グレゴリーは男の言葉を遮った。
「違うんだよ。俺は悪い夢を見ていたんだ」
彼がそう言うと周囲は眉を顰めた。グレゴリーの言葉の意味が理解できないのだろう。
でも、パトリシアは違った。彼女はアタシの手を握るグレゴリーの腕にしがみついた。
「グレッグ? お義姉さまを庇わなくったっていいんだから。ね?」
「離してくれ!」
グレゴリーはパトリシアを振り払った。
「もう君に操られるのはうんざりだ! 俺はリコリスが好きだ。君じゃない! 今日ここで踊れるのなら、君じゃなくてリコリスと踊りたかった!」
グレゴリーが怒号をあげると、周囲にどよめきが走った。
ーー追い打ちをかけるのは今ね。
「やっぱり、パトリシアがグレッグを魅了していたのね!」
アタシが大きな声で言うとパトリシアは狼狽した。
「魅了って、そんなわけ・・・・・・」
「だって、真面目なグレッグが仕事をサボってこんなところにいるはずないもの。それに、神様だって言っていたわ!」
『神様?』
「神様って、何よ、それ?」
「夢でお告げがあったの! 聖水でグレッグを清めてパトリシアから解放しなさいって」
『ありもしない神託を作らないでください!』
ーーうるさいわねえ。正当性に必要なものは何でも使えばいいのよ。
「そこ、離れなさい!!」
警察の制服を着た数名の男達とブライアンがアタシ達の下にようやく駆けつけてきた。
アタシは、警官の言葉に従ってパトリシアと距離を取った。そうすると、グレゴリーはアタシを守るように彼女の前に立った。
「怪我はありませんか?」
ブライアンはアタシ達に聞いた。
「大丈夫です」
グレゴリーが答えた。
「何の騒ぎですか、詳しく教えてください」
警官の言葉に答えようとしたら、ブライアンが前に出た。
「彼女、パトリシアが、その首につけた宝石で王宮騎士の彼を魅了していたのでしょう。宝石から悪しき気配を感じます」
ブライアンがパトリシアを指さして言った。その途端、警官はパトリシアを拘束した。
「ちょっと! あんなのデタラメよ! 離して!!」
「ブライアン神父のお言葉です! 彼のようなお方が嘘を吐くはずがないでしょう。この宝石は預からせてもらいます!」
警官はパトリシアの首からチョーカーを無理やり外した。どうやらブライアンはとても信頼されているらしい。
「とりあえず、ついてきてください。詳しい話は後ほど聞きますから」
「やめなさい! 離せよ!!」
パトリシアは乱暴な言葉を喚いて暴れたけど、警官や周囲の人に取り押さえられて、引きずられて行った。
ーー終わった。これはアタシの完全勝利でしょ?
『ええ。教会の偉い人たちにならきっと、あの宝石の効果が分かるはずですから』
「リコリス嬢」
パトリシアが見えなくなると、ブライアンがアタシに声をかけてきた。
「はい」
「お疲れ様でした。あなたの役割はこれまでのはずです」
にこやかに笑ってそう言うと、ブライアンはアタシの眼前に手のひらをかざした。
「さようなら」
彼がそう言った途端、視界がぐにゃりと歪んだ。それはまるで夢の終わりのようで・・・・・・。
アタシは意識を失った。
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