【完結】サキュバスは魅惑のスペシャリストです

花草青依

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16-2 お茶会は唐突に

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 リコリスが嬉しさと気恥ずかしさで悶絶していると、ローラがカートを持ってきた。

「お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
 ローラがお茶菓子をテーブルに置くとお辞儀をして去って行った。

 ーーリコリス、落ち着きなさい。お茶を淹れたいから分量と蒸らす時間を教えて。
 アタシは茶葉の入った缶を手に取る。
『その茶葉なら、スプーン3杯で5分だよ』
 リコリスは興奮が冷めないまま、アタシの質問に答えた。
 アリコリスの指示通りお茶の用意をする。

「久しぶりだね、こうやってお茶するの」
「そうね」
「君が淹れるお茶を飲むのは何年ぶりだろう」
「8年ぶりよ」
「・・・・・・そうか、もうそんなに経ったのか」
 アタシはカップにお茶を注いだ。
「はい、どうぞ」
 カップをグレゴリーに差し出すと、彼はすぐに口にした。私も彼に倣ってお茶を飲む。

「美味しい」
 グレゴリーはたった一言、そう呟いた。
『本当に美味しいの? 社交辞令?』
 ーー表情をよく見なさい。

 グレゴリーはとても幸せそうな顔で静かに笑っていた。
「ありがとう。そう言ってもらえたら練習した甲斐があったわ」
「練習?」
「だって、8年ぶりにお茶を淹れるのよ? グレッグにまずいお茶を出したくないじゃない」
「俺に淹れるために練習してくれたの?」
「うん。夢の中でグレッグとお茶の約束をしたの。それで、グレッグとお茶をしたくなったの」
「俺もそんな夢を見たよ」
「あら! すごい偶然ね」
「今日はお茶の約束を取り付けて帰るつもりだったけど、まさか今日飲めるなんて思っても見なかったよ」
 アタシの狙い通りに事が運んでいる。

 そう思っていたのにあの女がやって来た。
「グレッグ~、来てるなら教えてよ!」
 パトリシアは断りもなく勝手に席に着いた。パトリシアの振る舞いに、グレゴリーは顔を曇らせた。
「パトリシア。何が、その・・・・・・、雰囲気変わった?」

 グレゴリーはパトリシアを見つめて言った。パトリシアの魅了によって見せられてきた"完璧なパトリシア像"が綻んだのだろう。これまでお行儀よく振る舞っていたアタシと一緒にいたんだから当然だ。
 しかし、まだ違和感を覚える程度で魅了が完全に解けたわけではないようだ。

「分かる? 髪の毛を切ってみたの」
 パトリシアはグレゴリーの言葉を褒め言葉だと解釈したようだ。おめでたい頭だ。
「それより、お部屋に来てよ。あなたが見たがっていた本が手に入ったから」
「いや、でも今はリコリスとお茶をしてるから」
 グレゴリーは困り顔でパトリシアに言った。
「いいじゃない。今すぐ見せたいの」
 パトリシアはそう言いながらチョーカーを弄った。
 ーーアタシから獲物を横取りする気?

「いや、それは今度来た時に」
 チョーカーから出た影がグレゴリーの中に入り込んでいく。
 ーーああ、ちょっとまずいかな。
『グレッグ? 大丈夫?』

「いや、やっぱり今すぐ見に行こう」
 パトリシアの提案を断ろうとしていたはずのグレゴリーは、そう言って立ち上がった。
「待って」
 アタシはそう言ってグレゴリーの手を取った。
「もう少しだけ、お茶をしましょう」
 瞳をうるませて上目遣いで彼を見る。"お願い"と視線を送った。
 でも、グレゴリーはアタシの手を振り払った。
「ごめん、もう行かなきゃ。またそのうち来るよ」
 アタシの顔も見ずに全然気持ちの籠もっていない声で言い放った。
 パトリシアは勝ち誇った顔でアタシを見て笑っている。
「グレッグ、早く行こっ」
 パトリシアはグレゴリーの腕を組んで歩き始めた。あれはアタシに見せつけるためにやってるんだろう。
 ーーブスが。調子に乗るんじゃないわよ。

 アタシが彼らの背中を見ていると、リコリスがうわぁんと大声で泣いた。
 ーーうるさいわねえ。
『アマリリスさぁん、グレッグを追ってよおぉ』
 ーー追って何になるのよ?
『だってそうしないとグレッグが、グレッグがぁ』
 またわあわあ泣き喚いた。

『アマリリスさんっ』
 ーー何?
『ルーカスさんにやったやつ、何でしてくれなかったんですか』
 ーーああ、あれ?

 あれくらい強い魅了の術は人ひとりにしか使えない。つまり、グレゴリーに使ったらルーカスへの魅了の術が強制的に切れてしまうのだ。
 今、ルーカスを失えば彼からの支援は途切れるだろう。彼がとてもよくしてくれているのはアタシに魅了されているからに他ならない。
 それに、パトリシアのあからさまな嫌がらせが収まっているのもルーカスのおかげだ。アタシの物を勝手に捨てたり奪ったりしたら、彼が黙ってはいないと流石にパトリシアも分かっているはずだから。
 だから、ルーカスの魅了の術が自然に消滅するまでは他の誰かにあの術を使うつもりはなかった。

 アタシはそのことをリコリスに説明した。
 ーー今はグレゴリーよりも、ルーカスっていうパトロンの方が大事だから。彼を切り捨てた時の損失が大きすぎる。
『そんなぁ、それじゃあグレッグは、グレッグは』
 ーー他の方法で取り戻すしかないわね。

 リコリスはまた慟哭をあげた。
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