【完結】サキュバスは魅惑のスペシャリストです

花草青依

文字の大きさ
上 下
2 / 38

2 リコリスの扱い

しおりを挟む
「リコリス、ごめんね。アタシも良くわからないんだけど、気がついたらあなたの身体の中にいたの。それでアタシがあなたの身体の主導権を握ってるみたい」
『そうですか』
 リコリスの返事はとても呑気だった。思っていたのと違う。

「"身体を返せ"とか"出ていって"とか言わないわけ?」
『いえ。アマリリスさんも大変そうだから・・・・・・』
 リコリスは教えてもいないアタシの名前を言った。
 ーーこの子ったら、何てお人好しなんだろう。
『あ! 勿論、いずれは返して欲しいですよ? だから、いつかは出て行く日が来ると思っていて下さいね』
 リコリスは優しい声でそう付け加えた。

 彼女と色々と話をして分かったことは、アタシにリコリスの記憶があるように、彼女にもアタシの記憶があるってことだ。
 そして、互いの記憶を合わせた結果、アタシは異世界から来たサキュバスだってことが分かった。
 アタシが塔から落ちた時に、こっちの世界ではリコリスが屋敷から落ちていたんだと思う。そして、どういうわけかアタシの魂はリコリスの身体に引き寄せられて、彼女の身体を乗っ取ったらしい。

『私が神様にお願いをしたからこんなことになったんでしょうか?』
「さあね」
 二階から突き落とされる前、リコリスは使用人の男にほうきで殴られていた。その時に、彼女は祈ったのだ。"神様、助けて下さい"って。
 もし、それで今に至るというのなら、この世界の神はとんでもないやつなんだと思う。未婚の女性の身体にサキュバスを憑依させるなんて。聖なるものとしてありえない行動だ。

 ばん! と勢い良く扉が開いた。入ってきたのは、リコリスをほうきで殴っていたあの使用人の男だった。
「リコリス!」
 男は顔を歪ませてアタシに怒鳴りつけてきた。
「いったい、いつまで仕事をサボるんだ!」

 "サボってるのはあんたでしょ? 大体、その「仕事」は使用人であるあんたのものであって、貴族のお嬢様のリコリスがやることじゃない"

 そう思っても、口にはしない。口喧嘩は得意ではないから。それに、サキュバスにはサキュバスのやり方がある。

「ごめんなさい」
 少し俯いて上目遣いで男を見る。瞳をうるうるさせて哀れっぽく見つめたら、男の表情に変化が起きた。
 ーーいける!

「今日は身体が痛いの。休ませてもらったらだめかな?」
 胸の前で手を組み、潤んだ目でお願いをしてみる。
「そうは言われても、仕事が」
 私は男の両手を取って包み込んだ。
「おねがい」
 うるうるした瞳で、じっと男の顔を見つめたら、男はコクリと頷いた。
 ーーへっ、チョロい。

「ありがとう。明日からまた頑張るね」
 そう言って笑うと、アタシは部屋から男を追い出した。



『アマリリスさん、すごい!』
 男が部屋から出ていくとリコリスは喜びの声をあげた。
「全然? あれくらい余裕でしょ」
 そう言ってベッドに腰掛けた。
「それより、気になることがあるのよね」
『なんですか?』
「あの男、"魅了"の術にかかってた」

 リコリスの記憶の中では、あの男はいつもパトリシアの意思に従っていた。パトリシアの言うことは何でも聞いて、彼女が目の敵にするリコリスをぞんざいに扱うことは当たり前だ。
 あの男だけじゃない。この屋敷にいる人、全員がそうだ。パトリシアを過剰なまでに溺愛して、リコリスを自分達の奴隷だと思っている。
「パトリシアが何者なのか、調べなきゃ」
 アタシは立ち上がった。

 リコリスの部屋、もといボロ小屋を出ると、邸宅の中にいるであろうパトリシアのもとに向かう。
『待って! 呼ばれてもいないのに会いに行ったら何をされるか』
 それもそうだ。アタシは言い訳ができるように、掃除道具を取ってきた。

 アタシは邸宅の裏口から屋敷の中に入った。
 そこは使用人が使う出入り口であって、貴族のお嬢様であるリコリスが使うのはおかしいはずだ。
 でも、パトリシアが正面玄関を使うなと言って以来、玄関を通ろうものなら、ひどい"罰"を受けるようになった。だから、リコリスが屋敷を出入りする時は必ず裏口からだ。

 ーーくそみたいな生活だわ。リコリスはこんな場所でよく、生活できるわね。
『外もここと変わりませんから』
 リコリスは悲しげに呟いた。
『私はどこに行っても嫌われ者なんです。"義妹に嫉妬する醜くて薄汚い、性格の悪いリコリス"』
 リコリスはそう言ってすすり泣いた。
 ーー分かった。分かったから。泣かないで。

 頭の中でリコリスとそんなやり取りをしていたら、廊下の向こうからパトリシアがやって来た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

誰も残らなかった物語

悠十
恋愛
 アリシアはこの国の王太子の婚約者である。  しかし、彼との間には愛は無く、将来この国を共に治める同士であった。  そんなある日、王太子は愛する人を見付けた。  アリシアはそれを支援するために奔走するが、上手くいかず、とうとう冤罪を掛けられた。 「嗚呼、可哀そうに……」  彼女の最後の呟きは、誰に向けてのものだったのか。  その呟きは、誰に聞かれる事も無く、断頭台の露へと消えた。

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...