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2 リコリスの扱い
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「リコリス、ごめんね。アタシも良くわからないんだけど、気がついたらあなたの身体の中にいたの。それでアタシがあなたの身体の主導権を握ってるみたい」
『そうですか』
リコリスの返事はとても呑気だった。思っていたのと違う。
「"身体を返せ"とか"出ていって"とか言わないわけ?」
『いえ。アマリリスさんも大変そうだから・・・・・・』
リコリスは教えてもいないアタシの名前を言った。
ーーこの子ったら、何てお人好しなんだろう。
『あ! 勿論、いずれは返して欲しいですよ? だから、いつかは出て行く日が来ると思っていて下さいね』
リコリスは優しい声でそう付け加えた。
彼女と色々と話をして分かったことは、アタシにリコリスの記憶があるように、彼女にもアタシの記憶があるってことだ。
そして、互いの記憶を合わせた結果、アタシは異世界から来たサキュバスだってことが分かった。
アタシが塔から落ちた時に、こっちの世界ではリコリスが屋敷から落ちていたんだと思う。そして、どういうわけかアタシの魂はリコリスの身体に引き寄せられて、彼女の身体を乗っ取ったらしい。
『私が神様にお願いをしたからこんなことになったんでしょうか?』
「さあね」
二階から突き落とされる前、リコリスは使用人の男にほうきで殴られていた。その時に、彼女は祈ったのだ。"神様、助けて下さい"って。
もし、それで今に至るというのなら、この世界の神はとんでもないやつなんだと思う。未婚の女性の身体にサキュバスを憑依させるなんて。聖なるものとしてありえない行動だ。
ばん! と勢い良く扉が開いた。入ってきたのは、リコリスをほうきで殴っていたあの使用人の男だった。
「リコリス!」
男は顔を歪ませてアタシに怒鳴りつけてきた。
「いったい、いつまで仕事をサボるんだ!」
"サボってるのはあんたでしょ? 大体、その「仕事」は使用人であるあんたのものであって、貴族のお嬢様のリコリスがやることじゃない"
そう思っても、口にはしない。口喧嘩は得意ではないから。それに、サキュバスにはサキュバスのやり方がある。
「ごめんなさい」
少し俯いて上目遣いで男を見る。瞳をうるうるさせて哀れっぽく見つめたら、男の表情に変化が起きた。
ーーいける!
「今日は身体が痛いの。休ませてもらったらだめかな?」
胸の前で手を組み、潤んだ目でお願いをしてみる。
「そうは言われても、仕事が」
私は男の両手を取って包み込んだ。
「おねがい」
うるうるした瞳で、じっと男の顔を見つめたら、男はコクリと頷いた。
ーーへっ、チョロい。
「ありがとう。明日からまた頑張るね」
そう言って笑うと、アタシは部屋から男を追い出した。
『アマリリスさん、すごい!』
男が部屋から出ていくとリコリスは喜びの声をあげた。
「全然? あれくらい余裕でしょ」
そう言ってベッドに腰掛けた。
「それより、気になることがあるのよね」
『なんですか?』
「あの男、"魅了"の術にかかってた」
リコリスの記憶の中では、あの男はいつもパトリシアの意思に従っていた。パトリシアの言うことは何でも聞いて、彼女が目の敵にするリコリスをぞんざいに扱うことは当たり前だ。
あの男だけじゃない。この屋敷にいる人、全員がそうだ。パトリシアを過剰なまでに溺愛して、リコリスを自分達の奴隷だと思っている。
「パトリシアが何者なのか、調べなきゃ」
アタシは立ち上がった。
リコリスの部屋、もといボロ小屋を出ると、邸宅の中にいるであろうパトリシアのもとに向かう。
『待って! 呼ばれてもいないのに会いに行ったら何をされるか』
それもそうだ。アタシは言い訳ができるように、掃除道具を取ってきた。
アタシは邸宅の裏口から屋敷の中に入った。
そこは使用人が使う出入り口であって、貴族のお嬢様であるリコリスが使うのはおかしいはずだ。
でも、パトリシアが正面玄関を使うなと言って以来、玄関を通ろうものなら、ひどい"罰"を受けるようになった。だから、リコリスが屋敷を出入りする時は必ず裏口からだ。
ーーくそみたいな生活だわ。リコリスはこんな場所でよく、生活できるわね。
『外もここと変わりませんから』
リコリスは悲しげに呟いた。
『私はどこに行っても嫌われ者なんです。"義妹に嫉妬する醜くて薄汚い、性格の悪いリコリス"』
リコリスはそう言ってすすり泣いた。
ーー分かった。分かったから。泣かないで。
頭の中でリコリスとそんなやり取りをしていたら、廊下の向こうからパトリシアがやって来た。
『そうですか』
リコリスの返事はとても呑気だった。思っていたのと違う。
「"身体を返せ"とか"出ていって"とか言わないわけ?」
『いえ。アマリリスさんも大変そうだから・・・・・・』
リコリスは教えてもいないアタシの名前を言った。
ーーこの子ったら、何てお人好しなんだろう。
『あ! 勿論、いずれは返して欲しいですよ? だから、いつかは出て行く日が来ると思っていて下さいね』
リコリスは優しい声でそう付け加えた。
彼女と色々と話をして分かったことは、アタシにリコリスの記憶があるように、彼女にもアタシの記憶があるってことだ。
そして、互いの記憶を合わせた結果、アタシは異世界から来たサキュバスだってことが分かった。
アタシが塔から落ちた時に、こっちの世界ではリコリスが屋敷から落ちていたんだと思う。そして、どういうわけかアタシの魂はリコリスの身体に引き寄せられて、彼女の身体を乗っ取ったらしい。
『私が神様にお願いをしたからこんなことになったんでしょうか?』
「さあね」
二階から突き落とされる前、リコリスは使用人の男にほうきで殴られていた。その時に、彼女は祈ったのだ。"神様、助けて下さい"って。
もし、それで今に至るというのなら、この世界の神はとんでもないやつなんだと思う。未婚の女性の身体にサキュバスを憑依させるなんて。聖なるものとしてありえない行動だ。
ばん! と勢い良く扉が開いた。入ってきたのは、リコリスをほうきで殴っていたあの使用人の男だった。
「リコリス!」
男は顔を歪ませてアタシに怒鳴りつけてきた。
「いったい、いつまで仕事をサボるんだ!」
"サボってるのはあんたでしょ? 大体、その「仕事」は使用人であるあんたのものであって、貴族のお嬢様のリコリスがやることじゃない"
そう思っても、口にはしない。口喧嘩は得意ではないから。それに、サキュバスにはサキュバスのやり方がある。
「ごめんなさい」
少し俯いて上目遣いで男を見る。瞳をうるうるさせて哀れっぽく見つめたら、男の表情に変化が起きた。
ーーいける!
「今日は身体が痛いの。休ませてもらったらだめかな?」
胸の前で手を組み、潤んだ目でお願いをしてみる。
「そうは言われても、仕事が」
私は男の両手を取って包み込んだ。
「おねがい」
うるうるした瞳で、じっと男の顔を見つめたら、男はコクリと頷いた。
ーーへっ、チョロい。
「ありがとう。明日からまた頑張るね」
そう言って笑うと、アタシは部屋から男を追い出した。
『アマリリスさん、すごい!』
男が部屋から出ていくとリコリスは喜びの声をあげた。
「全然? あれくらい余裕でしょ」
そう言ってベッドに腰掛けた。
「それより、気になることがあるのよね」
『なんですか?』
「あの男、"魅了"の術にかかってた」
リコリスの記憶の中では、あの男はいつもパトリシアの意思に従っていた。パトリシアの言うことは何でも聞いて、彼女が目の敵にするリコリスをぞんざいに扱うことは当たり前だ。
あの男だけじゃない。この屋敷にいる人、全員がそうだ。パトリシアを過剰なまでに溺愛して、リコリスを自分達の奴隷だと思っている。
「パトリシアが何者なのか、調べなきゃ」
アタシは立ち上がった。
リコリスの部屋、もといボロ小屋を出ると、邸宅の中にいるであろうパトリシアのもとに向かう。
『待って! 呼ばれてもいないのに会いに行ったら何をされるか』
それもそうだ。アタシは言い訳ができるように、掃除道具を取ってきた。
アタシは邸宅の裏口から屋敷の中に入った。
そこは使用人が使う出入り口であって、貴族のお嬢様であるリコリスが使うのはおかしいはずだ。
でも、パトリシアが正面玄関を使うなと言って以来、玄関を通ろうものなら、ひどい"罰"を受けるようになった。だから、リコリスが屋敷を出入りする時は必ず裏口からだ。
ーーくそみたいな生活だわ。リコリスはこんな場所でよく、生活できるわね。
『外もここと変わりませんから』
リコリスは悲しげに呟いた。
『私はどこに行っても嫌われ者なんです。"義妹に嫉妬する醜くて薄汚い、性格の悪いリコリス"』
リコリスはそう言ってすすり泣いた。
ーー分かった。分かったから。泣かないで。
頭の中でリコリスとそんなやり取りをしていたら、廊下の向こうからパトリシアがやって来た。
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