【完結】サキュバスは魅惑のスペシャリストです

花草青依

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19-3 パトリシアとリコリス

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「そして、ホールデン卿はその日のうちにパトリシアを連れて教会を出て行きました。卿とはそれっきりです。あんなに熱心に神への信仰を行い、慈善活動をしてくれていたのに」
 アガサはとても寂しそうに言った。

 アガサの話を聞いて、二つ分からない事があった。
「あの、ブライアン神父はその時、パトリシアを止めてくれなかったんですか」
 アガサは不思議そうな顔でアタシを見る。脈絡もなくブライアンの名を出されたことに疑問を感じているのだろう。
「ブライアン神父なら宝石を盗んだパトリシアを決して見逃すような真似をしないと思ったんです。彼は神の教えにとても忠実な方だと思っているので」
「そうですね。ブライアン神父があの時、いらっしゃれば止めていたでしょう。彼はあの日、別の教会に行かねばならない用事があってこの教会にはいなかったのです」
「そうでしたか」
 アタシは続けてもう一つの疑問について言った。
「宝石はパトリシアから盗まれたわけですが、その後、どう処理されたんです?」
「"何者かに"盗まれて紛失したことになっています。私がパトリシアのことを言っても、私の証言だけではホールデン家への家宅捜索は不可能だと言われました」
「そうですか」
「あの、どうしてこんな話を?」
 アガサは少し怯えているようだった。私がアガサや教会を糾弾するようなことをするのではないかと考えているのかもしれない。

「話に出てきた宝石と思われる物をパトリシアが持っていたんです。あの子は生き別れの母親がくれたものだと言っていましたけど」
「まあ」
「もし、教会から盗まれたものならお返ししなければいけないと思って。ただ、事を大きくしたくはないので、教会でどう処理されたのか聞いたんです。不安を煽るようなことを言ってごめんなさい」
「いえ。私が変な邪推をしてしまっただけですので、リコリス様は謝らないでくださいませ。私もまだまだ修行が足りませんね」
 そう言ってアガサは苦笑した。







 アガサから話を聞き終えると、アタシは慈善活動に参加することにした。帰るにはまだ早い時間だし、ここで株をあげておけば、後々いいことがありそうだと思ったからだ。

 アタシは明日行われる炊き出しのための前準備をすることになった。料理ができると言ったらシスターたちは驚きつつも厨房へ案内してくれた。
 アタシはシスターの指示の下で料理の下準備を始める。泥の付いた野菜を洗い、手際よく皮を剥いて適切な形に切っていく。

「やっぱり、あの噂って本当だったのかしら」
 リコリスとそう歳の変わらない若いシスターが同年代のシスターに向かって小さな声で言った。
「ホールデン卿が義妹のパトリシア様ばかりかわいがってリコリス様を虐待してるって噂でしょ? あれを見たらそう思われても仕方ないよね」
 機嫌よく鼻歌を歌っていたリコリスが静かになった。
 ーーはいはい。あなたのお父さんを庇ってあるげるからしょげないで。

「そんな噂、デマですよ」
 アタシはシスターたちに向かって言った。彼女たちは私に聞こえていたとは思っていなかったようで顔を引き攣らせた。
「酷い噂をする人たちもいるのね」
「申し訳ありません!」
 二人は同時にそう言った。
「あなたたちを責めているんじゃないの。ただ、うちの家について悪い噂を流す人がいるみたいで訂正したいの」
「はい」
「お父様に慈善活動のことを相談したらお料理を勉強したらどうかと勧められたの。それが今役に立っているだけのことよ」
 アタシはにっこりと自信満々に笑ったみせた。
「そうだったんですね。噂を安易に信じてしまい、申し訳ございません」
「そんなにかしこまらないで? 私はただ、分かってもらったらいいんだから。それに、私達姉妹にも問題があったのかもしれないわ」
 ーーちゃんとパトリシアを下げておかないとね?

「パトリシアは慈善活動に熱心じゃないから全然料理に興味を持ってくれなかったの。私だけお料理をしていたから。だから、周りの人に誤解をされたのかもしれない」
 悲しげな目でそう言ったらシスターたちは私をフォローした。
「本当にごめんなさい。私達、何も知らずに陰口めいたことを言ってしまって」
「リコリス様が慈善活動のために料理のお勉強をされていたことを他の方々にもしっかりと伝えておきます」
「ありがとう。我が家に対する誤解を解きたいからそうしてもらえると助かるわ」
 そう言ってアタシは微笑んだ。
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