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15 穏やかな日
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目が覚めた瞬間、アタシは手の甲をつねった。
『や! 痛いっ』
リコリスは悲鳴をあげた。
『ちょっと、やめて! アマリリスさんだって痛いでしょ!』
「リコリスに仕置きができるなら構わないわ」
『やめてっ! 本当に痛いから、あざになっちゃう』
「なればいいわ! 無責任なことをベラベラ、ベラベラと!」
コンコンと扉を叩く音がした。
「どうぞ」
アタシはつねるのをやめて言った。
部屋に入ってきたのはローラだった。
「おはようございます。朝の支度のお時間です」
「あら、もうそんな時間?」
「あの、お部屋に誰かいませんよね? 話し声が聞こえたような」
ローラはキョロキョロと部屋の中を見る。
「あはは、聞こえちゃったかぁ・・・・・・。さっき、自分の寝言で目が覚めちゃったのよ」
「そうでしたか。すいません、勘違いをして」
「いいのよ」
アタシは起き上がると着替えを始めた。
今日は特別な予定はない。やることといえば家の中でゆったりと過ごしながらパトリシアの魅了を崩していくことだ。
ーー今日もアタシの方がパトリシアより優秀で美しく性格もいいってアピールしなきゃ。
日頃の努力の甲斐あって、パトリシアへの崇拝や溺愛は収まりつつある。あともう一個、何かのきっかけがあれば、パトリシアの魅了の術を完全に打ち砕けると思う。
でも、それは急がなくていい。今はただ、真綿で首を締めるように"パトリシアは素晴らしい"という幻想を壊していればいいだけだ。
※
着替えを済ませて朝食を摂ると、アタシは部屋に戻って手紙を書いた。
手紙を送る相手はルーカスだった。昨日、彼からの贈り物が届いた。服や靴なんかの衣装の他に、日用雑貨や、カーテンやシーツなど、とにかく色んなものをルーカスはくれた。
一応、パトリシアの分も用意されていたけど、アタシの荷物の5分の1もなかった。ルーカスも案外、大人げない人なんだと思って笑っていたら、パトリシアに睨まれた。その顔がまた面白くて笑いを堪えるのが大変だった。
ルーカスの手紙の内容はリコリスとともに書いた。冒頭の挨拶の部分はリコリスが担当した。季節の挨拶と社交辞令の言葉をリコリスはすらすらと述べた。
次に、今回の贈り物に対する感謝の言葉を書いた。これもリコリスの言葉をアタシが書き記した。
その次に、前回もらったプレゼントの使用感を書いてみた。マーケティングの参考に感想が欲しいとルーカスが言っていたからだ。
アタシはハンドクリームのことを書いた。毎日丁寧に塗りた続けたらあかぎれが治った。ベタつかない上にいい匂いがして、最高だったと書いた。
リコリスはアクセサリーのことを言っていた。どれも素敵だから毎朝の衣装合わせの時間が楽しいと言った彼女の言葉をアタシが代筆する。
そして、最後の締めの挨拶をリコリスとともに書くと手紙を封筒に入れた。それをローラに渡して、手紙を出してくるようにお願いした。
手紙を書き終えたら今日の用事は終わった。することもないからアタシは庭に出て散歩をすることにした。
庭に行くとリコリスの父と鉢合わせした。
「おはようございます、お父様」
アタシはとびっきりの笑顔で挨拶した。
「おはよう」
リコリスの父は表情こそ明るくないが、挨拶をしてくれた。
リコリスの父は、少し前までパトリシアを溺愛し、リコリスをいないものとして扱ってきた。
リコリスがどんなに話しかけても返事をしなかった。彼がリコリスと話をすることがあれば、それはリコリスに理不尽な要求をする時だけだった。
ーーだから、この反応はアタシ達にとっていい方向に向かっている証拠だ。
「お父様もお散歩ですか?」
「ああ。最近、机に向かってばかりで背中や肩が痛いんだ」
『お話してくれた!』
リコリスは何年ぶりかの父親との雑談に歓喜の声をあげた。
「大変! 後でマッサージしますね」
アタシの言葉にリコリスの父は「ああ」と返事をした。
「お父様、一緒にお散歩をしてもいいですか?」
「好きにしなさい」
リコリスの父は投げやりな態度で言った。
アタシたちは庭を宛てどなく散策した。相変わらず話を振っても、返事は短く表情は芳しくない。でも、会話は続くからアタシは父親との散歩を心から楽しむ娘を演じた。
「こうしているとお母様のことを思い出しますね」
「そうだな」
これまでほとんど無表情だったリコリスの父が、寂しそうに目を伏せた。
「お父様は覚えています? お父様とお母様、それから私の三人で庭を散歩していたことを」
ホールデン家は仲の良い三人家族だった。休日にはよく母親の管理していた庭を三人で散歩した。
「ああ。その後にそこのテラスでお茶をするんだ。・・・・・・しっかりと覚えているぞ」
『お父様・・・・・・』
「懐かしいですね」
「あそこを使わなくなって久しいな。今度、時間がある時にあそこで茶をするか?」
『します! しますよ! 約束ですからね!』
「いいですね。ぜひそうしたいです。お父様、ちゃんと約束を守ってくださいね」
アタシがリコリスの代弁をすると、父親ははにかんだ。
『や! 痛いっ』
リコリスは悲鳴をあげた。
『ちょっと、やめて! アマリリスさんだって痛いでしょ!』
「リコリスに仕置きができるなら構わないわ」
『やめてっ! 本当に痛いから、あざになっちゃう』
「なればいいわ! 無責任なことをベラベラ、ベラベラと!」
コンコンと扉を叩く音がした。
「どうぞ」
アタシはつねるのをやめて言った。
部屋に入ってきたのはローラだった。
「おはようございます。朝の支度のお時間です」
「あら、もうそんな時間?」
「あの、お部屋に誰かいませんよね? 話し声が聞こえたような」
ローラはキョロキョロと部屋の中を見る。
「あはは、聞こえちゃったかぁ・・・・・・。さっき、自分の寝言で目が覚めちゃったのよ」
「そうでしたか。すいません、勘違いをして」
「いいのよ」
アタシは起き上がると着替えを始めた。
今日は特別な予定はない。やることといえば家の中でゆったりと過ごしながらパトリシアの魅了を崩していくことだ。
ーー今日もアタシの方がパトリシアより優秀で美しく性格もいいってアピールしなきゃ。
日頃の努力の甲斐あって、パトリシアへの崇拝や溺愛は収まりつつある。あともう一個、何かのきっかけがあれば、パトリシアの魅了の術を完全に打ち砕けると思う。
でも、それは急がなくていい。今はただ、真綿で首を締めるように"パトリシアは素晴らしい"という幻想を壊していればいいだけだ。
※
着替えを済ませて朝食を摂ると、アタシは部屋に戻って手紙を書いた。
手紙を送る相手はルーカスだった。昨日、彼からの贈り物が届いた。服や靴なんかの衣装の他に、日用雑貨や、カーテンやシーツなど、とにかく色んなものをルーカスはくれた。
一応、パトリシアの分も用意されていたけど、アタシの荷物の5分の1もなかった。ルーカスも案外、大人げない人なんだと思って笑っていたら、パトリシアに睨まれた。その顔がまた面白くて笑いを堪えるのが大変だった。
ルーカスの手紙の内容はリコリスとともに書いた。冒頭の挨拶の部分はリコリスが担当した。季節の挨拶と社交辞令の言葉をリコリスはすらすらと述べた。
次に、今回の贈り物に対する感謝の言葉を書いた。これもリコリスの言葉をアタシが書き記した。
その次に、前回もらったプレゼントの使用感を書いてみた。マーケティングの参考に感想が欲しいとルーカスが言っていたからだ。
アタシはハンドクリームのことを書いた。毎日丁寧に塗りた続けたらあかぎれが治った。ベタつかない上にいい匂いがして、最高だったと書いた。
リコリスはアクセサリーのことを言っていた。どれも素敵だから毎朝の衣装合わせの時間が楽しいと言った彼女の言葉をアタシが代筆する。
そして、最後の締めの挨拶をリコリスとともに書くと手紙を封筒に入れた。それをローラに渡して、手紙を出してくるようにお願いした。
手紙を書き終えたら今日の用事は終わった。することもないからアタシは庭に出て散歩をすることにした。
庭に行くとリコリスの父と鉢合わせした。
「おはようございます、お父様」
アタシはとびっきりの笑顔で挨拶した。
「おはよう」
リコリスの父は表情こそ明るくないが、挨拶をしてくれた。
リコリスの父は、少し前までパトリシアを溺愛し、リコリスをいないものとして扱ってきた。
リコリスがどんなに話しかけても返事をしなかった。彼がリコリスと話をすることがあれば、それはリコリスに理不尽な要求をする時だけだった。
ーーだから、この反応はアタシ達にとっていい方向に向かっている証拠だ。
「お父様もお散歩ですか?」
「ああ。最近、机に向かってばかりで背中や肩が痛いんだ」
『お話してくれた!』
リコリスは何年ぶりかの父親との雑談に歓喜の声をあげた。
「大変! 後でマッサージしますね」
アタシの言葉にリコリスの父は「ああ」と返事をした。
「お父様、一緒にお散歩をしてもいいですか?」
「好きにしなさい」
リコリスの父は投げやりな態度で言った。
アタシたちは庭を宛てどなく散策した。相変わらず話を振っても、返事は短く表情は芳しくない。でも、会話は続くからアタシは父親との散歩を心から楽しむ娘を演じた。
「こうしているとお母様のことを思い出しますね」
「そうだな」
これまでほとんど無表情だったリコリスの父が、寂しそうに目を伏せた。
「お父様は覚えています? お父様とお母様、それから私の三人で庭を散歩していたことを」
ホールデン家は仲の良い三人家族だった。休日にはよく母親の管理していた庭を三人で散歩した。
「ああ。その後にそこのテラスでお茶をするんだ。・・・・・・しっかりと覚えているぞ」
『お父様・・・・・・』
「懐かしいですね」
「あそこを使わなくなって久しいな。今度、時間がある時にあそこで茶をするか?」
『します! しますよ! 約束ですからね!』
「いいですね。ぜひそうしたいです。お父様、ちゃんと約束を守ってくださいね」
アタシがリコリスの代弁をすると、父親ははにかんだ。
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